第22話 Tー6 特訓

 イベント三日目、アリスが人気ひとけのない東の平原でイベント限定モンスターのゼカルガや恒常モンスターを狩っていると、


「おや? 一人かい?」


 と、声をかけられた。

 後ろを振り向くとキョウカたちがいる。


「こんにちは。どうしたんですここで? ここではゼカルガが少し出る程度ですよ」

「だからだよ。今日はカナタのレベル上げだよ」


 アリスはカナタの頭上に表示されているレベルを確認する。


「レベル9か」


 誰が見てもわかる初心者レベル。


「どうだい? 一緒に」

「いいですよ」


 今日のアリスはレベル上げではなく、ランク上げの特訓だった。エイラ曰く、まずは強弱関係なく敵を倒しまくること。そして、自分より強敵と戦うこと。


「それでは、おっ! 丁度良いところに図体だけがデカイやつがいるね」


 キョウカが獲物を発見する。

 トラックほどの大きな亀。その亀の甲羅の上には大木が根をはっている。名前はアルブルタートル。レベルは23。


 カナタには厳しいかもしれない。その分、自分がしっかり頑張ろうとアリスは意気込む。


「よし。カナタ、厳しいかもしれないがあれをアリスと狩りなさい」


 クルミの指示にカナタは頷き、赤色のハンドガンを構える。


「キョウカさんたちは戦わないんですか?」


 武器を出さないキョウカたちにアリスは尋ねる。


「私たちが参加したら経験値が少なくなるだろう。ピンチになったら助けに入るさ」

「わかりました」


 アリスはスピードスターを構える。そして、


「いくよ」


 と、言ってアルブルタートルの左に回り込みながらトリガーを引き銃弾を放つ。カナタは反対側、右に回り込みながらハンドガンの銃弾をアルブルタートルに浴びせる。


「二人ともあまり近づかないように。そいつは近寄る敵には枝の鞭を繰り出すからね」


 後ろからクルミがアドバイスを送る。

 アルブルタートルは左右から攻撃を受け、まずどちらを倒すか決めあぐねているようだ。


 これは楽勝かなとアリスは考えた。この位置からただ引き金を引くだけで事が足りそうだと。そこでアルブルタートルの大木が大きく揺れた。銃弾による衝撃にしては揺れ幅が大きい。それとも枝による攻撃か? しかし、ここまでは遠い。もしかしてカナタが近づいたのか? アルブルタートルの大きな体で向こう側が伺えない。


「カナタ、アリス、リーフストームだ!」


 キョウカが声を上げ注意を促す。


「リーフなに?」

「そこから離れたまえ。攻撃が来るぞ」


 何がなんだかわからないが言われた通りにアリスは後退する。

 アルブルタートルの大木の葉が大量に宙に浮きそして、その大量の葉がアリスとカナタに降りかかる。


「わわ、わわ、わ」


 なんとかリーフストームを避けきる。


「早く倒さないと次が来るよ!」


 アリスは連射から単発に変え、スコープを使い的確に相手を狙う。

 ゲーム内では連射攻撃はダメージ、クリティカル率が低く、単発は威力が高い。しかしその分、初心者はゆっくり、かつどうしても止まって射撃を行う。アリスも正確に狙うため立ち止まりトリガーを引く。


