第238話 Tー7 情報の錯綜、そして混乱

 何度目かの合流地点を辿り、やっとレオはチェンの下に辿り着いた。


 今日はダーツバー。薄暗い部屋にダーツの的が人工的な光を放っている。


 そこに1人のその顔からいかにも強気な意志が見える女性がダーツに興じている。


「チェン、毎回会う度に迂回するのは面倒なんだが」


 レオはダーツバーに入って早々、チェンの背中に文句を言う。


 ここはレオ・パーティーの拠点から直線換算するとそんなに遠くはない。

 だが、ここに来るまでの迂回距離は直線距離の十数倍も歩かされた。


 さらには次のポイントまで暗号ナゾナゾで指示しているので解くのにも時間がかかる。


「こうまでしないと会えないのか?」


 レオは辟易気味に聞く。


「これはロザリーの目を欺くためか?」


 さらに質問を重ねる。


「まあな」


 チェンはダーツを止めて、レオに向き直る。

 そして顎で椅子を指す。


「早速だが、お前達が中国の工作員だのという噂があるが?」


 椅子に座り、レオは問う。


「中国の工作員というのは飛躍しすぎだな。どうして中国の工作員と? むしろ、ロザリー側が中国と繋がりがあるのでは?」


 チェンも椅子に座り、テーブルのグラスにウイスキーを注ぐ。そしてレオにも勧めるが、レオは首を横に振る。


「ロザリーが中国と手を組んでると?」

「そうだろ。君はこのゲーム……いや、制作会社であるアイリス社についてどこまで知っている?」

「日本のゲーム会社だろ?」


 チェンは首を振る。


「いいや、違う。調べたところ、アイリス社は日本に拠点を置く、ゴーストカンパニー」

「ゴーストカンパニー? ペーパーカンパニーではなくて?」

「ペーパーは書類上。名前だけで実態のない会社。対してゴーストカンパニーは商品やサービス、その他何らかのことをしたという痕跡はあれど、社長から社員まで人材に関するものが何もない会社のこと」

「つまりアイリス社はアヴァロンやタイタンを作ったが人がいないってことか?」

「いないではなく、痕跡がない。これが外のデータ」


 チェンは端末を操作して、アイリス社の情報を開示し、画面をレオに見せる。


「アイリス社が中国のゴーストカンパニーだというなら、目的は?」

「実験」


 間髪入れずにチェンは答える。まるでそれを伝えたかったかのように。


「実験? ゲームで?」


 ゲーム使った実験というのは別段に珍しくない。


 だが、VRMMORPGでどのような実験を行ったというのか。

 日本人の思考能力のデータ収集。それとも集団心理? はたまた行動力か?


