第89話 Mー11 ハイキング
「本当にミスコンでなくてよかったの?」
山を登りながら前を歩くアリスにユウはコンテストのことを聞いた。
コンテストは写真のみなので出るだけ出といた方が良いのではとユウは思っていた。
「ほら、私達って敵対関係でしょ。もし運悪く一緒にいることがバレたら面倒じゃん」
「たぶん俺のことはバレないだろ」
「でも、もしもってのもあるしね。私達だって元々敵対関係で一緒にいちゃあまずいのよ。それが何の因果か一緒にいるんだから」
と、アリスは言うも本音は以前ストーリーイベントの港爆撃事件でNPCの報道にあられもない姿でインタビューを受けたのだ。これ以上、目立ちたくないというのが本音だ。それを知らないユウは、
「そっか。もしもってのがあるかもね」
と納得した。
○ ○ ○
「ねえ、ハイキングとバイキングの違いって分かる?」
「え?」
その質問は何という顔のユウに葵が、
「ユウ様、アリス様はハイキングとピックニックの違いを聞いているのでは?」
「あ!? そうなの?」
「……そうよ」
前を歩くアリスの耳が恥ずかしさで赤くなっている。
「えっと、ハイキングは日光浴や健康目的で、ピックニックは弁当を持って外で寛ぐことを目的だったと思うけど」
「はい。そのようなものです」
「で、それが何?」
「別にちょっと気になっただけよ」
「アリスはハイキングとピクニックは好きなの?」
「そうねえ、
「でもダイエットはするんでしょ」
「……私、太ってないし」
とアリスはふんと鼻を鳴らす。
「にしても皮肉だね。現実では体を使わないのにゲームでは体を使うんだから」
「そりゃあ、疲労がないんだもん」
「しかし、
葵が聞く。
「そうね。ゲームでも周回なんてすんごいストレスが溜まるわ。廃ゲー脳ってどうなってるのかしら」
そこでアリスは兄やエイラのことを思い出した。彼らは当たり前のように同じ敵を倒し続ける。相手が弱かろうが強かろうが関係ない。
「熱中すると周回も苦にならないのかもね」
「もしくは未来かもね」
ユウが言った。
「未来?」
「誰も意味もなく周回なんてしないよ。周回した先にあるもの獲るため頑張るんだよ」
「私は楽して手に入れたいわ」
○ ○ ○
「絶景ね」
目的地である丘の上に着いてアリスは感嘆の声を発した。
「うん」
ユウも隣で眺め、頷いた。
今、三人がいる丘は山を背にして聳えている。
正面からみると山の前に突き出た出っ張りのように見える。
その丘の上から眺める景色は絶景であった。紺碧の海に白いビーチ、深緑の森、海へと続く蛇のようにくねった川、金色の稲穂が揺れる田園風景、そしてユウたちが泊まっていたコテージまでが一望できた。
「楽園の島ね」
アリスが風に乗せて呟いた。
ユウは偽物だけどなんて野暮なことは言わない。アリスがそう思うのならそれも間違っていないと考えた。
「プレイヤー様、シートと食事の用意が整いました」
「あ、ごめんね」
アリスは物憂げな顔からいつも通りの明るい顔に戻り、靴を脱ぎシートに座った。ユウも続いて座り、葵からハーブーティーの入ったコップを受け取った。
○ ○ ○
「ふぅ、食ったわ」
アリスは足を伸ばしながら腹を叩いた。
ちょっと品のない仕草に、
「女の子なんだからもうちょっと清楚にしなよ」
「誰もいないんだからいいじゃない」
「……俺がいるよ」
ユウは溜め息混じりに言った。
「そこは釜の飯を食った仲なんだしさ」
「……それでこの後、プランはあるの?」
「もう、なんだかんでも聞かないでよ。アンタ、デートプランとか考えないタイプ。どうせ映画や遊園地とかでいいと考えてるでしょ」
「すんごくめちゃくちゃなことを言われてるけど、アリス、何も考えてないだろ」
ユウが半眼で尋ねるとアリスはそっぽを向いて音のない口笛を吹いた。そして、
「カードゲーム? ボール? どれがいい?」
「ここにきてカードゲームとボール遊びはちょっとねえ。それにボールが崖に落ちたらどうするのさ?」
「ゲーム内だからすぐに手元に戻るよ」
「もうちょっと散策してみない?」
「う~ん? 葵、ここら辺で面白そうな穴場とかある?」
問われた葵は少し考え、
「そうですね。滝はどうでしょうか。山側、森の中に大きな滝がありますが?」
「いいね! 滝、涼しそうじゃない」
○ ○ ○
川に沿って山側へと歩き、鬱蒼とした森の中を進んで絶壁にさし当たった。高い絶壁の上から滝水が落ちて、真下の滝壺にぶつかる。大きな水飛沫が舞い、周囲はひんやりと心地良い。
「すんごーい。水が、あーんな高いところかザバーと流れてるよ。ザバーと」
アリスは腕を広げて言った。
