第170話 Pー8 点

 アルクが山田の死を知る一日前の夕方。そしてそれは山田が自殺した時でもある。


 薄暗い部屋。そこはステージと机と椅子のある観客席のある部屋。


 その部屋に大勢の人が床に転がっている。

 全員、息はない。


 それを1人の女性が表情もなく見下ろしている。


 床に倒れている人間は10代後半から30代後半。

 そこでとある女の子に目を止めた。


「公主、何かありましたか?」

 女の後ろで男が問う。


「いいえ。この服は……」

「女子高生ですね」

「制服ってやつね」

「公主?」

「何でもないわ。少し珍しくてね」


 女の国では日本のような制服は珍しかった。学校指定の制服そのものは珍しくはない。ただ、日本の様に可愛いを追求した制服は珍しかった。


「あっ、思い出したわ。十日ほど前に同じ制服の子とぶつかったのだわ」


 女は制服少女の顔を見る。

 だが、それは違う子だった。


 部屋を見渡し、同じ制服の子を探すが、

「あれ? ……いない。どうしてかしら?」

 女は後ろに振り返り、男に聞く。


「全員よね?」


 その目は力を浴び、男を射竦めさせる。


「しょっ、少々お待ちくださいませ」

 男はすぐに端末から出席者を調べる。


「たっ、確かに定員通りです」

「ここにいる人数を確かめなさい。それと名前も」

 女は鋭く命じた。


「はっ!」


 男は仲間達と共に倒れ死んでいる日本人の数、そして身分を証明できる持ち物から名前を調べ始める。


 しばらくして男が椅子に寛いでいる女のもとに訪れ、「一人だけ足りません」と報告する。


「そう。じゃあ、あの子ね。周辺の防犯カメラから十日前の記録から女子高生を探しなさい」

「……」


 男が返事しないので女は目で問う。


「あっ、その、実は……」

「何?」


 女は苛立ち交じりに問う。その綺麗な眉が美しく跳ね反る。


「出席していないのは男性の模様です」

「ん?」


  ◯ ◯ ◯


 女達がバーを撤収して、二時間後に警察が通報を受けて現れた。


「事故? それとも事件?」


 蒔田が廊下から部屋を見て、誰ともなしに聞く。


「どっちだろうな」

 と花田悟が返す。


 多数の遺体が運ばれ、今は鑑識がゲソ痕や指紋などを採取している。


「死因はなんですかね?」

「さあな。外傷はないらしいからガスかクスリかな?」

「おい、二人ともこっちだ」


 班長に呼ばれ、二人は近寄る。


「第一発見者の店員だ。それとこちらは店長だ」

「どうも」

 20代前半の若い店員は恐縮して頭を下げる。


「店長の木村です」


 木村という店長は30代前半くらいの男性であった。厄介なことにという顔色をしている。


「当時のことを教えて下さい」

「えっと、時間が近づいたので店内インターホンで連絡をしたのですけど、反応がなくって、それで部屋に確認に入ったら皆さんが倒れていて……」

「異臭はありませんでしたか?」

「異臭……というかなんかくらっときましたね。ガス……ではないし、まあ、それで怪しいと思ったので換気を……」

「毒ガスですかね?」

 蒔田が聞く。


 そこで青い服の鑑識が報告やってきた。


「いや、死因は一酸化炭素によるものだ」

「そんなに早く死因がわかるのか?」


 花田は疑問を投じる。遺体には外傷はなかった。ならば、ガスやクスリの可能性もあるのではと花田は考えていた。


「そこに一酸化炭素を発生させた機器があってな」

 と鑑識は古いストーブを顎で指す。


「安全装置は起動しなかったのか?」

「どっから持ってきたのか。昭和時代の産物だ。よくもまあ、動いたもんだよ」

「で、事故か?」

 班長が聞く。


「あー、それが遺書があったので集団自殺の可能性が高いですね」


 鑑識は遺書らしき紙を班長に渡す。

 そこには──。


『疲れました。私達はこの世を去ります。どうかお許しを。なお、ここにいる全員は自らの意思により、集団自殺を決行した次第です。強制はありません』


「集団自殺だ!?」

 遺書を読んだ班長の声が部屋に響き渡る。


「店長さんはここに集まった連中について何か知ってます?」

「いえ、オフ会の方々としか」

「オフ会。どのような?」

「ええとVRMMO関連のとしか知りません」


  ◯ ◯ ◯


 花田達は捜査本部に戻り、遺体についてプリントを読んでいた。

 プリントには鑑識が撮った写真画像と身元が載せられていた。


「結構な数ですよね」

 と蒔田がうんざりしながら言う。


「だな」

 花田は短く返して、プリントを読む。


「ん?」

 ある一枚のプリントを見て、花田は止まった。


「どうしたんです?」

「いや、この子……」


 プリントに載っている人物は女子高生で名前は山田詩織。白ヶ丘台高校二年生。クラスはB組。身元を証明するものとして学生証の写真画像が載っている。


「うちの娘と同じ高校だ。それにクラスも……たぶんだが」


 娘のクラスについては自信がなかった。


「ということはクラスメートの可能性もあると?」

「かもな」


 そこで二人の捜査官が入室する。


「班長、現場のバーから……近くに設置してある防犯カメラには不審な人物は映っていませんでした」

 と大柄な捜査官が頭を掻きつつ答える。


「そうか」

「……なんか引っ掛かりのある言い方ですね」

 と蒔田が間に入ると、


「バー付近の監視カメラのデータがなかったんだよ」

「なんだそりゃあ?」

 班長が眉間に皺を寄せる。


「それがここ最近出没する不審者探しているとかで監視カメラのデータをした人物がいたらしく……」


 普通なら請求のはず。それが要求ときた。

 力のある人間だろうか。


「誰だそいつは?」

チョウと呼ばれる国際弁護士です」

「そいつは今どこだ?」

「現在、太田と山井が調べてます」


  ◯ ◯ ◯


「ただいま」


 花田悟は朝頃、家に帰った。


「朝帰り?」


 丁度、今から学校に行こうとする娘のアルクと玄関で鉢合う。


「アホな言い方するな。学校か?」

「見たら分かるでしょ?」


 と、ぶっきらぼうに言い、アルクはローファーを履き、悟の脇を抜け、外に出る。


 悟は革靴を脱ぎ、リビングのドアを開けたところで、アルクに聞きたいことがあったのを思い出した。


「ああ! 忘れた!」

 悟は額を叩いた。


「何か忘れ物?」

 妻が聞く。


「違う。アルクに聞くことがあったんだ」

「今なら間に合うわんじゃない?」

「夕方でいいや」

「ご飯にします? それとも……」


 妻は悟に近付き、体臭を嗅ぐ。


「臭いか?」

「ん〜、今日も先にシャワー浴びた方が良いんじゃない?」

「そうか」


 悟はスーツと鞄を妻に渡して、脱衣所に向かう。

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