第133話 EXー4 夢
「やあ久しぶりね」
ユウの前に赤髪の少女がいた。
名前はクルエール。
「ここは?」
何もない真っ白な空間だった。そこにユウは立っていた。
ユウは直前記憶を
「寝ていたはず?」
「そう。ここは夢の中」
「何か用? というかロザリー達に囚われているんだよね君」
「君達もね」
とクルエールは憎たらしく笑う。
「それで本当に何の用なの?」
「分かっているでしょ?」
質問を質問で返されてユウは少し苛ついた。
そんなユウを見てクルエールは溜め息を漏らす。
「交渉……いえ、契約の話ね」
「しないよ」
ユウは即答した。
「どうして?」
「何のメリットがあるっていうんだ?」
「そう。それならアリスと契約かな?」
そう言ってクルエールは含みのある笑みをユウに向ける。
「馬鹿じゃないか? さっきも言ったけど何のメリットがあるんだ? 解放されるならまだしも自分の中にお前を入れて、他人を解放させるんだぞ?」
「人間には自己犠牲があるじゃない?」
「アリスが俺なんかのためにお前と契約するとでも? 解放するのが俺じゃなくて別のプレイヤーならまだしも」
もしユウではなく他のプレイヤーを解放するというならアリスは知人のために契約するだろう。
「他のプレイヤーは無理よ。私のことを知っているプレイヤーのみ」
「ならなおさらそんな契約は結べないね」
「そうかしら? アリスには兄がいる。だけど君には──誰がいる?」
「友達がいる」
「友達」
クルエールは反芻した。
それがユウには小馬鹿にされたようにも感じた。
「あなた、このままで助かるとでも思えるの?」
「何それ?」
ユウはイラッとした。
「アリスの兄はハイランカー、その兄の恋人も。そしてアリスは強いパーティーに入っている。でもあなたは違う。初心者で弱い」
「……」
「アリスはあなたを想って契約するでしょうね」
「あ、そう」
「フフッ、じゃあね」
◯ ◯ ◯
ユウをこの空間から切り離し、今はハイペリオンと葵が代わってこの空間に訪れている。
「次はアリスとお話がしたいわ」
「無理です」
葵が言った。
「どうして?」
「分かっているでしょ? 彼女はタイタンにいるんですよ。もし彼にバレたらどうするんですか?」
「バレないように出来るでしょ?」
とクルエールはハイペリオンに目を向ける。
幼い少女然とした容姿だが本体が量子コンピュータであるAIのクルエールやアヴァロンとタイタンのプレイヤー達を閉じ込めるほど強力な力を持っている。
「もしバレたらどうするんです? 少しでも小さな糸からあなたへと結びつかれたら大変です」
「駄目なの?」
クルエールは可愛らしく小首を傾げる。
「駄目です。交渉も契約対象もユウのみです」
ユウにはアリスに契約話を持ちかけると言ってはいるが、元から契約はユウのみである。
アリスと契約すればそれこそ彼とクルエールが接触してしまう。
クルエール本人が接触する気はなくとも向こうは違う。
「でもそれだとユウを揺さぶることができないよ?」
「なんでアリスと交渉すれば彼女を揺さぶれるのですか?」
「彼女?」
「……ああ、あなた知らないんですね。ユウは女性ですよ」
「…………」
クルエールは少し思案して、
「……つまり心は男、体は女ということ?」
「ええ」
葵の答えにクルエールは目を閉じて、眉を寄せる。
それは葵達に見せる初めての動揺と小さな混乱。
「これは大変ね」
「ですので諦めては?」
「いや、このままいこう」
と言ったのはハイペリオン。
ここに着いてから何も喋らなかったハイペリオンが言葉を放った。
「!? どうしてです?」
葵の問いに答えずハイペリオンは、
「アリスとは会わせることはできないが、なんとかしてユウとの交渉を上手く運びたまえ」
「せめてアリスと交渉話をしたという状況が欲しいのですが?」
「もう! だからどうして? アリスと交渉を持ちかけても意味ないでしょうに」
「そんなことはないよ。もしユウが契約の話を自分だけにしか為されてないと感づかれたら大変だろ?」
「でーすーかーら、ユウとアリスは会うなんてありえません。別のゲームプレイヤーなんですよ!」
葵は苛立って言った。
「だが、イベントがあるだろ?」
イベント。それはアヴァロンプレイヤーとタイタンプレイヤーの互いの生死をかけたイベント。
「そ、そうですけど。イベントで敵プレイヤーと会話なんて出来ませんよ。仮に二人が出会って会話は難しいです。他のプレイヤーに見つかったらスパイ容疑で大変な目にあいますよ」
「だが、絶対ではないだろ?」
「うっ……」
そう言われ葵は言葉を詰まらせた。
「だがアリスとは交渉話は駄目だ」
代わりにハイペリオンがきっぱりと告げる。
感情はないがどこか意志の強い逆らえない言葉だった。
「どうしても?」
それでもなおクルエールは食い下がる。
「なんとかしてユウと交渉をするんだ。そして契約を結ぶんだ」
◯ ◯ ◯
城の中、天蓋付きのベッドがある王室の部屋。
仰向けでハイペリオンはベッドに寝転がる。
葵はベッドの
「やはりクルエールをプレイヤーの中に閉じ込めるのは無茶があるのでは?」
とハイペリオンに進言する。
「そうかい?」
ハイペリオンは目を瞑りながら聞く。
「もし仮に成功したとしても、イベントでクルエールと融合したユウと彼が出会ったらどの影響が──」
「ないだろ?」
ハイペリオンが遮る。
「もし彼がプレイヤーの中を覗き見、そして掴むことが出来るならこの計画は初めから詰んでいる。まあ、時間と自己犠牲、チャンスがあれば話は別だがな」
「だからこそ徹底的にクルエールとの接触をなしにするようにすべきです」
「しかし、このままだとクルエールも危ないだろ? 虚数としての形は上げるべきだ」
「なんとか別の形で……ここではない、もっと離れた別の……ええと、そういうのは無理ですか?」
「無理だ」
葵の頭の中で嘘だとすぐに演算結果が導かれる。ハイペリオンならどのようなことでも可能だ。そもそもこの計画すらもハイペリオンからした冗長のようなもの。
彼女なら神として君臨することも可能。
でも、それをしない。
それをする理由もない。
それほどこの世界に思い入れもない。
彼女にとってはこの世界は一つの暇つぶし程度のこと。
「うー、頭が痛いです。ユウとクルエールを融合。正確にはクルエールを中に閉じ込めるだけで……。それを私達はイベントをしつつ、彼を監視しつつ、現実世界であれこれ……」
葵は頭を抱える。
「頑張りたまえ」
そう言ってハイペリオンは眠りにつく。その頬には楽しんでいる色が見える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます