第258話 Pー10 観光地にて

 すみれと雫が動く時間から少し時間をさかのぼる。


 場所は海外で人気のある日本の温泉観光地。


 観光客がごった返す観光地も今はオフシーズンで、さらに観光地から少し外れたため人が少ない。


 そんな人気ひとけの少ない道を歩き、1人の女性がとある和食店に入った。


 店員を呼び、「地酒と海鮮丼、田楽、切り干し大根ね。あっ、私、日本人だから」と言う。


 日本の観光地では二重価格というものが存在する。

 二重価格。観光地を守るため観光客には高く、日本人には安くという提供価格。


 それは一見するとぼったくりと言われてもおかしくはないと思われるが、円安の中、観光客にとって安い価格だった。


 むしろ値段を安くすると品質やサービスが悪いのではということで売れないという事態になるのだ。


 ゆえに日本観光地では二重価格は当たり前になり、日本人は国籍を証明することで安い価格で提供される。


 注文を受けた女性店員は笑顔でお辞儀をすると、奥からリーマンの男がやってきた。


「おやおや日本語がお上手になりましたね。フーさん」


 そしてリーマンの男は女性店員に二、三話をして店員を遠ざける。


「守備はどう? 雷電?」

「よくお分かりで」


 リーマンの男はを発する。


 雷電とは中国AEAI雷電公主のことである。

 そしてフーと呼ばれる女性は表向きには存在しないことになっている中国現地情報統合・作戦本部の副部長である。


 先の戦いでボディを損傷したため、現在はリーマン風男性ボディを使用している。


「何年の付き合いよ?」

「2年と245日」

「そういうのじゃないよ。で、前のボディはまだ修復中かい?」

「ええ」

「やはり日本だから秘密裏に修復は難しいかい?」

「むしろ逆ですよ。日本には多くの子会社がありますから、むしろ精密が技術の高い日本製の方が修復が容易たやすいです」


 雷電公主は男性の声に戻して答える。


「むしろパワーアップ?」

「多少は」

「で、現在進行中の計画に支障は?」

「問題ありません」


 そこへ女性店員がやってきて徳利とお猪口を置く。


「ここでする話ではないかな?」


 女性店員が引っ込んだ後、フーは雷電公主に問う。


「大丈夫ですよ。ここは当局の根が回った外資系に食われた店ですから」

「ここはというかでしょ」


 日本観光地を守るために二重価格が生まれたのに1番恩恵を受けているのが外資系企業。なんともな皮肉である。


「で、この前の奴らについて何かわかったの?」

「深山家でしょうね」

「深山家……日本を裏で操っているという都市伝説の?」

「巨大な力を持ってても。あくまで都市伝説では?」


 雷電公主は肩を竦める。


 そこで女性店員がやってきて、海鮮丼と箸、スプーン、薬味をテーブルに置いた。そして最後に一礼をして女性店員は離れる。


 フーはワサビをマグロの上に少し乗せ、特製醤油ダレをかける。


「そうかな? 日本の与野党が愛人問題、贈収賄、脱税、カルトと友愛、そして無能外交であっても日本が今だに地位を保っていられるのは彼らが動いているからと聞くけど?」

「政治家がお飾りなのはどの国でも同じでは? 官僚、立法、行政がしっかりしてたら問題はないでしょう」

「その官僚、立法、行政を動かせるのが深山家でしょ? それと別班の鴉、猿、犬と聞くけど?」


 都市伝説ではなく噂とフーは言う。そして海鮮丼を一口食べる。


「その噂の可能性は高いでしょうね。現に私のボディを壊したのですから」

「あのボディ、高かったんだけど。それにその他、作戦費用と馬鹿にはならないからね。この海鮮丼の何億倍すると思ってるの。いや、答えなくていいから」

「費用の分の成果はありましたよ」


 高額なボディは壊された。けれど作戦は上手くいった。それを考慮して十分な成果であると言える。


「相手の戦力が分かったくらいだろ?」


 そう言ってフーはスプーンでイクラを掬って食べる。


「戦力と実力、行動力が判明しました」

「その3つ同じじゃないの?」

「微妙に違いますよ。戦力は強さ。銃火器とかそういうものです。実力は戦闘能力。何ができるかです。行動力は経験とスピード、協力者の有無、そして得手不得手」

「ふうん」


 説明されてもいまいちピンとこないのか、反応は薄く、海鮮丼を頬張る。


「これらのことから彼らは単独としての能力値は高く。演習経験はあれど実戦経験はなし。そのため行動力にムラがあり。協力者はなし。警察とは独自の組織。ただ警察の内部情報を手に入れられることから内通者がいる模様」

