第156話 Pー3 説明

「謙遜する必要はないよ。君は十分強いよ。ゲーム内でも頑張ってたじゃないか」

「そんなことありませんよ。頑張って中堅クラスだったんだし。それにあれはゲームですよ」


 所詮は仮想世界で現実ではない。仮想世界で上手くいくからと言って、それが現実で良くなるとはいかない。


「何、自衛隊だって練習でVRMMOを利用するくらいだ」


 確かに自衛隊も練習でVRMMOを利用するという話は聞く。


「そんなこと言ったらタイタンプレイヤーは全員自衛隊クラスの実力ですよ」

「さすがに全員とはいかないが、多くのプレイヤーは銃火器の知識と扱いに慣れている」

「……でも」


 それでもアリスは不安を拭いきれない。


「安心したまえ。万全に整えている。それに向こうはクルエールに麒麟児と国家機密を奪われたんだ。おいそれと馬鹿なことはしないだろう」


 だが、藤代優のアバターであるユウの中にクルエールはいる。

 中国側に捕まえられたらおしまいだ。

 アリスは強く握り拳を作った。


「君のお兄さんも守らないとな」

「!? ええ……はい」


 兄の名を出されてアリスは緊張した。


「あっ!? エイラは!? エイラは無事なんですよね?」

「無事だよ。我々はプレイヤーを保護するのであって殺すわけではない」

「よかった」

 アリスは胸を撫で下ろした。


「でも、囚われていた頃の記憶はない」

「えっ!?」

「基本プレイヤーは記憶はないんだよ」

「どうしてですか? まさか記憶を消した?」

「違う」


 キョウカはプレイヤーの状況について語った。

 プレイヤーはゲーム世界に閉じ込められたが、それは一部であり、多数はそうではないらしい。


「それは……ええと起きているから……ううん? 別人でなくて本人で……え? それならゲーム世界のプレイヤーは? ん?」

 アリスは腕を組み唸る。


「こんがらがったかい? まあ、いきなりプレイヤーは普通に生活しているって聞くとクエスチョンマークが飛ぶよね」

「つまり、プレイヤーは普通に生活してると? でも、どうやって? ゲーム世界に囚われているのでは?」

「囚われているのは虚数側の魂だよ」

「……きょすう?」

「ううむ。そこも説明しないといけないか」


  ◯ ◯ ◯


「……ということだよ」

 キョウカは虚数の魂について語った。


「分かったかい?」


 しかし、アリスは険しい顔をしている。


「……なんとなく?」

 なぜか疑問系で答えるアリス。


「ようは記憶がないってことかな?」

「今はそう理解してくれて結構だ」

「私の体も動いているの?」

「いや、君の体は眠っている」

「えっ!?」

「君は未帰還組だ。残念だが」

「残念とは思いません。私の体が私の知らないところで動いているなんて嫌ですから」


 でもキョウカ曰く、動かしているのもアリスであると。


「エイラに会うのは駄目ですか?」

「ううん」とキョウカは目を瞑り、唸る。

「確かに彼女が仲間になってくれたら心強いんだけど。どうだろうねえ?」

「兄貴をだしに使えば?」

「正確には井上兄妹きょうだいをだしに使えば宜しいのでは?」

 と秘書風の女性が言う。


「そうだね。確かエイラはレオの恋人だったね。レオとアリスを救うためと言えば良いかもしれないね」

「あの」

「ん? どうしたアリス君?」

「もしかしてクルミさんですか?」

 とアリスは秘書風の女性に聞く。


 その秘書風の女性は眉を少し伏せる。


「あっ、違ってました」

「いいえ。私は胡桃です」

「あっ、よかった」

「でも、君の知るクルミではないのだよ」

 とキョウカが言う。

「え?」

「ゲーム内にいたのはクルミのふりをしたマリーというAIだったのだよ」

「えっ! あっ、じゃあ!」

「初めまして。深山鏡花様にお使いしております。宮下胡桃です。以後お見知り置きを」

 と秘書風の女性は名乗り、礼儀良くアリスに向けて頭を下げる。


「ど、どうも。井上風花です。ゲーム名はアリスです。今は藤代優です」

 とアリスも返答した。


「なんていうか。びっくりです」

「さて話を戻そう。エイラだったね。彼女は記憶はないが戻す……いや、ゲーム時の記憶をことは可能だ」

「現実世界に戻ったプレイヤーに記憶を入れないのはどうしてですか?」

「それは混乱させたくないからだ。それに記憶があると中国の工作員に狙われる可能性が高いからね」

「それってつまり、私も記憶がないふりしてたら狙われないということですか?」

「君というか藤代優はクルエールとくっ付いたからね。どの道狙われるだろう」

「向こうも藤代優がクルエールとくっ付いたなんて知らないのでは?」

「どうだろうね。中国の量子コンピュータも2台だけではないし。絶対に隠し通せるわけではない」

「う〜ん」

 アリスは唇を尖らす。


「一体いつまでなんですか?」


 その質問には葵が、

「計画としては国際社会にプリテンド問題、そして時代の転換期、そしてAEAIのこと承認して貰うことです」

「具体的はいつですか?」

