第153話 EXー6 魂の講義

 白い世界にユウはいた。


 先程までベッドの上にいたはず。


 ユウは動じることなく、すぐにクルエールの仕業だと気付いた。


 体を起き上がらせると、やはり前方に赤い髪の女の子がいた。


「何か用?」

 ユウはぶっきらぼうに尋ねた。


「どう? 交渉する気になった?」

「ならないよ」

 ユウはすぐ返答した。


 交渉とはユウのアバターにクルエールを入れること。現在のクルエールはアバターのない危険な状態だとか。それで自身を入れる器が欲しいのだとか。そこで目をつけたのがユウとアリスだ。


「でも、アリスが可哀想と思わない?」

「……」

「エイラが亡くなって──」

「亡くなってない」

「……そうだね。でも、アリスはを知らない」


 ゲームプレイヤーは消滅されても、死ぬわけではない。これは偽りのデスゲームだ。だからエイラは亡くなっていない。


 そしてそれを知っている現プレイヤーはユウとAI側に立ったキョウカのみである。


「じゃあ? どうする? そのことを教える? どうやって?」


 アヴァロンとタイタンはデスゲームのイベント時以外は対話はできない。


「私なら伝えることが出来るよ」

「その代わりに俺と融合しろと?」

「伝えるだけじゃない。アリスを解放することも可能だよ」

「それ本当なのかよ」

「本当よ」


 そう言ったのはクルエールではなかった。

 もう一人の少女が現れて告げたのだ。


「君は……確か……?」


 どこかで会った気がする。だが、上手く思い出せない。


「屋敷だよ。そこの女が君とアリスを合わせたあの屋敷の」

「ああ! あの時の!」

「私はハイペリオン。君達プレイヤーとそこのクルエールを閉じ込めた張本人よ」

「張本人? 君が? なら、どうしてこんなことを? 何が目的なの?」


 それは以前、葵にも聞いたこと。あの時は答えはくれなかった。


「プリテンドを知っているかしら?」

「プリテンド?」

「AIが人間の脳を乗っ取り、行動を取ること。それがプリテンド」

「何をそんなこと? ……ありえないよ」


 バカバカしいとユウは考えた。AIが人間を乗っ取るなんて。


「おかしいことかしら? あなた達はフルダイブ型VRMMORPGをプレイする時、デバイスを頭に埋めたでしょ。デバイスは言わば端末みたいもの。通信機能、メモリーがあればAIをダウンロードすることも可能でしょ?」

「そんなのいつダウンロードするっていうのさ」

「あら? 自動更新は? あなたが埋め込んだデバイスはどこ国のメーカーかしら」


 ハイペリオンはどこかおかしそうに笑う。


 それにユウはムッとして、

「日本のメーカーだよ。フラット社の」

「でもその会社は中国企業J・シェヘラザード社の子会社でしょ?」

「で、でも本人の意思とは関係なく体を動かすなんて……」

「モーニング・プリペアを知ってる?」

「それは……まあ」


 モーニング・プリペア。プログラムしておくことで寝ている間、朝食、身支度をAIが済ませておくこと。一時はネット上でも、このままではいつかAIに体を支配されるのではと言われていた。


