第102話 Tー2 仕事

 朝、自室の寝室で寝ていたアリスはノック音で目が覚めた。


「はい、はーい」


 アリスはけだるげな返事をしてベッドからり、ドアへと向かう。


 そしてドアを開けると、そこにいたのは――。


「仕事だ」


 兄のレオだった。


「最悪な寝覚めね」


 寝ぼけまなことも半眼とも取れる目をアリスはレオに向ける。


「失礼だな。それより仕事だ」

「…………へ?」


 アリスはすっとんきょうな声を出した。


「だからお前に仕事だ服着替えてついてこい」

「仕事って何?」

「説明するからこい」

「ちょっ! 腕引っ張らないでよ!」


  ○ ○ ○


 アリスが連れてこられたのは攻略班達の宿舎の中にあるデスクコーナーだった。


 プレイヤー達が各々机のパソコンを扱い、仕事をしている。


 アリスは嫌な予感を感じた。

 ゆっくりと逃げるために後ろへ下がろうとするのをレオに肩を掴まれた。


「仕事だ」

「……え?」


 アリスは頬をひきつらせて聞く。


「お前はレベルが低い。今はデスクワークで貢献しろ」

「ならなおさらレベルが低いなら上げればいいじゃないの!」

「何が『なら』だ。レベルを上げてもランクが上がらないと意味がないだろ」

「う!」


 レベルが上がれば強いというわけではない。ゲーム内ではレベルが上がってもランクが上がらないと意味がない。というのもランクが現在のレベルステータスであるから。


 ランクはプレイヤー熟練度によって上がる。ゆえにランク上げはより多くの戦闘をこなさいといけなくて時間がかかるのだ。


「攻略隊に入るからには仕事をしろ」

「まだ発足してないんでしょ」


 昨日、攻略隊発足の説明会を行ったばかりで、まだ発足はしていないのだ。


「ああ。今はな。だが、もう時期発足するんだ」

「ふうん」

「ミランダ」

「はい!」


 名前を呼ばれ女性プレイヤーが椅子からしゃきんと立ち上がった。


「こいつに仕事を教えてやってくれ」

「はい!」

「じゃあ頼む」


 と言ってレオは部屋を出た。

 アリスはその背中に歯を合わせて睨んだ。


「それじゃあアリスこちらに」

「はーい」


 デスクワークなんて柄でもないがとりあへず任されることにした。


  ○ ○ ○


「つ、疲れたー」

 仕事を終えてアリスは机に突っ伏した。

 ゲーム内では肉体的疲労はないが精神的疲労はあるのだ。

 パソコンに向かい、こつこつ仕事をするのはモンスターを駆逐するよりも精神的疲労がくる。

「お疲れ。少し

 それは終わりではなく他にも仕事があるということ。

「もうやだー」

 アリスは小さく愚痴を漏らした。しかし、

「そんなこと言わない」

 女性プレイヤーが一喝した。

 どうやら聞こえていたらしい。


  ○ ○ ○


 アリスの仕事はプレイヤー達からのモンスターの情報、ドロップアイテム、経験値を纏めるというもの。


 モンスター名とどんなドロップアイテムが出るのかだけなら問題はなかった。


 問題なのはモンスターの平均、最大、最低レベル。獲得アイテムの出現率、レアアイテム出現率。経験値についても平均、最大、最低を調べなくてはならないということだ。アリスが任されたエリアにはモンスターが一体だけではなく数多くの種類がいる。ドロップアイテムも様々である。


 さらにプレイヤーからの情報量が多いものもあれば少ないものもある。

 簡単に確率を出したいため100件をベースにしようにも200件近くに新たなデータが現れると確率を直さなくてはいけないし。さらに条件下によっては変動があったりと、終わったら思ったら、また計算し直さなくてはならない状況が生まれる。


「……終わった」


 アリスはデータを女性プレイヤーのパソコンに送信した。


「お疲れ」


 データを受け取り、女性プレイヤーは労いの言葉を告げた。

 アリスが部屋を見渡すと部屋にはアリスと女性プレイヤーしかいなかった。


 他のプレイヤーはとっくに仕事を終えてしまったのだろう。女性プレイヤーもアリスが終わるのを待っていたのだろう。

 そう考えるとアリスは自分の不甲斐なさを恥じた。


 しかし、アリスにとってこのような仕事は初めてのものであるので仕方がないことだった。


 データを確認して女性プレイヤーは目を瞑り、眉間を指で揉んだ。


「今日はもういいわ」


 ちなみに出来上がったモンスター分布図はお世辞にも良いとは言いにくいものであった。


「すみません」


 アリスは部屋を出てレオ達の宿舎に戻った。

 そして食堂や浴場には寄らず一直線に自室に向かった。


「疲れたー」


 部屋に着くやアリスはベッドにダイブした。

 そしてそのまま寝た。


  ○ ○ ○


 翌日もまたノック音で目が覚めた。

 アリスはどうせレオだと思い、狸寝入りをする。

 しかし、


「おーい、アリスさーん。起きてー」

「へ!? 誰?」


 レオでもエイラでもない声に驚き、アリスはすぐに起き上がってドアを開けた。


「おはよ」

「え、はい。おはようございます」


 訪問者はレオパーティーのメンバーだった。顔は覚えてはいるが名前が出なかった。アリスは頭上に目線を向けると、


「クラウディアよ」

「あ、どもクラウディアさん」


 慌てて目線を下げるアリス。

 クラウディアは肩を上げて、

「よろしくね」


「はい。それで何か?」

「レオから伝言。設営キャンプポイントに来るようにだってさ」

「……そうですか。うちの兄は?」

「レオはストーリーイベント攻略中よ。たぶん明日くらいには終わるのかな」

「伝言ならメッセージで良かったのに。駄目な兄ですね」


 とアリスが言うとクラウディアは笑った。アリスが何という顔をすると、


「『あいつはメッセージを既読スルーするし、狸寝入りして知らんぷりするから君に伝言を頼むよ』だってさ」

「ひどい」


 とはいえ、実際に狸寝入りをしていたのは事実である。その分、向こうにこっちのことが筒抜けていてどこか癪に障るアリスであった。


「伝言は伝えたからね。じゃあーねー」


 とクラウディアは手を振って、去っていく。


「はい。どうも」


  ○ ○ ○


 設営キャンプは雪山を登らないといけない。

 以前は皆とだが今は一人だ。

 アリスはそれを麓に着いて気付いた。


「これ一人で登れと?」


 無理という言葉がアリスの頭に浮かぶ。


「……帰ろ」


 と呟きアリスはUターンしようとした。

 そしてレオには一言告げておこうとメッセージを送った。


 するとすぐに返事がきた。


『10時にブラームスのメンバーが登山するからそれに同行しろ』


『了解』


 アリスは近くの岩場に座り、ブラームス攻略班のメンバーが到着するのを待った。


  ○ ○ ○


 10時10分前にブラームス攻略班のメンバーらしきチームが現れた。


「こんにちは。ブラームス攻略班のメンバーですか?」

「そうだけど。貴女はアリス?」


 先頭を歩く女性プレイヤーが聞いた。


「はい。えっと……ご一緒しても?」

「ええ。レオから話は聞いているわ」


 どうやら向こうの方にもレオからの伝言が届いていたらしい。


「よろしくお願いします」


 アリスはブラームス攻略班と共に雪山登山を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る