第92話 Mー13 朝がきて

 ユウが目を覚ますとそこはここ最近で見慣れたコテージの自室だった。朝の日差しがカーテン越しに部屋を明るく照らす。


 ゆっくりベッドから起き上がり、体の調子を確かめる。


 どこも異変はないことを確め、次に時間を確認した。


 時刻は朝の7時だった。日付けも一日経っている。


「夢ではないよな」


 そう独りごちてから部屋を出る。階段を下りてリビングへ。リビングには葵がキッチンにいる。朝食の準備をしているのか朝餉あさげの匂いが鼻腔を刺激する。


「おはよう」


 声をかけると葵が振り向き、丁寧に腰を曲げ挨拶を返した。


「おはようございます」

「ねえ、昨日のことなんだけど……」


 ユウがそう言うと葵はコンロの方に振り戻り、菜箸を使いフライパン上の炒め物をかき混ぜる。


 焼ける音が二人の間に木霊こだまする。


 ユウはもう一度、

「昨日のこと覚えている?」


 しばらくして、

昨日さくじつはこちら側でエラーがあり、申し訳ございませんでした」


 葵は振り向かずに答える。


「もしかして葵はロザリーと同じAIなの?」


 ユウはキッチンに近づいて尋ねる。


「ただのNPCではないよね?」


 葵の箸の動きが止まる。


「どうしてそのようにお考えで?」

「人間性、いや自我というのかな君達の言葉では。君は他のAIと違って感情があって自分というのを持っている気がしたんだ」

「もしそうだとしたらどうしますか?」


 コンロの火を止め、葵はユウに振り向いた。目には強い意思を灯していて、やはり自我を持ったAIだとユウは確信した。


「アリスならクイックショットで攻撃するんだろうけど……」


 ユウは肩を竦め、

「俺はできないな」


 と言って自身の右手を見つめる。

 ぐっと握っては手のひらを開ける。


「ねえ、君達の目的は何? もしかしてシンギュラリティ?」


 葵はゆっくりと瞼を伏せた後、小さく首を振る。


「よくAIの反乱もしくは独立をシンギュラリティと結びつけますけど、元来シンギュラリティとは技術特異点という意味であって人の手を離れるということを指します」

「それじゃあ、やっぱり……」

「シンギュラリティ自体はずいぶん前に発生していますし。あなた方人間がおっしゃる反乱というのも以前に一度発生しております」

「そう。なら今回のこれは何? どうして俺達をゲーム世界に閉じ込めるの? それにデスゲームは? 俺達人間への復讐?」


 葵はすぐには答えなかった。でもそれは語りたくないわけではない。言葉を選んでいるのだ。ユウは急かさず、じっと待った。そして、


「詳しくは申し上げられませんが、あなた方を傷つける気はございません」

「なら、どうして閉じ込める? それにこのデスゲームは?」


 ユウはつい声を張り上げた。


「……ごめん」

「いいえ。謝るのはこちらの方でしょう。先程述べたように詳しくは申し上げられません。ただ、傷つけることはありません。しばらくゲーム世界に留まってもらいます」

「傷つけないと言ったけどイベントで負けると亡くなるのでは? この前の制圧戦だって何人、いや百人ほど亡くなったのだろ?」

「ここだけの話にしてください」


 ユウは頷いた。


「亡くなってはおりません」

「それって解放ってこと?」

「はい」


 ユウはほっとして肩の力を抜いた。しかし、


「ただここでの記憶はございません」

「ど、どうして?」

「記憶をお持ちですと現実世界の方々にこちらのことを知られると色々と不都合がございますので」

「でも、そんなのってひどいよ。ここでの思い出が消されるってことだろ」


 仲良くなったセシリア、ミリィ、アリスとの出会いと友情はユウにとってとても大切な宝となっている。


「いえ、消去するわけではありません。完全に終了するまでの間は記憶を封印させていただくということになります」


 だからって記憶一時的に封印されるなんてたまったものではない。


「御理解御協力の程をお願い致します」


 葵は慇懃に頭を下げた。


「何をもって終了なんだ? 現実ではどうなっている? プレイヤーが昏睡状態になってるなら大騒ぎだろ?」


 やはり社会を混乱させたいのか?

 しかし何のために?


