第173話 Tー4 投票券

 アンケートの投票券は一人につき最低一票は配布され、それ以上の投票券はレイドイベントの報酬で得られる。その数は最大で10枚。


 つまりプレイヤーは投票券を計11枚得られるというわけだ。


 けれどアリスは投票券なんていらなかった。アヴァロンプレイヤーの誰かを選びたくはなかった。


 そこにはエイラを倒したユウも含まれる。

 アリスはユウを恨んではいなかった。


 戦闘を仕掛けたのはエイラからだし、ユウは自分の身を守っただけなのだから。

 だが、それでも、心の中ではどうしても理屈ではない、整理されない怒りがあった。


「どうしたものか」

 アリスはぼそりと呟いてしまった。


 今はパーティーの宿舎内にある食堂にいた。

 そこでアリスは昼食を取っていたのだ。


「はあ〜」

 アリスは何度目かの溜め息を吐いた。


「どうした?」


 背中から声をかけられ、アリスは驚き背を伸ばした。

 そして振り返ると、兄のレオがいた。


「びっくりした。何よ急に」

「何か悩みか?」


 レオはアリスのテーブルを挟んで対面に座る。


「別に」

 アリスはそっけなく返す。


「調子はどうだ?」

「調子って何の?」

「レイドイベントだよ。投票券、手に入れたのか?」

「ぼちぼちかね」


 嘘である。中級者クラスのアリスでも4枚は軽く手にすることができるが、アリスは配布された1枚しかまだ所持していない。


「お前は投票券をアイツに全部使ってもいいんだぞ」

「アイツ?」

「ユウだよ」

 レオは忌々しげに言う。


「……ああ、うん。で、兄貴も投票を?」

「ああ。基本、俺達はアヴァロンのハイランカー達に投票する。俺はその内の一枚をユウって奴にな」

「ふうん。そうなんだ」

 悲しげにアリスは返事をする。


「やっぱ様子がおかしいぞ?」

「おかしくないわよ。てか、つい最近までうじってたのはそっちじゃん」

「うじってねーし」


 そしてレオは立ち上がる。


「とにかくお前もレイドイベントをやって、投票券を手に入れろ。一人はユウに残りはハイランカーに入れろ。リストを端末内に配布しておいたから、迷ったらそれを参考にしろ」

 と言い、レオは食堂を去る。


「……レイドイベント……ねえ」

 アリスは大きく息を吐く。


  ◯ ◯ ◯


 レイドイベントはモンスターを倒してポイントを得るだけという分かりやすいイベントであった。


 イベントモンスターは4種類で用意され、初心者用、中級者用、上級者用、そしてマルチ用の4種類。


 アリスほ中級者クラスなので多少の苦はあれど倒せないわけではなかった。


 それでもアリスは中級者ではなく初心者レベルのイベントモンスターを狩っていた。モンスター名はギガレッドカマキリ。名前の通り5メートル級の大型のカマキリモンスター。巨体ゆえ狙いやすいと思われるが胴体や腕が細いゆえ当たりにくい。


 そのギガレッドカマキリの狩場は都市から間に森を挟んで北北東の荒野エリアである。そこで今、アリスは一人さみしくギガレッドカマキリを狩っていた。


 接近するまで2丁拳銃で銃撃。接近したら横に回って、羽のある腹部を狙う。


 ──どうしてあれが腹部なのかしら。尻じゃないの?


