第10話 T-4 ロザリー
アリスは岬に入る前にエイラに腕を掴まれて行進から外された。
「どうしたの?」
「ここでレオを待ちましょ」
「岬のほら、あれ。あの灯台で待てばいいんじゃないの?」
アリスは灯台を指差すが、エイラは首を振った。
「この人だかりから察するに岬は満員になるわ。だからここで待ちましょ」
「まあ、いいけど」
しばらく二人で岬入口で待っているとエイラの言うように人が集まり岬に入りきらなくなった。岬に入れなかったプレイヤーたちは岬付近の海岸沿いに並び始める。
「ここも人が多くなってきたから移動しましょ」
エイラに連れられアリスは移動する。その時、違和感を感じた。なんだろうと思い周囲を覗う。そして、人の顔が暗いことに気付いた。それは夜とかではなく、どこか不安と戸惑いが混じったものであった。
エイラに連れられて着いた場所は崖で人が少なく、もの寂しい場所だった。
「あまり近づいては駄目よ。そこ崖があるから。念のためにライト点けて」
エイラは声を上げて注意する。
「大丈夫。わかってる」
アリスはスピードスターのライトをオンにした。光が辺りを明るくする。その光を調整して足元を照らす。
崖から眺める海は黒かった。波が青黒く、まるで夜闇が踊っているかのようだ。慎重に崖の下にライトを当てると、波が崖にぶつかり白い泡を撒き散らしている。
「アリス!」
大声で呼ばれて驚き、危うくスピードスターを崖の下に落としそうになった。
「もう何? 大声ださないでよ。びっくりした」
「危ないでしょ」
エイラが険しい顔をしてアリスの近くに立っていた。
「大丈夫だよ。明かりも点けてるし」
「今は大変な状態なんだし。うろちょろしないで」
まるで言い訳の聞かない子をしかるような言い方だ。
「大変? 何かあったの?」
アリスの質問にエイラは眉を伏せ、答えなかった。
岬に向かうころから何か様子がおかしかった。
「何か隠してる?」
「レオが来てから話すわ」
それは何かがあったという肯定を意味する。
「なんで? 今話してよ」
アリスはエイラに詰め寄る。エイラはアリスから目線を離す。目線を離した先にある人物を見つけエイラはレオと言って駆けだす。
エイラが駆け出したさきには、毛先を尖らせた金髪の細マッチョのイケメン男が。名はレオ、アリスの兄である。その後ろにはレオのメンバーたちもいる。アリスも兄の方に駆け寄り、遅れてきた兄に対して軽口の一つでも言ってやろうと思った。だが、レオの真面目な顔を見て、軽口は喉から出なかった。
「二人とも無事か?」
「ええ」
エイラは女の顔をして返した。そしてレオの腕に手を当てる。
レオとエイラがリアルでカップルであることは周知の事実として知られる。しかし、二人はそういう雰囲気を決して人前で、そしてメンバーの前でも出さなかった。やはりエイラの様子がおかしい。
「どうしたの?」
アリスの質問にレオは答えず、
「質問はあとだ。もうすぐ19時だ」
「……わかった」
○ ○ ○
そして19時になった。誰かが「海から光が」と言い、アリスたちも海に振り向いた。
「ライトを消せ」
レオのその言葉に海にライトを向けていた人たちはライトを一斉に消す。
前方の海にはライトの光とは違う白い光があった。
その光は強く輝き、海と空を白に染めるほど大きくなった。
そして強い光は限界を迎え、一瞬で消えた。後には先程までなかった島が現れていた。
「島?」、「鏡か?」、「なわけねえだろ」、「人だ! 人がいるぞ」
周りから声が。
そして気の抜けた音が聞こえた。
「信号弾か?」、「救難?」、「誰だ?」
だが、どれも違った。
破裂音の後、色とりどりの花の光が夜空の中で輝く。
それは綺麗な花火であった。
花火は数度、打ち上げられその後、夜空に巨大な画面が現れた。
そして画面から、
『ぱんぱかぱーん。みなさーん! お元気ですか? みんなのアイドル、ロザリーちゃんでーす』
と、女の子が登場。
『んー? どうしたのかな? 元気がないぞー』
