第86話 Rー13 防衛④

 クモがゆっくりとプリテンドを周囲に従えて進んでいく。それは自衛隊からするとプリテンドを盾に進んでいるように見えるが実は本来備わっているタイヤが付いていないので走行が出来ず歩行でゆっくり歩き進んでいるだけであった。では、なぜタイヤが備わっていないのかというと、それは改造グモであるから。


 改造銃というものがこの世に存在する。

 それは銃を改造して強化したということではなく。銃のパーツを組み合わせて一つの銃にしたものをいう。ではなぜ改造という名が付くのかというと、パーツそれぞれが同一の銃のパーツでないからである。違う銃のパーツや似たような形をしたなんらかのパーツを組み合わせてできたものが改造銃である。


 そして今、基地を攻めているクモもまた改造銃と同じたぐいの改造グモである。脚はアメリカ、サンフランシスコから取り寄せた被災地瓦礫撤去用のロボの脚。アームはインドの乗用車製造工場で使われているもの。マシンガン、大砲はロシアからの。頭部のセンサーはフランス製。その他は中国製のクモを分解して、一部パーツを日本へと海路で運ばれたもの。


 それらを組み合わせて作り上げたものがこの改造グモである。


 別々の目的のものが組み合って出来上がるのかと不思議に思うが、元々はサンフランシスコで作られていた被災地用瓦礫撤去用ロボを中国が技術を盗んで改良したものがクモ型陸上戦略兵器である。それゆえ、脚に関しては走行はできないが歩行ができるので問題はなかった。その他の部品も規格は違えど支障はなかった。プリテンドにとって大事なのは脚と大砲でありバリケードを破壊が可能であれば他はどうでも良かった。


 通信兵で構成された新山班は他の部隊とは違い、最後尾で歩き進むクモを追っていた。道中で他の部隊とも交流し、共に行動することにもなった。


 銃は携帯しているが通信兵である彼等は戦闘能力が低いため戦闘訓練を受けた部隊との遭遇は喜ばしいことであった。


 新山班はクモの動向を探りつつ、司令部へ逐一報告をした。


 プリテンドは全員、真っ直ぐに目的地へと進んでいるわけではなく数名がクモの周囲を警戒して、クモを中心に展開している。


 新山班は彼等に見つからないように後ろを尾行するが先程、プリテンドにバレてしまった。どうやらプリテンドの中にも新山班のような部隊を想定した行動をとるものいたらしい。


 しかも相手はフルフェイスの集団で戦闘能力が高く新山班はすぐに倒された。

 フルフェイスの一人が新山に近付き止め一発を放とうと拳銃を向けた。


 走馬灯も何もない。


 ――ああ、殺られる。


 もう駄目かと思い、目を瞑った時、甲高い銃声が鳴り響いた。


 しかし、それはフルフェイスから放たれたものではなかった。

 目を開けるとフルフェイスが後ろに倒れた。


 新山を助けたのは優たちだった。優と雫は残りのフルフェイスを容赦なく倒し始めた。

 そして次はクモ周囲に展開しているプリテンドに攻撃を始める。


 それを離れた建物屋上から双眼鏡で花田は眺めていた。


「まだ行かないのか?」


 花田が双眼鏡も使わずに内蔵の高性能望遠レンズで戦闘を眺めているアンドロイドに聞く。


「邪魔なプリテンドを二人が倒してからです」


 二人は優たちがプリテンドを倒し、クモ一体になるのを見届けないといけない。それまで攻撃はできない。

 そして優たちにはプリテンドを倒す以外にももう一つ仕事がある。それはクモを花田たちがいる建物の下までおびき寄せること。


「クモも動いたぞ!」


 クモもただ守られるわけではなく、マシンガンで向かってくる優と雫に攻撃を始める。


「大丈夫です。改造型なので動きはぎこちないですし照準も甘いです」


 それは当たらないから平気だろうと言いたいのか。

 しかし、何十発も放たれたら一発は当たるのではないだろうか?


