第172話 Pー10 渦中のアルク

 新虎の繁華街ロードから少し離れた位置にあるビルの一室。

 そこには今、鏡花と胡桃、葵、そしてユウことアリスがいる。

 アリスは今日、鏡花に話があるとメッセージを受けて訪れた。


「ええ!? アルクが狙われてる?」

「うむ。中国の工作員達にね」

「なん……もしかして山田の件?」


 アルクが狙われる理由は分からない。でも、ここ最近、クラスメートの山田が集団自殺で亡くなった。そしてアルクは一部クラスメートから疑われていた。


「そうだ。その山田の件でね」

「やっぱり山田の集団自殺は自殺に見せかけた事件なの? 中国工作員ってことは中国政府が関与しているの?」

「いいや。あれは政府は関与していない。一部が暴走してのことだ」

「それでどうしてアルクが?」

「彼女、どうやら一度だけくだんの集団自殺が行われたバーに山田と共に行ったことがあるらしい」

「ええ!?」

「その時は名前等はバレなかったが、先日の集団自殺の後で彼らは監視カメラを使って身元を調べたらしい。で、それが原因でバレてしまったらしいね」

「どうするんですか?」

「どうもこうも、彼らが動くというなら、監視して情報収集。それによって彼らの日本での拠点、背後の関係とかを知る良い会じゃないか」

 さも当然だろうと鏡花は言う。


「ですよねー。…………って、いやいや、動いてない。動いてない。助けないの?」

「助ける? 誰を?」

「アルクを!」

「なぜ?」

「だってユウの友人でしょ」


 今は自身の体であるユウの体をアリスは指差して言う。


「うん。そう……だけど?」

 それが何だと鏡花は眉を八の字にさせて首を傾げる。


「奴らからユウの体を守るのは大切なことでしょ?」

「それとアルク君に何の関係が?」

「だーかーら、アルクの身に何かあったらユウの身もピンチじゃん」

「それはどうかな」

「え?」

「彼女はまだ藤代優の体に君が入っていることは知らない。せいぜい、あのデスゲームの記憶がないだけではないか」

「うっ!」


 そうだ。アルクは今、藤代優の体にアリスが入っていることを知らない。それにユウがクルエールと取引をしたことも知らない。


 だから、アルクの身に何かあっても藤代優には危害は及ばない。

 むしろ、アルクを餌にすることで彼らの動向を知ることができる。


「で、でも!」

「でも?」

 鏡花は聞く。


「…………」

 アリスは上手く返せなくて、言葉が詰まる。


 自分はどうしたいのか。

 アルクを助けたい?


 しかし、アリスはアルクとあまり面識はない。いや、藤代優の記憶としてアルクへの想いはある。なら、今のこの助けたいという想いはアリスのものでなくユウのもの。


 ──違う!