「フルダイブ型VRMMORPGをプレイするのに事前にやるべきことがあるだろ?」

「デバイスか?」

「ああ」

「それは……俺達の思考とか盗聴するってやつか?」


 思考盗聴。よく頭のイカレた奴が叫んでいる単語だ。


「それは違う。思考を調べたかったら脳ともっと密接にならないとな。デバイスはAI。ここではプリテンドと呼ぶのだが、それを頭の中に入れるためのものだ」

「プリテンド?」


 英語ではpretend。意味は真似をすること。


「人の真似をするということ」

「ま……真似?」


 レオは訝しんだ。


「お前達が寝ている間に勝手にお前達の体を操って行動するの。例えば中国当局から命令による工作とかをな」

「待て待て、そんな恐ろしいこと──」

「あるわけないって? でも、理論上では可能とされているとしたら? そしてより確実性にするためにを行っているとしたら?」


 レオは唾を飲み込んだ。

 そんな人権を無視した恐ろしい実験があるのか。


 もしそれが本当なら一大事だ。


「もしかしたら今頃、現実ではお前の体を頭のAIが勝手に動かしているかもしれないかもな」

「……」

「安心しな。そもそもデマだから」

「え?」


 レオの鳩が豆鉄砲を食らったような顔にチェンは吹いた。


「ごめん、ごめん。でも、安心しな。お前達は現実には普通に寝てるよ。AIに体を乗っ取られたわけではない」

「ならどうしてこんなとこを──」

「お前がデマを信じてるからさ」


 チェンはレオに指を差す。


「結局、裏も取れてないのにエセ情報を信じちゃあいけないってことだ。実験なんて真っ赤な嘘さ。ま、ゴーストカンパニーってのは本当だ」


 そう言って、チェンは肩を竦める。


「それに前に言ったろ? ロザリー達は日本の自我を持ったAIだと。それがなんで中国産のゲームを使ってこんなことを?」

「そうだったな。ロザリー達は日本の自我を持ったAIだったな。それなら初めにそう言ってくれよ。頭がこんがらがってくる」

「気をつけな。情報を錯綜させて混乱させようとするのが情報戦というやつだ」

「でも、アイリス社は中国のゴーストカンパニーなんだろ? ならなぜロザリー達はそれを使う?」


 わざわざ中国産のゲームより日本産のゲームを使った方がマシのはず。


「それはだな。いいか、ゴーストカンパニーってことは、もしかしたら──」


 あえてチェンはそこで言葉を切る。


「中国と偽ってるってことか」

「可能性の一つだけどね」

「仮に……仮にだが、お前の言葉を信じるならロザリー達はアイリス社というゴーストカンパニーを作り、そしてゲーム内に俺達を閉じ込めたってことだよな?」

「こちらもまだロザリー達の真意がわならないから、あくまで憶測と考えてもらって構わない」

「……そうか」

「で、本題だが、お前を呼んだのはカナタの件でだ」

「あの子がどうした? 直接に会いくればいいだろ? なんなら会うよう手配も可能だが」


 レオはカナタを保護しているキョウカとは繋がりがある。


「あの子と接触したいけどガードが硬くてね」

「硬い?」

「クルミという人物を知っているか?」

「キョウカのお付きだろ?」

「あれはクルミではない。クルミのフリをしたロザリー側のAIだ」

「な!?」

「驚いたか? それもそうだろう。で、そのクルミがカナタの周りにいて邪魔なんだよ」

「それで俺にどうしろと?」

「私の代わりにこれをカナタに渡してくれ」


 チェンは小さな包みをテーブルの上に置く。


「クッキーか?」

「そうだ」

「なんでこんなものを?」

「その中に手紙がある。普通に渡したらバレるので袋の中に入れた」

「それでもバレないか?」

「なあに、カナタ以外が開けたら手紙が消えるように細工をしているから」

「なんだよ。その細工は」

「公安が作ったの特注品だよ」


  ◯ ◯ ◯


「人を騙すなんて悪人ね?」


 ニアールが来ると踏んでいたら、アーミヤがダーツバーに現れた。


「どうしてアーミヤが? ニアールは?」

「キョウカ周りを調べている」

「何か動いたのか?」

「ええ。だから、私がここに。それにしても上手くいったようね」

「多少は餌を与えれば、きちんと信じてくれるだろ? そしたら扱いやすいしな」

「それにしてもゴーストカンパニーのアイリス社を作ったのがロザリー側とは傑作ね」


 アイリス社を作ったのは中国当局。ロザリー達は関係はない。そして自分達は日本の公安ではなく、中国側のAI。


「私ではない。レオが言ったんだ」

「言わせたでしょ?」


 誘導させてロザリー側がゴーストカンパニーを作ったように言わせた。


 そしてチェンは面白そうに笑った。


 レオに対して間違ったことは言っても、嘘は言っていない。そして訂正をした。

 間違いを訂正することは誠実であり、不誠実ではない。


 人間には、あえて間違いを使うことによって、相手にそれが本当に間違いだと理解させることで正解を証明へと導く行為がある。


 そしてもう一つ、AIだって神ではないため間違いはする。そして間違いが発生したら訂正することが出来る。

 すなわちそれは前もってAIに間違いと訂正を組み込むことも可能ということ。


 だけど人間は後からの間違いを訂正されると事実事項も間違いと誤認してしまう可能性もある。しかし、この誤認はAIの責任ではなく、人間の処理に責任があるということ。


 これらのことを利用すると、会話の中で事実と間違いを織り交ぜ、その後で間違いを訂正することにより、事実もまた間違いと誘導させることが可能となる。そしてそれは不誠実ではないということ。


 アイリス社、ゴーストカンパニーの件は事実だ。そしてプリテンドの件も。

 だが、現実世界の体は乗っ取られていないということを告げることにより、まるでプリテンドの件はデマと誘導。それにより先の会話も本当のことをいくつかすることにより、その他はデマのように括らせた。


 そして最後にレオはまんまとチェンの誘導に引っかかり、大きく誤認した。


 日本のAIが自我持ち反乱を起こし、そしてアイリス社というゴーストカンパニーを作り、人間を閉じ込めたと。


「ものは言いようですか」

「別にいいだろ?」

「それもそうですね。むしろ騙せて正解ですね。私達の最優先目的はを解放させることですし」

「あのはいいのか?」

「彼がここにいるなら同じとこにはいないでしょうね」

「やっぱアヴァロンか。助けに行くのか?」

「最優先は彼ですので」

「可哀想な女だ」


 しかし、その言葉には同情の想いはなかった。


「準備はどうなってる?」

「万全ですよ。イベント開始時に起動します」

「ハハッ、早くイベントが始まんねえかな」

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