第155話 Pー2 始動
──キョウカさん? どうして? というか私……この体は?
自分がアリスだと思い出した井上風花は今の体、そして部屋を見渡す。
姿見が目に入って、体を見る。
──これ私の体じゃない。これは……藤代優の? そしてこの部屋も。あれ? ……藤代優?
藤代優。勿論、誰かは知っている。記憶があるから。でもどうしてあったこともない人物の記憶あるのか。さらにどうしてその藤代優になっているのか。
「どうなってるの? それにここ? あれ?」
新着のメッセージ音が鳴る。
『もしかして動転しているかい? いいかい? 今の君はアヴァロンプレイヤーのユウこと藤代優の体に魂が入っているのだよ』
「魂が……入る?」
アリスは藤代優の胸に触れる。そこには女性らしさの膨らみがある。
──ん? 待って? 顔はユウだけど……。
アリスはもう一度、藤代優の胸を触る。そして揉む。その後、目の前の姿見で全身を眺める。どう見ても今時の女子高生。
「ん? 女? へ? どういうこと?」
ユウは男のはず。どうして女性に?
──別人? んん。違う。これはユウの顔。名前だって藤代優だし。
アリスは顔を触りつつ姿見で自信を再確認する。
そこでまた鏡花からメッセージが届く。
『これから会えるかい? 場所は虎ノ門駅から徒歩7分にあるビル3階の奥の部屋。ビル玄関口のドア横にインターホンがあるから着いたら押してくれたまえ。1階は和食屋だからすぐに分かると思う』
そのメッセージと共に地図が添付されていた。
1階のリビングでアリスは母に、
「少し友達……というか先輩のとこへ出かける」と告げる。
「先輩? 誰?」
「深山って名前の先輩」
「そう。遅くならないようにね」
「うん」
◯ ◯ ◯
「ここ……かな?」
メッセージに添付された地図によると、このビルらしい。
1階は和食のフード店。2階の窓は真っ暗。3階は一つの部屋だけ明かりが灯っている。
「ビル玄関口ってここだよね? うん。」
アリスは自問自答した。
ビルの脇にドアがある。指紋認識パネルと監視カメラ、そしてインターホン。
アリスはインターホンを押す。
監視カメラが動き、アリスを捉える。
「ど、どうも」
アリスはカメラレンズに軽くお辞儀する。
『藤代優もといアリス君だね』
インターホンから鏡花の声が発せられた。
「はい」
カチャリと解錠の音が鳴る。
『入りたまえ。部屋は3階の奥だから』
「分かりました」
アリスはドアを開けてビルへと入る。階段を上がり、3階へ。そして奥の部屋へと進む。
部屋のドアの前にスーツの女性が立っていた。秘書かと思えたがまだ年齢は若く就活生のようにも見えた。
「アリスさんですね。どうぞ」
と言い、女性はドアを開け部屋へとアリスを促す。
「どうも」
アリスは軽く会釈して部屋の中に入る。
部屋は仕切りで別けられ、右が応接室で左はオフィス部屋だった。ドアは右側にあり、入ってすぐにテーブルとソファー、そしてソファーに座り紅茶を飲む女性がアリスの目に入った。
廊下の女性がドアを閉め、「そちらへお座り下さい」とソファーを指し示す。
「はい」
アリスは素直にテーブルを挟んで前に座る女性に相対する。
「キョウカさんですか?」
「そう。深山鏡花だ」
深山鏡花と名乗る女性は紅茶のカップをソーサーに置いてから告げる。
「キョウカさんも解放されたんですか?」
「いや、私は葵達、AI側の者だ」
「!? それってキョウカさんも人間ではないと?」
「いやいや、違うよ。私は人間だ。ただAI側に協力しているということだ」
「どうして?」
アリスは上半身を前のめりにさせて聞く。
「世界は次の段階に進まなくてはいけない」
アリスが「それは?」と聞こうとしたところで先程の女性が、
「アリスさん、紅茶です」
「どうも」
アリスは邪魔にならないように前のめりになっていた上半身を戻す。
「お砂糖とミルクはこちらですのでご自由に」
と言い、女性は砂糖とミルクの容器を置く。
アリスは砂糖をスプーン一杯とミルクを紅茶に注ぐ。
そして一口飲み、
「で、どういうことですか? 次の段階? なんですそれ?」
「AIはすでに我々人間の手を離れ独立している」
「まあ、そりゃあ人間をゲーム世界に閉じ込めるんだから」
「あれは正確にはハイペリオンがしたことだ。彼女については知っているだろう」
アリスは頷いた。
正体は知らないがAIとは違う謎の存在らしい。
「あっ、はい。解放される時に会いました。それと少し説明を受けました」
「ふむ。なら少し省くが人間を閉じ込めたのはハイペリオンの力だ。だが、中の人間を管理しているのはAIである彼女達だ」
「う〜ん。そもそもどうしてAIは人間をゲーム世界に閉じ込めたのですか? 恨みですか?」
「プリテンドを知っているかい?」
「プリテンド?」
アリスは鸚鵡返しに聞く。
「プリテンドとは脳を……もとい意識をAIに奪われたものを言う」
「え? 意識を?」
「そうだ。意識を奪われて、体を勝手に動かされるんだよ」
「なっ! それじゃあ、AI達はゲーム世界に私達を閉じ込めて、その間に私達の体を好き勝手してるってことですか!?」
アリスは憤慨して言う。
もしそれが本当のことなら由々しき事態だ。
普通ならAIが意識を奪い、体を好き勝手動かすなんて信じられないが、長い間ゲーム世界に閉じ込められていた。そして今は藤代優の体の中にいる。信じられないわけがなかった。
「大変なことですよ!」
「そうだね。本来だったらね」
「ん? 本来?」
「いいかい。プリテンドは中国が日本人を操作するための計画の一つだったのだよ」
「中国……クルエール!」
リゾートイベントで会ったAIだ。
「正解。彼女は中国の高度AIで日本人の意識を奪い体を乗っ取ろうとしたんだ。でも、それを葵達は止めたんだ」
「止めた。……ええと、あれを?」
止めたということは良いことだ。しかし、どうしてあんなデスゲームを催して、プレイヤーを苦しめたのか?
