第122話 Rー12 逃亡と戦闘

 シュタイナーを先頭に早坂、雪柳の三人は施設を出て、道を進むのでなく森へと入った。


「どうして森に?」


 早坂は前を走るシュタイナーに聞いた。


「向こうは銃器を持っています。障害物のない道では危険です。それと腕時計を外して下さい」

「え?」

「たぶんGPS機能があります」

「嘘でしょ?」


 百均とかで売ってそうな安っぽい腕時計だ。GPS機能があるとは思え難い。しかし、シュタイナーは、


「色んなことを考慮しなくては」


 と言って早坂の右手首から腕時計を取り外し、反対側に投げた。


「行きましょう」


 再び三人は森の奥へと逃走を始めた。


「あの! 鮫岡さんとあと誰が……そのう、敵なのですか?」

「アルクさんです」


 シュタイナーがぴっしゃりと答えた。


「他は? 上田さんと神田川さんは?」

「二人は残念ながら」


 シュタイナーは鎮痛の面持ちで告げる。


「そんな!」

「救助が来るまで何とか逃げ切りましょう」

「でも、それならなおのこと施設にいてバリケードやらで籠城でもすれば……」

「駄目です。彼女らは銃器や爆発物を持っているのですよ」


 三人は木々を掻き分けて進む。


  ◯ ◯ ◯


 しばらくして早坂の耳に自分達以外の足音が聞こえた。


「私が囮になります。早坂さんは雪柳さんと一緒に」

「駄目ですよ。危険です」

「大丈夫です。これがありますから」


 とシュタイナーは後ろ腰から拳銃を抜く。


「どうしたんですかそれ?」

「なに、逃げる前に一丁掻っ攫ってきたのです」

「でも撃てるのですか?」

「本国で少々」


 と言ってシュタイナーは笑みを浮かべる。


「無理はしないでくださいね」

「ええ」


 シュタイナーは力強く頷いて、反対方向へと走り去った。


「私達も行きましょう」


 雪柳に急かされて、早坂は頷き返し木々を駆け抜ける。


 しばらくして乾いた発砲音が鳴り響いた。

 そしてそれは一発だけでなく、何発もの銃声が森の空気を震わす。


 早坂は無事であることを祈りつつ森の中を走る。


  ◯ ◯ ◯


 体温は高まり、呼吸は乱れ、汗が体中から噴き出て不快指数が上がる。

 社会人になってからさほど運動をしていなかったツケだろう。


 早坂は立ち止まり、膝に手を置く。


「少し休みましょうか?」


 そう言う雪柳は胸を大きく膨らませて呼吸をするが早坂ほど疲れてはいなかった。

 それを見て早坂は女性より体力のない自分が恥ずかしく感じた。


「だ……」


 大丈夫と答えようとした時、後ろから枝が折れる音がした。

 反射的に振り返るとそこにはアルクがいた。

 その手には警棒が。


「早坂さん! 逃げて!」


 それは駄目だと早坂が叫ぶより早く、雪柳がポケットからナイフを取り出し、アルクに飛びかかった。

 雪柳は右手に持つナイフを後ろに、左肘を前に突き出して進む。

 アルクは間合いを取り、警棒を縦に振おうとするが、すぐに後ろへとステップ。雪柳が振るったナイフをギリギリ回避。


「差し違える戦法かよ」


 普通なら雪柳の頭部、もしくはガードしたなら左腕を叩きつけていただろう。しかし、雪柳はガードをしなかった。さらに頭部を打たれる覚悟をしていた。

 つまり、あのままアルクが警棒を振るっていたなら差し違えていた可能性が高い。


  ◯ ◯ ◯


「ゆ、雪柳さん?」


 ナイフを持っていたことも驚きだったが、あの弱々しかった雪柳が警棒を持つアルクに臆することなく立ち向かったことにも驚いた。さらにアルク曰く差し違える覚悟であったとか。


 雪柳は何度も攻撃を繰り出す。


 アルクは避けつつ、二撃目を食らわないようにすぐに木を盾にするように回り込む。

 早坂は自分も何とか加勢すべきだと考えるもどう動けばいいか分からなかった。


 二人は両方とも得物を持っている。さらに両方とも昨日今日に得物を手に入れて振るっているだけのものではない。素人目からしてもかなり熟練された動きであると分かる。

 そんな二人の死闘に自分がどう立ち向かえばいいのか。


 ──なんとか注意を惹きつけたら


 しかし、もし惹きつけたらアルクは雪柳に殺されることに。


 それでいいのか。


 でもアルクは堂林と白洲を殺した犯人。

 その他にも大勢の人をあやめた。他の人はどのような末路になったのかは直接見てないので知らない。


 何が目的なのか?

 どうして殺されなければいけなかったのか?

