第18話 R-3 夏服、冬服

 次は田宮信子が人工補助脳、そしてサイボーグ手術をしたという三崎大橋記念病院を訪ねようとしていたが飯島班長から捜査本部に集まれと言われ病院は後まわしになった。


 本部では組対を除き、捜査一課と所轄の警官が一ヶ所に集まっている。その中心、長テーブルの上には抱きかかえるほど段ボール箱が三つ並んでいる。中にはプリントの山がぎっしりと。


「来たか。お前たちはこれだ」


 と、飯島班長にプリントを手渡された。プリントの内容を見ると学校からの昨日学校を休み、かつ目撃者の背格好に合う生徒のリストだった。


「お前たちはこの二つの学校に行き、話を聞いてこい」


 捜査方針はもうその女子高生一点に動いているようだ。普通、捜査とは基本的に一つのことを集中的に調べるのではなく他にも色んな角度で調べるから今回の件は珍しかった。


「これ本当に都内だけですか? 都内でこんなに欠席した人いるんですか?」


 蒔田は段ボール内のプリントを見て驚く。


「目白のデモで昨日は近辺の学校はほとんど休みだったんだよ。特には全部な。それと念のために中学生もリストに入っている」

「あ~なるほど。デモですか」


 目白デモは捜査一課長が今、請け負ってる案件だ。正確には先日の目白殺人事件なのだが、それがデモとも結び付いて未だに終わっていないらしい。


「目白の方はまだ解決しないんですか?」


 花田は気になって飯島班長に尋ねる。


「昨日、一部過激なデモ隊と衝突があったからな。それが偶然かそれとも意図的な犯人隠避か逃亡幇助か。まあ、そういったこともあり情報も変に錯綜しているらしい」


 飯島班長はため息を吐いた。そしてプリントを捜査員に渡し終えて、


「今日はもう休んだ生徒が少ないとこからだ。いいか、まず連絡をしてから向かえよ。それと時間はもう下校時間間近だ。速やか行動せよ」


  ○ ○ ○


 一つ目の学校に車をオート操縦にして移動。その移動中に、


「そういえばなんでプリントなんすかね。スマホにデータを飛ばせばいいのに」


 蒔田がプリントに目を通しながら聞く。


「この前のハッキングが原因だろ」


 先日、警視庁のデータベースに外部からのハッキングを受けた。そして一部捜査データが漏れたという。世間にはサイバー攻撃を受けたとだけ報じられた。何のデータが漏れたかは内部にも知らされていない。


「あれって結局犯人誰なんですかね?」

「わからん。サイバーセキュリティ対策本部と公安が動いたってことぐらいだからすごい奴かもな」


  ○ ○ ○


 二人が最初に訪れたのは聖徳健康福祉大学付属高等学校だった。衣替えの時期なのか生徒は夏服と冬服の半々。女生徒は白の長袖シャツと黒の半袖セーラー服である。


 その下校中の生徒たちに奇異の目を向けられながら守衛に連れられて、花田たちは校長室に向かった。


 校長室には校長、教頭、そして生徒が三人の計五名が。校長はソファーに座り、教頭は右隣に立っている。三人がけのソファーに生徒が窮屈そうに三人座っている。その原因は右端の子だ。その子は一人で女子生徒二人分ほど陣取っている。制服は真ん中を除いて端二人が白の長袖。花田たちはテーブルを挟んで生徒に向き合う形で座らされた。


「こちらが昨日休んだ生徒たちの中でそちら側が尋ねた背格好に合った生徒です。左から一年の村田雪、二年の川井咲、二年の時田アンリです」


 教頭が三人の生徒を紹介する。

 名を呼ばれた生徒三人は向かいに座る二人にお辞儀をする。

 確かに呼ばれた生徒は全員、一応こちらが尋ねた通りの背格好だった。


「休んだ理由と昨日の午後3時はどこにいましたか?」


 花田が聞く。


「君から言いなさい」


 教頭が左端の一年生に指示する。


「私は風邪で休みました。午後3時は薬局にいました」


 そして、薬局名を言った。

 蒔田は手帳にペンを走らす。

 次に真ん中の子が答える。


「私は公欠です。バレーの試合で。午後3時は試合中です」


 試合会場。そして証人としてバレー部顧問名を言った。花田が教頭に顔を向けると、


「確かに昨日は試合がありました」


 最後に、右端の子が話す。


「えっと、私も風邪で。午後3時は家にいました」

「……わかりました」


 三人目はおずおずと自身を指差し尋ねる。


「私、何か疑われてます?」

「全然。安心してください」


 と、言って花田は口端を伸ばした。


「……」


 花田は安心させようと笑ったつもりだがそれがかえって相手を不安にさせてしまったらしい。


  ○ ○ ○


 車はオート運転で次の目的地へと走行する。蒔田が手帳を開き、先程の確認した生徒らのアリバイについて花田に尋ねる。


「三人目はアリバイありませんでしたけど。どうします?」

「いや、あれは違うだろ」

「やっぱそうですよね」


 三人目は目撃情報通り、身長170で黒ショートカット。というかおかっぱ。しかし、巨体過ぎたのだ。目算だが体重は80は超えていそうだ。それなら始めに巨体という言葉が情報として入るはず。


