第6話 T-1 アリス

 VRMMORPG『アヴァロン』はアイリス社の誇る看板ゲームソフトである。だがここにもう一つアイリス社が誇るVRMMORPGがある。その名は『タイタン』。


 『アヴァロン』が剣と魔法を謳うファンタジー路線なら『タイタン』はガンシューティングをメインとしたSF路線である。対となる両ソフトはアイリスの看板ソフトとし互いに切磋琢磨しVRMMORPGのトップを突き進んでいる。


  ○ ○ ○


 青い空、陽の光が森を輝かせ、緑の息吹が見る者に安心感を与える。その茂みの中に一匹の小動物、いやモンスターがいる。角を生やしたアルビノの白うさぎ。名はホーンラビット。


 ここは『タイタン』で初心者がレベル上げで使うエリアである。エリア名はフロイスの森。


 そして今、ホーンラビットを離れた場所から覗う人物が二人。


 一人は長い茶髪の女の子で名はアリス。アリスはライフルを構え、スコープ越しでホーンラビットを狙う。

 もう一人は金髪ショートヘア―の大人びた女性。彼女は大木にもたれかかってアリスを見守っている。名はエイラ。


 どちらも服装は黒の全身スーツ。そして肩、肘、前腕、胸、背中、膝、脛に青色のプロテクター。


 アリスは慎重にスコープからホーンラビットを覗う。

 このホーンラビットには一定の行動パターンがあり、三歩前へ飛び跳ねては五秒立ち止まる。それを五回すると次の行動では周囲に草があるなら草を食み、ないなら周囲を窺う行動をとる。


 そしてホーンラビットは草を食み始めた。

 その瞬間、乾いた音が鳴る。そしてアリスの持つライフルのエキストラクターから薬莢が飛ぶ。薬莢は地面に跳ねてから虚空へと消えた。ゲーム内では空になった薬莢は消えることとなっている。


 エイラはスコープでホーンラビットの生存を確認する。


「なんで外すの?」


 ホーンラビットは草をんでいた。銃声の音もなんのそらだ。

 エイラはスコープから目を離して溜息を吐いた。


「ありえない。それはスコープ照準さえ合えば、スピードステータス100以上、もしくは射撃範囲外じゃなければ絶対当たる代物よ」


 今、アリスが使用しているのはメンバー内での共有武器。名はスピードスター。


「だってえ、なんかかわいそうなんだもん。それに私アリスでしょ。そのアリスが白うさぎを撃つなんて」


 その発言にエイラはこめかみを引き攣かせる。気持ちはわからなくもない。かわいいのはわかる。だが、これは訓練だ。


「つい目を瞑っちゃった」


 アリスはお茶目に言う。

 エイラはその顔にイラつき、


「瞑んなや」


 と、端正な顔からドスの利いた声が発せられる。


「ご、ごめん」


 アリスは首を竦めた。


「そうか。かわいくて撃てないか。なら、ターゲットを選びなおそう」


 次の場所は先程とはうってかわって暗い森だった。木は高く伸び、土は泥のようにぬかるんでいる。


「さあ、あれよ」


 エイラの指差す方向にはウサギ型のモンスターが一匹。そのモンスターはホーンラビットとは違い造詣が悪い。茶色い毛並みは毛羽立ち、頭は大きく垂れ目、鼻は豚鼻。そして出っ歯。モンスター名はゲスビット。