「分かりません」

 葵は首を横に振る。


「でも、日本政府はプリテンドのことを以前から知っていましたし、ゲームプレイヤーの未帰還者問題で中国の工作問題も世間も認知されたし。そう遠くないかと」

「? どうして未帰還者で中国の工作が世間にも分かるのですか?」

「未帰還社でアイリス社に捜査のメスが入ったのさ」

 それは当然であろう。関係者なのだから捜査のメスが入るのは普通であろう。

「で、そのアイリス社がゴーストカンパニーとバレたのだよ」

「ゴーストカンパニー? ペーパーでなくて?」

「そう。ゴーストだよ。ゴーストカンパニーというのは会社は有るが実態がないんだよ。役員も社員もいない。しかし、商品がある」

「それっておかしくないですか? 役員も社員もいなければ商品なんて作れませんし」


 一体誰が作るというのだろうか。


「だが、工場とかには図面メールさえ送れば問題ないだろ?」

「取り引きは?」

「結局は金だろ。なら、前金を払うか信頼のある企業からの紹介なら問題はない」

「でも人がいないのにそんなことってありえます?」

「アリス君。ゴーストカンパニーとは本当にいないのではなく、掴めないということだよ」

「掴めない?」

「経営指示。発注メールの差出人とかね。確かにいるが、いざ突き止めると誰も掴めないっていうのがゴーストカンパニーさ。せいぜい下請けくらいだね」

「怪しいですね」

「そう。そしてそれが中国絡みとなると世間様はすごく驚いたらしいよ。日本に中国絡みの謎の会社があるってね」

「というかアイリス社って中国企業なんですか?」

「その様子は知らなかったことだね。まあ、仕方ないかな。世間でもアイリス社が中国絡みと知ったのは最近だしね」


 アリスはてっきりアイリス社は日本企業の安全なゲーム会社だと思っていたから、実は中国絡みのゴーストカンパニーと知り、驚いた。


「中国政府は認めてるんですか?」


 あの国なら悪どいことをしても知らぬ存ぜぬを突き通そうだが。


「向こうは『中国政府を騙った組織が』ってことにしている。そして日本政府に情報の提供を要求しているね。まあ、虎の子の量子コンピュータ絡みだ。完全否定はできないのだろう。完全否定したら量子コンピュータを失うようなものだ」


「それで世間は中国政府からの工作を知り、不安になってると。そして中国政府は量子コンピュータを2台も囚われてしまって焦ってると?」


 その問いにキョウカは頷いた。


「まあ、半年以内には目を背けない大きなことがあるだろう。さすれば国際問題にもなる」

「元に戻れるのですよね?」

「君も元の体に戻れるよ。そうだよね? 葵?」

「はい。全て解決次第アリス様を元のお体に戻します。それまで宜しくお願いします」

 そう言って葵は頭を下げた。


「それまで藤代優の体を頼むよ。もし何かあったら遠慮なく私に連絡をくれたまえ。深山家が総力を持ってバックアップするから」

「はあ。って、そうだ! どうして私……というかユウは女性なんですか?」

 アリスはユウの胸を触り、聞く。


「そりゃあ、肉体的には女性だからだろう」

「それって……つまり……そういうことで?」


 本当は聞く必要はなかった。藤代優の記憶として知っている。


「うむ」

「はあ〜」

 含みのある息をアリスは吐いた。


  ◯ ◯ ◯


 夕飯の席。アリスは帰宅すると丁度、夕飯が出来ていた。


 いろいろと一人になって情報の整理をしたかったがが、変に心配させてはいけないとアリスは藤代優の両親と共に食事についた。


 野菜炒めに嫌いなピーマンがあったが、アリスは何とか咀嚼した。


「どうしたの?」

 藤代優の母親がアリスに尋ねる。


 つい考え事をしていたせいか、心配させてしまったらしい。


 考え事とはキョウカとのことである。


 あの後、キョウカからメールアドレスを交換した。そして名前について「深山鏡花」そしてアリスについては「藤代優」で作戦時は「アリス」と呼ぶようになった。


「なんでもないよ」


 嘘だ。事が終わるまで藤代優の体で藤代優として生活をするのだ。

 なんでもないとはいかない。かと言って目の前の藤代優の母親に「私は井上風花。藤代優ではないの」なんて言える訳ない。


「学校はどうだった?」

 次に父親が聞く。


「スカート履いて行ったのだろう?」

「うん。問題ない」


 けど詳しくは分からない。誰も何も言わなかった。藤代優はパンツスタイルだったらしい。その記憶は今の体に残っている。だからそのことをアリスは知っているし、覗き見をしているのような罪悪感を感じてもいる。


「嫌ならパンツスタイルに戻してもいいのよ?」

 と母親が言う。


「大丈夫。全然大丈夫だから」

「ならいいけど」


  ◯ ◯ ◯


 食事の後、アリスはベッドの上で仰向けになり、天井を眺めた。


「う〜ん。藤代優か」


 アリスは胸を掴む。


「私より大きい」


 目を閉じて、明日からの生活を考える。

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