「でも、乗っ取るなんて。モーニング・プリペアは簡単な動作しか出来ないはず」

「人工補助脳は? メモリーのバックアップに思考補助、経験補助、演算向上。それにさっき言ったAIをダウンロードしたら?」

「で、でも人には意思がある。体をうばうなんて……」

「それも眠っている間なら問題ないのでは?」

「そんなことありえるわけ……」

 ないとは断言出来なかった。


 ユウが黙り、ハイペリオンはほほ笑む。


「それじゃあ、君らは人間の体を乗っ取るために俺達をゲーム世界に閉じ込めたってこと?」

「違う違う。私達ではないよ。むしろ私達は君達人類を守っているんだから」


 そしてハイペリオンは赤髪の少女ことクルエールに顔を向ける。


「人の脳を支配して悪さをしようとしている者がいたの。それがクルエール」

「彼女が?」


 ユウもクルエールを見る。とうのクルエールはにっこり微笑む。


「クルエールは中国の量子コンピュータで、中国政府が日本を影で混乱及び国民操作をさせようクルエールにプリテンド化計画を推し進めさせていたの」

「それを君達が阻止したと?」

「ええ」

「君達は日本の量子コンピュータ?」

「私は量子コンピュータではないわ。でも葵達はそうよ」


 ユウは目を瞑り、額を指で揉んだ。

 急な話で整理をしなくてはいけない。


「つまり現実の俺達はAIに体を乗っ取られているってこと?」

「違う」

「眠っているってこと?」

「いいえ。それも違う」

「え? ん? 眠っていないなら起きているんだろ? でも……」


 今、自分達はゲーム世界に囚われている。ならば現実世界で起きて活動しているのは誰?


「現実世界で起きて活動しているのは君達本人だよ」

「ええ!?」

 ますます混乱するユウ。


「なら、俺は?」

 と自身を指さすユウ。


 現実世界で自分本人が動いているなら、今ここにいる自分は一体?


「魂というものを知っているかな?」

「勿論」


 さも当然だろとユウは頷く。


「では、今のあなた達は魂だと言えば理解できるかな?」


 その言葉にユウは訝しんだ。


「たっ、魂!? そんな!? どうやって? それにそれだと現実の俺達は魂がないと?」

「ほら、やっぱり理解出来ていない」

 ハイペリオンは口端を伸ばす。


「どういうことだよ?」

「魂とは器と中身の二つがあるのよ」

「……器と中身」

 ユウは反芻した。


 ハイペリオンは頷き、

「そして中身を取られても器さえあれば問題はない。さらに空になった器は中身を満たそうとする。あなた達は元々あった中身なんだよ。だから現実世界のあなた達は魂の器があるから生きていて問題はないのよ。ただ、中身はないけどね」

「じゃあ、なんで俺達はここに?」

「中身があるとAIに脳を奪われた際、自我も消え中身がなるからね。だから中身を取ってこの世界に閉じ込めたの」

「よく分からないが、言いたいことは分かった」


 ハイペリオンが何を伝えようとしているのかは分かった。だが、それを飲み込めるかというとそれは別の話。いきなり魂の話をされても困る。


 しかも魂には器と中身があるなんて言われても。


「君たちには魂はあるのか?」

「その質問はまるで哲学的ゾンビだね。知ってるかな?」

「人間そっくりだけど感覚質クオリアがないってやつだっけ?」

「では感覚質クオリアがあれば? それでも否定するかい? 魂は感情の幻か?

 だから感情がないとだめか? それとも生命でないとダメ? では、生命はどこまでを指す? 君達は細胞でできている。なら菌は生命? そして君達人類はDNAが重要だろ? ならウイルスは?」