「嫌!」

 アリスは言う。

 簡潔に。


 そして鏡花は次の言葉を待つ。


「私はアルクを助けたい。このまま何もせず見殺しになんてできない」

「そうか。まあ、どう動くかは君の自由だ。我々はただ藤代優の体を守ることだしね」


  ◯ ◯ ◯


 アリスが帰り、

「こういうのを焚き付けるって言うんでしょうね」

 と葵が鏡花に言う。


「何のことかな?」

 鏡花はそう言って、コーヒーを飲む。


「鬼ですね」

「鬼とは失礼だね。私はただ、彼女がどうしてもアルクを助けるために動くというならこちらも手を貸そうと話をしただけだよ」

「違いますね。彼女を表に誘い出そうとしてのことでしょ」


 アルクを助けるなら、鏡花達でも可能だ。だが、それではアリスが動かない。彼女には身を守るすべと現状の把握が必要。そのためには表に出てもらわないといけない。


 そんな時に今回の件だ。


 鏡花はそれを利用し、アリスを表に出させようと企んだ。だから、鏡花はわざとアルクの身を守ることに消極的なふりをした。


「鬼ですね」

 葵はもう一度言った。


「ひどいなー」

 と鏡花はからからと笑った。


 だけど、葵は知っている。今回の件はアルクが巻き込まれる前から注視していた。


 さらに言えば、アルクが巻き込まれると想定して放置していたのだ。


 そもそも、身を守り、かつ相手を叩くならオフ会そのものを邪魔すればいい。警察に危険なオフ会があるとリークすればいいだけのこと。


 でも、葵はそれをしなかった。


 アリスを表に引きずりだすため。


 そのためにどれだけの人間を見殺しにしたのか。


「私が守れるのはこれだけだよ」

 と言い、鏡花は腕を広げる。


「勿論、今やっているこれは比喩だ。でもね、私は神ではないし、ハイペリオンでもない。できることに限界はある」


 そして鏡花はニヤリと笑う。


「それに雑草は根本まで抜かないとね」


  ◯ ◯ ◯


 翌日、アリスが学校に登校して教室へと廊下を歩いていると、教室前の廊下で野次馬が目に入った。

 野次馬は廊下から教室を伺っているようだ。

 藤代優ことアリスが教室に近づくと、


「優! 大変よ。アルクが!」


 アルクの身に何かあったのかとアリスは急いで野次馬をかき分け、教室に入る。


 すると──。


「だから! 私じゃないっての!」

 アルクが一人の女子生徒に怒鳴っていた。


 ──なんだ。無事じゃないの。てか、何これ?


 相手の女子生徒は同じクラスの渡辺茉莉花。

 渡辺はアルクに対してめくじらを立て、睨んでいた。


「アンタ以外、誰って言うのよ!」

 渡辺も先程のアルクに負けじと大きな声で返す。


「知らないって言ってるでしょ?」

「じゃあ、アリバイは? 犯人じゃないならアリバイあるでしょ?」


 その問いにアルクは刑事の娘として早る気持ちを抑え、冷静に対処した。


 は父、悟から聞いたもので、対処法も聞いている。


 ──刑事の娘を舐めるな!


「アリバイ? そもそもアリバイ時刻を知らないんですけどー。むしろ、そういうことを聞くってことはアリバイを知ってるってことよね。あれれ? それって犯人しか知らないことでは?」