 疑問が次々と湧いてくる。


「どうして堂林君を殺した?」


 とうとう早川は声を上げてアルクに聞いた。


「私じゃない」

「え!?」

「殺したのはそこの雪柳だ!」

「騙されないで!」


 雪柳が声を大にして否定する。そしてアルクへとナイフを振るう。


「嘘をつくな!」


 アルクが苛立ちをこめてカウンターで警棒を振るう。けれど雪柳はバックステップで難なく攻撃を躱す。


 差し違えても構わない覚悟の雪柳と怪我せずなるべく拿捕しようと相手の攻撃を避けつつカウンターを放つアルクとではなかなか戦況は変わらない。


 しかし、とうとうアルクは木の根本に足元を取られて尻餅をついた。そこへ雪柳がチャンスとばかりに飛びつく。


 けれどアルクはその瞬間を見計らい、起き上がると同時に左回し蹴りを放った。見事に雪柳の腹に当たり、雪柳はよろめいた。そこをアルクは警棒で雪柳のナイフを狙う。雪柳は咄嗟に左腕でガードした。


 そう。アルクの尻餅は演技であった。わざと尻餅をついて、そこを雪柳が襲ってくるように誘導したのだ。そしてタイミングを計っ

 ての左回し蹴りを放ったのだ。


「ああっ!」


 雪柳は悲鳴を漏らし左腕を庇い後退する。


「もう諦めたら?」


 アルクが降参を勧告する。

 いても立ってもいられず早坂が二人の間に割って出る。

 怖いのか足が震えているがこのまま雪柳を見殺しには出来ず早坂は両手を広げてアルクの前に立つ。


「やめて下さい。私達が何をしたというのですか?」

「危ない!?」

「え? ……うっ!?」


 雪柳が背後から早坂に抱き付く、そして首筋にナイフの先が突きつけられる。


「動かないで。動いたらこの人を殺すわ」

「ゆっ、雪柳さん!?」


 予想だにしない出来事で早坂は動揺する。

 アルクが慎重に一歩前へ出ると、ナイフの先が首を刺し、血が流れる。


「本気よ!」

「彼は君らにとって重要人物だろ」

「あなたらに奪われるくらいなら、いっそ……」

「重要人物? 奪われる? 何を?」


 早坂にはわけが分からないこと言葉だ。


「喋るな!」

「うっ!」


 ナイフの先が先程より深く突き刺さる。


「警棒を地面に置いて下がれ!」


 雪柳が低い声で吠える。それはもう庇護欲を注がれるような人物ではなくなっていた。

 アルクは警棒を地面に置き、両手を上に挙げ、ゆっくり後退する。


「前!」


 雪柳が早坂を腰で前へ押して歩かせる。


「ゆっくりしゃがんで警棒を取って」


 早坂は言われた通りゆっくりと膝を曲げ、手を下へと伸ばし警棒を取る。


「取ったよ」

「貸して」


 雪柳は左手で受け取る。そのとき、小さくうめいた。左腕は警棒で叩かれ怪我をしているのだ。左手で受け取ったことで痛みが走ったのだろう。


「下がるよ」


 今度はゆっくりと早坂達は後退する。

 アルクの姿が徐々に小さくなる。

 このままどうなるのかとその時、背後から一瞬電流の音が。

 そして雪柳がばたりと倒れ崩れた。


「え?」


 早坂は驚き、倒れ込む雪柳を助けることなく状況を確認する。

 雪柳の後ろには鮫岡がいた。その右手にはがある黒くて四角い物が握られている。


「もう一人いることを忘れてもらってはねえ? そう思わないかい?」

「さ、鮫岡さん!?」


 鮫岡はにっと笑い、


「おーい! アルク!」


 離れたアルクを呼ぶ。

 アルクは駆け足で近寄ってきて、倒れた雪柳に拘束バンドで手足を拘束する。


「二人は?」


 早坂は一歩引いて聞いた。


「ん? 警察関係者だよ」


 鮫岡は当然だろみたいな顔で聞く。

 確かに鮫岡は科警研の人間である。


「どうしてこんなことを? それにさっき言っていた重要人物って何?」

「その質問は……」


 言葉が遠くで風を叩く音により止められる。

 その音は徐々に近くなってくる。


「救援が来たようだね」


 鮫岡が音の鳴る空を見て言った。

 早坂も空を窺うとヘリが近づいてきた。


「どこに着陸するつもりなのかしら?」


 アルクが首を傾げた。アルクの言う通り、ここは森の中でヘリが止まるほどの広さはない。

 そのヘリは早坂達の上空に止まり、ドアがひらかれ縄を胴体を括られた人が地面へと降りてくる。


「誰だろ? ん? げっ!?」


 アルクが疑問から嫌そうな声を出す。

 人の影はゆっくりと降りてきて、次第に顔や体格等がはっきりする。

 その人物は渋い顔の四十代手前くらいの大柄な男性であった。


「うわー。鮫岡さん、知ってた?」


 アルクは年相応のぶっきらぼうな顔をして鮫岡に聞く。


「いや、彼が来るとは聞いていない」

「はあ、最悪だ」


 アルクは本当に嫌そうな声を出す。


「降りてくる人、誰なんですか?」


 早坂は聞いた。


「パ、……父よ!」


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