第60話 Rー1 プリテンド
夜の街こと、ネオン煌めく繁華街に一人の少女が歩いている。その少女の顔や体にネオンの光が照らしている。夜はまだ更けてはいないがそれでも少女一人で歩くには不相応である。
普通なら少女が一人歩いているとナンパか補導されるかのどちらかである。しかし、少女は誰からも声を掛けられていない。
それは少女が少年のように見えるからか。はたまた少女の後ろを歩いている男が原因だろうか。男は雰囲気から保護者にも芸能のマネージャー等にも見えない。
男の名は花田悟。警視庁刑事課の捜査員。
その花田の前を歩く少女は藤代優。花田の娘アルクの友達。
「まだか?」
「あと少し」
優は振り向かずに即答する。
そして二人は大通りから小道へと入った。
小道にもまた店が立ち並んでいる。小さな居酒屋や立呑屋、焼き鳥屋。
優は小道から別の大通り入る。次の大通りは若者向けのファーストフード店、コンビニ、ファミレス、ラーメン店などが並ぶ。しかし、優はすぐにその大通りも抜ける。花田はこの大通りが目的かと思っていたので少し意表を突かれた。
「どこまで行くんだ?」
「そこよ」
進む先にはビルがあり、一階はフード店らしい。
優はフード店ではなく脇の玄関口に足を向ける。そして玄関口に備えている指紋、静紋認識版に手を当てカメラに顔を向ける。電子音と解錠の音が鳴り、優はドア開く。
花田もドアをくぐりビルの中へ。
廊下の奥にある階段で3階まで進み、奥の部屋に向かう。優はノックもなしにドア開け部屋へと入った。
部屋は仕切りで半分に分けられていた。ドア側はテーブルとソファーが3つ。窓側に机と椅子が。
一人用のソファーに女性が座り、カップの中のコーヒーを飲んでいた。その女性は黒髪のストレートヘアーで気の強そうな目を携えている。年齢は20前後だろうか。
「連れてきました」
「うん。ごくろう」
女性はカップをソーサーに置き、
「どうぞ、そちらに」
花田に向かいに座るよう促す。
優は女性の隣にあるソファーに座った。それを見てから花田も言われた通り二人がけのソファーに座った。
「お前たちの目的は? それと何者なんだ? 自首する気はないのか?」
花田は座ってすぐ二人に問いただす。
女性は眉を潜め、
「私たちは何か犯罪を犯したのかな?」
「しらを切るな。田園調布の田宮信子殺し。それ以外にも沢山の人を殺めているだろ」
女性にそう言った後に、花田は優に向け、鋭い視線を向ける。
そこで秘書らしき女性が現れ、花田とユウの前にコーヒーを置く。
「お砂糖とミルクは?」
「いい」
花田は視線を優に向けたまま答える。
秘書はユウにミルクと砂糖を渡す。そして一礼して仕切りの向こうに去った。
目の前の女性は一度肩を竦めた後に、
「まず自己紹介からいこう。私は深山鏡花。隣は……紹介の必要ないね。さっきのは秘書の胡桃だ」
「み、深山? もしかしてうちの……」
「彼女は私の従姉妹にあたるね」
「本当か?」
「なんなら免許証でも見せようかい?」
鏡花と名乗る女性はポケットから財布を取り出し免許証をテーブルに置く。
花田はテーブルの免許証に目を配った後、
「それでお前たちの目的は?」
「まずあなたは勘違いをしている」
鏡花が花田の問いを無視して話始める。
「田宮信子殺しは私たちはではない」
「何?」
「田宮信子は右側頭部を撃ち抜かれて亡くなったんだよ」
そう説明しながら鏡花は自信の右側頭部を人差指で叩く。
「だからそれはお前た……違うのか?」
確かに外から狙撃できるなら始めからそれで済んでいたはず。物取りもなかった聞く。それならわざわざ家の中でかつ、相手に近づいて撃つ必要はない。それに抵抗される可能性は高い。現に田宮信子に抵抗され格闘するはめになった。
「撃った後に田宮信子がどうなったかは知っているね」
「お前たちは人工補助脳についての危険性を知っていたんだな」
「これについては私たちだけでなく国も知っていただろうね」
「国も!?」
「そうだとも。一年前のVRMMO事件でね」
「まさか一年前の事件と関わりがあるのか?」
「あるからこんなことになっているんではないか」
鏡花は笑った。
「それでお前たちの目的は? 人工補助脳、いやJ・シェヘラザード社の危険性を訴えたいなら……」
「君、これはそう簡単な話ではないのだよ。全ての組織が一枚岩ではないようにね」
その言葉に花田は眉を潜める。
「いいかい。J・シェヘラザード社が怪しい、だから捜査して関係者、及び重役を捕まえろ。そして世間に全てを公表しろでは完全な解決にはならないのだよ」
「ダメなのか?」
「なぜVRMMO事件は今だに解決していないと思う?」
