第33話 Tー10 制圧戦 痛覚
朝9時にはパーティーメンバー全員がブリーフィングルームに集まっていた。
壇上ではレオが真剣な顔でパーティーメンバーたちを鼓舞している。アリスは一番後ろの席に座り、聞いているふりをして聞き流している。
「ロザリーの目的が何かはわからん。ただ俺たちは余計なことは考えず、いつも通りイベントを全うしようではないか。今回のイベントは特殊だが制圧戦という名のイベントはすでにいくつか経験している。決して難しいわけではないはずだ。俺たちならできる。そうだろ?」
『おおー!』
皆が叫ぶ中、周りと温度の違うアリスはただ黙って聞いているふりをする。
○ ○ ○
そして約束の9時半になった。プレイヤーの体が青く光り始める。アリス以外は慣れているのか堂々としていた。一人慣れていないアリスは手の平を見て驚く。
その光が強さを増し、視界が真っ青なる。
視界が元に戻ったときアリスは制圧戦ステージにいた。荒野だろうか地肌剥き出しの地面。霧がかかっていて遠くがわからない。そして気温が低いのか寒気を感じる。他のプレイヤーたちもいる。だが、それは見知らぬプレイヤーだった。周りを確認するとレオたちの姿がなかった。
そしていつの間にかヘッドセットのインカムが全員に装着されている。
空中から巨大な投影が現れた。そして毎度お馴染みのロザリーが登場する。
『はーい、皆さん? ここが制圧戦の舞台、関ヶ島でーす。霧が島全体を覆っていて、鬱陶しいかもしれませんけど堪忍してくださーい。では、マップを表示しますねー』
マップが上空に現れる。島はひし形状で所々に荒野や平原などがある。それ以外は森や山で川や湖はなく、水路はない。
『上半分がタイタンパーティー、下半分がアヴァロンパーティーとなっています。分かりやすく色分けいたしますね。タイタンは青。アヴァロンは赤です』
ロザリーがそう言うと島の上半分が青く、下半分が赤くなる。
『そして島には約100m四方のフィールドが51あります。フィールドには荒野、平原、砂漠、砦、塹壕など様々です。フィールドの外に一度出るとタイタンプレイヤーは南下、アヴァロンプレイヤーは北上のフィールドしか入れませのでお気をつけくださーい。ただし両ゲーム側の最北端、最南端フィールドを制圧した場合はフィールドを一歩でも踏み込めばそのプレイヤーは自由に移動が可能となります』
それはつまり奥のフィールドを制圧しなければ後退はできないということ。
『制圧判定はフラッグです。フィールドのどこかにフラッグがありまーす』
今度はマップの隣にまっ白なフラッグが現れた。
『このフラッグをプレイヤーが攻撃するとプレイヤーが所属する国旗に変わります。こんな風に変わりまーす』
ロザリーがフラッグを叩くと白のフラッグが青地に白のTマークのフラッグに変わる。そしてもう一度叩くと赤地に黒のAマークのフラッグに変わる。
『開始時刻は10時。終了時刻は15時となっております。すでにお分かりのプレイヤーがいますが端末は不使用となっておりますのでアイテムは使用できません。連絡は全てインカムをお使いくださいませ。最後に、HPがゼロになった際は元の島に転送されますので。どうか殺られないようにお気をつけて下さい。では、皆さまのご活躍をお祈りしてまーす』
そして巨大空中投影は消えた。しばらくして、アリスはそう言えばロザリーはペナルティーのことを話していなことに気づいた。もしかしてこの霧がペナルティーなのか? 霧が邪魔で遠くが見渡せない。遠距離攻撃がメインのタイタンプレイヤーに十分なペナルティーだろう。しかし、向こうにも弓兵や魔法使いもいる。
――なら霧は違う?
○ ○ ○
周りは知らないプレイヤーばっか。アリスは心細くスピードスターを握りしめる。
その時、電子音が鳴った。ビックリしてアリスは肩を上げた。端末かと思ったが端末は不使用であり、電子音はインカムからだと気づいた。使い方がわからないので適当にボタンを押すと、
『アリスか? お前どこにいる?』
「兄貴? 兄貴たちこそどこに?」
『俺たちは第8エリアだ』
「第8ってどこよ?」
レオはため息を吐いた。それが近くで息を吐かれたみたいで嫌悪感が背中を走った。
『マップを見ろ』
「何言ってるのさ。端末使えないでしょうに」
『端末じゃない。視界の左上端にあるマップアイコンがあるだろ。端末アイコンがあったところだ』
「あ、本当だ」
端末を取り出すように意識を集中するとマップが現れた。紙ではなく空中で投影されているホログラム。触ることはできないが思念で上下左右に動かすことができる。
五段で分けられ最北端フィールドには『1』と番号が当てられ、その下、二段目には『2』から『4』のフィールドが。三段目は『5』から『10』、四段目は『11』から『18』、五段目は『19』から『25』でフィールドの間には森が聳えている。中心まで全部で五段フィールドは青く染められている。島の中央は色のついていない横に伸びた楕円のフィールドで26と番号が当てられてある。
アヴァロン側もタイタン側を対にしたように全部で五段ある。フィールドの色は赤。
『で、お前はどこにいる? マップに黄色の逆三角形があるだろ』
島の中心から北西に黄色い逆三角形がある。
「あった、あった。えっと第21フィールドだって」