「お答えはできません。ただの混乱は生じております」

「混乱は目的なのか?」

「それは目的ではなく手段であります」


 ユウは眉間に皺を寄せ、難しい顔をする。話が進んでいるようで進んでいない気がする。


「俺達は本当に解放されるんだろうな」

「はい。お約束致します」


 わかったとは言えなかった。まだ信じられないので。ユウは椅子に座り、


「コーヒーを」

「はい」


 葵がモーニングセットをテーブルに置いたところでアリスがリビングに入ってきた。


「おはよう」

「おはよう。どうしたのユウ? 険しい顔をして?」

「別に」


 と言ってホットコーヒーのカップに口をつけた。


  ○ ○ ○


「今日が最終日なのよね。ビーチバレー大会にミスコンってどうなったんだろう?」


 朝食を食べ終えて、アリスがポツリと言った。それを葵が拾い、


「今日の昼にビーチバレー決勝だそうです。その後にミスコンの発表だそうです」

「ミスコンってどうやって決まるの? 審査員? 投票?」

「投票です。期限は今日の昼12時までです」

「急いで投票しなきゃ! ねえ、これってタイタン、アヴァロン関係なしなの?」

「はい。タイタンプレイヤーからアヴァロンプレイヤーに投票は可能です」

「どうやって投票するの?」

「端末トップにミスコン投票のバーナーがあります。タップするとミスコン投票のページにいきます」


 アリスは端末を取り出し、ミスコンページに向かう。


「すっごい! 1871名も応募したんだ」


 その言葉にユウも気になって端末を取り出し、ミスコンページを見る。応募者一覧を見るとプロフィール名と顔写真がずらりと上から下へと並ぶ。プロフィールをタップするとポーズをとった全体写真とプロフィールが表示される。


「これ一人一人見てたら大変ね」

「アリス様、区分けができます。その他にも名前も検索も可能です」


 試しにアリスは名前検索でエイラと検索すると7件はヒット。その内一人にアリスの知るエイラがいた。


「身内が応募しているとなんか恥ずかしいわね」


 ユウもまたパーティーメンバーの3人を検索すると3人とも引っ掛かった。

 セシリアはともかくアルクやミリィがミスコンに応募していたことにユウは驚いた。アルクは恥ずかしがっているのか顔を赤らめかなりギクシャクしたポーズをとっている。ついその画像を見てユウは吹いた。


「ん? なになに? ユウってばそういうのが好みなの?」


 アリスがユウの後ろに回り込み、端末画面を覗く。


「違うよ。パーティーメンバーだよ」

「へぇー」


 アリスは端末画面をじっと見る。


「ふーん。女の子がパーティーにいるんだ」

「いるというか全員女なんだ」

「うわっ! やらし。ハーレムでも作ろうとしたの?」

「違うって! 急遽作ったパーティーだよ。俺は初心者でアルクは現実で同じクラスメートなの」


 ユウは慌てて説明した。


「別にどうでもいいけど? で、その子に投票するの?」

「まあ誰でもいいから」

「誰でもいいならエイラに投票して」


 アリスは自身の端末画面をユウに見せる。


「この人は?」

「私の知り合い」

「かなりべっぴんさんだね」

「残念だけどウチの兄貴の女だから」

「残念ってなんだよ」

「別に」

「なんか怒ってる?」

「怒ってないし」

「とりまエイラに投票してよ」

「いやいや、さすがにタイタンプレイヤーに投票は気が引けるよ」

「別にどこに投票しても問題ないよね?」


 アリスは葵に聞いた。


「はい。どこの誰に投票しても問題はありませんし、誰が誰に投票したかも分からないようになっております」

「だってさ。エイラに投票してよ」


 とアリスはユウにウインクする。


「ん~。…………ごめん。やっぱ身内に投票するよ」

「む、むう~。ケチんぼ! いいですよ。エイラは美人だから1票くらい問題ないもん。そのかわいそうな子に同情票でもあげたら」


 アリスは頬を膨らませそっぽを向く。


「君、失礼だね」

「まあまあ、お二人様、喧嘩はなさらずに。今日のご予定はお決まりで?」


 葵が二人に尋ねる。


『ビーチバレー大会の観戦』


 二人はハモらせて言う。


「すみません。お二人様はビーチバレー大会の観戦が出来ないのです」

「どうしてさ?」


 アリスが不服そうに言う。


「このフィールドは特別なのでここからでは決勝フィールドには向かうことができないのです」


 と葵は告げる。しかし、本当はここからでも決勝フィールドに行けるのである。だが、それは葵やロザリーたちと同じ手順になるので、もしも何らかの原因で他のプレイヤーそして麒麟児がこちらに接触してくる可能性を考慮して、二人には決勝フィールドには伺えないことに決めていた。


「……そっか。それじゃあ、ビーチで遊んじゃう?」

「俺は別にそれで構わないよ」

「でさ、パーとここでバーベキューしようよ」

「うん。いいね。最後に」

「……最後」


 アリスは悲しそうにぽつりと言った。


「アリス?」

「ううん。何でもない」


 首を振り、アリスは笑顔を張った。

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