第103話 Tー3 管理人

 アリスと攻略班はなんとかレベル70のマルチ型モンスターを撃破した。


「ふう。やっと倒しましたね」


 アリスはライフル・スピードスターの銃口を下げる。


「ゴメンよ。アリスちゃん」


 背の低い女性プレイヤーが言う。名前はミッシェル。活発で陽気な女の子だ。


「いえ、別に」

「私達は情報統制がメインだからさ」

 と言って肩を竦める。


「情報統制ですか?」


 アリスは鸚鵡に返しに聞いた。


「そう。集めた情報をサイトにアップするの。といってもここだとサイトなんてないから掲示板にアップだね」


 やれやれとミッシェルは手の平を上に向ける。


「そういうことだから実力はないのよ」


 と続けて言うのは現攻略班リーダーのサラだった。服も秘書服でモンスターのいるここでは場違い感がある。それでもこのゲーム世界において戦闘服の見た目はさして戦闘に関係はない。


「ごめんなさいね」

「いえいえ、全然」


 実力はないと言えどランクはアリスより上なので下位ランクのアリスが文句を言える筋あいはない。


「それにしても雪が積もってませんね」


 アリスは登山道を見て言う。


 以前アリスが登山に訪れた時は雪が積もっていて除雪しながら進んだはず。それが今は人が歩く道には雪が積もっていない。

 それでも雪山特有の肌に突き刺す寒さは残っている。


「都に除雪申請したからよ」

「除雪申請?」

「除雪申請すると歩ける分の除雪をしてくるの」

「それだったら初めからしてくれたら良かったのに」

「これは一度プレイヤーが除雪しないと駄目なのよ」

「何そのシステム!」

「しかも期日ありだからな」


 とミッシェルが口端を歪めて言った。


  ○ ○ ○


「ふひぃ~。やっと着いたわ」


 設営キャンプに着き、ミッシェルは右肩を回した。

 アリスはふと、そういえば着いたらどうすればいいのかということに気付いた。レオもエイラもここにはいない。


『設営キャンプに着いたけど』


 アリスはレオにメッセージを送った。

 しかし、手を離せない状態なのかレオからの返事はなかった。


「あのう、私どうすれば? 兄にはここに来いって言われてたんですけど」


 とりあへずアリスはリーダーであるサラに尋ねた。


「聞いてないの?」

「何も」

「しばらくの間、ここの管理をするの?」

「……私が?」


 アリスは自身を指差して聞く。


「ええ」


  ○ ○ ○


『どうだ?』


 夕食を済ませた頃合にレオからメッセージでなく通話がきた。


「管理人なんて聞いてないんだけど」


 アリスは文句を言う。


『ならデスクワークに戻るか?』

「管理人やデスクワーク以外の仕事で」

『モンスター退治か? 初心者のお前に?』


 レオが鼻で笑ったのを端末越しに伝わる。


「何よそれ!」

『お前、でできるのか?』


 それを言われると辛い。アリスは組んでくれる味方もいなければ独りで動ける程の実力もない。


「……だからって管理人はさ~」

『管理人をしつつ、ランクを上げろ』


 そして通話は切れた。


「何よ! もう!」


 とアリスはぷりぷり怒り、端末を睨んだ。


  ○ ○ ○


 管理人の仕事はそれほど難しいものではなかった。食事の用意、誰がいつ訪れ、出ていったのか。そしてテントに泊まったのかをチェックするだけ。


「ふぅわ~」


 アリスは目を閉じ、欠伸をした。

 今は朝の6時。アリスはプレイヤーのため朝食の準備をしていた。


 アリスはおたまを使い、鍋の中の味噌汁をぐるぐると掻き回す。


「お! いい匂いじゃん」


 後ろから声をかけてきたのはミッシェルだった。


「おはようございます」

「おはよー」


 そして続々とプレイヤーがテントから出てきた。


 アリスは急いで朝食を作り、食器を取りだそうと動く。


「いえ、料理だけで結構ですよ。基本セルフなんで」


 サラが人数分の皿を運ぼうとしたアリスに告げる。


「そうなんですか」


 朝食は和洋折衷のバイキング式。

 今思うとアリスは献立で気付くべきであった。

 作ることばかり考えていて失念していた。


 プレイヤーは各々好きなように皿やお椀に料理を載せる。


  ○ ○ ○


「隣いいですか?」


 アリスは朝食を持って聞いた。唯一空いた席がミッシェルの隣だったのだ。


「おう。いいぞ」

「失礼しまーす」


 アリスは朝食をテーブルに置き、椅子に座る。


「朝食お疲れ様です」


 対面に座るサラが労いの言葉を掛ける。


