第181話 Tー9 上級モンスター・ゼータ②
上級イベントモンスター・ゼータからするとアリス達からのダメージは微々たるものゆえか、後ろからの攻撃に対して何のリアクションもなしで、目の前の敵にのみ攻撃を専念する。
アリス達は狙われた味方のHPが少なくなると自分達が前に出て、新たな対象となることにした。そして減らされたHPは回復。
これは前もって作戦として組んでいたものではなく、ゼータの攻撃パターンと対処として3人は暗黙の了解として決めていた。
けれど──。
「オースティン!」
イチカがオースティンの代わりにと次の対象として前に出たが、2人とも攻撃を受けた。
オースティンはHPがゼロになり、消失。
「イチカさん! 避けて!」
アリスは注意を放つ。今のイチカはゼータから攻撃を受け、HPが半分程減っていた。
ゼータが拳を振り上げる。
「クッ!」
イチカはなんとか回避し、距離を取る。
「攻撃部隊は何しているのよ!」
ゼータはローランカーで構成された索敵班では倒せない。だからこそ攻撃部隊がある。その攻撃部隊が連絡をしたのにも関わらず、援護に来ない。
オースティンが倒された今、2人だけではゼータの対応が間に合わない。ゼータの動きは単調だが、速いのだ。頭で次がどのような攻撃が来るか理解できても体が追いつかない。
回復アイテムにも限界があり、アリスの所有する回復アイテムは尽きた。
「ごめん。こっちも尽きたわ」
そしてとうとうイチカの回復アイテムも底が尽きた。
「そんな!」
もう回復せずにゼータに対応するなんて無理であった。
「アリス! 避けて!」
ゼータが右拳を引っ込める。
それは右拳での攻撃と理解する。だが、相手の攻撃が速く、この距離だと避け切れないとアリスは一瞬で理解した。
──やばい!
そこへ青い閃光がゼータの左側頭部に当たり、そして右側頭部へと突き抜けた。
さらに銃弾の嵐がゼータの背を蜂の巣にする。
今まで目の前の敵にしか興味がなく、さらに攻撃を受けても何のリアクションもなかったゼータが背中を蜂の巣にされ、振り向く。
そして怒りの雄叫びをあげる。
「今のうちに距離を取れ!」
現れた援軍の声にアリスは逃げるように距離を取る。
◯ ◯ ◯
「ちょっと! 遅すぎでしょ? オースティンがやられたじゃないの!」
戦闘後、イチカは攻撃部隊に詰め寄った。
「仕方ないじゃない。他の索敵班が見つけたゼータを狩ってたんだから」
メルクールは困ったように眉を八の字にするも口元は笑っている。
「はあ!? だったら連絡くらい寄越しなさいよ! 遅れるって!」
「戦闘中だったんだから無理無理」
「あんたスナイパーでしょ!」
スナイパーは遠距離から攻撃するタイプ。近接部隊がゼータと交戦するまで待機したはず。ならば時間はあったのではないか。
「スナイパーはね、狙撃地が大事なのよ。そんなことも分からないわけ?」
「はあ? 見晴らしの良い丘にでしょ?」
そこへ、
「まあまあ。落ち着いて」
キョウカが2人のいがみ合いの間に入る。
「オースティンがやられたのだろ?」
「そうよ。あんたらが遅いせいでね」
「自己責任でしょ?」
メルクールは鼻で笑う。
「はあ?」
イチカはまたメルクールに詰め寄ろうとするのでクルミがイチカを手で抑える。
「索敵班に1人補充しないといけない。誰か立候補はいないかい?」
キョウカは攻撃班に向けて聞いた。
そこで手を挙げたのがカナタだった。
「僕がやる」
「そうか」
そしてキョウカはアリスとイチカに目で問う。
『構わないけど』
「お嬢!」
クルミが抗議をする。
「なあに、索敵はそんなに難しくはないし、カナタでも問題はないだろう。そう過保護になってはいけないよ」
そう言ってキョウカはクルミの方に手を置く。
「……分かりました」
◯ ◯ ◯
カナタを迎えたアリス達索敵班は再度ゼータとのエンカウントのためフィールドを闊歩する。
「そう言えば回復アイテムがすっからかんだった」
イチカが思い出したように呟いた。
「あ、本当ですね」
「次、遭遇したらやばくない?」
「ですね。カナタは回復アイテム持ってる?」
「うん。一応は」
個数を聞くといざというときの自分用くらいであった。
「これでまたあいつらが遅かったからどうしてくれようか」
けれどそれは杞憂に終わり、次にゼータと遭遇した時は、すぐに攻撃部隊が応援に駆けつけてくれた。そのおかげで被害も最小限だった。
さらにやられて一度宿舎に転送されたオースティンも回復アイテムを大量に持参して戻ってきてくれたこともあり、今度の索敵はスムーズに行われた。
◯ ◯ ◯
自主企画ゼータ討伐戦は夕方17時に終了となり、打ち上げは街にある居酒屋の一室を貸し切って行われた。
「……では皆様方、今日はお疲れ様でした。かんぱーい」
キョウカがまずは労いの言葉を述べ、最後に乾杯の音頭をとる。
『かんぱーい』
皆もまたジョッキを掲げる。
成年はビールを。未成年はジュースの入ったジョッキを。
居酒屋ということもあり、出される料理も和食ばかりだが、どれも美味しく、皆は舌鼓を打つ。
しばらくすると各々はジョッキを片手に席を行ったり来たりを繰り返す。
