第174話 Tー5 邂逅と仮交渉①

 アリスがユウではなくスゥイーリアに票を入れたことは兄レオのパーティー内で周知のこととなっていた。パーティーのメンバーの中には前とは違い生優しい目を向けるものもいる。逆にケイティーに至っては、「どうしてユウじゃないんですか?」と憤慨していた。


 票のことはレオにしか話していない。それはつまり。


 ──バカ兄貴! 何、言いふらかしてんだよ!


 アリスはぷりぷりして宿舎を出る。

 今日はイベントモンスターを倒すのではなく、ユウと出会ったあの城へと向かっていた。


 あの城はもう存在しない。あれからアリスは試しに城のあった辺りを散策したり、都庁の展望台でも見つけることはできなかった。


 もう城へと行き着けるとは考えられなかった。


 それでもアリスは足を向ける。

 なぜか今日は辿り着けるような気がしたから。


 ──確かこの森を抜けた辺りに。


 アリスは獣道を進む。時折、邪魔な枝をかいくぐって奥へと進む。ゲーム内なのだから枝を折って進んでも問題はないのだが、モラルがそれを押し留めた。


「どこよー!」


 やはりどれだけ進んでも城へは辿り着けない。

 アリスはくたくたになり、地面に尻をつけ、大木を背もたれにする。


 上を見上げると木の葉の隙間から陽の光が注がれる。

 アリスは目を細め、左手で陽の光を遮る。


「もう無理なのかな?」


 溜め息を吐き、伸ばした足をぶらぶらさせる。

 目を閉じると心地よい風が意識を体から引き離す。


  ◯ ◯ ◯


 目を開ける空は赤みを帯びていた。

 視界端を意識する時間が表示される。


 ここはゲーム内。視界の一定箇所を意識するだけで隠れていた機能が出る。右上端から端末マーク、時間、方角。左上端からはHPバーが視界に現れる。


「もう17時じゃん。どんだけ寝てたのよ私」


 アリスは尻をはたき、起き上がる。

 今日はもう帰宅しようと方角を確かめて来た道を戻る。そして獣道とは違う山道があった。


 ──あれ? こんな道あったけ? ……ん? これあの時の?


 その道はあの城へと続く道だった。

 アリスは駆けた。


 ──この先に!


 すると大きい門扉のある城とたどり着いた。


 ──見つけた!


 門扉はアリスが近づくと自動で開き、アリスは胸の前で拳を握り、足を動かす。


  ◯ ◯ ◯


 ──ここだ。ここに……え!? あれれ? 違う? 確か金髪の子がいて……クルエールでは……なかった?


 その部屋にいたのは金髪の少女ハイペリオンで赤髪のクルエールではなかった。


 ──でも、ハイペリオンに会えばあの子にも会えるかもしれない。


 意を決してアリスは扉をノックした。

 すると扉は自動に開き、アリスを迎え入れる。


 部屋は広く、豪奢で無意識的に萎縮してしまう。奥には天蓋付きのキングサイズのベッドがそこに金髪の少女が寝ている。


「ハッ、ハイへリオン」

 緊張してうわずってしまった。もう一度、

「ハイペリオン! 起きて!」


 金髪の少女はゆっくりと瞼を上げ、そして上半身を起き上がらせる。


「やあ久しぶりだね」

「ええ。久しぶり。……その、藪から棒にだけどクルエー……」


 そこでアリスは気づいた。


 ──あああああ! そうだ! クルエールはロザリー達によって閉じ込められているんだ。それって敵ってことだよね。それなのに敵と交渉したいっておかしいよね。それに、それに、もしクルエールとのことがバレたら…………私、消される!?


 アリスは顔を青くして口をパクパクと動かす。


「どうしたの?」

 ハイペリオンが面白そうに聞く。


「ええーと、えーと、あの赤髪の子はいないのかなーって。ほら、初めてこのお城に来た時に会ったあの子! あれって幽霊? って、そんなわけないよねー。まさかねー。 アハハハハ」


 質問して自分で答えるアリス。最後は作り笑いで見苦しく誤魔化そうとする。


「クルエールのことだろ?」

「……」


 アリスは笑みのまま固まった。

 でも内心はめちゃくちゃ動いていた。


 ──あああああー! バレとるがな! うそー! ど、ど、どうしよ?


「大丈夫。知っているから。前に交渉話をしたんでしょ? 今日はその交渉に応じるかってことでしょ?」

「あっ、……うん」

「いいよ。会わせてあげる」


 そしてハイペリオンはキングサイズのベッドから出て、歩きだす。

 それはついて来いということだろう。アリスはハイペリオンの背を追う。

 そして扉の前でハイペリオンは急に後ろへと向く。


「おおう!」


 急な振り向かれたのでアリスは驚き、一歩引く。


「では、行こう」

 と言ってハイペリオンは両手をパチンと合わせる。


 すると部屋が歪み始めた。壁や天井が波打ち、部屋の家具はぐにゃぐにゃになり、溶け始める。


「えっ、ええ!」

「怖がることはないよ。ちょっとした演出さ」


 そして天井や壁も溶け、白い世界だけになる。すると今度は色が浮かび上がる。


 青い世界。

 否、青空と鏡のような水辺。


 以前クルエールに飛ばされて、アリスとユウはやってきたことがある。


 いつの間にか前方に赤髪の少女がいた。

 名はクルエール。

 自我を持つ中国産の量子コンピュータ。


 今はロザリー達に捕まり、このゲーム世界に封じられている。


「久しぶりね。どう? 私と一緒になってくれる気になった?」


 アリスは唾を飲み込み、

「ねえ、アンタと融合したら本当に一人を助けてくれるのよね?」

「うん。約束を守るよ。ねえ、ハイペリオン?」


 クルエールはハイペリオンに振る。


「ああ。約束しよう」

「だってさ。どう? 一つになる?」

「……ええ」

「本当に?」

「ええ」

「そっか」


 と言い、クルエールは後ろを向く。そして両腕を後ろに回しながら、てとてとと歩く。


「ちょっ、ちょっと!」


 急いでアリスはクルエールの後ろを歩く。


「どこ行くのよ?」

「うーん。実は困ったことがあってね」

「困ったこと?」

「君より先にユウが来たんだよねー」

「え!?」

「そして交渉の話をしたんだよねー。本交渉とはいかなかったんだけど」

「じゃあ、どうなるの?」

「だからさ、次のイベントで勝った方が交渉するってのはどう? 私としても強い方にいたいからね」

「勝つってユウを倒さないと?」

「いやいや、対決しろとは言ってないよ。そうだね……より多くのプレイヤーを倒した方が勝ちにしようかな」

「でもユウがやられた場合は消滅。つまり死ぬってことでしょ」


 次のイベント鬼ごっこではアヴァロンプレイヤーはやられたら即消滅。ゲーム世界で消滅は死を意味する。


「大丈夫。ユウが負けた場合は現実世界に戻すから。殺したりはしないよ。ね、ハイペリオン?」

「そうだね」


 アリスのすぐ後ろからハイペリオンは答える。

 足音が無かったのでアリスは驚いた。


 ──いたの?


「それでいいかな?」

 クルエールはアリスに問う。


「勝った方が本交渉ができて、アンタを中に入れる。そして負けた方は現実世界に戻るでいいんだよね」

「うん」


 アリスは後ろのハイペリオンに向き直る。


「約束だから。絶対に解放すること」

「約束しよう」

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