第182話 Tー10 もや

「頑張ったらしいじゃないか」


 宿舎に帰るやいなやアリスはレオにパーティーリーダーの部屋に来いと命令された。

 そして開口一番にアリスは褒められた。


「何で知ってるわけ?」


 褒められるようなことに覚えはなかったが、きっとキョウカ達とのゼータ狩りだと思いついた。


「俺の情報網舐めるな」

「キモっ!」

「なんだと!」


 レオは溜め息を吐き、

「で、お前からしてどうだった?」

「どうって?」

「皆と上手くやれたのかってことだ」

「……普通かな」

「そうか。……話は以上だ」


  ◯ ◯ ◯


「なんだったのか?」


 部屋を出てアリスは不満気に呟いた。


 そしてこの後どうしようかと考え、アリスは浴場に向かうことにした。


 ゲーム世界では汚れは自動に落とされる仕様となっているので、本来は入浴は無用のもの。

 でも、湯に浸かるという行為はリラックス効果もありプレイヤーには親しまれている。


 アリスは端末を操作して水着に着替える。

 ゲーム内において服を脱ぐ行為や裸になることは出来ず、入浴の際は端末を操作して水着に着替えることとなっている。


 更衣室でアリスは白のビキニ姿になり、ガラス戸を開く。すると湯気が熱い湯気が脱衣所に入り込み。アリスを包む。


「ふひぃー」

 湯に入るとだらしない声が勝手に漏れ出る。

 運良く今はそんなだらしない声を聞くプレイヤーは誰もいない。


 そして湯船に浸かりながら、先程のことを省みる。


 どうしてレオは自分を呼んだのか。


 今日の行為はパーティー違反だったのか。


「……違反かな?」


 個人が勝手に他のパーティーと交流すること自体は問題ないだろうが、一緒に狩りを行うというのは交流の域を超えているのだろう。


 しかし、アリスは正式なレオパーティーの一員ではない。

 他のパーティーと仲良くしても問題はないだろう。


 けれどそれで、はいそうですかとレオパーティーのメンバーは良い顔をしないのではないか。


 その件で呼ばれたのか。

 しかし、そうならばなぜ注意しない。


「ということは、それではない?」


 顔を上げると湯気が登っては霧散しているのが視界に入る。その向こうの天井は湯気という壁でぼやけている。


「キョウカさんと仲良くしろってことかな?」


 キョウカは深山グループの御令嬢。

 御令嬢といっても鼻がつくような人物でもないし、性格があわないわけではないので、仲良くなっても損はない。


「キョウカさんのパーティーに入れってことかなー?」


 レオのパーティーはみなハイランカー。アリスとは天と地ほどの差がある。

 ここでアリスが役に立つことはなく、せいぜい雑用をこなす程度。


「やっぱ出て行けってことかな?」


 アリスは頭上に右手を伸ばし、すぐに力なく手を下ろす。その下ろした手の平は湯を叩き、音を跳ねさせる。


「どうしよう」


 自分が出て行けばレオは一人。いや、自分より使える人間が残り、そしてイベントを勝ち進める。足を引っ張る自分がいないので。でも、そうは考えてもやはり、アリスは兄を一人にはさせられない。


 兄はエイラを亡くしたのだ。恋人であるエイラを。


 その結果、飲んだくれになった。

 今は安定しているが自分がいなくなればどうなるのか。


『なーんか、操られている感があるのよね』


 そこでメルクールの言葉が頭をよぎる。打ち上げでメルクールがアリスに言った言葉だ。


 プレイヤーは感情や精神を操られているのではという疑惑。

 本当に感情や精神を操られているだろうか。


 いや、それは否であろう。


 なぜなら、プレイヤーは制圧戦イベントの時、大きく暴れた。他にもハイランカーが解放権を使い、さっさと逃げた時も。

 兄レオだってそうだ。エイラが亡くなり、悲しんだ。それはアリスも同然。

 ならばこそ、プレイヤーは操られてはいないのではないか。


 ──操られてはいない。


 でも、違和感はあった。暴動等の後、すぐにプレイヤーは落ち着きを払っている。まるで無かったかのように。

 それは操られているということではないか。そんな風にアリスは考える。


 極限のデスゲーム。

 身内の死。

 他者への疑惑、怒り。

 己の生死。

 言い表せぬストレス。


 それらを押し付けられ、個人の精神は健全さを保てられるのだろうか。


「分からない」


 答えのない自問自答にアリスはかぶりを振る。


 ──よそう。


  ◯ ◯ ◯


 浴場の後、アリスは食堂には向かわず自室に向かった。

 部屋に入るやベッドにダイブして枕に顔をうずめた。


「疲れた。寝よう」


 けどその前にアリスは端末を取り出してメッセージの着信を確かめる。

 すると数件の新着メッセージが来ていた。

 キョウカや今日出会ったプレイヤーからもメッセージが来ていた。その中にティナからメッセージがあった。


 ──そういえば、今日はティナを見ていないような。


 ティナからのメッセージを開封すると。


『アリスさんへ。

 今日のゼータ討伐クエストお疲れ様でした。

 私はまだ弱っちょろいローランカーゆえ、今日のクエストには参加いたしませんでした。不参加申し訳ございません。

 アリスさんのご活躍はキョウカさんやカナタからお聞きいたしました。私もいつか皆さんと共に活躍出来るよう精進いたします』


「堅いなー」


 アリスはメッセージを読み、苦笑した。そして、

『お疲れ。

 ティナは今日参加してなかったんだ。残念。何してたの?

 ランク低い人も結構いたからティナも参加しても問題なかったよ』

 とメッセージを書いてティナに返信。


 するとすぐに返事がきた。


『いえいえ、私なんてまだまだですよ。それに私は元攻略班にいましたからね。気分を害される方もいらっしゃると思いますし』

『大変だねー』


 今、アリスが言えるのはそれくらいだった。


『まずはレベルとランクを上げ、そしてパーティーに貢献できるよう頑張ります』

『応援してるよー』

『ありがとうございます。紹介してくれたアリスさんに迷惑がかからないよう、これからも頑張ります。では、おやすみなさい』

『はい、おやすみー』


 その後、アリスはキョウカ達にも返事を送った。


「……さてと、寝よう」


 アリスは消灯して、ベッドに横たわる。

 目を閉じると、意識は底へと落ちていった。

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