第127話 Aー8 スピカ①

 ユウ達はカルガム山頂上の城の中にいた。この城はストーリーイベント最後のステージダンジョン。そして今日、スゥイーリアが率いるホワイトローズのチームがクリアするということで数多くのプレイヤーが集まっていた。


 本来ならもっと早くに攻略は可能であったのだが数多くのプレイヤーから「私もストーリーの最後まできちんと見たい」という要望が多くあって今日まで攻略はなされなかったのだ。


「人多くない?」


 ユウが周りを見渡して、アルク達に聞いた。

 城には大勢のプレイヤーがいて、群れをなしていた。城内そのものは広く背が高いが3桁以上のプレイヤー達が近くに集まればさすがに窮屈である。


「だね。皆、離れない様に」

「分かってるわ」

「ええ」


 アルクの呼び掛けにセシリア、リリィは返事をする。

 しかし、奥に進むにつれてプレイヤーがますます増え、しまいには廊下で行き詰まってしまった。


「ちょっと何よ! 前に進めないじゃない?」


 セシリアは愚痴をこぼし、奥を見ようと飛び跳ねる。


「どうやらラストを見ようと集まっているらしいですね」


 ミリィが端末から掲示板を見つつ答える。


「こんなに多かったら玉座の間には入れないのかも」


 ユウは残念そうに言う。


 ラスボスとの最終決戦は玉座の間で、この廊下は玉座の間へと続いている。


「情報によりますと玉座は広いから五百人くらいは入れそうですけど」

「それにしてもそんなに見たいのかしら?」


 と疑問を投げるセシリアに対してアルクが、


「とか言いながら私達も見に来てるじゃないの」

「まあね……っと! 動き始めた? って、ちょっと!」


 止まってたものが急に動き始めて後ろのプレイヤーから押される。


「ど、どうやら始まったらしいですわね」

「押すな!」


 アルクが後ろに向かって怒鳴るが、


「俺に言うな! 後ろに言え!」

「ちょっと!」、「あぶなっ!」、「前に行くな!」、「かすな!」、「カルマ値が増加すんぞ、てめら!」


 とプレイヤーの悲鳴と怒号が飛び交う。


「ユウ!」

「アルク!」


 アルクとどんどん離されていく。そして次にミリィ、セシリアと離されていく。


 ユウは人の波に呑まれなんとか抜け出そうと試みるも、


「ちょっと邪魔!」、「前に進みなさいよ」、「ボケっとするな!」


 と、どやされる。それでもなんとかユウは端へと移動できた。


 そして進行方向に部屋のドアを見つけ、ユウはタイミングよくドアを開けて中に滑り込んだ。


内開うちびらききで良かった。皆は?」


 廊下の人の流れを見るも仲間の姿を見つけることはできなかった。


「先に進んだかな?」


 ユウは端末を取り出し、メッセージを送る。


 けれど返事がこなかった。


 しばらくすると人の波も緩やかになった。

 進もうかどうか逡巡していると後ろから、


「退いてくれないかしら?」

「どわっ!」


 ユウは驚き跳ね上がった。後ろを振り返ると長い黒髪を後ろでアップし、髪と同じ黒を基調としたドレスの美少女がいた。色に黒が多い分、反対に白い肌が際立っていた。


 得物えものは刀でジョブはサムライであろうか。


「あ、すみません」


 ユウはすぐに廊下に出て、少女に道を譲る。


 少女はもう人波のない廊下の先を見て、その美しい眉を潜めて溜め息を吐いた。


 そして少女はユウへと顔を向ける。その目には「さっきから、じっと見つめてなんですか?」という言葉が乗っていた。


「すみません。……えっと、あなたもラスボス戦をに?」

「違う」


 と言って少女は端末を取り出して操作する。

 ユウは少女を残して廊下の先を進もうとした。


 しかし、歩き始めてすぐにモンスターが虚空から現れた。


「なんで? 急に?」


 現れたモンスターはレベル50のスケルトンソルジャー。

 ユウは槍を構えて、向かい討つことにする。


 今のユウはレベル、ランクともに43。


 アルク曰く、自分のランクからプラマイ5が普通に戦え、自分のランクより10上ならキツイと言う。


 スケルトンソルジャーは7も上。

 ならば少しキツイくらいだろう。

 自分より実力のある敵とは、


「先手必勝!」


 ユウは相手がまだ戦闘態勢をとっていない内から攻撃を繰り出す。


 スケルトンソルジャーは背中を向けている。


「スピードブレイク!」


 ただのRPGならスピードはさほど重要ではないが、これはVRMMORPG。攻撃、防御、回避にもプレイヤーが体を動かさなくてはいけない。順番が回ってくるRPGではないのだ。