 アルクはわざとくだけた口調をした。


「ああん?」

 女子にはあるまじき低音でメンチを切る渡辺。


 双方バチバチで睨み合っている間にユウは間に入る。


「どうしたのさ二人とも? 渡辺も落ち着けよ。山田の件のことで揉めてるの?」

 渡辺は山田と仲が良かっただろうか。ユウの記憶ではそうではないらしいが。

「違うわよ。旗本が殺されたのよ」

 と渡辺が聞いたユウでなく、アルクを睨んで言う。


「で、こいつが私がったと疑ってるのよ」

 アルクも渡辺を睨み返しつつ、ユウに教える。


「旗本が何で?」


 クラスメートの男子、旗本が殺されたことにユウは驚いた。


「アルクが山田の件がバレそうだから殺したのよ」

「はあ? 何その推理? 三流サスペンスでもそんなへぼ推理するキャラいないわー」

「サスペンスなんか見ないし。そんなもん見るなんてよっぽど精神が老いているのね」

「へぼ推理するやつは猿のように騒ぐことしかできないよね? 三大欲求のためならキーキーわめくよね。あー、やだ。知性のないのは」

「お子ちゃまは遊びも知らないのよねー」

「あれれ、老いているんじゃなかったのー? はい、論破ー」

「論破って言うけど、支離滅裂じゃない?」

「はあー? 支離滅裂なのはアンタでしょ? 訳のわかんない理屈で犯人扱いとか迷惑だわー」

「ちょ、ちょ、ストーーープ! 落ち着いて。ね? クールダウンしよう。クールダウン」

 またまたユウが間に入り、舌戦を止める。


『ふん!』

 口を閉じたアルクと渡辺は互いにそっぽを向く。


「ええと、まずは旗本が殺されたことだけど、いつ殺されたの?」

「昨夜11時に住宅街の道路で死体が発見。心臓を包丁で一突き。帰宅中に襲われた可能性が高いとか。あと、犯行現場にあった包丁からは指紋はないらしいわね」

「詳しいね」

「こいつが犯人じゃん」

 アルクが渡辺を指差す。


「違うわよ! 私は第一発見者なのよ!」

「住宅街とかの人気が多いとこは結構な確率で第一発見者が犯人なのよね」

「私のすぐそばに人がいたわよ。結果的には私が第一発見者だけど」

「ふうん。でも、なんで旗本の帰宅道にアンタが? 家近かったっけ?」

「アイツが塾を休んだから私がプリントを届けに行ったのよ。塾からアイツん近いし」

「へー」


 疑わしい目をするアルク。さんざん犯人扱いされたのだ。ここぞとばかりに渡辺を犯人扱いする。


「佐伯! そうよね?」


 急に話を振られ、驚く佐伯。その佐伯は少し離れたところでアルク達を伺っている。


「え、あっ、うん。昨日は旗本、塾休んでたよね」


 佐伯はたどたどしく答える。


「それで私がプリントを持って行ったのよね」

「うん。近いから」

「アンタは一緒に行かなかったの?」

 アルクは佐伯に問う。


「ちょっと居残りを」

「ふうん」

「分かった。私は犯人じゃないの。見つけたからすぐ警察に電話したし。その記録と塾から出た記録を照らし合わせたら私が犯人ではないって分かるわよ」

「胸を一突きなんでしょ? そんな時間かからないでしょ?」

「あのね。会って一突きなんて、普通の女子高生には無理よ。それが出来るとしたら、犯人は初めから殺意のある人間ということよ。だからアンタでしょ!」

「何が『だから』なのよ。意味がわからない」

「アンタ、山田の件で旗本と揉めてたでしょ?」

「揉めてたんじゃなくて、一方的に言いがかりをつけられていただけよ」


  ◯ ◯ ◯


「本当! 嫌になっちゃうわ!」


 アルクはぷりぷりして弁当を食べる。


 今は昼休みで、アルク達がいるのは食堂の隅の席。


 教室だと変な目で見られるとかで、食堂で弁当を食べることに。


 ユウは弁当ではなく、食堂で購入したきつねうどんを食べている。


「でも渡辺が塾に通ってたのは意外だね」


 と、ユウが言うとアルクは箸を止め、やれやれと首を振る。


「何?」

「ユウは気づいてないけど、あれは旗本狙いよ」

「それって旗本が塾に通ってるから?」

「そうよ」


 ユウは箸を止め、記憶を手繰る。


「確かに言われてみると旗本に対してのアピールが強いような」

「そうよ。それとアイツ、頭は悪いくせに狡賢ずるがしこいのよね」

 と言い、アルクは溜め息を吐く。


「狡賢い?」

「きっと自分が疑われるかも知れないから、先に私を皆の前で疑うことで回避しようとしたのよ」

「ええ? それ本当?」

「本当よ。アイツ、自分が分からないこととかになると、『アンタ、知らないでしょ? ……え? 知ってる? 知ってるんだったら答えなさいよ』って、そういうあたかも自分は知ってるようなていで卑怯な手を使うのよ」

「でもそれ『知らない』って答えて、『お前は?』と聞き返したらいいんじゃない?」

「その時は『知らない』って言うのよ。自分は知ってるとは言ってないし。嘘は言ってないしね」

「うわー、卑怯だ」

「だから今回のも疑われないための、アイツなりの保険よ」

 と言い、アルクは息を吐く。


「アルクは渡辺が殺ったと?」

「…………それは違うんじゃない」

「どうして?」


 ユウの問いにアルクは答えなかった。


「何か知ってる? その事件について?」

「どうして?」


 質問を質問で返された。それもまた狡賢いとは思うが、「なんとなく」と答え、ユウは箸を動かして、きつねうどんを食べる。

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