 いくらプロテクターをしているとはいえ無傷ではない。衝撃で骨折はするし、間接部位には隙間がある。同じ箇所を何十発もくらえばプロテクターは破壊され肉体は弾け散る。

 花田は二人をはらはらしながら見守る。


 優と雫は息の合った攻撃で次々とプリテンドを倒しつつ、クモにも攻撃をする。


 クモの装甲は頑丈で二人の銃弾を弾き返す。


 周囲のプリテンドを倒したところで二人は煙幕を張った。そして別々に離れた。クモには熱センサーがあるので煙幕の効果は薄い。だが雫は冷却玉を頭上で弾けさせ冷却水を浴び、路地へと入る。優は大通りを走る。クモは唯一熱センサーに引っかかず、かつ大通りを進む優をターゲットにして追いかけ始める。


 優はそれを確認した後、指定されたポイントへと駆ける。


「そろそろ到着します。バズーカーの用意をしておいて下さい」

「わかった」


 わざわざ指定ポイントを作ったのはこのロケットランチャーが起因している。


 太さは40㎝×40㎝。長さは120㎝。重量30キロ。担いで持ち運ぶのには不便でる。かつ屋上から放つ必要があるので何度も屋上の上り下りはできない。ゆえ指定ポイントを作り、そこでクモを引き寄せ攻撃する。


 優が花田たちのいる建物に近付き始めたのを確認してアンドロイドこと莉緒は頭を下にして水泳の飛び込みのように屋上から跳んだ。

 クモも莉緒を認識し、対空ミサイルで攻撃する。


 ミサイルが莉緒に近付いたところで莉緒は体を地に水平になるように傾け、足を壁に滑らせ飛行ユニットを吹かした。

 莉緒は壁に対して垂直に高速で跳んで、ミサイルを回避。まるで漫画やゲームのようなアクションだ。


 ミサイルは壁に当たり爆発。振動は屋上にいる花田にも伝わる。

 莉緒は体を回転させ、向こう側の建物の壁に足を着ける。そして自由落下で地面に降り立つ。クモはマシンガンで莉緒を攻撃する。


 だがそれも飛行ユニットを吹かして、莉緒は高速で飛び跳ねて回避。そして、一気に相手の脚へと間合いを詰め、ビームソードで斬る。


 音は斬られた脚が地面へと倒れるときの音のみ。


 莉緒は再度ユニットを吹かし、一気に横に回り込む。


 アンドロイドこと莉緒が装着している飛行ユニットは大分前に作られた失敗作をアンドロイド用に改良されたものだ。


 本来は人が装着するものだったが、いくつもの問題点があった。そしてそれらは改善することもなく、いや改善することができず頓挫された。


 大きな問題点として三つのことが挙げられる。


 一つは飛行性。使用者の思うように飛ばないということ。安定した飛行には熟練された技術と馴れが必要であった。


 二つ、衝突問題。着陸ができないこと。そして曲がりきれないこと。この問題は技術のみならず耐久も必要であった。


 三つ目は使用者の安全性。耐熱スーツを着ようが背中と臀部を火傷をしてしまう。


 これらにより人間ミサイルという特攻兵器と呼ばれた。


 しかし、それをアンドロイド用に改良された。もちろん人からアンドロイドになったからといって運用可能になったわけではない。だが、一部のある能力に長けたものが使用すらことにより驚異的な結果を生み出した。


 屋上から眺める花田にはそれはジグザグに飛び跳ねる水切りのようだった。

 莉緒は飛躍ユニットで一気に間合いを詰めビームソードでクモの脚を斬る。


「まず1本!」


 右前脚が地に倒れる。


 着地の際、生身の人間なら足の骨は折れ、足首と膝関節は外れる。だが、頑丈なアンドロイドならその心配はない。踏み込み、そしてビームソードを振るう。そしてまた飛躍ユニット吹かし、飛び跳ねる。距離を取ることも、次への攻撃へと繋げることも可能とする。


