第8話 T-3 異変
「次行ってみようかと言いたいところなんだけど。慣れないデュアルスタイルで私もくたくただし、時間も時間だから今日はこれまでにしましょ」
と、エイラは提案する。それにアリスも賛同し、
「賛成。ていうか時間? この後なんかあるの?」
その言葉にエイラは溜息を吐き、
「忘れたの? あのね。今日の18時からイベントよ」
アリスはイベントと反芻し、少しして手を叩き、思い出した。
「ああ、あのチケットの」
先日配布されたイベント招待チケット。日時は20日18時から開始だったはず。
「今、17時半だから。イベント専用ステージに行くわよ」
「もしかしてまた戦闘とかあるの?」
エイラは首を傾げた。
「ん~、戦闘があるかどうかはわからないけど。アリスはまだレベルも低いから。今日はさわりぐらいでいいわ」
エイラはポケットからチケットを取り出す。それを見てアリスは、
「私もいちいち端末呼び出さずにアイテムとか取り出せるようになりたいな」
「ん? チケット程度ならポケットに入れとけばいいじゃない」
「ポケット? あ、これか。ここに入れるの?」
アリスは腰にあるポケットを発見し、そしてそれを摘んだ。
「なーんだ。こんなのあるなら端末出さなくてもよかったんだ」
「入る量は限られているからね。量が必要な場合はポシェットとか装備するといいわよ」
「それいいね。今日じゃなくてもいいから買い物行こうよ」
「ええ」
アリスは端末のプレゼントボックスからイベント招待チケットを取り出した。チケットには切り離しの線がある。使用の際は切るようになっているタイプ。
「それじゃあ切るわよ」
と、言うエイラの言葉にアリスは頷いた。
そして二人はいっせいにチケットを切る。
二人の体から白い光が発せられ、光は大きくなり二人の体を隠す。そして光は小さくなり、消える。
○ ○ ○
二人が飛ばされた先はイベント会場から離れた森の中だった。夕方の森は暗く不気味である。
「え、何これ? ここどこ?」
アリスは周囲を見渡して驚いた。イベント会場に飛ばされると思っていたからだ。そしてエイラの姿がないことに気づいた。森の中に一人残されて心細くなる。アリスが声を上げ、呼びかける前に、
「アリス! どこ?」
エイラの声だ。声量から察するにすぐ近くだろう。少し離れて飛ばされたらしい。
「ここよ」
アリスは声を張り返事をした。すると木々の間から影が現れた。
「エイラここは……」
だが、その影はエイラでなく茶色い毛むくじゃらで牙を生やしたゴリラ型モンスターだった。名前はゴリラーノ。
「ギャー」
急に現れたモンスターに悲鳴を上げ、スピードスターを構えたつもりだったがバグータ戦で使用していた長距離用のロールスワンだった。装備を替えていたことをすっかり忘れていた。一応、長距離用でも倒すことは可能だがアリスはパニックになっていて戸惑った。
「え、嘘。どうしよ」
そうこうしてるうちにゴリラーノは近づく。アリスは後ずさりして幹に躓き、尻餅をついた。
「こ、こないで」
アリスは涙声で叫ぶ。
ゴリラーノの腕がアリスへと伸びた。アリスは身を強張らせ、目を瞑った。
もうだめだ。
その時だった。
ゴリラーノの頭が蹴られ、横に大きくふっ飛んだ。アリスは目をゆっくりと開ける。
そのゴリラーノの頭を蹴ったのはエイラだった。エイラはナイフを抜き、起き上がったゴリラーノの側頭部に躊躇なくぶすりと突き刺した。ゴリラーノは断末魔を叫び、消えた。
「大丈夫?」
一息つき、エイラは尻餅をするアリスに手を指し伸べ聞いた。アリスは手を掴み起き上がった。
「ここどこよ。急にモンスターが出るし」
アリスは涙目で訴える。
「どうやらイベント会場から離れた場所に飛ばされたらしいわね」
「どうして?」
「裏面に書いてたでしょ。人数上の都合で会場の外に飛ばされる可能性もあるって」
「なによそれ」
「でも、ここまで遠くに飛ばされることは普通はないんだけど。普通なら街付近なんだけど」
エイラは端末からマップを表示させ、現在地とイベント会場を確認する。現在地の森を西に抜け、抜けた先の荒野の真ん中に街がある。その街がイベント会場らしい。
「ごめんね。装備変更言い忘れていて」
「死ぬかと思ったわよ」
アリスは頬を膨らませる。
「次は近接格闘を覚えないとね」
「格闘とか無理」
腕で×点作り、アリスは拒否する。
「覚えておいて損はないわよ」
○ ○ ○
「ねえ空を飛べるなら私を担いで飛んでよ」
二人はもくもくと街へと向け森を抜けようと突き進む。それに疲れたのかアリスが飛行を提案する。
