第171話 Pー9 線

「山田詩織という子を知ってるか。お前と同じ高校で二年生なんだが」

 花田は晩御飯の時にアルクに聞いた。


「知ってる同じクラスだし。自殺したんでしょ?」

「まあ、なんで?」

 と母の恋歌が驚く。


「さあ?」

 恋歌の問いにアルクは肩を竦める。


「自殺の要因を知ってるか?」

「知らない」

「悩みとか……いじめとか」


 アルクは首を振る。


「何かないか?」

「自殺するような子じょないし。それに……」

「それに?」

「VRMMOの掲示板でオフ会とかやってたし。悩みあるかな?」


 嘘だった。

 悩みはあった。


 アイリス社のVRMMORPGでゲーム世界に囚われていたということで思い悩んでいた。

 だが、先程言った様にオフ会で同じ悩みを持つ者と触れ合い、多少はすっきりしていたはず。

 自殺するほど悩んではいなかった。


「VRMMOの掲示板。それはネット掲示板か?」

「違う。VRMMO内に入って掲示板。ゲーム内で掲示板とかチャットルームがあるの」

「ええと……ネットの中のネット?」


 悟は険しい顔をする。


 それもそうだろう。ネットを使うならスマホやタブレット端末を使えばいい。それをわざわざVRMMOにログインして、ゲーム内の掲示板を使うなんて二度手間だ。


「そんな感じ」

「なんか犯罪臭いな。身元をバレないために回りくどいことをしているのか?」

「知らないよ。私はVRMMOなんて今はやってないんだし」

「そういえばオフ会って言ってたよな。そのオフ会って原宿のバーのか?」

「!」


 アルクは箸を止めた。


「もしかして入り口が地下で、バーから廊下に出て……ええと、たくさん部屋があって……部屋の中にステージがある……やつ?」

「どうして知っている?」

 悟が目を鋭くさせて聞く。


 アルクは目を逸らし、

「十日ほど前に山田に誘われて行った」

「悩みがあるの!?」

 恋歌が真剣な顔で聞く。


「ないよ。ただ、誘われただけ」

「本当に何もないんだな」

「そうよ」

「分かった。で、当時のことを詳しく教えてくれないか?」


 アルクは山田に誘われて一度だけオフ会に参加したと言い。オフ会ではジュースがサービスで出たが怪しいので飲まなかったこと。そしてオフ会はステージで発言するもので、自分はただ聞いていただけだと告げた。


「告白か。それはどんな内容だ?」

「アイリス社のやつ」

「どうして?」

「オフ会に集まった人はアイリス社の『アヴァロン』と『タイタン』のプレイヤーなの」

「なるほど」

 悟は顎を撫でた。


「明日、捜査本部に来てくれるか?」

「え? 取調べ?」

「違う。……一応、関係者だから参加者の顔写真を確認してもらいたいんだ」


 参加者と言ってるが本当は自殺者の写真だ。

 娘にそのような写真を見てもらいたくないが、捜査としてこれは仕方のないこと。


「まあ、いいけど全然覚えてないよ。参加したのは一回だけだし。それに薄暗かったし」

「まあ、一応な」


  ◯ ◯ ◯


 捜査本部が置かれている渋谷警察署の小さな一室。


「これが写真だ」

 と悟は集団自殺者の顔写真をテーブルに置く。


「昨日も言ったけど、役には立たないよ」

 写真の束を手にしてアルクは言う。


「分かってる。期待はしていない」


 アルクは一息つき、顔写真を見始める。


「ん!?」


 どれもが顔がピンク色であった。

 数人の顔写真を見て、アルクは目を閉じた。

 そして息を吐く。


 遺体の顔を見るのは気分のいいものではなかった。

 遺体はもう動くことのない、魂の抜けた体。魂というものは見えるわけでもない。普段から相手に対して魂の有無なんて意識すらしていない。それはあるという前提で相手を見ているから。