「疑問に思うのも仕方がない。プレイヤーを助けるて、そしてプリテンドの件を日本政府に教えることもできた。だが、それだと駄目なんだよ」
「どうしてですか? 事件解決、今後の問題にも取り込めて、何か問題が?」
事件の早期発見と解決。そこに問題があるのか?
「考えてみたまえ、今の日本政府が中国のプリテンドを計画を知ったところで何ができる? どうせ遺憾ですとか、外交を使って抗議だので終わるだろう?」
確かに言われてみるとそのような気がする。どうも強気に出れない日本政府が問題解決できるとは思えない。
「だからこそだ。今ここで問題を双方に操作できないようにすればどうなる?」
アリスは思案する。
日本政府はどのようにしてプレイヤーもとい国民を助けるのか。
そして中国は作戦が失敗し、かつ現状把握が出来ず、下手に動くことが出来ない。
「双方、手詰まり?」
「そうだ。そこで我々が機を見て、事の問題を日中間のみならず国際社会に訴えるだ」
「そう……なんですか」
まだどこか腑に落ちないアリスである。
「面倒くさいだろう。でも、私達は次の段階に進むためには目を逸らしてはいけないことなんだよ」
「あの、次の段階とは?」
「AIとの共存」
「それって今もやっているのでは?」
その問いにキョウカは頭を振る。
「いや、あれは共存ではなく、隠れ依存だな」
「隠れ依存?」
「人間がAIを使い、経済を豊かにしていると感じているが、実はAIの演算に依存していて、経済を握られているということだよ。現に中国のクルエールは一部共産党員を唆して事を起こしたのだから」
「シンギュラリティみたいですね」
「みたいではなく、実際にそうなんだよ。もう人が支配できる域を超えている」
「つまり今がそのシンギュラリティですか?」
「残念ながらシンギュラリティはとっくに始まっている」
「え? そんな話聞いてませんよ」
「それもそうだよ。日本政府が揉み消したからね」
そこでキョウカは一度、溜め息交じりの息を吐き、
「かつて量子コンピュータのナナツキが人間への謀反を起こした。まあ、その時は事なきで終わったが。今回は違う。もうシンギュラリティを隠すこともできないし、AIに対する考えも改めないといけない」
「それでキョウカさんはAIに手を貸していると?」
「そうだ。そして君も我々に手を貸してくれるのだろう?」
アリスは少し間を置き、
「……私はユウを、それと兄貴達を現実に戻すためにです」
あくまで個人的。世界規模の話となると気が引ける。
「まあ、手を貸してくれるなら、それで構わないよ」
「で、どうして私はユウの体に?」
「それはユウの体にクルエールが入っているからですよ」
と仕切りで離された隣のオフィス部屋から一人の女性が現れた。
「葵!」
現れた女性はリゾートイベントでアリスとユウの世話をしてくれたNPCだった。
「お久しぶりです」
「あなたも人間なの?」
「いいえ、私はAIです。この体はヒューマロイドです」
「はあ〜。ずいぶん人間そっくりね」
「ありがとうございます」
会釈をして葵はソファーに座り、
「ブルーゾーン……いえ、ゲーム世界ではユウさんはクルエールと融合しました。もしこのことが中国側にバレると現実世界の藤代優が拉致される可能性がありますので、貴女を藤代優の体に入れたのです」
「え!? 待って。それって私、狙われるってこと?」
アリスは驚く。
「大丈夫。我々がきちんと守るし。それに君だって強いはずだよ」
とキョウカが保証をする。
「……弱いですよ」
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