第75話 Rー8 高高度核爆発
てっきり責任者室にでも通されると思っていたら情報センターに通された。横に長い部屋で雛壇式。椅子に座る研究員に対面して壁一面に数多のモニターが設置されている。いくつかのモニターは映像を映してなく砂嵐かブラックアウトだった。椅子に座る研究員とは違い職員は動き回り、機械部品を持ち込んだり、研究員に指示を受け別の機械部品を外に出したりと忙しい。
雛壇の上段、責任者のデスクに姫月たちはいた。
「何かあったのですか?」
内情を見るに備品の総替えというわけではなさそうだ。
「攻撃を受けた」
責任者の深山守矢が沈痛な面持ちで一言発する。
「攻撃!? ハッキングですか?」
「いや、電磁パルスだ。微弱だがなんの防御もない機器はおじゃんだな」
守矢はしてやられたと前髪をかきあげた。
砂嵐とブラックアウトのモニターはたぶんそれらの影響なのであろう。
「ここは対応はしてあったはずだが?」
鏡花が尋ねる。
「ああ。ここにはシンギュラリティ・ワンがいるからね。電磁パルス対策は万全だよ。だが、それは施設であって外の機器は必ずとは言い切れない。現に外からの情報は見ての通りブラックアウトだ」
守矢はブラックアウトのモニターを指す。
「砂嵐は?」
「あれは電磁パルスの被害を受けたここの機器からの映像だよ」
「完全には防げないと」
「残念ながら」
守矢は機器を持ち部屋を出入りする職員を見て言う。
「どこからの攻撃ですか?」
姫月が尋ねる。
「それはまだ分からない」
「外と連絡は取れますか?」
姫月には最悪の事態を予想していた。それが起こっているのかどうかを確かめたかった。
「一般人はたぶん無理だね。ただ、ある程度の電磁パルス対策を施しているところならあるいは」
守矢はどうぞと固定電話を手で姫月に教える。
「ありがとうございます」
姫月は電話番号を思い出しながら警察庁公安局長に掛ける。これなら自身のスマホを取りに向かえばよかったと後悔する。姫月のスマホは電磁パルス対策が施された特注だったはず。そして公安課も確か電磁パルスの対策を取っていたので大丈夫なはず。
数回の電子音の後、
『もしもし』
「深山です。公安課の。今は群馬の施設から掛けております」
『ああ、そういえば訪問日は今日だったな。そっちは大丈夫なのか?』
「はい。いくつかの機器はおじゃんになったらしいですけど問題はありません。それで電磁パルス攻撃とありましたがどこからですか?」
『北だ。高高度核爆発による電磁パルスと報告は来ているがな』
「どうして?」
『まだ分からん。飛翔体発射は向こうのお家芸だが今回の件はさっぱりだ。戦争をするにしても微弱な電磁パルスだしな』
「被害は? 電磁パルスということは人工補助脳やデバイスの者たちは? もしかしてこれは中国による隠蔽工作ですか?」
『こっちもその線を考慮して調べたがプリテンドは平気だった。たぶん他の人工補助脳やデバイスを埋め込んだ被験者もそうだろう。といっても具体的な被験者についてまだわからんがな』
公安局長のいうプリテンドは先日捕まえたスンユのことだろう。被験者についてはカルテを手に入れて一人一人調べないと安否は分からない。
「そうですか。国民は……社会はどうなっておりますか?」
『まだ詳しくは分からんがここからでは警視庁から多数のパトカーが出ていったのを確認した』
「パトカーは動くと?」
『オート操縦のある一般自動車もな。電磁パルス攻撃も本当に微弱だったらしい』
「では表だった被害はないと?」
『いや、まだわからんぞ。なんせ前時代的な機器ならすぐにおじゃんだしスマホも駄目になったからな。そしてパトカーが出ていったということは何かあったのは確かであろう』
「分かりました。何かありましたら連絡を」
『ああ、そっちはスマホでないということはスマホは壊れたのか?』
「いえ、今は手元にないので施設の回線を使用しております」
『ふむ。それなら何からあったらスマホに掛ければでいいんだな?』
「はい」
受話器を置き、通話を切った。
「外はどうなってるのかね?」
「まだわかりません」
守矢の問いに姫月は首を振って答えた。
「それよりもう一度、彼と対話をしたいのですが」
○ ○ ○
姫月たちは再度シンギュラリティ・ワンことスーパーAIのナナツキのもとに戻ってきた。
『外はどうでしたか?』
「貴方、高高度核爆発って言ったわよね。それってこうなるって判ってたってこと?」
『言ったじゃないですか。すでに後手だと』
「この後はどうなると予測される? 貴方確か逃げるべきと言っていたわね?」
『はい。答えの前に予測、いえ推測を確実性にしたいため質問を要求しますが?』
「いいわよ。何を知りたいの?」
『まずどのように高高度核爆発が行われたのか。そして電磁パルスの被害規模について』
その質問に姫月は首を振った。
「北が発射した飛翔体と情報がきているけどそれ以外は何も。どの様な高高度核爆発かは。そして被害規模については残念だけどしばらく時間が掛かるわ」
『では仮定としてお話ししますがよろしいですか?』
姫月は頷いた。
『もし規模が小さいのであるなら、それは開戦の先制攻撃ではなくスーパーAIの居所を探るためのものと思われます』
「それでなぜ高高度核爆発を?」
深山たちの後ろに立っている守矢が眉を潜めて聞く。
『衛星・万仙陣をご存知で』
「確か中国が打ち上げたやつよね。電磁波を調べるとかで。でも色々不明な点があって一部では日本を監視するためとか言われてたわね」
姫月は記憶を探りながら答える。
『あれは電力を調べるものでしょう。それによってどこが電力消費量が多いのかを判明させるのです』
「なるほど高高度核爆発させることで一般には電力が行き渡らず、その代わりどこが稼働していて、かつどれだけの電力を消費量しているのか判るというのか」
鏡花は関心したように言う。
「それでスーパーAIを調べてどうするっていうの?」
『もちろん奪われた量子コンピューターのスーパーAIである麒麟児たちを助け出すためですよ。もし被害が少なく、かつ被害にあったのが一般家庭のみであるならばこの推測であっていると思われます。ですので後で推測通りと判明したら早めにここから避難することを推奨します』
「おいおい、忘れたか? ここには陸上自衛隊がいるんだぞ」
守矢が呆れたかのように言う。しかし、
『おや? 自衛隊は日本国民を撃つのですか?』
それはすなわち、
「……プリテンドか」
姫月はそう呟いて額を押さえた。
「ここ以外の施設も狙われるのでは? 量子コンピューターや自我を持つスーパーAIはここだけではないだろう」
鏡花が尋ねる。
『普通ならそうでしょう。しかし、表向きは存在しない私がいる施設を怪しいと思わないと思いますか?』
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