「あのう。……お味はどうですか?」


 それにミッシェルが答える。


「ん? 普通だ」

「そうですか」


 それは管理人としての仕事は合格ということなのか。


「ここじゃあ滅多なことでは変な味にはならないからな」


 と言いつつミッシェルは目玉焼きやウインナーにソースをかける。もしかして関西の方なのだろうか。

 アリスも自分が作った朝食に手をつけ始める。


「……」


 味はミッシェルの言う通り普通だった。

 しかし、どうやったら美味しい料理が作れるのか。


「にしてもレオもやらしいよな」


 その言葉にアリスは食事の手を止める。


「やらしい? うちの兄が何かセクハラ的なことでも?」

「違う違う。ミッシェルが言ってるのはそういう意味じゃないの」


 サラが慌ててフォローする。


「ああ、ごめん。つい方言が」


 ミッシェルも頭を掻きつつ謝る。


「で、どういう意味で?」

「ミッシェルはレオがあなたにここの管理人を任せたのがひどいって言いたかったのよ」

「そうそう」

「ひどい?」


 サラとミッシェルが一度顔を見合わせる。


「ここが臨時の設営ポイントなのは知ってるよね?」

「ええ。設営時、私も居ましたし。休憩エリアを作るって」


 その答えとしてサラは顎に手をあて考える。

 何か間違ったことを言っただろうか?


 しばらくして、

「ここがではなくの休憩エリアってのは知ってるのかな?」

「仮設?」

「やはりか」


 と言いサラは額を右手中指で押す。


「やはりとは?」

「えっとね。普通は休憩エリアにテントを設営するの。でも臨時で休憩エリア以外でも仮設の休憩エリアを作るの」

「……えっと、つまり、ここは本物の休憩エリアでないってことですか?」


 サラは頷き、

「だから色々大変なのよ」

「大変?」


 嫌な予感がした。


「ここは仮設だからモンスターに襲われるのよ」

「本物の休憩エリアなら問題ないんだどな」


 とミッシェルが食事を終えて言う。


「……モンスター」


 ここがモンスターに襲われるというなら誰が対処するのか。

 それはもちろん――。


「で、でも前に来たときアイテムがあるから襲われないって」

「絶対ってわけでもないのよね」

「えっ? えええ?」

「だからここの管理人をするってことはモンスター処理をしねえとな」


 ミッシェルはどこか面白そうに言った。


  ○ ○ ○


「ちょっと! どういうことよ! モンスターの対処もしろって!」


 朝食後、アリスはレオに連絡した。

 通話が繋がるとすぐにアリスは文句をぶつけた。


『仕事もして経験値も増える。一石二鳥だろ』

「馬鹿じゃないの? 私のレベル知ってるよね? 無理じゃん!」


 設営ポイント周辺のモンスターは推奨ランク70。ゆえアリスでは対応できない。


『なら他のプレイヤーに助けもらえばいい。そこを拠点に活動しているプレイヤーがいる』

「あのね!」


 まだ文句を色々と言いたかったが、そこで一方的にレオとの通話が切れた。


「ああ! もーう!」


  ○ ○ ○


 夕方頃、大型のモンスターが設営ポイントに向け近付いてきた。


 設営ポイントの周辺にはモンスター避けのポールが同心円状に立っている。一番遠いポールで50メートル離れている。


 これによりモンスターは近付くことはできない。

 しかし、万能ではなく強力なモンスターや一部特殊なモンスターには効き目が薄いとのこと。


 そして今、大型モンスターがポールを無視して設営ポイントに近付いた。

 ポールに付けられた警報器が鳴った。

 アリスはテント内にいるプレイヤー達に、


「すみません。モンスターが来たので退治に手伝って貰えませんか?」

「しゃーねーな」

「よっこらしょ」

「ちゃっちゃっ済ませるよ」


 意外にも多くのプレイヤーが手を貸してくれた。


 実はこれもレオの計算であった。

 攻略隊はまだ発足していない。

 今はまだイメージが悪く、他のプレイヤーとの協力関係も良くない。


 そこでレオが考えたのがアリスの管理人配置だった。

 レベルの低いアリスがおろおろと頼みこんだら断り難いだろうし、さらにその戦闘によって協力関係が結ばれれば御の字である。


 それになんと言ってもアリスはあのレオの実の妹だ。最強クラスのレオの妹が最弱クラスとなれば親近感も持たれるだろう。それを見越しての管理人配置だった。

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