 生者のいる生活。それが日常。


 だからこそ、遺体の顔写真からは魂がないもの──。生活の異物として感じ取ってしまう。


「大丈夫か?」

 悟が心配して聞く。


「大丈夫」


 アルクは気丈に振る舞い、顔写真を見る。

 半分ほどで山田の顔写真が現れた。


 それに対してアルクは反射的に目を逸らした。

 そして目を細めて、ゆっくりと写真に目を向ける。


 ──こいつ、本当に死んだんだ。


 アルクは急に立ち上がった。


「どうした?」

 悟が驚き、聞いた。


「トイレ」

「ここを出て右にある」

「分かった」


 アルクは部屋を出て行った。


 しばらくして蒔田が、

「娘さん、大丈夫ですか?」

「……大丈夫なわけないだろう」


 たぶん吐きに出たんだろうと悟達は気付いていた。


 約十分くらいしてアルクは戻ってきた。

 無言で椅子に座り、顔写真を見始める。


「ほら、水だ。ゆっくりでいいからな」

 悟はペットボトルのミネラルウォーターを差し出す。


「分かった」


  ◯ ◯ ◯


 何も得られものはないだろうと思っていたが、

「あれ?」

「どうした?」


 アルクのポツリと呟いた疑問を悟は拾って、尋ねる。


「1人いない……かな?」


 そう言ってアルクはもう一度、顔写真を確認する。


 男性の顔写真をどけて、女性の顔写真だけを熱心に見る。

 悟達は黙って見守る。


 そして──。


「やっぱりだ」


 何度も女性達の顔写真を見たアルクは確信の言葉を言う。


「どうした?」

 悟はもう一度聞く。


「1人いない。私、トイレで1人の女性にぶつかったの。その人も参加者で。でも、その人の顔写真がないの」


 悟は蒔田に向き、

「これで全員だな?」

「はい。そうです。全21人」


 悟は顔写真を数えると21枚あった。


「どういう女性だ?」

「一言で言うなら美人」

「もっと具体的に」

「……ええと」

「待った! 似顔絵を作るから。おい、似顔絵が上手いやつを連れてきてくれ」

 悟は蒔田に命じた。

「はい!」


  ◯ ◯ ◯


「こんな感じ?」

 婦人警察官は似顔絵をアルクに向ける。


「はい。そうです」


 出来た似顔絵はアルクの記憶と一致して、あの時の女性そのものだった。


「お〜確かに美人ですね」

 似顔絵を見て、蒔田は鼻の下を伸ばす。


「背格好は?」

 悟が横から聞く。


「身長は160から170くらいかな? スタイルは良くて、胸がデカかった」

「セクシー女優みたいな?」


 どこか弾んだ声で蒔田が聞く。


「セクシー女優を知らないから分かりませんけど、エロいというよりも見え隠れするセクシーみたいな」

「見え隠れ?」

 悟が眉を下げる。


「つまり、一見は遊んでいる風とは反対側なんだけど、異性を惹き寄せる体とすべを持っているみたい」

「ああ! 近付いたらエロスを感じる的な? それとも意外と良い体してじゃんと二度見するみたいな?」

 蒔田が人差し指を上げて言う。


「う〜ん。そんな感じかな?」

 アルクは困った様に答える。


「まあ、似顔絵が出来たので、それで捜査をしては」

 と女性警察官は蒔田に冷たい目を向けて言う。


  ◯ ◯ ◯


 中華風の装飾で彩られた部屋で、スーツにサングラスの男が2人入室した。2人のうち背の高い男がソファーで寛ぐ女性に、「雷電公主」と呼びかける。


 男に呼びかけられて雷電公主は辟易した。

 どうしていちいち人間は返事を求めるのか。


「何?」

「公主がお探しになられた女性の身元が判明いたしました」


 そして男はもう1人の小太りの男に合図をする。

 小太りの男は頷き、パソコンを操作する。

 部屋の大型スクリーンから映像が流れ始める。それら映像は複数の監視カメラの映像で全部で4つ。


「これは十日前のオフ会後の監視カメラの映像です」

 背の高い男が報告を始める。


 原宿のバーから出た1人の女子高生がもう1人の女子高生に声をかけている。音声はないが、それは今どうでもいいこと。

 他3つの映像にはフリーズさせた画面、顔をアップさせた画面、2人並んで映っている画面である。


「この映像を元に身元を特定しました。名前は花田虹橋はなだアルク。白ヶ丘高校の二年生。家族構成は父と母の核家族。父は警視庁操作一課。母は専業主婦」

「父親は警視庁の人間なの」

「は! さらに本件の集団自殺の捜査担当しています」

「ふうん。で、の男の子は?」

「前々回の監視カメラの映像を」

 背の高い男は小太りの男に命じる。


 スクリーンに別の映像が流れる。その画面も4つで様々な監視カメラの映像が流れる。


「こちらが本来参加予定の男です」


 ある画面にはその男の顔がアップで映しだされる。


 雷電公主は目を細めて、画面を見つめる。

 それは猛禽類の獲物を狙う目であった。

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