「次は早乙女西郡さおとめにしこおり女子高等学校だ。有益な情報があればいいな」


  ○ ○ ○


 しかし、二校目の学校も空振りに終わった。


「ここも外れでしたね」


 駐車場に戻るなり蒔田は落ち込んで言った。


「ま、二件目で早々見つからんだろ」


 時刻はもう夕方6時だ。空は黒一面に月明り。


「いやあ、女子高だから大勢いると思いましたけど会えたのは一人だけでしたね」


 早乙女西郡高等学校では二人の生徒が該当。その内一人は骨折で今も入院中。もう一人の生徒には残念ながらアリバイがあった。


「今日の捜査はもうこのくらいだろう。あとは本部に戻って報告と情報共有」


 花田は助手席に座り、上半身だけ伸びをした。

 段ボールのプリントの山を考えると所轄と捜査一課でもあの量は最低でもあと1日は必要だろう。


「そういえば花田さん娘さんいましたよね」


 蒔田は運転席に座り尋ねる。


「おいおい。俺の娘を疑うのか?」

「いえいえ別に」

「あいにくだがうちのは茶髪のロン毛だ。制服も白だ」


 今朝方の娘の姿を思い出す。衣替えで昨日までの紺のセーラー服から白の半袖の制服に替わっていた。


 そう、紺から白へ。

 近くを歩く下校中の生徒も衣替えで白の長袖と黒の半袖セーラー服に分かれる。この学校は白から黒へ。昨日はどちらが多かっただろうか? 気温は涼しかったはずだ。

 そして、花田は重大なことに気づいた。


「おい、蒔田」


 興奮でつい声が張る。


「な、なんすか?」


 蒔田はビックリして振り向く。


「始めの学校、二人が白の長袖だったよな?」

「ええ。黒の半袖は一人でしたね」

「じゃあなんで学校は二人を呼んだ?」

「だから昨日休んだからでしょ」


 花田は無言で首を振る。


「それだけじゃあない。制服の色と背格好だ。二人は制服の色が違ってた」

「衣替えがまだ済ませてないからでしょ。だから夏服の黒の半袖が一人で……」

「なら、ここは夏服は何色だ?」


 蒔田は下校中の女子生徒を見る。そして、


「黒ですね」

「ああ。黒の半袖だ。なら目撃された女子高生は黒の?」

「あ!」


 蒔田も気づいたのだろう。


「そう。もしかしたら、このプリントはが黒か紺色の学校のリストなんだよ」


 蒔田はスマホを取り出し、目撃者情報を聞いた堂本に電話をかける。


『なんだ?』

「高校生を目撃したって言ってたよな」

『それがどうした?』

「このリストは黒の夏服を使用している学校じゃないか?」

『ああ、そうだ』


 当然だろという口調。


「目撃された女子高生は黒の冬服か? それとも黒の夏服か?」

『えっ?』


 と、声を漏らし、すぐに気づいたらしく『ああ!』と言った。


「で、わからないのか?」

『黒っぽい制服とかしか……クソっ』


 スマホの向こうからの相手が頭をかいているのがわかる。


「今どこにいる?」

『八王子だ』

「なら俺の方が近いな。目撃者の情報を。お前は班長に冬服の可能性もあると伝えろ」

『……すまない』


  ○ ○ ○


 田園調布にやってきた二人は目撃者にもう一度会いに行き、話を聞き始めた。


「ええ。黒の制服の女子高生ですよ」


 三十代後半の身なりのよさそうな主婦が答える。


「長袖ですか? それとも半袖」

「長袖ですよ」


  ○ ○ ○


 次に六十代男性から話を伺った。


「犬の散歩の時に見かけましたよ。まだ昼間なのにおかしいなと。昼食の後ですから2時ぐらいでしょうかね」

「制服については?」

「どこの学校かは知りませんけど黒のような群青のような制服でしたねえ」

「長袖ですか? 半袖ですか?」

「長袖でしたよ」


  ○ ○ ○


 ここまできたら長袖が濃厚であろうが念のため最後の目撃者に会いに行く。

 最後の目撃者は五十代の主婦。一見普通そうに見えるが、話を聞いてみて性格に難があるようだ。


「覚えてるわよ。なんでこんな時間に歩いてるんだろって。不思議に思いましたもの。どこの生徒だって。でもあまりでしたわ」


 何か含みのある言い方だ。


「それはどういう?」


 蒔田が疑問を投げる。


「私も子供が三人おりましてね。三人とも高校は違うんですけど、三人とも高校受験に成功して名門高に入れたのよ。今や国立大や難関私大の学生ですのよ。といってもこの田園調布では当然ですわね。ホホホ」


 と、右手の甲を口に当て笑う。


「なるほど。それでその女子高生の制服ですが……」

「それがどこの学校かわかりませんでした。胸ポケットに『高』の文字が見えたのですけど」


 胸ポケットに『高』の文字。それは新情報だ。それが確かなら中学生は除外される。


「胸ポケットに文字が?」

「学校のマークなんでしょうね。二、三流の高校が偉そうにってねえ」


 主婦は卑屈な笑みを浮かべる。


「それで長袖でしたか? 半袖でしたか?」

「長袖だったわ。長袖に赤いラインが二つ入ってたわ。うちの息子たちの……」


 これは大きな手懸かりだ。

 主婦はまだ子供自慢をしたそうであったが二人は早々に礼を言ってその場を去る。

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