 クモの周りを莉緒は高速移動をする。

 スライド移動で事が足りるのではと思われるが、それだと遅く、クモの脚に倒される。クモの脚は歩くためだけではない。攻撃にも特化している。本来の脚ではないにせよ攻撃性能は高い。スライドは脚の数が減ってからである。それまでは跳躍により相手を翻弄する。


「2本!」


 左中脚が倒れる。


 しかし、これはもはや跳躍と言うよりも宿地と呼ばれるものであろう。

 足を斬りつつ、チャンスがあれば腹部を斬る。腹部への斬撃は天井部位なので、ビームソードでは届きにくい。それゆえ、クモを飛び越えるようにし、体を回転させ斬撃を放つ。着地した際にはすぐに離れなくてはいけない。腹部への斬撃後が一番隙が多いのだ。


 この戦い方は本来、莉緒ではなくVRMMORPG『アヴァロン』での友人の戦い方であった。莉緒はその友人の戦い方を真似しているだけにすぎない。


 莉緒はビームソードを振りながら彼女ならもっとうまくできるのだろうと感じていた。彼女の宿地は瞬間移動のようなもので、さらにいつ抜いたのかも分からない高速の抜刀術は見事なものであった。たぶん彼女ならもう脚を全て斬っているだろう。莉緒自身も『アヴァロン』では剣を振り、戦っていたが宿地のような戦い方ではなかった。しかし、使い馴れたアバターをではないアンドロイドと飛行ユニットでここまで戦えるのは見事なものである。


 クモも負けじと左のアームを天へ伸ばしつつ、一気に莉緒へ叩きつけようと下へ降ろす。


 それを莉緒は後ろへと避ける。


 アームは地面を揺らし、アスファルトを撒き散らせる。撒き散る破片も莉緒はガードする。


 だが、クモの本命はアーム攻撃ではなかった。本命はマシンガン。


 無数の弾が莉緒へと放たれる。


 それを莉緒はすぐに右へと回避行動をとるも左腕が弾け飛ばされた。しかし、気にすることなく残りの脚を斬っていく。


 そして、一本足になったところで莉緒はクモの頭頂部を踏み、腹部天井を斬った。最後の一閃により天井部が大きく斬り落とされた。


 莉緒はクモから一気に距離を取って、

「花田さん、今です」

 と、インカムで合図を送った。


 花田は寝そべりながら屋上から下の戦闘を見ていた。そして一本足なったところでロケットランチャーを構え、砲身を下へと向けた。狙いをクモの腹部に合わせる。ロケットランチャーには特殊なアンカーが付けられていて、落とさないようになっていた。だから無理な体制でも問題はない。