ヒーローショーのお姉さんみたいな話し方だ。
周りからは「誰だてめー」、「これはどういうことだ?」、「なんのイベントだ?」だのその他にもアリスには聞きなれない隠語まじりの暴言が放たれていた。そして、「ログアウトできないぞ」という言葉を聞き、アリスはレオに顔を向けた。レオはまっすぐ空の大画面の中の少女を見つめている。
『さあーて、ん、ん』
と、ロザリーは喉を鳴らしてから、テーブルに肘を付くように、そして指を交じ合わせ、その上に顎を乗せる。そして三白眼で、
『では君たちには殺し合いをしてもらおう』
と、昔の映画の真似だろうか、演技ぶった言い方をする。
「ふざけるな」、「てめえ年いくつだ」、「何が殺し合いだ」
元の茶目っ気に戻り、
『あらら、みなさん大荒れですね。あ、ちょっと銃や魔法を放たないでー』
発砲の光と、島の向こうからも炎の玉や雷が飛ぶ。
『今、皆さまは相手の島がなにかわからない人も大勢いますので、まずそこから説明しようと思いまーす。だから攻撃するな。意味ないっつーの』
銃と魔法の嵐が止んだころに、
『えーではまず西の島はタイタンプレイヤーの島、カシドニア。そして東の島はアヴァロンプレイヤーの島、グラストン』
アリスは海の向こうの島を見る。アヴァロンは知らぬものはいない超有名VRMMORPGだ。では、あそこにいるのはアヴァロンプレイヤーということであろうか。
『では次に、イベントの説明を致しまーす。プレイヤーの皆さまには相手プレイヤーと制圧舞台で戦をしてもらいます。相手を陣地を制圧をしてた方が勝者となります。いわゆる陣取り合戦ですかね。ただ、いきなり制圧戦なんて困りますよね。それに味気がない。うんうん。だから、島内にイベント限定モンスターを配置させてもらいましたー』
ロザリーの両手の平にモンスターの人形がそれぞれ一体現れる。右には角を生やした鹿型のモンスター、左には顔に赤い斜線があるトカゲ型のモンスター。
『このイベント限定モンスターを討伐すると討伐ポイントを得られます。モンスターは明日、朝8時から配置させてもらいます。一週間の間で総計ポイントが低い方が不利となります。制圧戦は28日の一日の間で行います。それでは皆様御機嫌よう』
と、最後にスカートを摘み、お上品に挨拶をして画面は消えた。
○ ○ ○
「兄貴どういうこと?」
アリスはレオの前に立ち尋ねるもレオはそれを無視し、
「みんな疲れているだろうが街の中央講堂に集合だ」
「兄貴!」
「講堂では攻略班のシグルドパーティー、前回サヴァイブ優勝のアーノルド、その他イベント上位者を集めて作戦会議だ」
レオは怖いくらいすらすらと言葉を発する。
アリスはスピードスターを反対に持ち、ストックでレオに振る。
それをレオは軽々しく受け止める。
「アリス!」
エイラが声を上げる。
アリスはスピードスター押そうが引こうがレオの強い力で銃身を握られどうにもできない。
「説明しろ。ログアウトできないってどういうことよ」
アリスはスピードスターを放し、レオの胸を叩く。でも、その力は弱々しい。
「できないんだよ。ログアウトが」
「嘘だ」
「本当だ。信じられないなら自分の目で端末から確認しろ」
レオを叩くのを止め、アリスは崩れ落ちる。
指を震わせながら端末を取り出し操作する。レオの言う通りログアウトのコマンドが消えていた。
エイラはアリスの肩を抱き起き上がらせる。
「さ、行きましょ」
○ ○ ○
中央講堂には数多くの名プレイヤーが集まっていた。
アリスはというと今日は疲れたから休むと言い、街でレオ達のメンバーが買い取った宿舎に一人でいる。エイラも心配で付いて行こうとしたが一人になりたいのと言われ今はレオの相方として隣に座っている。
仕切り役として攻略班のブラームスが選ばれた。ブラームスはリアルで攻略サイトを立ち上げている人物である。
「ログアウトの件は今は置いといて、イベントについてのお話ししましょう」
そして周りを覗う。誰も反対意見を述べないのでブラームスは続ける。