花田は顎に手を当て、深く考えてみた。
「それは……つまりJ・シェヘラザード社だけでなく他にも関わっていると?」
「及第点だ。しかし、今は、そう認識してくれていて構わない」
何かわかったようでさらに答えが遠くなった気がする。
花田はコーヒーを一口飲んだ。苦い味が舌を刺激する。
「しかし、お前たちは他にも沢山の人を殺しただろ?」
「残念だけど彼らは皆、死者だよ」
優が答える。続いて鏡花が、
「そうだ。ならば死者を撃ち殺す私たちに何の罪が? 死体損壊かい?」
「……」
そこで胡桃が現れ、
「客人です」
「ああ、彼女か」
そして一人の女性が現れた。それは花田の知る人物であった。
「九条?」
「やあ、タイミングはバッチリかい」
「ああ、いいタイミングだったよ」
九条は花田の隣に座った。
「お前、敵だったのか?」
「敵ではないし。どちらかというと全人類の味方だよ私は」
胡桃が九条の前にコーヒーを置く。
「ではこれからのことを話そうか?」
「待て、まるで俺も仲間のように話を進めるな」
「別に仲間でなくてもここにいても構わないよ」
鏡花はにんまりと笑う。
「上にチクるかも知れないぞ」
「君が安易に流布しないことを祈ろう」
真っ直ぐとした視線を花田に向ける。
「では黒木弁護士について何か分かったかい?」
鏡花は花田から九条に視線を向けて訊ねる。
「彼女はやっぱりプリテンドだったわね。手遅れね」
「ふむ。なら……」
「待て!」
皆が花田に目を向ける。
「プリテンドだから殺すのか?」
「なら君はどう考える?」
「まずは……」
「拘束かい? 逮捕状でも出して? で、拘束した後はどうする? 解剖でもするかい?」
鏡花が挑発するように笑みを花田に向ける。
「生きているんだ。なら……」
「いいや。それは出来ない。彼女はもう死んでいる。脳死と言えば分かるよね」
「そもそも、どうやってプリテンドだって分かるんだ? それに当たり前のように言ってるけどプリテンドって何だよ?」
「あーそこからか」
九条が口を大きく開ける。
「プリテンドは分かりやすくいえばAIだね。人の体を奪って動くんだよ」
花田は唾を飲み込んだ。
「まさかとは思ってたがもしかして機械の反乱か?」
「いや、ちょいっと違うんだよねこれが」
「九条君」
「あ、すみません」
「原因はプログラムだ」
「プログラム」
「そのプログラムが、いやウイルスに感染すると我々はプリテンドと呼んでいる」
「黒木はそのウイルスに罹患したということか? ならまだ助かる術が……」
「いいえ、それは駄目ね。彼女はもう脳死しているよ」
九条がきっぱりと言い捨てる。それに花田は拳を強く握り締める。
「お前たちはこれからも全てのプリテンドを倒していくのか?」
「プリテンドは2タイプある。脳死してAIに肉体を奪われたゴースト型。そして脳死せずに肉体を奪われたファントム型のね」
「黒木はゴースト型なのか?」
「ええ。残念ながら」
「本当に助ける術はないのか?」
「くどいですよ。彼女はもう死者です」
「それで誰が担当しますか? 私が行きましょうか?」
優が自身を指差して訊ねる。
「今回は九条さんに。それと花田さん、あなたも手伝ってもらいませんか?」
「!? どうして俺がお前らの手伝いなんか!」
花田は語気を強めて反対する。
鏡花は一息つき、
「プリテンドについてきちんと正面から見てはどうです? 九条さんは今はあなたと同じ公安の下にいるのでしょ。なら、仕事として動いて解決をすればよろしいのでは。ただこちらはいざというときはこちら側の対応をさせてもらいます」
「そうかい」
それだけ言って、花田は立ち上がった。そしてドアへと向かう。ドアノブを掴んだところで鏡花たちに振り返る。
「そういえば、お前たちは何者なんだ?」
その問いの答えを鏡花はしっかりと言葉にする。
「懸け橋さ」
○ ○ ○
「さっきの言葉、彼はどのように受け取ったのでしょうか?」
先程、花田の座っていた席に胡桃が座り訊ねる。
「別に変な比喩表現でもないがな? 警察の協力と受け取ったのでは?」
「彼の娘さん、名前が
「空の懸け橋かい? 娘の命がどうなってもいいのかという脅迫かい?」
鏡花はバカバカしいと溜め息を吐く。
「フォローはしておいては?」
「別にいいだろ」
「ま、私が目を光らせておきますよ」
九条が軽くそう言うと皆はうろん
「何よ、その目。私では不安なの?」
3人は黙ってコーヒーを飲む。
「なんとか言いなさいよ!」
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