そしてアリスの前にメルクールが訪れて来た。
「今日はおつかれ〜」
間延びした声でメルクールはアリスを労う。
「お疲れ様です」
「ねえねえ、アリスってレオパーティーのアリスだよね」
「ええ」
「どうして今日は参加したの? ご自分のパーティーは?」
「兄のパーティーに一時的に所属しているのであって、正式なパーティーメンバーではないんですよ」
と言い、アリスは肩を竦める。
「でもこの前はよく伝令役とかで動いてたじゃない」
それはエイラが退場してレオが腑抜けてしまったからだ。それと自身も動くことでエイラの件を忘れたかったのもある。
「まあ、あれくらいはローランカーでも務められるので」
「エイラが亡くなって大変でしょ? なんたってレオとエイラってリアルで付き合っているって聞くよ。大丈夫なの?」
「まあ、一応は」
「そうなんだ。でも、不思議よね」
「不思議?」
「だってゲーム世界に囚われて、デスゲームよ。仲間はイベントに負けて死んだりしてさ。普通はやばいよね」
「……」
「なのに意外と平気。怒ることはあっても発狂したり、精神がおかしくなったりはしないでしょ?」
「そうですね」
「なーんか、操られてる感があるのよね」
そう言ってメルクールは頬杖をつく。
「操られてるいる……ですか?」
「ねえ、貴女はエイラが倒されて、イベント終了後に死亡したと知ってどんな気分?」
なるべくプレイヤー達は表立って「死」という単語は使わないようにしている。あくまで「消滅」。それなのにメルクールはまるでアリスの反応を試すように「死」という単語を使う。
「ショックでした」
「それだけ?」
「……それだけです。兄貴の彼女さんとは多少は仲良くさせてもらいましたが、リアルでも面識はなかったので、それだけです」
嘘である。
リアルでも面識はあった。2人で買い物にも行ったことがある。悩みの相談とかもしていた。
エイラがやられたことはアリスには大きなショックだった。
そして今、メルクールの言葉にアリスもまた不思議に感じていた。
「ふうん。そっか」
でも、どこか探るような目をするメルクール。
「あっ! メルクールさんはスナイパーでしたよね」
「そうだよ」
「ビーム系って初めて見ました。ビーム系って実弾系とどう違うんですか?」
アリスは話を反らせようとビームについて質問した。
「知らないの?」
メルクールは少し驚いて聞く。
「ゲームやり始めてすぐに囚われてしまって。それで基本的なことはまだでして」
アリスは空笑いして答える。
「ふうん。……実弾の種類知ってる?」
「いいえ」
「実弾の基本は通常弾、散弾、徹甲弾、榴弾の4つなの」
メルクールは指を4本立てて答える。
「へえ……ん? 徹甲弾とか榴弾は砲弾の種類では?」
「詳しいわね」
「あっ、兄が戦艦好きだったもので」
「へえ。それで普通はありえないけど、ここはゲームだから。そういうありえないこともあるのよ。で、徹甲弾は防御力が硬い敵に。榴弾はゴーレム系。散弾は蜂とか小さくて群れたやつにね」
「なるほど。で、ビームは?」
「ビーム系は素早い敵によ。敵ってね、動くでしょ?」
「はい」
「動くから普通は照準に合わせても当たらないのよ。でも、ビームは合わせたら当たるのよ。勿論、ゲーム仕様も含まれているけどね」
「そうなんですか」
「だから今日のゼータにビームスナイパーライフルが有効だったのよ」
確かに今日のモンスターは巨体に見合わずスピードがあった。
◯ ◯ ◯
「ねえ、何の話ししてたのさ?」
メルクールが去るとイチカとオースティンがすぐにやって来た。どうやら機を伺っていたらしい。
「実弾とビームについての講座」
「何それ? 投票についてでなく?」
「投票?」
「アルクとユウに投票してくれって話」
ユウの名が出てアリスはどきりとした。
「ううん。なかったけど。なんで?」
「よく分かんないけど、メルクールのやつアルクってのに御執心らしいよ」
「御執心? ……ええと、それはアムネシアのミリィ関係?」
「ううん。ミリィは関係なくアルクにだよ。ね?」
とイチカはオースティンに聞く。
「ああ。なんでも垢BANから
「で、周りに『アルクに投票を』って訴えかけてるのよ」
「へえ。私はそんなこと言われなかった」
「君はユウに投票するからね。だからじゃない?」
と言い、オースティンはビールを飲む。
「どういうこと?」
イチカがオースティンに聞いた。
「ほらエイラの件だよ」
「ああ!」
察したのかイチカが声を出す。そして、「ごめんね」とアリスに謝る。
「いえいえ別に」
「ちなみに投票は?」
「兄がユウに投票するので私はスゥイーリアに」
「それは意外ね」
「意外?」
「だってスゥイーリアは最強プレイヤーじゃん。票を入れたら次のイベントに来ちゃうじゃん。ウチらローランカーは太刀打ちできないって」
イチカは無理無理と甲で何かを払うように手を振る。
「まあ、そうですね。でも、兄達ハイランカーがなんとかしてくれるでしょう」
「信頼してるんだね」
「腐っても兄なんで」
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