 ゆえに強い敵にはまずスピード下げさせるのがセオリーである。

 相手の背中に槍先を突きつける。


「パワーブレイク!」


 次は攻撃力を下げるアビリティアタックを。


 スケルトンソルジャーは怒りか悲鳴か判別しづらい声を上げてユウに体を反転させて、振り向き様に剣を振るう。


 ユウは攻撃がくると分かってたので巧みなステップで躱す。

 そして右足でスケルトンソルジャーの肩を蹴る。


 スケルトンソルジャーはタタラを踏み、そこへユウは、


「アーマーブレイク!」


 と槍を相手の胸へと突き刺す。


 これで攻守速を下げた。

 あとは気を緩めずに相手と対峙すれば。

 だが──。


「え!?」


 相手はデバフを受けたとは思えないくらいはやい斬撃を繰り出す。


 ユウはなんとか防御や回避しつつ、カウンターでダメージを与える。

 しかし、そのダメージも微々たるもので本当にデバフが掛かっているのか怪しい。


 ユウは確認した。デバフはきちんと掛かっている。

 ならどうしてこんなに強いのか。


「ギィヤヤヤーーー!」


 スケルトンソルジャーは横殴りの斬撃を放つ。

 ユウは柄で防御するもパワーで負けて後ろへと飛ばされる。


「強い! なんで?」

「ギャ、ギャ、ギャ」


 スケルトンソルジャーは剣を振り上げて近づいてくる。


「君、ロック外して!」


 少女が前に出た。

 ロックは他プレイヤーの参戦を阻害するもの。それを解くということは他プレイヤーも参戦、そして敵の的になるということ。


「え、でも」

「グズグスしない! 早く!」

「あ、うん」


 ユウはロックを外す。

 するとスケルトンソルジャーの敵認識に少女が加わる。


「ギィヤヤヤーーー!」

五月蝿うるさい」


 声を残して少女の姿は消えた。

 どこだとユウが探すと少女の姿はスケルトンソルジャーの向こうにあった。


 いつ移動したのか。


 いな、いつを抜いたのか。


 少女は刀を鞘に収めた。それと同時にスケルトンソルジャーは地面に骨をバラバラに撒き散らして消失。


「……す、すごい」


 ユウは少女に駆け寄り、


「ありがとう。助かった。君、すごく強いんだね。全然見えなかった」


 少女はゆっくりとユウへと振り向き、


「それよりあなた、どうして逃げなかったの? アレ、現れた当初、背中を向けてたから君には気づいていなかったでしょ?」

「レベル50だし。倒せるかなって?」

「…………あなた、ランクは?」

「レベル、ランク共に43だけど」

「? ならなぜ倒せると?」


 少女は訝しんだ。


「プラマイ5くらいで普通なら、7離れていたらちょっと厳しいくらいでしょ?」

「レベル50よ」

「うん」


 どこか噛み合っていないのだろうか。しかし、ユウは間違ったことは言ってはいないと考えている。


「もしかして50の壁知らない? というか初心者?」


 少女は頭から足先までユウを見つめる。


「うん。恥ずかしくもこのデスゲームの日が登録日なんだ」

「なにそれ? 初プレイで閉じ込められるってどんだけ不運なの?」


  ◯ ◯ ◯


 少女の名はスピカと言う。


 かの有名なホワイトローズのメンバーで、今日はラスボス戦に参加するため来ていたのだが、色々あって遅れてしまい、城に入った時には人の渋滞が出来ていて結局、ラスボス戦には参加できなかったとのこと。


 今は休憩ポイントでユウと二人で寛いでいる。

 休憩ポイントは城の古びた食堂であった。


 食堂といっても席に座れば食事が運ばれるとかはなく、飲食の類はプレイヤー持参の物となっている。今はスピカが持参したクッキーと紅茶で寛いでいる。


「なんかすみません。助けてもらったのに」

「気にしないで。クッキーも紅茶も元は仲間が用意したものなの」


 ユウは金の刺繍の入ったカップを持ち、まず香りを楽しむ。その後で紅茶を一口飲む。


「おいしいです」


 ユウは素直に感想を述べた。


「お気に召して良かったわ」

「でも、いいんですかここでお茶をして? その……ラスボス戦に参加しなくて大丈夫ですか?」

「まあ、スゥイーリア達だけでも平気でしょうけど。……それよりもあなた、50の壁を知らなかったのは意外よね」

「お恥ずかしながら」


 50の壁、それは上限のこと。プレイヤーはジョブクラス3に足を踏み入れない限り、レベルとランクが49から上がらないということ。


 そしてレベルとランクも50からは上がり難いものになる。ただし、ステータスは今までより大きく伸びる。けれどそれはモンスターにも当てはまる。モンスターもレベル50からはランク50未満のプレイヤーでは倒せ難く、基本は逃げるのが当たり前となっている。


「でも普通はランク35そこらでジョブクラス3になってるものだけど?」

「自分ずっとメンバーの足を引っ張らないようにとレベル上げをしてたもので。それに途中でリゾートイベントがあったのでジョブを放ったらかしにしてました」

「なるほどね。だからレベル43なのね。でもこのデスゲーム始まってからでしょう。あなたセンスあるのかもね。さっきの戦いも良かったよ」

「ありがとうございます」

「もう、そんなに堅苦しくしないで」

「はい」

「……にしても本当にこの短期間でよくレベルを43まで上がれたね」


 スピカは少し小首を傾げる。


「そんなにすごいですか?」

「勿論アヴァロンでは戦闘好きのプレイヤーもいるけど、よく一ヶ月半そこらでレベル43まで上げれたね。……もしかしてチート行為とかした?」

「してません、してません」


 ユウは手と頭をぶんぶん振って否定した。


「そうよね。チート行為はもう出来ないしね」

「パーティーメンバーのお陰です」

「何てパーティー?」

「え?」

「パーティー名よ」

「ああ、……パーティー名はまだありませんね」

「それじゃあ、パーティーの中で一番強いのは誰?」

「アルクです」

「!? もしかして魔法剣士の!?」

「はい。って前にそちらからお誘いを受けましたよ」

「……そう。彼女の」


 魔法剣士アルク。ジョブクラス3でありながらスゥイーリアから一目置かれているプレイヤー。


 やはりスゥイーリアの言う通り何かあるのか?


「ね、そろそろ終わった頃だと思うから向かってみない?」

「でも掲示板を見る限りまだっぽいですけど」

「ええ。でも終わったと同時に大勢のプレイヤーの波に当たるのは嫌でしょ?」

「ああ! そうですね。あ、でもモンスターは?」

「大丈夫。それは私が倒すから」


 しかし、本当はアルクのメンバーがどれほどの実力かを知りたかったのだ。

 ただの初心者か。

 それとも──。

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