「これならいけそうね」


 アリスは自信満々にライフルを構える。

 スコープから相手をねめつけ、引き金に指をかける。そして、呼吸を整えてから引き金を引いた。


 乾いた音がなり、薬莢が飛ぶ。


 先程のホーンラビットとは違い、構えてから引き金を引くまでの時間が短い。アリスには仕留めた自信があった。


 これは狩っただろうとエイラは思い、スコープでゲスビットの生存を確認する。


 生きていた。


 そして銃声に驚いたゲスビットは森の奥に消えた。


「なんでやねーん」


 ついエイラは関西弁で突っ込んだ。

 ありえない。雑魚モンスターだぞ。普通なら隠れて狙い撃つのに、隠れもせずどうどうと真正面からライフルを構えて放ったのだ。


 さすがのアリスも申し訳ないように表情が硬かった。

 エイラは努めてやさしく言った。


「大丈夫。ほら、しばらくするとまた現れるから」


 その言葉通りゲスビットは現れた。ただ先程のとは違う個体らしい。少しだけ体が大きい。

 アリスは下唇を噛み、もう一度ライフルを構え、引き金を引く。


 しかし、また外れた。しかも大きく外れゲスビットの後ろの木に当たった。

 今度のゲスビットは逃げずにいる。その余裕の態度にアリスは腹を立て、もう一度引き金を引く。


 外れる。


「ああ、もう」


 アリスは単発から三連に変え、もはやスコープを使わずに狙い撃った。

 三つの弾のうち一発がゲスビットに当たった。

 ゲスビットは悲鳴も断末魔もなく消えた。


「気持ちはわからなくもないけど。単発で撃ちなさい」

「……でも」


 落ち込むアリスの頭をエイラはやさしく撫でる。


「さ、単発であたるようにがんばろ」

「えー」


 アリスは唇を尖らす。

 エイラはその唇を摘み引っ張った。


「駄目。レオにもしっかり使えるようになるまで鍛えるように言われているんだから」

「一朝一夕ではどうにもならないよ」


 アリスは摘まれた唇をさすって言う。


「今日で何日目だったかしら?」

「うぐっ」

「やっぱもう一度照準コースからやり直そうかしら。もしかして変な癖でもついたのかしら?」

「えー、やだよ。あれはもう飽きたよ」


 アリスは照準コースで人型の的に三千発も撃たされたのだ。始めは刑事もののドラマとかでみる本格的な訓練だと興奮したが百発も撃ったころには飽きていた。あの訓練を思い出すとアリスはげんなりする。


「ねえ、もっと簡単に上手くなれる方法はないの?」


 これ以上簡単な訓練があるだろうか? アリスが恋人レオの妹でなければぶん殴って放り出していたところだ。


「そんなのないから。今はライフルになれること」

「ライフル好きじゃない」


 エイラはアリスの頭を我慢できずはたいた。


「痛い」

「痛くないでしょ」

「それでも暴力を受けるのは精神的に嫌だ」


 アリスはむすっとして言う。

 それに対してエイラは溜息を吐いた。


「言われたとおりゲスビットを当てなさい」


 エイラは腰に手を当て、強く言った。

 アリスはしぶしぶと言った感じでライフルを構える。


 今まではエイラは黙っていたが次からはアリスに助言を始める。

 そして、助言してからすぐにゲスビットに弾が当たった。


「やった」

「振り向かない。ほら、次」


 てきぱきと指示されアリスは引き金を引き続ける。


  ○ ○ ○


 休憩なしで20体倒したところで終わりが告げられた。


「疲れた。まじ疲れたし。なんであんなに倒さないといけないわけ? これ絶対今日夢にゲスビット出てくるわ」

「レベルとランクを確認してごらん」


 レベルは視界HPバーの上に表示されているが、ランクは表示されていないので端末を取り出し確認する。

 レベルとランクがともに15に上がっていた。


「ランクについては知ってるわね」


 アリスは頷いた。


「今日、ゲスビットを20体狩ったのはランクのためよ。上手くなるにはランクが重要だからね」

「そうなんだ。でも、きつすぎ。いつになったらこうバババ、バン。みたいになれるの?」


 アリスは両手を拳銃の構える。

 それを見て、エイラは訝しんだ後、おそるおそる聞いた。


「もしかして二丁拳銃?」

「うん。やっぱ銃といったら二丁拳銃でしょ。西部っぽいガンマンって憧れるよね」


 アリスはにんまりと答えた。

 エイラは残念そうな顔をした。


「諦めたら」

「へ? どうしてさ? やだよ。ガンマンになりたいよ。マグナムやベレッタで敵をババーンと倒したいよ」

「マグナムは銃弾の名称よ」

「え、そうなの? 兄貴の好きなアニメにマグナムって出てたから。それじゃあ、あれ何て銃なの? ほらシティーなんちゃらの主人公が使う」

「コバルトパイソンね」

「それじゃあ、そのコバルトパイソンとベレッタの二丁拳銃で」

「デリンジャー二丁でなく?」

「デリンジャーって小さいあれのこと? そんなのクソださいよ」

「まあここはゲームの中だからレベルやランクが上がればコバルトパイソンもベレッタも撃てるようになれるでしょうね」

「うんうん。だからさ、いずれは……」


 それをエイラは割って入り、


「でも、二丁拳銃はとても難しいのよ」


 きっぱりとアリスに言う。


「え?」

「銃とは照準を合わせてなんぼのものよ。だから、二丁拳銃なんて天才か血の滲むような努力をして得られるもの。ただ当てずっぽうに撃ちたいのなら誰にもなれるけど。そうだ、デュアルというスタイルは? デュアルも二丁スタイルだよ」


 そして、「どう?」という風にエイラは聞く。ただ型に染まるだけなら問題はないと。

 アリスは俯きながら唸る。


「でもなあ、でもなあ。やっぱ強いガンマンになりたくてこのゲーム始めたし」


 身を揺らしながらアリスは考え込む。

 そして、顔を上げた。


「なんとかならない?」


 しばらく考えたあと、エイラは静かに顔を振る。


「ごめんね。わからないわ。ただ、二丁拳銃はとりあえず今は置いといて、レベルとランクを上げよう。ね? まずはそこからかしら」

「でも、なんかそれだとつまんないな」


 一気にアリスの体からモチベーションが下がる。


「大丈夫。強くなればいずれはガンマンへと道に近づくわよ」


 エイラはアリスの肩を掴み励ます。


「本当?」

「ええ。それに、きっと二丁拳銃の人がどこかにいるからその人からコツを聞きましょ」

「うん。わかった。頑張ってみるよ」


 その笑みを見てエイラは胸を痛めた。まともな二丁拳銃の西部ガンマンなんて今まで会ったことがないのだ。


「私、がんばって一流のガンマンになるわ」

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