 莉緒から合図を受けた花田はロケットランチャーを放った。大きな音は鳴らし、ロケット弾はクモの腹部大穴へと入る。


 そして大きな爆発が起きた。腹部はバラバラになり、頭部も損傷し地面に転がる。

 もしフルフェイスのヘルメットをしていなかった。顔面に熱風を浴びていただろう。


 花田は寝そべったままゆっくりと後退した。そして縁から離れて、インカムで九条に報告。


「命中。クモ破壊に成功」

『了解。莉緒からもクモ破壊の報告があったわ。すぐに撤収して』


 花田はロケットランチャーの筒を担いで非常階段から下へ降りる。


 中身が無くなったとはいえ、重くそして長いゆえに担ぎにくく、油断すると先が階段や取っ手に当たる。


 下に降りきると莉緒がいた。


「手伝います」

「でも、片腕だろ?」

「階段はさすがに難しいですけど、担ぎ歩くだけなら右腕一本でも可能です」


 とは言ったもののランチャー役でもない莉緒に担がせるのもどうかと花田は迷った。


「私は疲れませんので」

「わかった。それじゃあ、頼むわ」


 筒を莉緒に渡した。莉緒は右腕一本でもゆうゆうと担ぐ。


「優と雫は?」

「すでに撤収したもようです」

 花田は地面に転がるクモの頭部を見た。


「あれ? 生きてる?」

「さすがにあれでは動きませんよ」

「そうじゃなくて中の操縦者だよ。そっちと違って頭部の操縦席に人が座って操縦しているんだろ?」

「どうでしょう?」

「一応、操縦者を生かす前提の破壊作戦だったんだろ?」


 そう。破壊もしくは戦闘不能にするだけなら花田は必要はなかったし、わざわざ脚を斬るという必要もなかった。

 頭部を斬り、開いた穴に手榴弾でも入れたらそれで済む話。遠隔操縦でもない限り操縦者が死ねばいいだけのもの。


 だが今回はその操縦者も生かすという前提ゆえエンジン部位である腹部の破壊となった。腹部は二重構造となっているためエンジン部まで破壊は難しく、さらにクモは頭部の離脱が可能でドローン型として行動もできる。それゆえに腹部を破壊しつつ頭部にもダメージを与える必要があった。そういったことを考慮して生まれたのが今回の作戦である。


 例えエンジン部を破壊できても内外からの爆発にも強いのなら頭部への損傷は不可能であると思われた。しかし、今回はそれが可能であった。


 花田は九条の言葉を思い出す。


「なぜなら……」

「なぜなら?」

 花田は無意識のうちに反芻していた。


「改造グモだからよ」

「かいぞ……ん? どういうことだ?」

 頭にクエスチョンマークを飛ばして花田は聞く。


「これ本家本物ではないの。足はアメリカ産。アームはインド産。センサーはフランス産。マシンガンはロシア産。ここだけなら本物と遜色はなかったけど唯一本物にもない兵装がある」

「それは?」

「大砲よ。腹部に内蔵されていて発射時にはハッチが開き砲筒が現れるの」

「ハッチがある分、壊しやすいのか?」

 九条は首を振った。


「ハッチがあっても装甲は硬いわ。本来ならでも堅いんのだけれど、ただ……」

「ただ?」

「大砲があるということは弾があるということ。敵も一発だけってわけではないわ。一発だけならプリテンドにロケットランチャーを装備させればいいもの。なら、ちがうってことは弾があるってことよ」

「そうか! 誘爆か!」


 九条は指を鳴らし、人差し指を花田に向ける。


「そう! 誘爆で頭部も損傷」

「うまくいくの?」


 黙って聞いていた雫が尋ねる。


「量子コンピュータの計算通りならね」

「ん? 待て? 量子コンピュータ? それってもしかしてシンギュラリティ・ワンか?」


 花田の問いに、九条が意地悪な笑みを向けるのみで答えない。


 九条は手を叩き、

「では、優と雫はプリテンドを。そしてクモをここまで誘導。莉緒は脚を斬って、腹部に斬り口を。ラストは花田さん、あなたよ。ロケットランチャーで仕留めてね」

「仕留めてねって、ロケットランチャーなんて使用したことないぞ」


「本当に他のプリテンドはいいのか?」


 敵はクモだけではない。他にも大勢のプリテンドがいるはず。自衛隊もゴースト型かファントム型かで攻めあぐねているらしい。九条はそちらの件は気にしなくていいと言っていたが。


「すでに仲間が敵の情報を伝えているはずです」

「仲間?」


 莉緒の答えに花田は首を傾げた。


「深山さんたちです」

「どうやって?」


 高高度核爆発のせいでほとんどの一般通信はおじゃんのはず。


「彼女たちは今、施設内にいるのです」

「な、なんで?」


 施設は陸上自衛隊駐屯地内にあって、一般的には極秘施設のはず。おいそれと中には入れないはず。


「インターンシップだそうですよ」

「……普通、インターンシップは企業だろ」

「施設は深山グループが関係しているらしいですよ。それでですよ」

「ほんと、幅広いな深山グループ」


 呆れたような感心したような声を花田は出した。

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