第236話 Aー9 伽藍
ユウは目が覚めて時間を確かめる日を跨いで早朝の4時だった。
──結構寝たな。
ロザリー達と話をしていたが、それ以外は寝ていたということであろう。
ユウはベッドから降りて、大きく伸びをする。
そして部屋を出て、1階のリビングに向かった。
まだセシリアは眠っていると思っていたら、2人掛けソファにセシリアが寝転んでいた。
「起きてる?」
「起きてるよ。てか、アンタ寝過ぎじゃない? ずっと寝てなかった?」
「昨日は色々疲れたからね」
とユウは嘘をついた。
「朝食は食べる?」
「まだ早いし、いいや」
ユウはキッチンに向かい、冷蔵庫から卵とベーコンを取り出す。
フライパンに油を垂らして、ベーコンで吹くように油を広げる。そして卵を割り、中身を投入し、胡椒を振り掛ける。
ベーコンと卵が焼いている間に、トーストに食パンをセットする。
透明だった白身が白色になったところで皿にうつす。
次に食パンが焼け、バターを塗り、ベーコンと目玉焼きの皿の上に載せる。
コーヒーをカップに淹れて、朝食の皿と一緒にダイニングテーブルに向かう。
「私もコーヒー飲もうかしら」
とセシリアもカップにコーヒーを淹れる。それからダイニングへと来て、椅子に座った。
「ここで寝てたの?」
そしてユウはパンを齧る。
「アンタと話がしたかったのよ。そしたらなかなか降りてこなかったし」
「ごめん。で、なんの話?」
「そりゃあ、次のイベントについてよ」
「ああ。イベントの告知が来てたね」
今度はコーヒーを飲む。
「今回はバラバラになるかもね」
「というかいつもバラバラになってない?」
「そういえばそうね」
そして互いにコーヒーを飲む。
今までのストーリーイベントを除いて、イベントフィールドへ召喚した際は仲間と離れていた。
けど今回はさらに事情があり、ユウはイベントに参加出来ない仕様となっている。
「このイベントが終わったら、パーティー解散?」
コーヒーを飲もうとしたセシリアは止まった。
そしてカップをテーブルに置き、眉を伏せて、
「そうね。そうなるわ」
ユウの目を見ず、コーヒーカップを見てセシリアは告げる。
「このパーティーハウスは?」
「解散だから引き払うわ。それともしばらくは残しておいた方がいい?」
「いや、引き払っておいて」
「ん。分かった」
そう言ってセシリアはまたカップを持ち上げて、コーヒーを飲む。今度は一気にすべてを胃へと流し込む。
ここはゲーム世界。胃は存在しない。そして味はあれど喉を越えたものはただデリートされる。コーヒーもパンも、目玉焼きもただのデータ。味合うためだけのデータ。人としての営みを再現化したもの。
「寝るわ」
立ち上がって、セシリアは言った。
「おやすみ」
「こんな時間に言うのもおかしいわね。でも、おやすみ」
そしてセシリアはリビングを出て行く。後には階段を上る音がユウの耳に届く。
ユウは目玉焼きを箸で摘み、口へと入れる。
半熟のドロドロした黄身が口の中で広がる。
◯ ◯ ◯
早朝の空気を味わいにユウは外に出た。
人はいないわけではなかった。
ちらほらといる。
冒険からの朝帰りか、それとも朝までどんちゃん騒ぎをしての朝帰りか。
そしてその中にはNPCも混じっている。
彼は眠らないのか。
与えられたプログラムにそって永遠のルーチンとしてそこにいるのか。
ユウはそんな彼らを眺めながら町を歩く。
そして門を越えた。その先はモンスターが出る地帯。
それでもユウは進む。
そして小川の前で止まり、腰をかけるのにちょくど良い岩を見つけ、座った。
小川の音、小鳥の囀り、風が撫で鳴らす草木音、そういったものを目を閉じてユウは聞いた。
これらは全て作られたもの。外から集められた音を流しているだけのもの。
自然ではない人工によって集め作られたもの。
でもそれでもいい。
ASMRだと思えばいい。
頭を空っぽにして、楽になろう。
ゲーム世界に閉じ込められてから、異変続きの連続だった。
今回もまた人には相談できない情報量が多すぎる。
自分が選んだというより、選ばされた結果。
理不尽すぎる結果。
残酷すぎる結果。
もう頭がかち割れそうだ。
だから空っぽにしなければいけない。
伽藍に。
でも、知っている。自分の中にクルエールがいることを。
アバターの中、伽藍としたはずの中心にそれは確かに存在している。
それはユウ自身には感知も存在感もない。心の中で問いかけても応じることはない。
もしかしたら本当はいないのかもしれないと思うほど。
でも、ある。伽藍とした中にクルエールはいるのだ。
心を無にしても、全てを流れに身を任せようとも、それは存在している。
目を開けると朝焼けが目に入った。まるで夕焼けのように空は赤色を帯びている。
前に叔父が朝焼けについて教えくれたのをユウは思い出した。
あれは小学生の2年生の頃。なぜ空は青いのか、そしてなぜ赤色にもなるのかと、ふと聞いたときだ。
『太陽の光はいろんな色を持っている。だけど大気のせいで色が消えていってしまうんだ。だから今いる場所から太陽が遠いと、赤色が残るんだよ』
『いろんな色? ピンクとか緑もあるの?』
『あるよ』
『嘘だ。そんなアニメのへんてこ惑星の空なんてないよ』
『ピンク色は朝焼けや夕焼け頃に現れる。緑色の空は日本ではほとんど見られないけど、アメリカとかではあるよ』
そんな叔父は亡くなった。
叔父もまた理不尽な事故によるもので。
今、自分は理不尽の真っ只中にいる。
「本当にピンク色だ」
赤色の空にピンク色が混じっていた。
これも本物ではない作られた空。
それでも綺麗だった。
いつの間にかユウは立ち上がっていた。
朝日が昇る空を黙って眺めていた。
そして徐々に色は変化していき、空は青くなった。
「戻ろう」
そう独りごちて、ユウは歩き始める。
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