第215話 Pー1 説明
新虎にあるビルの一室。
事務所風の部屋に4人と1体がいる。
そこで
「分かる?」
ショートヘアーの少女がアルクに聞く。
彼女は藤代優であるが、中身は井上風花である。ゲーム内ではタイタン側につき、アリスというネームでプレイしていた。
そしてとある理由でアリスは優の体に入れられ、優の体を守り、かつ敵を倒すため鏡花達の活動に参加している。
右手の指先を顎に置いていたアルクは、
「紙とペンあります?」
と対面に座る鏡花に尋ねた。
「あるよ。胡桃」
名を呼ばれたパンツスタイルの右サイドテールの女性は紙とボールペンを用意し、テーブルの上に置いた。
「どうも」
アルクは胡桃に軽く一礼してからボールペンを持ち、髪に書き込み始める。
まず丸を書き、そして円周から上下左右に線を書き足す。
丸には『魂(中身)』と書き、そして右側に実数、左側に虚数と書く。
「ええと……」
右上と左上に『体』、右下と左下に『魂(器)』と書く。
「ゲーム世界の私たちは虚数側の体──」
アルクは左上の『体』をペン先で叩く。
「この体にVRMMORPGに接続させ、魂の器を持ってきたと」
合ってるかどうかを目で鏡花に伺うと、頷かれた。そして続けて、
「私達が閉じ込められたゲーム世界は実数ではなく虚数のゲーム世界だったと。そしてそれは実数側の自分達を守るため。……いわゆるバックアップ」
次に右上の『体』を丸で囲み、『守る』と書き込む。そして右下の『魂(器)』には『バックアップ』と書く。
「合ってる?」
「うむ。理解してくれて嬉しいよ」
「おーなるほど。そういうことか」
アルクの隣りでアリスは紙を見つめて、感嘆の声を出す。
「君、理解できていなかったのかい?」
「だって私、文系だし」
アリスは唇を突き出して言う。
「優はそんなことしないよ」
アルクはアリスの唇を指差す。
「私はする」
「今は優でしょ!」
「こんな時くらい私でいさせてよ」
「『私』って」
優の一人称は『俺』だった。だから優の顔で『私』を使われると違和感でしかない。
アルクは肩を落とし、溜め息を吐く。
「本当に優じゃないんだね」
「うん」
話によるとクルエールという中国産のAEAIに体を与えるという名目でゲーム内のユウはクルエールを自身のアバターの中に入れた。
いまだに信じられないという自分がいて、アルクはなんとか平素を取り繕っている。
「ねえ、私は貴女を何て呼べばいいの?」
「今はアリスでいいよ。高校では優で」
「わかった」
「よろしくね」
アリスは握手の手を差し出す。
「……」
「仲良くしないと怪しまれるよ〜」
「わかった」
アルクはしぶしぶ握手する。
そして鏡花に向き直り、
「で、話にでていたハイペリオンって何者なの?」
「高次元な存在」
鏡花は端的に答える。
その答えは話にも出ていた。高次元な存在ゆえ虚数世界にゲーム世界を作り、プレイヤーを閉じ込める力を持っていると。
「いつからこの三次元世界に?」
「どうして?」
「……別に。で、どうなの?」
「さあ? 葵、どうだい?」
鏡花は右隣りに座るアンドロイドの葵に話を振る。
「すみません。お答えは難しいです」
葵は頭を下げて謝る。
「……もしかして4年前?」
「どうしてですか?」
「別に……なんとなく」
「私は13年前のヨーロッパの事故が怪しいと思うな」
と鏡花が言う。
「13年前?」
「ほらヨーロッパに研究所があるじゃないか。たしか重力エネルギーは多次元に影響を与えるとか言っていた」
「知らない」
「そうか」
残念だと肩を竦める鏡花。
「私も知りません。その研究所で何かあったのですか?」
とアリスが聞く。
「素粒子関係の実験があってね。それで大爆発があったんだよ」
「へえ」
「しかしだ。その実験での大爆発に疑問を持つ研究者がいてね」
「疑問?」
「うむ。爆発の規模が小さいとね。それに爆発が報じられたのは事故があってからの一週間後だよ。それで実は別の実験をしていたのではという話が生まれたのだよ」
「都市伝説ね」
とアルクは一蹴した。
「まあ、ハイペリオンがここに来たとなると大きな実験の影響か、向こうから来たとしてもこちら側に何か爪痕を残すだろう」
「へえ。で、それなの?」
アリスは葵に聞く。
「お答えは難しいです」
「むー」
◯ ◯ ◯
アルクとアリスは駅へ向かい、夕方の新虎の町を歩いている。
「明日からきちんとしてね」
「何よ、きちんとって?」
「私を避けてたでしょ?」
そう。アルクは誘拐事件の後から藤代優ことアリスを避けていた。
「怪しまれるじゃないの」
けど周りは誘拐事件の件とちょうど中間テストもあり、不審には思わなかった。
「あんたこそ、変だったじゃない? なんか負のオーラを出してたじゃない」
「いや、あれは、その……」
アリスは言い淀んだ。あの頃は初めて殺人への罪悪感と恐怖、そして後悔で精神状態が一杯一杯だった。
だからアルクに対して余裕がなかった。
「ま、明日からよろしくね」
アルクは前を見て言う。
「うん」
「優の一人称は『俺』。目上に対しては『自分』だから」
「オッケー」
「ちなみに中間テストはどうだった?」
「ビミョー」
「優の成績下げないでよ」
「なるべく努力する」
その言葉に大丈夫なのかと不安になるアルクだった。
◯ ◯ ◯
二人が帰り、鏡花はソファの背もたれに体重を預け、
「4年前か。アルクは勘が鋭いね」
「はい。正直焦りました」
「でも君は汗は出ないし、ポーカーフェイスも可能だろう」
「しかし、言葉には詰まります」
「嘘はつかないんだっけ?」
「いえ、つけますよ。ただ、『知りません』は彼女には通じないでしょうね」
「その場合は適当に言うとかは?」
「適当……ううんと」
葵は腕を組み考え込む。
「真面目。ここは知ると世界中のエージェントから狙われるから秘密とか言えば良いんじゃないのかい?」
「お嬢、それだと怖がらせませんか? アリスさんの二の舞になったらどうするんですか?」
と言って胡桃が会話に入った。
「ああ、そうなるか。怖がらせになると大変だね」
アリスはアルク誘拐事件の後、しばらく鬱に入っていた。こちら側から接近しても何かと理由をつけられて逃げるのだ。それだけ殺人という行為はアリスの心を抉ったのだ。
「あの時は連絡取るのに大変だったんですかね。しかもやっと連絡取れても説得するのにどれだけ大変だったか」
胡桃は溜め息を吐いた。
「すまなかったね。私や葵は嫌われてたからね」
「え? 私も?」
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