「また来るぞ」


 アリスはまた急いで回避行動を取る。

 なかなかHPが減らない。もしかして狙いは間違っているのか? 枝や葉で攻撃するならもしかして本体は大木なのか? アリスは亀ではなく大木に向け銃弾を放つ。すると、


「当たりだ」


 HPが大きく減少した。

 このままアリスは大木に狙いを定めてトリガーを引く。


 敵がリーフストームで攻撃する際は避けて、攻撃が止めば銃撃を再開する。このままいけば勝てるかもしれない。


「駄目だ。前に来てるぞ」

「え?」


 アリスは大木に集中していたのでアルブルタートルがこちらに向いてることに気づかなかった。

 そしてアルブルタートルはアリスへと突進してきた。


「え、きゃああ」


 前から来るアルブルタートルに左に避けようとしたとき、枝の鞭に体を飛ばされた。


「うっ、いっ、痛」


 痛みはないのについに痛いと呟いた。

 地面に転がされて起き上がったとき、アルブルタートルの連続鞭攻撃を食らう。


「ちょっ、やめ」


 アリスはなんとか避けようとするも鞭がばしばしとアリスの体を叩く。自身のHPを確かめると7割以上減っていた。レッドゾーンに近づく。


「やばい。でも」


 もうアリスは避けるのではなく銃撃をしかけ自分が倒れる前に先に倒すという考え方にした。


 アリスのHPがレッドゾーンに入ったときアルブルタートルの大木が爆発した。いや、爆発を受けたであろう。

 アルブルタートルのHPがゼロになり敵は消失する。


「なんて無茶な戦いかたをするんだ」


 クルミが近づいてきてアリスを叱責する。右肩に筒のようなものを背負っている。バズーカーだろうか。なら先程の攻撃はクルミによるものだろう。


「だって避け切れないし。どうしようもできなかったし」


 アリスは唇を尖らししょんぼりする。


「そうだね。あれは仕方ない」


 キョウカが援護をし、アリスのHPをアイテムで回復させる。


「あ、すみません」

「気にしなくていいよ。倒すように命じたのはこっちなんだし」


 クルミはバズーカーをしまい、


「それより近接格闘は習ってないの?」

「だって遠くから攻撃するから、いらないかなって」

「そんなわけないでしょ」


 クルミはびしっとアリスに人差指を向ける。


「君はまずナイフで敵を倒しなさい」

「ええー! でも、それはこのゲームスタイルに反しない?」

「反しないから。全然」


 クルミは即答する。そうはっきり返されたらアリスは何も言い返せない。


「さあ、ナイフを取り出して」

「……うん」

「そこはイエッサー!」

「イ、イエッ、サァ」

「イエッサー!」


 アリスは助けを求めるようにキョウカに顔を向けるも、


「クルミは鬼教官だからこうなると止まらないよ」


 アリスは諦め、


「イエッサー!」


 と、声高に叫ぶ。


  ○ ○ ○


「ではあなたはダガーでゼカルガを狩ってもらいます。もちろんソロプレイで」

「いやいや、いやいや。無理無理」


 アリスは高速で手を振って無理を主張する。


「大丈夫です。あなたのレベルはすでに低レベルのゼカルガを超えています」

「でもランクが低くいん……」

「大丈夫! 初めは難しいでしょうが。慣れればランクもすぐに上がります」


 クルミは熱いまなざしでがっしとアリスの肩を握る。


「は、はあ」


 アリスは頬をひきつらせて返事をした。


「ちょうど獲物います。レッツゴーです」


 クールな人だと思ったのに案外陽気な体育会系なのかも。

 仕方ないのでダガーのみでゼカルガを狩りに行く。


「良いですか。直進は駄目ですよ。回り込むように。殴るのも蹴るのもありですからね。相手の攻撃動作を察知してうまく立ち回るように」


 エイラが後ろからアドバイスを出す。


  ○ ○ ○


「お、終わったかい」


 夕方になりアリスがくたくたの姿で戻ってきた。そのアリスにキョウカは尋ねた。


「……ええ、本当に、マジで、疲れました」


 そう言ってアリスは膝から崩れ落ちた。


「ランクはどうだい?」

「レベルと同じようになりました」


 ちなみにランクだけでなくレベルも上がってしまっていた。


「すごいじゃないか。一日でそんなにランクが上がるなんて」

「し、しかし、近接格闘だけでランク上げなんて。きつすぎるぅ」


 アリスは地面に大の字姿で仰向けになる。夕焼けの空を見ていると林檎が恋しくなってきた。


「いえいえ、それが普通なんですよ」


 と、クルミがアリスの愚痴を否定する。


「え~、ランクはなるだけ敵を倒して、その後、強敵に挑戦して上げたりするんでしょ」

「それは少し違います。確かにそれでもランクは上がりますがそれでは頑張ってもランクはレベルの8割程度ですよ。レベル=ランクにするには最後に近接格闘が必要なんです。アリスさんはすでに射撃で得られるランクに達していたので、後は近接格闘だけだったのです」