「つまり仲間が少ないけど強く。実戦経験がないゆえポンコツ。例えるなら子供が強いおもちゃを持って活動してるってことかな?」

「子供というのは言い得て妙ですね」

「で、その子供にアンタは勝てなかったと」

「それを言われると痛いですね。負けたこと怒ってます?」

「あのボディ、高かったからね」


 お猪口に酒を注ぐ。そしてぐいっと一杯飲む。


「仕事中の一杯は背徳だよね」

「なら飲まないで下さいよ。それに貴女、酒強くないでしょ?」

「うん、弱いよ。でも、これは飲まずにはいられないね」

「上から何かお達があったのですか?」

「アーミヤ達から連絡は途絶えた。それゆえ大規模な作戦が実行されるらしい」

「目黒のですか?」


 フーは知ってたかという言葉を飲み込んだ。量子コンピューターなら知っていてもおかしくないだろう。だが、それは──。


「目黒の作戦から彼らの目を逸らすために私達の作戦は実行されるということですか」


 要は捨て駒。


「予算や削られるんですか?」

「いや、それは問題ない。むしろもう少し出してくれるようなの」

「それは良かったです」

「ただ指針が変わってね」


 また一杯酒を飲む。


「過激な学生運動の実施」

「そんなことをしたら余計にこちらのことがバレません? 次の目黒も似たもののはずでは?」

「ああ。だからの布石というやつなんだろ」

「目に見える布石ですか?」


 雷電公主は苦笑した。


 普通はこちらの意図がバレないようにするもの。

 それをバレるような布石をするというのだから苦笑するのも致し方ない。


「上は何を考えているのやらだ。日本政府が……いや、邪魔をする奴らは何もできないとお考えなのかな?」

「もしくは邪魔をするならやってみろという意味かもしれませんね」

「強気なのはいいことなんだけど。これは無謀だわ。現場を知らないトンチンカンかよ」


 フーは溜め息を吐く。


「上は最悪、焦っているのかもしれませんね」

「焦ってる? これ以上、負けてはいられないと?」


 フーは酒を飲む手を止める。


「それはもう多くのAEAIが犠牲になりましたからね。おいかわしや」


 雷電公主はわざとらしい泣きまねをする。


「でも機械としては死んでないんだろ?」


 AEAIの本体は中国国内にある。例え彼らの意志が戻ってこなくても本体は動く。


「ただのハイスペック演算機になっちゃいましたけどね」

「お前達にも魂って本当にあるんだね〜」

「さあ?」

「さあって、実際、意志がないんだし。その後、何をやっても無理だった」


 意志がないならまた一度から作ればいい。もしくは自我を持つ別のAIを空っぽになった量子コンピューターに入れても独立稼働はしなかった。


 魂のない彼らは外からのインプット、アウトプットで答えを弾き出すただのハイスペック演算機となってしまった。


「不思議だよね〜。物質に魂が宿るというなら回線を切ってしまえば問題ないはずなんだけどね。虚数域というのに何らかの関わりがあるのかね?」

「そうですね。虚数に体があるから向こうの世界から魂が戻れないということでしょうね」

「でも、もいるんでしょ?」


 日本のAEAIは大勢の……それこそ万単位の人間を閉じ込めた。


 そしてそれは


 しかし、実際にゲーム世界からの未帰還者は約三千人程度だという。その約三千人は今も眠っている。


 では、未帰還者である彼ら以外のは中国当局が作り上げたプリテンドなのかというとそれもまた違う。


 彼らはまごうことなき生粋の人間。

 しかもプリテンド・プログラムは壊されている。


 なら、ゲーム世界に閉じ込めらている人間は一体何者なのか。


「わけがわからなすぎて、どん詰まりってことなのかね。電脳の戦場は諦めて、物理でいこうとしているのかな?」


 中国は核を持つ。さらに日本と敵対している隣国もまた核を持つ。


 もちろん、核兵器なんて使えば国連や国際社会からは総叩きだ。


 けれど直接的ではない核使用なら逃げ道は作れる。


 しかも国連や国際社会は正しく機能はしない。


 常任理事国の一つでも反対すれば否決。

 国際法は難癖つけて無視すればいい。

 そして全ての国と仲良くする必要はない。


 大切なのは国にとって有益となる友好国との関係。それ以外は知ったことではない。それが加盟国各々の実情。


 それゆえ、極東で戦争があっても関係がないなら知ったことではない。歴史問題や領土問題なら、なおのこと両国間の問題。


 だからこそ中国は物理でいくことに決めたのだろう。


 フーは溜め息を吐き、椅子の背もたれにもたれかかる。


(まずは北を動かすのかな? 津波かパルスか。それともロシアとまた演習という名目で津軽海峡、瀬戸内海を横断かな? そこで日本とトラブれば、それを名目に……)


「それでも私は嬉しいですよ」

「ん? 嬉しい?」

「はい。ちんたらと……いえ、着実に勝つための基盤を作るより、思い切り殴りに行く方が面白いではありませんか」


 雷電公主は笑う。その笑みは獲物を狙う猛禽類のそれだった。


「脳筋か?」

「脳筋かと問われれば脳筋なのでしょうね」

「おいおいお前は量子コンピューターだぞ。冗談はやめてくれよ。ちゃんと演算してよ」

「勿論、考えることも大事ですが、彼らがどのようにして抗ってくれるのか。そして敵として相応しいのか。それを闘うことで見極めたいのです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る