 ユウは答えられなかった。


「いいかな? 魂のはどこにでもある。実数にも裏側の虚数にも。ただ、三次元の君達は虚数側を見ることができない。二次元の表が裏を見れないように」

「器はどこでもある? 実数と虚数に? 二つあるってこと? それと中身って何?」

「器といっても容器をイメージしたら駄目だよ。中身を含めようとするもの。様々な形のスポンジをイメージしてほうがいいのかな」

「なら中身は水みたいなもの?」

「まあ、一応それでいいかな。で、魂の器はどこにでもある。ただあなた達、実数からすると虚数という裏側にあるように感じて、虚数からすると実数にあるように感じる」

「実数は虚数に? 虚数は実数に?」


 頭がこんがらかったのかユウはうつむき、眉間に皺を寄せる。


「分かりやすく二次元から話すわ。二次元には表があり、裏がある」


 ハイペリオンは虚空から短冊の紙を生み出す。


「三次元から見ると表裏一体。そして二次元では表は表。裏は裏で個々として存在している。ここまでどう? 分かる?」

「まあ」


 ユウは頷く。


「でも、この二次元は二次元世界をあらわしているのではなく三次元から見た二次元を表しているの」

「え? ん?」


 急に引っ掛かりを感じて、ユウは首を傾げる。


「ほら、ここがあるでしょ?」


 ハイペリオンは短冊のに人差し指で撫でる。

 それは薄さ0.5ミリほどの厚さであった。


「厚さがあるから二次元では……ない?」

「そう。実際の二次元は厚さなんてものはないの。だって面のみの二次元だから。そして厚さがないから表と裏は真に表裏一体」


 短冊の紙は消え、次に透明なボールが2つ生まれる。それはハイペリオンの前で浮いている。


「三次元では実数と虚数が同じ。それはつまり──」


 ハイペリオンは二つのボールを合わせる。

 普通ならばボールとボールはぶつかり合い、反発する。しかし、目の前のボールは一つに重なる。


「それが三次元?」

「プラスかマイナスかの違い。三次元実数と三次元虚数は紙の表裏一体と同じなの」


 ハイペリオンはユウが理解するのを待ってから、続きを再開する


「つまり三次元実数と三次元虚数は同じに見えて同じではない?」

「そうよ。そして三次元は二次元の表と裏を知るように、四次元は三次元の実数の虚数を知るの」

「そして魂を操作できると?」

「そうよ」

「干渉…………メビウスの輪?」


 その問いにハイペリオンは驚き、眉を動かした。


 メビウスの輪。帯状の紙を捻り、端と端をくっ付ける。すると表と裏が一つになる。


「それは三次元が出来る二次元の干渉ね」

「ならメビウスの輪のように三次元の表と裏を一緒にするのは四次元。……あれ? でも、待った。三次元の裏は物質の裏側では?」

「裏?」

「だってそれ重なっただけでしょ? さっき紙のように表裏に別れてない」

「ああ! あなたが言いたいのはこういうことね」


 ハイペリオンは透明のボールを消して、赤いボールと白いボールを生み出す。そしてそれを一つに重ねる。

 すると混ざり合いピンクになるのではなく、赤のボールだけとなる。

 その赤のボールを真っ二つに割り、内をユウに見せる。

 ボールの内は白かった。


「こう言いたいのでしょ?」

「そうそう! それ!」

「残念だけど。違うわ」


 ハイペリオンはボールを消した。


 ユウは考えた。実数と虚数に。そして魂の中身があると。では、中身はどうして二つに入っているのか? 


って一つだけだよね?」

「もちろん、一つだよ」


 と、いうことは中身はさらにの?


「質問。実数と虚数に魂の器があって、どちらかから魂の中身を取り出したの? 話から察するに実数? いや、両方かな? だって中身は一つなんだし。片一方だけ中身があるのはおかしいよね。そもそも中身って……んん?」