 そんなことを考えつつ、アリスは振り下げられた鎌を避けつつ、腹部を銃撃する。

 ギガレッドカマキリは腹部に攻撃を受けるとバランスを簡単に崩してたたらを踏み、そしてバランスを取り戻そうと鎌を地面に刺し、前のめりになる。

 その隙にアリスは2丁拳銃で前のめりで下がった頭を狙う。


 頭は胸部と違って太く、さらに真っ赤な目が弱点であるので銃弾が当たれば大きくHPを削げる。

 そしてHPがゼロになり、ギガレッドカマキリは消滅。


「楽勝」


 討伐後、アリスは端末で先程の戦闘結果を確認。獲得イベントポイントは32。獲得アイテムはなし。


 次にアリスはイベントページを見る。そこの右上には累計イベントポイントが記されている。


 607ポイント。


 ──20体倒したから一体あたり30ポイントぐらいか。


 次にアリスは交換ページを見る。


 投票券は1000ポイント。

 HP回復アイテムは100ポイント。

 テント500ポイント。

 あとは一桁単位で可能な都市内で使える通貨変換。


 その後、アリスは投票ページのアヴァロン名簿をタップする。するとアヴァロンプレイヤーの名前とランク、レベルが画面に溢れる。


 ランク順に掲載され、アリスはユウのランクまで一気にスクロールさせる。ユウのランクあたりまでくるとゆっくりとスクロールさせ、名前を確認しつつユウを探し当てた。


 ──載ってる。……てか、当然よね。アヴァロンプレイヤーなんだもん。


 アリスは今、タイタンプレイヤー全員に配布された投票券を一枚持っている。

 それを使用した。


 画面には『投票完了』が現れる。


 ──これで……いいかな。


 アリスが投票したのはレオから渡されたリストに載っていたプレイヤーだった。


 ──ユウは悪くないもんね。


 まるで自分に言い聞かせるように。


  ◯ ◯ ◯


 その日の夜、兄のレオがアリスの部屋に訪れた。


「何用?」


 来客用の椅子にレオを座らせてアリスは聞く。


「投票したか?」

「まあ、したけど」


 それが何とアリスは目で訴える。


「ちょっと端末の投票履歴を見せて見ろ」

「投票履歴?」

「そうだ」


 ──え? 投票履歴!? そんなのあるの?


 どうやらアリスは投票履歴があるとは知らなかったようだ。


「…………見せないといけないわけ?」

「リーダーだからな。パーティーメンバーがきちんと投票したか確認をしないといけないだろ」

「どうしても?」

「ああ」

「……拒否権は?」

「ない」

 レオはきっぱりと言う。


 数秒か数十秒か沈黙が流れ、アリスは根負けした。


「……分かった。投票履歴ってどこで見るの」


 アリスは端末を取り出してレオに聞く。


「投票ページの左端にヘルプがあるだろ。その隣に投票履歴があるだろ」

「ああ、あった。これね」


 アリスはヘルプの隣にある投票履歴をタップする。そして投票履歴画面に移動すると端末をレオに渡す。


「ん? スゥイーリア?」


 レオは端末画面からアリスへと顔を向ける。


「どうしてユウではないんだ?」

「ええと、そりゃあ、ユウというプレイヤーはエイラの仇だけど、そこはほら、パーティーというタイタンのことを考えるとスゥイーリアが適切なかなーと」


 レオは息を吐く。


「馬鹿。ローランカーがいちいちそんなことを気遣うな」

「兄貴は誰に投票したの?」

「10人はアヴァロン古参メンバーかつハイランカーの奴らだ。スゥイーリアも入ってる。……そして残りの一票はユウだ」


 ──ああ。やっぱユウに入れたか。まあ、恋人の仇だもんね。


「……そう。てか、もう11票分の投票券手に入れたんだ。まだ始まって二日目でしょ?」

「なに、上級コースならさくさくポイントが入るぞ」

「無理無理。私は初級コースだし」


 レオはアリスに端末を返し、立ち上がりアリスの頭に手を置く。


「すまんな気を遣わせて」

 と言い、アリスの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「ちょっと! 何よ!」


 アリスは手でレオの手を追い払う。

 レオは切なさと優しさを混ぜたような笑みをして、部屋を出る。


  ◯ ◯ ◯


 レオが部屋を出て、アリスはそろそろ寝ようとベッドに横たわった。


 その時ふとクルエールのことを思い出した。

 どうしてだろうか。

 ユウを助けたいからか。


 ──だってこのままだとアイツは。


 鬼ごっこに強制参加させられゲーム内から消滅。

 負けての消滅は死を意味する。


 だからクルエールと取り引きをして、ユウを助けようと考えた。

 クルエールは言った。自分と融合すれば一人を解放すると。


 本当かどうか怪しい。


 でも、賭けてみたい。


 けれど、あの日からクルエールから接触はない。


 どういうことだろうか。ロザリー達から近づけないように工夫をされたのか。それとも──。


 ──もう一度、あの城に行けば会えるかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る