第9話 A-6 異変2

「それじゃあ、あんた、もしかして藤代優か?」


 アルクはわなわなと指を震わせながらユウを指差す。


 そしてユウは頷いた。

 そのこたえにアルクは髪をかき上げる。


「まじか。いや似てるなあて思ってたんだよ。名前も同じだし、もしかしてって。でも実名でやるやつなんていないと思ってたし」

「アルクだって実名じゃん」

「私のは偽名ぽいでしょ」


 アルクはまだ気持ちを押さえられないのか、額を押さえ俯く。


「そんなに驚く?」

「逆にあんたはどうして平気なのよ。ペルソナ型ってそうなの?」

「いや結構驚いてるよ。口調もいつもと違ってたし。キャラ?」

「まあ、そうよ。そんなとこよ」


アルクは口を尖らす。口調も男勝りの言葉から女性らしい言葉になる。


「でもまあ、俺は山田たちに花田もやってるって聞いてたのもあるかな」

「なぜそこで山田が?」


 ユウはゲームをやり始めた経緯を話した。山田が勧誘プレゼントが欲しかったこと、そして一人、置き去りにされたことを。


「あんたつくづくお人好しね。ていうか山田たちサイテーね。あのクソジコチューが」


 なぜか自分のことのように怒るアルク。


「ありがと。でもさ、そのおかげでこうしてアルクに出会えたんだから」


 うれしそうに喜ぶユウ。そんな笑顔を見せられ、恥ずかしくてアルクはそっぽを向く。


「あんたってそういうやつだもんね」


 と、アルクはぼそりと呟いた。


「え、なんて?」

「なんでもない」


 アルクは街へと体を向ける。西の夕陽が二人の影を街へと伸ばす。街の向こう、東の空からは夜の気配が。


「もう時間じゃない?」


 ユウは時間を確かめると17:21だった。


「そうだな。そろそろ時間だし街へ行こうか」


 二人は街へと足を向ける。


  ○ ○ ○


 街はファンタジー風で白と赤を基調とした街色。屋根は赤色で白い石造りの二階建ての家が並ぶ。道も石畳の道で白い。


「すごい大きな街だな。はじまりの町以上かな」


 ユウが街を眺め、感嘆の声を上げる。二人は街の中央広場へと向かっている。


「あの町はこのゲームの玄関みたいなステージだから規模は小さい。でも……」


 アルクは顎を持ち、考え込む。


「どうしたの?」

「イベントでも専用の町はあるけど、『街』はないんだよ」

「? まちがない? どういうこと?」


 ユウの頭の上にクエスチョンマークが飛ぶ。


「『町』と『街』の区別はわかるか?」


 アルクは立ち止まり端末を取り出してメモアプリを開き町と街を記入する。そしてその画面をユウに見せる。


「大小的な?」

「だいたいはそうだ。アヴァロンではプレイヤーにとって必要最低限の店や礼拝堂、宿屋があるのが『町』。で、『街』にはバーに冒険者ギルドや娯楽施設、プレイヤー居住区があるんだ」

「バー、冒険者ギルド……」


 普段聞かぬ単語が登場し、ユウは眉を寄せる。


「バーは情報が手に入ったりするところ。冒険者ギルドは討伐依頼があるんだ。娯楽施設はカジノとかそういうのだ。これらはNPCが経営をしているんだ」

「居住区は?」

「プレイヤーの拠点とかそういうのだ」

「そっか。じゃあこの街にはそういうのがあるんだね」

「ああ。だからおかしいんだ」

「おかしい?」


 アルクは頷き、


「イベント専用の町はね、普段の町にイベントアイテムでアイテムを交換する交換所を足したような町なのよ。イベントもグループ分けされ、イベントステージもいくつかあるの。こうしないと混雑を起こすからね。あとイベントステージと街のマップも最初からあるし。だから、今回のは何かおかしいのよ」


