第216話 Aー2 勧誘

 セシリアは自室を出て、一階のリビングに向かった。


 リビングには誰もいなかった。


 それもそうだ。先程ユウは出掛けてくると言っていた。ここには今、二人だけで暮らしている。ユウが出掛けたなら、誰もいないのは当然。


 テーブルにはユウが作り置きしてくれた朝食があり、セシリアは椅子に座り、ゆっくりと朝食を食べ始めた。


 味が口の中に広がる。

 生きているという証。

 でもここはゲーム世界。


「この後、どうしよう」

 セシリアは独りごちた。


  ◯ ◯ ◯


 結局、朝食の後でセシリアは街をぶらつくことにした。数日ぶりの外はセシリアの気持ちとは反対に明るかった。


 とぼついた足で商店街をうろつき、ウインドウショッピングで適当に昼まで過ごした。その後は城門を離れて、フィールドでモンスターの狩りを始めた。


 面白くなかった。

 楽しくなかった。

 なぜ戦っているかも不明。


 でも戦う。

 それしかないから。

 狩りは気晴らしにもならない。

 鬱々としたものは晴れることもなく。

 むしろ重い靄が頭の中に現れる。

 思考していたものが、靄によりぼやけ、思考を遮断する。


 ──辛い。


 頭の中で言葉が強く主張する。

 鬱陶しくて、振り払いたい。

 それでも言葉はあり続ける。くっ付いたように。

 なんとか振り払おうとセシリアは戦う。


 ──いつまで続くんだろう。この戦いは。


 面倒くさくなってきた。

 何もかも投げ捨てたい。

 逃げて逃げて……。


 ──でも、どこに逃げる?


 ふと逃げようとするセシリアを止めようとするかのようにモンスターが壁として現れた。

 ステゴザウルス型モンスター。

 名前はデウヴ。レベル78。


 目の前に現れたステゴザウルス型モンスターはセシリアよりレベルが高かった。


 ──あっ!?


 どうやらセシリアはボーとしていたせいか、無相応のエリアに足を踏み入れていたらしい。


 ──あっ! こいつ強いわ。駄目だこれは。


 セシリアは負けを覚悟した。


 ──どうせ死なないんだし。


 ここはゲーム世界。やられてもどうせ城門前に飛ばされるだけ。


 だが──。


「バッテン消しなさい!」


 急に大声で言われて、セシリアはモンスター頭上のバッテンを反射的に消した。


 そのバッテンは他のプレイヤーに横入りさせないためのマーク。


 赤から半透明になり、白を基調とした騎士がステゴザウルス型モンスターへと駆ける。

 そして大剣で叩き斬る。


「ペリーヌ?」


 ペリーヌは白魔法使いだったため、一瞬誰か分からなかった。


「ほら、手を貸しなさいよ!」

「え? ああ! うん!」


 そしてペリーヌのパーティー仲間も参加して、討伐が始まった。


  ◯ ◯ ◯


 ペリーヌが最後の一撃をステゴザウルス型モンスターにくらわせて、討伐は終了した。


「マルチ型ではないとはいえ、レベルの高いモンスター討伐は疲れたわね」


 マルチ型とは複数メンバーで倒すことが前提となっているモンスターのこと。

 先程のステゴザウルス型モンスターはソロ型であったが、レベルが高かった。


「ペリーヌ、ありがとう。助かったわ」

「まあいいけど。アンタはなんで一人でこんなところに?」


 ここはレベルが80近くのモンスターばかり。ランク59のセシリアでは倒せない。


「ボーとしてたら、いつのにかこのエリアに踏み入っちゃってね。というかアンタ……へえ、すいぶんランク上げたわね」


 ついこの間までセシリアと同レベルだった。それがちょっと見ない間にランクが71になっていた。


「……まあね。アンタのパーティーメンバーは?」

「今日は一人でね」

 セシリアは目を逸らして言う。


「ふうん。ちょっとここで待ってて」


 とペリーヌが言い、仲間の元へ向かう。そこで二、三話をして戻ってくる。


「ちょっと話あるんだけど」

「え?」


  ◯ ◯ ◯


 ペリーヌが話があるということで王都に戻り、喫茶店に入り、窓際の席に二人は座る。


「さっきのだけど……パーティーメンバー変わった?」


 ウェイトレスに注文した後でセシリアは聞いた。


「色々あってね」


 ペリーヌがいたパーティーにはこのゲーム世界に閉じ込められた初日にセシリアも参加していた。だけど、すぐに仲違いがあり、セシリアは抜け、ユウ達とパーティーメンバーを組んだのだ。

 先程いたパーティーメンバーのほとんどはセシリアが知らない顔。


「アンタんとこも大変だったんでしょ? ユウにアルク、ミリィ。何人戻ってきた?」


 前回の「鬼ごっこ」イベントでセシリアのパーティーからはユウとアルク、そしてミリィの3人が選出された。


 このイベントで誰が戻ったかはプレイヤーには知らされていないのだ。


 噂ではスゥイーリアがリーダーを務めるホワイトローズのギルメンのほとんどが敗れて消滅したとか。


「よく知ってるわね。3人が選ばれたなんて」


 パーティーメンバーのことはペリーヌに話したことはなかった。


「そりゃあ、『鬼ごっこ』で選出されるアンケートランキングの上位に、ローランカークラスのユウの名があったんだもん。驚くわよ。普通に。それでどういう人物か調べるでしょ。そしたらアンタんとこのメンバーでびっくり。しかもアムネシアのミリィまでいるじゃない」


 そこでウェイトレスがコーヒーを運んできた。


「で、何人戻ってきたの?」

「戻ったのはユウだけ」

「……まじか」


 続きの言葉が見つからず、ペリーヌはコーヒーを飲む。

 長い味が口に広がる。それを飲み込み、


「あのさ、その、うちのパーティーに入んない?」

「え?」

「うちもさ、さっき言ったように色々あってね。それでメンバー募集してるんだけど……うちにこない?」

「……ちょっと考えさせて。ユウと相談したからで」

「待って!」

「何?」

「そ、その……」


 なぜかペリーヌは目を逸らす。


「ええと、来てほしいのはあんただけで」


 数秒の後にセシリアは自身を指差し、

「……私だけ?」

「うん」

「待って待って。え? 何? どういうこと?」

「ほ、ほら、ユ、ユウはタイタンプレイヤー達から目を付けられている……から、ね?」

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