第101話 Tー1 始動

 中央講堂には数多くプレーヤーが集まっていた。


 壇上中央にぎこちない足取りでパンツスーツの女性が立った。

 喉を鳴らして、手に持ったマイクに口を近付ける。


「お、お集まりの皆様、この度代表を取らせて頂くことになりましたサラです。えー本来は攻略班代表のブラームスが任にあたるべきなのですが制圧戦イベントの後に……」


 そこで「消えて」と答えるべきか「お亡くなり」と答えるべきか逡巡した。

 前もって挨拶の言葉を決めていたが緊張により文面は穴食いのように消えてしまった。


「イベントの後に、ここにはもう居なくなりましたので秘書である私が臨時に代表を執ることになりました。まだ不馴れな事はありますが宜しくお願い致します」


 なんとか穴食いの文面は自分の言葉でカバーしつつ、なんとか挨拶を終えた。

 そして最後にサラは雛壇に座るプレーヤー達に向け、頭を下げた。


 雛壇からはこれといった文句もなく、小さい拍手が鳴った。

 サラは顔を上げて、マイクを強く握り、息を吸い胸を膨らませた。


「ではこれよりカシドニア攻略隊の編成について説明させて頂きます」


 カシドニアはこの島と都市の名前である。

 今では島の名前であることを忘れ、都市の名前としてプレーヤーに通っている。


  ○ ○ ○


「ふう~」


 説明会が終わって、雛壇に座っていたプレーヤー達が去った後、サラは大きく椅子の背もたれに体重を預けて、足をだらしなく伸ばし、息を吐いた。


「お疲れ様」


 言葉と同時にペットボトルの水が差し出された。


「ああ。ありが……エイラさん! おお、お疲れ様です」


 ペットボトルを受け取ったサラは差し出したのが部下ではなく有名パーティーのエイラと知り、椅子から立ち、腰を曲げた。恥ずかしいところを見られたと顔が熱くなる。


「そんな……もっと楽にして結構よ」

「いえいえ、そんな」


 サラは顔と手を振って否定する。


 しかも今回、大規模な攻略隊を編成できたのはレオパーティーの功績が高い。さらに先日のミスコンでエイラが優勝した影響でか人も多く集まった。


 もし残された攻略班のみなら集まることまなかったし、最悪、攻略班そのものが解散していたのかもしれない。


「本当にこの度は色々と助けて……いえ、これからも色々と助けて頂きますが宜しくお願い致します」


 サラは何度も頭を下げる。


「ちょっともうやめてよ。こういうときは助け合いよ。ね?」


 エイラはサラの肩を持ち微笑んだ。

 同姓でありながらその微笑みに胸がときめいてしまう。

 これがミスコンの優勝を取る者の力というものか。


 そこで咳払いが。

 振り向くと少し離れた所にレオがいた。


「すまないが。そろそろ会議をしてもよいか?」

「はい。すぐに」

「待って!」


 エイラはレオに駆け寄り、小声で、


「レオ、少しは休ませてあげなきゃ。説明会でずっと声を出してたのだから」

「ここでは肉体的疲労はないだろ」

「でも精神的疲労はあるのよ」


 ここゲーム世界において体は仮そめのもので肉体的疲労はない。しかし、その体を操り、相手とのコミュニケーションを取る心には精神的疲労が溜まる。

 ゆえに休憩は必要不可欠なものである。


「……そうだな」

「いえ、だ、大丈夫です」


 サラは声を上げて、二人に向けて答えた。どうやら二人のこそこそ話は聞こえていたらしい。

 レオは顎を掻き、少し考えた後、


「それじゃあ15分後、会議室に集合で」

「はい」


  ○ ○ ○


 アリスは複雑な気持ちで帰路についていた。攻略隊中心メンバーは中央講堂に残っている。


 レオは実の兄である。アリスはこのゲームをプレーヤーしてから妹という身分でレオ達にお節介になっていた。


 しかし、今回はレオパーティーが残り、アリスは帰された。それは当然と言えば当然である。アリスは正式メンバーでなく預かりの身のような立ち位置である。けれど少なからず疎外感がある。


 そしてまた思うところもあり、言葉にしたいこともある。

 だが、


「結局、レオ達にいいように使われてね?」


 説明会が終わり、帰路についているのはアリス一人ではない。他にも雛壇に座っていたプレーヤー達がぞろぞろと帰路についている。


 その中のプレーヤーから文句の1つがアリスの耳に入った。そのプレーヤーは隣を歩く仲間に話かける。


「なんか手柄とか持ってかれそう」

「手柄というか報酬は分けられるんだろ」

「ん~、でもな~」


 そのプレーヤーも思うところがあるのだろう。腕を組みどこか納得がいかないようだ。

 しかし、アリスはそれを耳にして不愉快に感じた。

 自分があれこれ言うならまだしも別の相手からあれこれレオ達の陰口を聞くのは腹立つのだ。


「実物エイラがまじカワユス」

「あの凛々しさにブヒブヒですよ」

「むほー」


 別のプレーヤー達が生理的にきもい言葉を口にする。聞くだけで耳の中を掻きたくなり、背中が粟立つ。


 なんとも自分勝手で愚かな連中なのか。能力も低いくせに偉そうに。

 アリスはさっさとこの一団から離れたくて大通りから路地へと入った。この道だと宿舎には遠回りになるがそれは今、おかまいなしだ。


 空を見上げると星空が。

 リアルの都会では見られない星が無数、夜空に浮かび瞬いている。


「アリス君」


 名前を呼ばれ、アリスは振り向いた。

 そこには三人のプレーヤーがいた。

 お嬢様風の女性プレーヤーとそれを守る従者のような女性プレーヤー。そして囚われたこの世界ゲームでは珍しい小学生低学年ほどの男の子が。


「キョウカさん、こんばんは。もしかして説明会に来てたんですか?」


 と聞きながらアリスはキョウカ達も攻略隊に組み込むことをレオから聞いていたのを思い出した。


「ああ。で、君はこんな所で何を?」


 アリスは肩を竦めて、


「星空が綺麗で」

「そうか」


 と言ってキョウカもまた空を見上げた。


「君はお兄さん達と一緒に残らなかったのかい?」


 キョウカは空を見上げたまま尋ねる。


「私は初心者ですし。それにキョウカさんこそ残らなかったんですか?」


 キョウカ達は雛壇側ではなく、壇上側にいたはず。しかもキョウカはスポンサーでもあった。ただし、囚われた今ではスポンサーの意味もないのだが。


「彼の目的はカナタを出席させることだしね」


 小さい子どもの前で汚い言葉を発せないし、庇護対象があれば集客もできるというものらしい。


「あー、それはすみません」

「気にしなくていいよ」

「お嬢がそれを言いますか?」


 とクルミが会話に割って入る。


「そうだね。これはカナタの問題だ。私が言うべきではないだろう」

「カナタ? どう? 平気?」


 アリスが膝と腰を曲げ、目線をカナタに合わせて尋ねる。


「平気」

「そっか。でもなんかあったらお姉ちゃんに言いなさい」


 そう言ってアリスはカナタの頭を撫でる。


「アリス君、どうだいこの後ご飯でも」

「お供しまーす」


 アリスは明るく返事した。

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