 アルクは街を訝しんで眺めた。


「なんか人多くない?」


 ふとユウが尋ねた。


「うん、確かに。今までのイベント専用の町なら混雑してたかも」

「どうしよう。前に進みにくくなった」


 前に進めば進むほど人が増してゆく。

 そしてとうとう二人は渋滞に引っかかり立ち止まった。


「これ以上は進めないな」


 ユウは行列を見て言った。


「そうね。引き返す?」

「でもイベントは?」

「街っていってたから街のどこかにいればいいはず。中央に集合とは書いてなかったし」

「そういえば」


 確かに言われてみるとどこかおかしいとユウは思った。運営側に不誠実さを感じる。

 二人は広場から離れた路地に移動した。時刻は18時を指そうとしている。


「そういばセーブってどうするんだ?」


 ふと気になってユウは尋ねた。


「オートセーブだから。どうしたのさ急に?」

「いや、イベント始まってすぐやられたらどうしようかなって。そしたら一度セーブしといたほうがいいのかなって思ってさ」

「大丈夫。オートセーブだから。やられたらクリスタルゲートから再スタートだから」

「途中で辞めたくなったらどうすればいいの?」

「クリスタルゲートで中断を選択か、ログアウトだよ。端末にあるでしょ」


 しかし端末にログアウトのアイコンはない。設定アプリないか、それともプロフィールにあるのだろうか。しかし、どこにもない。


「ないんだけど」


 ユウは端末画面をアルクに向ける。


「ええ、ん? あれ?」


 そしてアルクも自身の端末を取り出し操作する。


「あれ? ない。確かここに……」


 アルクはどういうことだという顔をユウに向ける。そういう顔をされてもユウには返事を窮するだけである。


「礼拝堂は……」


 アルクは端末からマップを表示させ

礼拝堂を探すが、


「ない。礼拝堂もない。どういうことだ?」


 そこで二人の端末から電子音が鳴った。


「運営からのメッセージ?」


 二人はメッセージを読む。


『アヴァロンプレイヤーの皆さまへ、お手数ですが指定された赤いポイントまで集まってくださいませ。集合時間は19時となっておりますので。その間はモンスターは出現いたしません』


 メッセージにはマップが添付されていて、島の北西端に岬がありそこに赤い丸が記されている。つまりここに行けということだろう。


「これは?」


 ユウとアルクは難しい顔をする。

 アルクは端末から掲示板を表示させる。そしてその中の不具合、要請版を開く。そこにはユウたちと同じでログアウトについて数多くのプレイヤーから報告の書き込み、そして運営への改善要望の旨が書き込まれていた。なかには運営への誹謗中傷が書き込まれている。最新の苦情は18時開催と言っておいて、19時に指定されたポイントに集合はどういうことだというものだ。


 解決案や運営からの返事が書き込まれていなかったのでアルクは掲示板を閉じた。


「外に行ってみよう。極稀に町の外にクリスタルゲートが置かれていることもある西門近辺にはなかったから他を探してみよう」

「わかった」


 ユウは頷いた。

 二人は大通りに入ろうとしたが、目の前に大勢の人の波が。波は西へと向かっていて、この波に入ると西門に流されそうだった。

 ユウがどうしようかと逡巡しているところに、


「こっちだ」


 と、アルクは一度元来た道へと戻り始める。ユウはその背を追いかける。アルクを先頭にユウは小道を回り、違う大通りに出た。


「ここは?」

「南の大通り。ここをまっすぐ行けばもう一つの門がある。そこから外にでよう」


 街には東西南北、四つの門があり大勢のプレイヤーたちは西門を目指していた。

 南門が見えてきた。人がいない。いや、NPCのキャラクターはいる。

 二人は南門から街の外へ抜けた。抜けた直後、アルクは立ち止まり周囲を覗う。


「ないか」


 と、呟いたのちアルクはユウに背を向け、再度走り始めた。長い金髪が後ろへとなびく。


「どこに行くの?」


 ユウはその背中追いかけ、聞く。


「丘の上。南門にはなかった。だから、クリスタルゲートがあるならあの丘かもしれない」


 と、言いアルクは街から南西にある丘を指した。

 二人は坂を上り、丘の上に立った。

 空は夕空から夜空に変わろうとしていた。群青色の空が二人の上を多い、指定された岬のある西には赤い夕陽で照らされていた。まるで本当に赤く示されているようだ。


「ない」


 アルクとユウはぐるりと丘の上を見渡す。クリスタルゲートはどこにもなかった。


「街の周辺にはなかったはずだし」


 と、アルクは街を丘の上から見た。

 西門からは門という口から人が吐き出されるかのように大勢の人が出ていた。


「やはり、ない……か」


 そしてアルクは後ろの、丘を越えて向こうの景色を見る。坂を少し下りると平坦な道で草原に続いていた。その道森へと続き、それは左右の森に挟まれているようでもあった。森の向こうは岩山だった。一本道は岩山に続いているのだうか。