「カナタくんはレベル上げ終わったの?」


 アリスは上半身を起き上がらせカナタに聞く。


「レベル、ランクともに25」

「すごいじゃん」


 アリスは手を伸ばしカナタの頭を撫でる。


「カナタはすごいよ。教えてもいないのに一人でここまでいくなんて」


 キョウカもカナタを誉める。


「ええ! 嘘でしょ? キョウカさんが教えたんでしょ?」

「いや、敵の攻略情報ぐらいだよ。あとはカナタが自分一人で倒したんだよ」

「すごいね」

「……」


 誉められても無表情のカナタにアリスは苦笑する。


  ○ ○ ○


 夜になってアリスはキョウカたちに夕食を誘われて今、レストランにいる。高級というわけではないが大人っぽい雰囲気で白いテーブルクロスがひかれ、ナイフとフォーク、スプーンが料理が運ばれる前に左右に配置されている。そして話に聞くフィンガーボウルがあり、サイダーと思ったら炭酸水だったりとアリスはいつもと違う勝手に少しばかり緊張する。キョウカたちの仕草を真似しながらアリスは料理に手をつける。


 出てくる料理は全部フランス料理というわけでなくゲームオリジナル料理を混ぜた洋食料理だった。


「君はこのイベントが一週間、いや最後のを合わせて8日で終わると思うかい?」


 キョウカに問われ、シチューハンバーグを食べるのを止めた。


「それは終わるでしょ」


 そうとしか考えられない。いや、考えたくないのだ。


「ではこのイベントの目的は? そしてイベントが終われば何が起こると?」

「何かって……」


 アリスはロザリーの言葉を思い出す。


『君たちには殺し合いをしてもらおう』


 だがゲームではHPがゼロになっても死ぬことはない。ならこの意味は――。


「負けた方が殺されるのでは」


 自分でそう言いつつアリスは唾を飲んだ。


「勝てば?」

「解放……ですか?」


 自信なくアリスは答える。


「本当にそうかな?」

「おかしいですか?」

「私たちを殺したいなら。さっさと殺せばいい。それなのにイベント開催をして負けた方が死ぬのは面倒くさくないか?」

「……それは楽しんでるだけでしょ。愉快犯というんでしょうか」

「しかし、なぜ楽しいんだ? あのロザリーは我々を戦わせて、負けたほうを殺して本当に楽しみたがっているのかい? 君は一体何人のプレイヤーがいるか知ってるかい?」

「いえ。三千くらいですか?」


 アリスの返答にクルミは首を振った。


「攻略組曰く一万くらいはいるらしいね。アヴァロン側も同じくらいいると考えているらしいね」

「一万!」

「負けたら一万人が死ぬってことかな?」

「なら、……そう! 身代金。私たちは人質なんですよ。現実では犯人が身代金を要求してるんですよ。クルミさんだっているんだし」

「それなら私だけを閉じ込めればいいのでは? それに私以外の富裕層は囚われていないのもおかしい。何よりどうしてアヴァロン側のプレイヤーも? まあ、向こうに富裕層がいればおかしくはないが」

「……」

「私はまだ何か企みがあるのかもしれないと考えている」

「企みって」

「まだわからない。ただ殺し合いをさせたいだけではないようだと思う」

「それじゃあ、誰も死なないと?」

「いや、それはまだわからない。ただ

 、わざわざこんな大がかりなことをしておいて、大勢の人が一つのイベントだけで亡くなるとは考えにくいな」

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