第206話 Mー13 そして朝が来る

 通話を終えるとスピカは岩の影に向けて、

「盗み聞きはよくないよ」

 と言葉を投げた。


「すみません。聞くつもりはなかったんです。ただこちらの連絡が終わったのでそちらは終わったのかなと思って……」


 岩の影からユウが申し訳ない顔で現れた。


「大丈夫よ。そんなに怒ってないから」

 スピカは肩を竦める。


 時刻は夜の23時。二人は今、山の麓で見つけた洞穴で休憩をしていた。


「で、ミリィはどうだった?」

「連絡が繋がったのでまだ大丈夫なのかなと」

「救援に向かう件は?」

「伝えてはみましたが、間に合わないだろうから……と断られました」


 その間に合わないというのは、距離がありイベント期間内に会うことは難しいという意味と救援には間に合わないだろうという意味があるのだろう。


「私の方もスゥイーリアから自由にと言われたわ」


 スピカは岩に座った。


「今日はここで休みましょう」


  ◯ ◯ ◯


 ここゲーム世界には肉体的に疲労はない。それゆえ、起き続けることは難しくはない。

 が、起き続けると精神的負担が大きく、強制的に眠りにつくこともある。

 だがそれも長時間起きていることが条件である。一日程度では負担にはならない。

 そして今、ユウとスピカはタイタンプレイヤーから狙われている身。

 だから交互に見張りをするということになった。

 今はスピカの番であるがユウが近づいてきた。


「ん? 次の交代までまだ時間あるよ」

「目が覚めたので。それで、もう一度寝ようとは試みたんですけど寝つけなくて」


 ユウは近くの岩に座る。


「不思議なものよね」

「不思議?」

「だって眠気はないのよ。でも、寝るというときはすぐに寝られるし。かといって寝れない時はなぜか寝れないし。というか、現実の私達って寝ているんだよね」

「考えるとおかしくなりますね」

「……ねえ、君は怖くない?」

「怖い?」

「うん。だってローランカー……いや、中級ランカーかな? そんな君はアンケートで上位に入って、狙われるんだよ。痛くはなくてもライフがゼロになると死ぬんだよ。普通は怖いでしょ。なのに君は……」


 どうして怖くないのか。それをスピカは尋ねたかった。けど、ここで彼に恐怖心を与えてはいけないと感じて言葉を止めた。顔を俯き、握った拳を開いたり、閉じたりする。


「怖いですよ」

 ユウは答えた。


「え?」

「死ぬのは普通に怖いです。けどそれは皆さんも……タイタン側も同じでしょ? 今回はアヴァロン側だけですけどね」

 とユウは苦笑した。


「理不尽と思わない?」

「理不尽?」

 ユウは反芻した。


「うん。いきなり閉じ込められて、デスゲームをさせられてさ」

「はい。理不尽ですね。自分達が何したんだって感じですね」

「許せないよね? 友達が消滅……ううん、殺されたんだから」

「……そうですね」


 なんて表情すればいいか分からず、ユウは逃げるように俯いた。


 本当はデスゲームでないこと知っているのだ。


 バレてはいけない。

 話してはいけない。

 教えてはいけない。


「……ねえ、なんかおかしくない?」

 ユウの肩が跳ね上がった。


「何が……ですか?」

「恐怖とか、そういう……心の黒い感情が上がっては急に下がるんだけど。……んんと、なんていうか、操作されているような」

 スピカは何とも説明しづらく頭を掻く。

「たぶん、それは極限状態で……ええと……そう! 無意識下で投げてたんですよ」

「投げてた?」

「はい。そういうのを考えないように」

 ユウは首を強く縦に振る。


「でも普通逆じゃない? 極限状態でストレスとか溜まると悪い方へと物事を考えていかない? なんていうのかな……鬱みたいやつ?」

「うっ」


 確かにそれが理にかなっている。ということはロザリー達はプレイヤー達に対してなんらかの感情抑制を行なっているのかもしれない。


「そ、そうです……かね?」

 返事に窮し、ユウは苦笑いする。


「結構、皆は暴れてもおかしくないと思うんだよ。でも、もしかしたらどこかで楽しんでのかも」

「え?」


 思いがけない言葉にユウは驚いた。


「いやさ、なんいうのかな、皆はどこかですんごいことに巻き込まれてヒーロー……は違うな。歴史的な事件の関係者になれて楽しんでいるんじゃないのかな?」

「……楽しむ」

「あ、あくまでもだよ。そういう風に考えてもおかしくないかな的な。勿論、悲観している人もいるよ。きっと」


 ユウにとってはこのデスゲームは楽しむという感情は一切なかったので、スピカの考えには普通に驚くものであった。


「あ! ごめん。君はアルクを失ったばかりなのに、そういう変なことを言って」

 スピカは手を合わせてユウに謝る。


「いえ、別に」

「……」

「……」


 妙な沈黙が二人の間に落ちる。

 風もない。虫の鳴き声もない。

 静かな静寂。


「そ、その!」

 その静寂を遮るようにユウは声を発した。


「何?」

「ええと、スピカさんのことを教えて下さい」

「私のこと?」

「はい。後学のためにも」

「……ああ、つまりプレイ経験やホワイトローズについてとかね」

 どこか不貞腐れるスピカ。


「どうしたんです?」

「別に」

 とは言うもののどこかトゲがある。


「その代わり君のことも教えてよね」

「俺のこと?」

「そう。結構気になることあるから」


  ◯ ◯ ◯


 タイタンプレイヤーはやられると時間をおいて東の岬へと飛ばされて、そこから再スタートとなる。

 そこに一人、アヴァロンプレイヤーのスピカにやられて、レオが東の岬に移動させられた。

 レオを包んでいた白い光は消え、レオは目を開けた。

 そして前へと足を向ける。

「レオもやられたんですか」

 岬の近くにケイティーがいた。

「スピカに邪魔をされてな」

「あー、それはすみません」

「別にお前のせいではないさ。やはり超移動はデバフがかかって駄目だな」

「どうします?」

「今は……こんな時間か。さすがに諦めるべきだな。協力してくれた皆にはもういいと伝えてくれ」

「……了解」


  ◯ ◯ ◯


 気づいたらユウとスピカは朝まで話し込んでしまっていた。


「まったく休憩しなかったわね」

「でも、ゲームですから疲労はないですよ」

「体のはね。問題は精神的なものよ」

「疲れました?」

「うーん」

 スピカは朝空を見上げる。


「謎だったのが解けたから。疲れはないわね」


 その謎というのは以前のアネモネクイーン戦のことだ。あの戦いでアネモネクイーンは急激に弱くなった。その謎はユウにあると踏んでいたが解決には至らなかった。

 それをダガー・ウィンジコルが持つ特殊効果のおかげと知り、スッキリした。


「てか、夜襲がなかったのが不思議」

「なんか広大なイベントフィールドですからね」

「これならしばらくここにいる? で、一度襲撃に遭ったらすぐにどこかへ逃げる?」

「そうですね。それでいきましょうか」

「そうそう、仲間の生存確認しないとね」


 スピカは端末を取り出し、スゥイーリアに連絡をかける。そしてユウもミリィへと連絡をする。


  ◯ ◯ ◯


 残念なことにどちらも相手へと連絡を取ることはできなかった。

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