「アリス、なんか馬鹿みたいな発言だよ」
「何よ馬鹿って! 馬鹿と言う方が馬鹿なんだからね」
「……小学生かよ」
でも思ってたよりすごいのは確かだった。
「日本だとまず見れないね」
「そう? 日本でもこれくらいあるんじゃない」
「詳しくは判らないけど、これほどの滝はそうないんじゃない?」
「ねえ、葵。モデルってあるの? もしかしてナイアガラ?」
「いえ、エンゼルフォールをモデルにしております」
「エンゼルフォール? 墜天?」
アリスは絶壁を見上げた。
はるか高く、天に届きそうな場所からの落下は確かに名前に合っているなと思える。
「どうします? 滝に打たれますか?」
葵の質問にユウは手を振って否定する。
「何その修行は? しないよ。しない」
「そうですか」
なぜか葵はシュンとする。それにアリスは、
「えー、んー、よし。ユウ、あなたやってみなさいよ」
「何でだよ。こんな滝に打たれたら首の骨が折れて死ぬわ」
「大丈夫よ。ここはゲーム内なんだし。平気へっちゃら」
「じゃあ、アリスがやりなよ」
「ここは男がやらなきゃあ」
「あのね、俺は……」
とそこで葵が思い出したかのように声を上げた。
「あ、そういえば。滝壺が深いので立つことはできなかったはずです」
『…………』
○ ○ ○
しばらく滝壺近くの岩場に腰を下ろして涼みながらあれこれ談笑し、それからボートを使って川を下った。ボートは海の家で買った小さいボートで三人乗りではきつきつ。前がアリス、後ろに葵、ユウは水着姿の女性に挟まれて真ん中に。
ユウは前に乗りたいと告げるもアリスは前を譲ってくれなく、さらに最後尾を望んだがプレイヤーを落とさないために葵が後ろを譲らないのでユウが真ん中になってしまったのだ。ユウ一人、ドキドキしながらボートで川を下る。
川を下り、一本の川が合流。
「このまま真っ直ぐ下れば海に流れ着くのよね」
「はい。その前に以前川釣りをしたエリアに着きます」
「ふうん。それじゃあ、あの川は?」
合流した川を指差す。
「あちらに
「湖! いいわね。行きましょう!」
「ええ!? なんで?」
「美女といえば湖よ」
「美女? 誰さ?」
「うるさいわね。ほら、向こうの岸へ降りるわよ」
○ ○ ○
「さ、この川に沿って上に進めばいいのよね」
「はい」
岸に上がった三人は水着から戦闘服に着替え歩く。
「どうしたのユウ?」
「ん、別に」
「は、はーん。美女に挟まれて川下りの方が良かった」
「アリスもしかして分かっててやってた?」
「さあ?」
○ ○ ○
広い湖が目に現れた。波のない湖面は鏡のように全てを反射して写していた。
「またボート出す?」
ユウの問いにアリスは、
「ううん。この湖面を汚したくないわ」
「だね」
三人は黙って湖面を見つめた。まるで湖面の魔力に視線を奪われたように。
しばらくすると湖面の色が濃くなった。雲の影かと三人は空を窺ったが違う。空が濃くなり始めたのだ。青から群青色、そして黒に。
「何これ? もう夜?」
「いくらなんでもいきなり夜になったりしないよ。それに黒だなんて……」
ゲーム世界において夜の空は群青色。決して黒くはならないはず。
「葵、どういうこと?」
「何かの強制イベント?」
二人の問いに葵は首を振った。
「このような使用はありません。ちゃっと待って下さい」
葵は至急ロザリーたちと連絡を取ろうとする。しかし、ロザリーたちとは繋がらない。
「これでやっと君たちと話ができるね」
幼い子の声色に三人は振り向いた。
そこに赤い髪の女の子が。白いワンピースだけで足にはワンピースと同じ色の白いヒール。
ユウとアリスはその少女に見覚えがあった。
この島に訪れる直前に会った少女だ。
「クルエール!」
葵が大声を上げた。普段は大声を上げない葵が珍しく大声を上げたものだからユウとアリスは驚いて葵に顔を向けた。葵は険しい顔付きをして二人を少女と接近させないために前にも進んだ。
「どうして貴女がここに?」
少女は質問には答えず、
「邪魔よ貴女」
右手を上げ、まるで空をひっぱ叩くように動かす。
すると暴風が舞い。三人を、いやこの島全てを風で震わせる。
「きゃあああー!」
アリスが悲鳴を上げ、空へと飛ばされる。
「アリスー!」
風が強すぎて視覚が遮られる。なるべくアリス悲鳴の方に手を伸ばすのも空を切り、アリスを掴めることはできない。
二人は暴風によって空へと転がされる。
上下左右が分からない二人は空へと飲まれる。それは闇へと墜ちるかのようであった。
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