 アルクは引き込まれるように足を動かした。


「アルク?」


 呼ばれてアルクは立ち止まった。顔を振り向き、


「大丈夫。ちょっと気になってね」


 そしてまた進んだ。


「痛! 何?」


 アルクは鼻を押さえ後ずさる。


「大丈夫か?」

「なんかある」


 ユウは手の平をアルクの鼻が当たったであろう場所に伸ばす。

 反発があった。


「壁だね。ここから先に行けないんだろう」

「運営は一体何を考えているのよ?」

「もう少し探してみるか?」


 ユウの提案にアルクは首を振った。


「いや、とりあえず。指定されたポイントに行こう」


 二人は透明な壁に踵を返し、丘を下った。


  ○ ○ ○


 岬に近づくにつれ人が増え始め、前へ進めなくなってきた。


「岬はあきらめよう」


 アルクが言った。


「それじゃあどうするの?」

「岬付近の海岸沿いかな。運営は岬に集合とは言わず、マップ上の岬周辺のポイントを言ったんだ。なら大丈夫かもしれない」


 アルクは端末からマップを開いて岬付近を指差す。


「ここらへんは海岸というか崖だったはず」

「本当か?」

「ここに飛ばされたとき西の崖に飛ばされたんだ。他もそうだったはず」

「そうか。とりあえずここに行こう」


 二人は岬近くの崖に向かうことにする。ユウたちと同じ考えを持つ人たちがいて崖の上にも人がいた。けど、岬に集まる人たちよりか少ない。


 しかし、運営はどういうつもりでプレイヤーたちをここに誘導したのか?

 海の向こうは何もない。夜の帳が落ち、空は夜の世界を醸す。


「不思議だね。もう夜なのに明かりもなしに辺りが見えるなんて」

「ゲームじゃあ完全な夜闇はないんだよ。星空の光とか関係なく、ある程度はうっすらと見えるんだ」


 一番星はもう出ていて、ちらほらと星が現れていた。


「ただ23時になるともう一段階暗くなるぞ」


 海も夜色で海と空の境界は溶けていた。波の音だけが海の存在を証明する。

 海側を眺めているとキラリと光った。そしてキラキラと光が増える。海が星空を反射したのかと思ったが違う。


「アルク! なんかおかしい」

「どうした?」

「前! なんだあれは?」


 前方の煌めきが強くなる。その頃には他の人たちにも光が目に入っていて、どよめきが起こる。


 そして光が消えて、代わりに島が現れた。

 鏡のようにこちらの景色が投影されたのかと思ったが島の形が微妙に違う。それに、


「あそこにいるのは誰?」


  暗く、そして遠いからよく見えないが彼らは近未来的なスーツや銃を装備をしていて、こちらとは一線を画していた。

 人が崖際まで集まってきた。


「ちょっ! 押すな 落ちるだろ」


 アルクは後ろから押され、怒鳴る。

 その時、間の抜けた音がなった。音の方を向くと。弾けた音がなり、夜空に花火が舞った。

 それから何度も花火が打ち上げられプレイヤーの顔を色とりどりに照らす。


 そして、大きなホログラムが空一面に投影された。


『ぱんぱかぱーん。みなさーん! お元気ですか? みんなのアイドル、ロザリーちゃんでーす』


 空一面に現れたのはゆるふわの金髪にシルクハットリボンの明るい女の子。年齢は14そこら。服装は白のシャツに赤のリボンタイ。下はストラップ付きの赤のプリーツスカートとパンスト。靴は黒の革靴で新品なのか表面が艶を持っている。そして、背中には黒のマントを羽織っていて、右手には杖を持っている。

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