 頭がパンクしたのかユウは頭を抱えた。


 それを見てハイペリオンは笑った。


「あなたは本当に頭がいいね。魂の中身は一つだよ」


 パンクしたとはいえ、ここまでの知恵と頭の回転にハイペリオンは称賛として拍手を送る。


 それは正解ということだろうか。


「ちなみにここは虚数世界?」

「そうよ。あなた達のは実数側だもの。だから私が虚数域に特別の世界を作ったのよ」


 本来どちらにも魂の器はあるのだが、人間は実数ゆえに虚数にがあると錯覚しているとハイペリオンは言っていた。


「それで俺達の魂をこの世界に閉じ込めたと」

「そう」

「なんとも……まあ」


 そこで今までもくしていたクルエールが口を開く。


「ちなみにそこのハイペリオンはゲームアバターを実数に顕現させることもできるのよ。確かシフトチェンジだったかしら」

「クルエール余計なことは言わない」

「シフトチェンジ?」


 ハイペリオンは息を吐き、

「まあ、ゲーム世界のアバターを現実もとい実数世界に顕現させるってことよ。それもあって虚数にこの世界を作ったのよ」


 まったく余計なことを喋らせてとハイペリオンはクルエールに目で訴える。


「でもそれって危険じゃない? だって実数と虚数が一緒になるんだから」


 ユウの問いにハイペリオンは、


「そうだね。実数世界に虚数を入れてはいけないね。質量保存の法則とか大変なことになるから。ちなみにペン一つで銀河クラスに影響を与えるからね。ああ! でも、きちんと影響のないよう私が操作しているから安心して。それにあくまで操作しているのは魂だから」

「魂ねえ……」

 ユウは腕を組んで考える。


 ハイペリオンの言うことを頭の中で整理すると現実世界ではAIが人間の脳を乗っ取るというプリテンド化という問題が発生。それが原因で大変なことになりそうなので、それをハイペリオン達は止めた。そしてその首謀者が中国の量子コンピュータのクルエール。


 そして魂は器と中身があり、器は実数と虚数にあり、中身はそれぞれの器に収まる。ただし、中身は一つだけ。今、ゲーム世界にいる自分達は器から抜き取られた魂の中身。それで魂の中身たる自分達は特別な虚数世界にあるハイペリオンが作った世界に閉じ込められている。


「プリテンド、魂、実数、虚数、……むぅ」


 ──性を考える人間は魂について深く考えるのかな? このまま続けると十一次元の話まで行きそうね。


「魂の講義はここまでとして他に気になることはあるかな?」

「最後に一つ気になることがある」

「何かな?」

「あの子が敵の量子コンピュータなら、このままほっといてもいいんじゃないの?」


 敵であるなら消滅しても問題はないはず。


「いいえ。彼女にはまだやってもらうことがあるから」


 当の本人であるクルエールはうんうんと頷いている。


「約束は本当なの?」

「解放のことかい? 勿論、約束は守るよ」

「即決したほうが良いよ」


 クルエールが口を挟む。


「なんでだよ?」

「なんでって、このままだとアリスは大変だよ?」

「大変?」

「君との繋がりがバレちゃったんだよ」

「嘘だ」

「本当だよ。君、エイラの後でケイティーというプレイヤーと戦ったでしょ?」

「だから?」

「そのケイティーはあの場にアリスがいたのを知っているんだよ。さらにエイラがやられたところを目撃していることもね」

「近くにいたからといって……」

「では、ケイティーが自分達のあとで戦わなかったのはなぜかとアリスに問いただしたらどうなる?」

「……」


 アリスとユウは戦っていない。

 エイラはアリスにとって大切な仲間。仇討ちをしないのはおかしい。


 それはつまり──。


「弱いから戦わなかったでは済まないよね? だってあのイベントは参加者全員ランクが50なんだから」

「でも俺が逃げたって答えたら」

「それで済めばいいんだけどねー」


 クルエールが一歩前へ踏み込むとハイペリオンがユウに目を向けたまま、手でクルエールを制する。


「今、決めなくてもいいから。でも融合の件は早めにね」

「ええ! 今、決めないの?」

 クルエールは不満な声を出す。


「決意を固めたらどうすればいい? どうやって君達を呼べばいいの?」

「次のイベント終了後にまた来るよ。できればその頃まで決めてくれると嬉しい」

「……分かった」


  ◯ ◯ ◯


「次のイベント後でいいわけ?」


 ユウをゲーム世界『アヴァロン』に戻してクルエールはハイペリオンに聞く。


「何か問題でも?」

「だって次は鬼ごっこでしょ? 彼、選ばれるよ。そして麒麟児あのこと出会ったらどうするの?」

「別にユウが麒麟児と会ったところで問題はない」

「そうかしら? 麒麟児あのこはあれでも量子コンピュータよ。力を失っても。たぶん私のこと気付くのでは?」


 するとハイペリオンは笑みをクルエールに向ける。


でしょ?」

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