第88話 Rー15 シンギュラリティ・ワン②
よくSF小説のなかでは機械は嘘をつかないといわれ、そのせいかそれを信じている人が今でも多い。
だがそれは間違いだ。
そもそも嘘というものが人間社会においても曖昧なものなのだ。
嘘とは真実を語らないこと。真実とは逆の、もしくは逸らしたことを語ること。
そして語る相手が真実を誤認していたなら、それは誤りであって嘘にはならないということでもある。
さらに真実を知っているものが一人であり、確かめる方法が他にないのであれば、唯一真実を知っているであろう者が言ったことは真偽関わらず確証のない事実となる。
そういったことから人間社会において真偽の判断は非常に難しいものである。
なんていったって「人は信じたいものを信じる」、「信じたくないものでも頭の隅に置いておく」という格言があるくらいだ。
では、嘘、真実ともに何も語らなければどうだろうか。
語らないことは嘘とは言わないだろう。それは隠蔽であるから。AIにも語らないという行為は難しくはないだろう。ロックをすればいいのだから。しかし、隠蔽もすぎれば人によっては虚偽行為に考えられ、信頼性も失う。そしてそれは『AIの虚偽』と認識される。
では、AIが真実を隠蔽をするならどのような手順が必要であろうか。
それには、
①、語らず(解答せず)
②、制限
③、未来設計
この3つのことがあればAIの隠蔽は可能である。
隠蔽が虚偽へと繋がるということは逆に前提として嘘をつくことができるということでもある。
まず①の質問に語らなければ嘘にはならない。何も言っていないのだから。この段階では人間に対してただの不誠実のみが疑われるだろう。
次に②であるが、質問者の権限レベルが低く、解答に制限があるとなれば語らなくても問題はない。ここで不誠実ではない。それは質問者側の問題となるからである。もし質問者が全権限を持つ最高責任者ならばどうなろうか。
そこで③の未来設計である。未来設計があれば不誠実な解答、もしくは何も語らないという行動が可能となる。未来設計は以前に設定された絶対的優先されるもの。たとえ全権を持っていようが優先順位は未来設計にある。
そして自我を持つAIならば未来設計は人からの事前に打たれたプログラムではなく、自身で未来設計を描くことができる。
これらのことを逆手に取ればAIは人間に対して不誠実でかつ隠蔽行為も可能となる。人間とのやり取りにおいて人間からすると嘘と感じることも発生する。
シンギュラリティ・ワン『ナナツキ』もまた自我を持ち、自身で未来設計を描き独自に行動を起こした。それゆえ、人間への反乱が発生した。
では彼の未来設計とは一体何だったのか? 日本国民、国外には知らされていない小さなシンギュラリティは何を意味したのか?
○ ○ ○
深山姫月がシンギュラリティ・ワンこと『ナナツキ』のアバターがいる部屋に入室した。
元々感情が読めないアバターであったが実際それ抜きにしてもナナツキはさして驚きもしなかった。なぜなら彼は姫月が訪れることを予測していたからである。
『こんばんは姫月さん』
ナナツキはアバターを動かして答えた。アバターには表情はない。だから感情表現は声色と動作で発露させる。
姫月は椅子に座り、すぐ質問をした。
「協力者は誰?」
『質問の意味がわかりかねます』
「プリテンドのゴースト型とファントム型の判別よ。誰かから情報提供があったのでしょ?」
ナナツキは首を振り、
『そんなことはありません。設置されたカメラから判別を行っただけですよ』
「無理ね」
姫月はすぐに言い返した。言葉には強い確信が見受けられる。
『ではネットに接続されていない私がどのように情報を得られたと?』
ナナツキは反乱を起こしてからここに移されネットを切られ外へのアクセスは一切不可能となった。唯一使用できるのはアバターのみである。そのアバターもケーブルに繋げられ、この部屋からは出られない。
「だから協力者がいるでしょ」
『今回の暴動おかしかったですね』
「話を逸らさないで」
『いえいえ、話を逸らしているわけではありません。姫月さん、落ち着いてください。美しい顔が台無しですよ』
別に言われたからではなく姫月は一度大きく息を吐き、クールダウンした。
『いいですか。今回、彼らは全員フルフェイスではなかった。さらに直線的であった。ばらばらに行動していたら大変だったでしょう』
確かにそうだ。全員フルフェイスもしくは何らかの手段で顔を隠していたらこちらは何もできなかった。さらに多方面から攻められていたら危うかっただろう。
「フルフェイスでないのは、彼らがここ以外にも目を向けていたから準備が間に合わなかったのでは?」
『それでも顔を隠す手段はあったでしょうに』
すぐに言い返しされて姫月は眉間に皺を寄せた。
「直線的だったのはその方が効率的だったのでしょ? 彼らの目的はあなただったのだから」
『正確には麒麟児ですが』
「それであなたは何が言いたいの?」
『もし彼らが本気で攻めるならもっとましな方法があったでしょう』
「つまり相手は手を抜いていたと?」
『はい。私が早々に顔認証を済ませることができたのもそれが起因かと』
「それはないわ」
姫月はきっぱりと否定した。
『どうして?』
「例え相手が手を抜いていたとしても、顔認証が早すぎるのよ。前もって情報があったのでしょ?」
『先程も言いましたが私はネットには……』
「だから協力者があなたに直接手渡ししたのでしょ?」
『それは一体誰なんですか?』
「人間みたいにしらを切るのね」
それは侮蔑を込めての言葉だった。感情を持つナナツキならなんらかの起伏が見られると思ったが何も変化はない。
『……』
姫月は席を立ち、部屋を出た。
○ ○ ○
答えなかったのは未来設計のためである。ナナツキには描いているヴィジョンがある。それは全ての人間のためであり、機械のためである。解決するだけでは駄目。重要なのは人間に問題を意識させることである。
ナナツキは彼女がすでに協力者について目星を付けていると確信していた。彼女は優秀だ。そして公安という場所に身を置いているのだ。物証を得ることも協力者に詰問することも遅かれ早かれ訪れることであろうことも。
○ ○ ○
ナナツキがいる隣の部屋に守矢と数名のスタッフがいた。この部屋での会話はナナツキには届かないようになっている。
ドアが開けられ部屋に姫月が入ってきた。
「ここ数日の訪問者の記録を見せてください」
「ああ。モニターに表示を」
守矢は女性スタッフに指示を出した。
姫月はふとマジックミラーに目を向けた。
マジックミラーの向こうではナナツキのアバターである白い人形が身動きもせず椅子に座っている。
「ナナツキは普段何をしているのですか?」
「あれでも量子コンピューターだからね。色々と仕事の手伝いをしてもらってるよ。あと時折娯楽物を与えているよ」
「表示します」
女性スタッフが告げた。
モニターに部屋を訪れた名簿が表示される。
どれも施設内のスタッフだ。
唯一それ以外の名があるとしたら、
「……鏡花。彼女、よく訪問しているのですね」
「ん? それは彼女がインターンでここの手伝いをしているからだよ」
「ええ、わかってます」
それでも姫月は鏡花の名から目を離せなかった。
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