「イベント限定モンスターは朝8時からと配置となっていますが、どこにとは語られていません。ですから明日は広範囲に捜索しようと思います」
ブラームスが女性に目配せをする。女性はプリントアウトしたマップをプレイヤーに配る。マップには島全体が描かれ、それぞれエリアに赤い点とパーティーメンバー名や個人名が記されている。
「朝8時に街を出るのではなく。配置時間帯にはその赤いポイントに待機しておいて下さい」
一度咳をならし、
「ここまでで何かご質問はありますか?」
迷彩柄の大きな体の男性が手を挙げる。
「どうぞ」
「島全体ではないのか?」
赤いポイントは島全体ではなく、街から遠く離れた西のエリアと東から南の海岸エリアのみである。
「調べによりますと、まだ入れないエリアがあるらしいのです」
「明日、解禁されるという可能性は?」
「その可能性も考慮し、探索部隊を用意しています」
「そうか」
「他にご質問は?」
次にレオが手を挙げた。有名パーティーのリーダーであり、皆の視線を集めた。
「レオさん。なんでしょうか?」
「街周辺には配置されていなのは?」
「それは初心者から中級者用にです。街周辺はモンスターレベルも弱いと思いますし、私たちで島全域をカバーできません。あくまで一日目はエリアからどのような結果がでるかが大事です」
「なるほど」
「では次に、モンスターについてですが、まず鹿型のモンスターについて草原、高原、小川近辺に出没されると考察しました。ここからでは今いる街周にある草原、そして近くの川、あとは北の高原付近に出現すると思われます。そしてトカゲ型は森、山、荒野、小川に出没される可能性が高いと考えられ……」
「どっちを狩ればいいんだ?」
言葉が終わってないうちに壁にもたれていた青いスーツの男が聞いた。全身青のタイツスーツに白のプロテクター、手にする獲物は異型のスナイパーライフル。
「レベルが強い方を。そして獲得ポイントを報告して下さい。こちら側で討伐ポイントの高い方が分かり次第連絡致します」
「で? どっちが高いと思うんだ?」
「それはわかりません。絵面で言えばトカゲ型かもしれませんが」
「そっか」
「他に質問はありませんか?」
誰も手を挙げないし、言葉も発しなかった。
「最後にアヴァロンについてですが……」
「別に今はいいだろう」
また青いスーツの男が口を挟む。
「いや、そうでもないだろう」
レオが言った。
「相手がどれくらいの実力か知っておいてたほうがいいだろう」
「だからさ、それは制圧戦前でいいだろ。モンスター退治に関係あるか?」
青いスーツの男は眉を八の字にさせた顔をレオに向ける。
「あるだろう。向こうに実力のある人物。そして相手がこういうのに慣れているならポイント稼ぎに必死にならなくては」
「んなもん、わかんねえだろ」
しかし、
「いえ、それが多少はわかるかと」
ブラームスは言った。
皆の視線がブラームスに集まる。
「ケイン君」
呼ばれて金髪の少年がブラームスの横に立つ。
「彼はアヴァロンのプレイヤーでもあります」
「なんだ浮気野郎か」
ケインはその言葉にムッとし、
「別に他のゲームをする人は結構いますよ」
「まあまあ。それでケイン君。向こうはこういうの得意なのかな?」
「そりゃあ、歴史は向こうの方が長いですし経験は豊富ですよ」
「浮気野郎がいっぱいいてもな」
青スーツの男は鼻で笑った。
「馬鹿ですか。浮気野郎が多いのはこっちですよ。こっち」
ケインは青スーツに顔を歪めて笑う。
「あんだと」
青スーツの男がケインに詰めよる。それをブラームスが慌てて間に割って入る。
「押さえて、ね。えっとケイン君、それはつまりこちら側が不利と?」
「不利でしょうね。なんたって『剣姫、スゥイーリア』の姿が目撃されています」
その言葉に全員が息を飲んだ。先程までケインやアヴァロンプレイヤーを揶揄していた青スーツの男も。
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