「人を背中に乗せて飛べないの」
確かに背中に羽根があるならおんぶは無理だろう。ならば。
「じゃあ私が足を掴んでさ……」
「そういうのも駄目。それに飛行には大量の電力を消費するの」
「服も替えたのってそういうこと?」
今はエイラはアリスと同じ黒スーツに着替えていた。メインウェポンもデュアルのレッドファイヤーから拳銃のシグを装備。エイラも装備をスピードスターに替えた。
「そうよ。森の中だとこっちの方が動きやすいの。それよりスピードを速くしないと。もしかしたら間に合わないかも」
エイラは真剣な顔で言った。
「少しスピードを速めるわよ」
そしてエイラは駆け足程度の速さで森の中を駆ける。
○ ○ ○
「あともう少しよ」
「待ってよー」
アリスは悲鳴を上げながら、前を走るエイラの背を追う。
二人は荒野を走っていた。森を抜けたあとエイラは、「こっからは全力で走るわよ」と言い、走り始めたのだ。全力と言ってもアリス基準だ。アリスが追いつけるレベルで荒野を駆ける。
途中、モンスターに遭遇するがエイラは走りながらシグでモンスターを撃ち倒していった。一匹、二匹ではない。三、四匹が同時に向かってきても止まることなく銃弾を放つ。百発百中の精度と早撃ち。エイラは嵐のようにモンスターを屠る。モンスターの圧なんてものともしない鬼神のような強さをアリスに見せつけてくる。アリスは後ろからその姿を眺め、すごいと驚嘆した。
そして今、目の前には大きな壁が。あの壁の向こうがイベント会場の街。アリスには城塞のようにも見えた。
イベント開始18時まであともう少し。
○ ○ ○
「間に合った」
「ふへぇ~」
二人はなんとか門をくぐり抜け、時間通り街へと入った。
アリスは膝に手をつき、息を整える。
エイラはというと端末を取り出し、何か操作をしている。レオと連絡を取っているのだろうか。
アリスは時間を確かめた。時刻はちょうど18時になった。背を伸ばし街を眺める。
青い街。それがアリスが街を見たときの印象。
現代風のオフィスビルが建ち並ぶ。ビルのガラスは空を映す。
通りも幅広く、長い舗装された道。街の中央にはタワーが天高く建っている。
その通りには今、人が大勢いた。奥へ進めないくらいに人が集まっていた。いや群がっているというべきだろうか。
「イベントまだなの?」
と、一人ごちたところで頭の中で軽快な電子音が鳴った。
アリスは驚き、回りを見た。
「え、今の何?」
「落ち着いて、端末よ。運営からのメッセージが着てるわ」
そう言うエイラの顔はどこか険しさがあった。
アリスは端末を取り出し、メッセージボックスを開く。運営から一つのメッセージが届いていた。それをタップし中身を確認する。
『タイタンプレイヤーの皆さま、お手数ですが指定された赤いポイントまで集まってくださいませ。集合時刻は19時となっております。その間はモンスターは出現いたしませんので』
マップが添付されていて、島の岬に赤い点が灯っていた。岬は島の北東端にある。
「どうしようか? 兄貴たちと合流してからにする?」
アリスはエイラに尋ねた。エイラは眉間に皺を寄せ、端末を操作する。
「待って。今、レオにメッセージを送るから」
周りの大勢の人たちから、「ふざけているの?」、「クソ運営意味わかんねえ」、「だったら初めから岬集合にしろよ」、「どうする?」だのといった不満が漏れる。
その不満の声を聴き、アリスはどこか不安になった。
エイラが端末を戻してアリスの腕を掴み、通路の端まで移動する。
「え、ちょっと」
「こっち。動き始めたわ」
大勢の人が赤いポイントまで移動を開始したのだ。皆、口々に不満を言うが指定されたポイントへ流れを作り向かう。
「ハロウィンイベントの行進みたい」
アリスは大勢の人波を見て呟いた。
「レオからメッセージで『これじゃあ、街で合流も難しそうだから現地、岬で集合』だって」
「ここで待つというのは?」
「この中でレオを見つけるのも大変でしょ。それに向こうだって人をかき分けて、私たちに声をかけるのも大変でしょ」
そして二人も大きな人の流れに乗り、指定されたポイントまで目指した。門を抜け、荒野を人の波が伸びる。
「ねえ、これじゃあ森から動かない方が良かったんじゃない?」
さっきと同じ道を歩きながらアリスは言った。
「ほんとね。急いで走ってきた意味がないわね」
「イベントっていつもこんなの?」
「いいえ。こんなの初めてよ」
エイラは首を振り、神妙な顔をした。
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