第21フィールドは五段目の西から三つ目に位置する。
『……遠いな。島の中心付近か』
「そんなに遠い?」
『この島の直径がマップの右下の端に書いてるだろ』
言われてマップ右下の数字を読む。
「15㎞!?」
『たぶんここからお前のとこまで3㎞以上あるだろう。そして俺たちはこのフィールドの外にでることはできない』
「どうして? こっちより北にあるんだから南下できるでしょ」
『ここは城砦フィールドで相手の北上を防ぐ重要なフィールドなんだ』
「じゃあ私一人でどうにかしろって?」
『一人というわけではない。攻略班や他のパーティーが部隊を編成して南下するからそれまで耐えろ。周りが、いや島全体が霧に覆われているから敵の動きが読みづらい。いいか、あまり無茶はするなよ。中央の26に向かわずそこで防衛に専念しろ。それと、……すぐに殺られても構わないからな』
最後の忠告はリーダーとしてではなく兄としての言葉だった。
「わかった。あ、それとこのインカムどうやって使うの?」
『視界内にマップの下に受話器のマークがあるだろ。後は繋げたい相手にコールするだけだ』
「なるほど」
『もうすぐ始まる。切るぞ』
「うん」
試しに受話器のマークを意識すると連絡欄が現れる。連絡欄は全員、端末内で登録しているメンバーたちである。寂しさに駆られ無意識のうちエイラに通話しようとしていた。慌てて止め、何やってんだかなと思い、ため息を吐いた。気温が低いせいか吐いた息は白く、霧がかかった空に昇って消えた。
○ ○ ○
開始時刻10時になったがすぐに戦闘が始まるわけでもなかった。
アリスの心臓は先程から意識してなくても聞こえるほど高鳴っている。このアバターは所詮は偽物のはず、それでもよりリアルを重視したのか鼓動が存在する。その鼓動がいやに大きい。開始5分前からスピードスターを構えているけど変化は訪れない。戦いたくなくても変な焦れったさがアリスを襲う。
無意識に何度も大きく呼吸する。
自身を中心に10メートルほどしか視界は開けていない。敵は決して前から来るわけではない。左右から、もしくは後ろからこちらが見えないのをいいことに囲んでから攻撃をするかもしれない。
アリスはスピードスターの銃口を前方に向けては下に降ろし、一呼吸の後にまた前方に銃口を向ける。
「そこの君! えっと、アリス!」
名前を呼ばれて振り向く。ビームガンを手にした黄色いスーツの茶色の短髪女性がいた。頭上にはキャサリンとネーム表示されている。
「……何か?」
「落ち着いて。そんなに肩を張らなくていいから。リラックス、リラックス」
キャサリンはアリスの肩をポンと叩く。肩を叩かれて、はじめて自分が強張り肩を上げていたことを知った。
どうやら自分でも思っていた以上に緊張していて、体がガチガチだったらしい。
「……はい」
アリスは力を抜き、息を細く、長く吐いた。
「君、初心者?」
レベルは41だから初心者とは言いにくいのだが、
「はい」
「それじゃあイベントも初参加か。対人の方も未経験?」
アリスは頷いた。
「そっか。モンスター退治と違って初めてだと躊躇しちゃうよね。はじめはスコープを使わず、単発じゃなくて連射で手当たり次第撃った方がいいわね。それに霧が邪魔してスコープも意味ないしね」
○ ○ ○
最初の攻撃は開始から40分経った頃だ。まずボール大の火球が飛んできた。数は十以上。ボール大火球は地面に着弾。火炎は燃やすものがないにも関わらず地面を蛇のように這う。火炎のせいか気温が高くなった。
アリスはスコープで前方を確認する。だが、霧が邪魔してやはり何もわからない。だが攻撃は前方からきた。
前方には剣や弓を持ったアヴァロンプレイヤーたちがいるのだ。それを想像すると足がすくむ。いや、ここで弱気になったら駄目だ。弱気を振り払うように首を振り、アリスは自分を鼓舞する。
対人戦は初めてだ。やはりキャサリンの言うとおり単発ではなくて連射で撃った方がいいのかもしれない。
アリスがそんなことを考えていたとき、タイタン側のプレイヤーが発砲した。すると火球の攻撃がそちらに集中する。今度の火球は大きく人を丸々飲み込むほどの。
キャサリンが叫ぶ。
「無闇に撃つな! 的になるぞ! 撃つときは動きながら! サイレンサー付きは威力が減ってもいいから、かまわず付けろ」
火の手が強くなる。
アリスは熱さで汗をかき始める。顔も火照り、
「あっついわー。何この熱さ!」
言葉にして不思議に思う。暑いはあっても熱いはなかったはず。
そして、悲鳴がアリスの耳に届いた。悲鳴は火球の直撃を受けたタイタンプレイヤーたちだ。
彼らは火ダルマになりながら悲鳴を上げて逃げ、中には地面にのたうち回るものがいる。
いつもと違う悲鳴のある異様な光景。
キャサリンもそれに気づき、火に触れる。
「あっつ!」
と、言ってすぐに手を引っ込める。
ゲーム内に痛覚はなかったはず。
アリスは左手で自らの頬をつねる。ピリッとした痛みがくる。
「痛覚がある?」
キャサリンはインカムを使い、仲間に連絡を取る。
アリスもインカムでレオに連絡を取る。
『なんだ! 襲撃でもあったか?』
「襲撃よ。それと痛覚があるの!」
『つうかく? 誰だ?』
「人じゃない! 痛みよ。痛み」
レオは意味を理解して、驚きの声を上げ尋ねる。
『本当か?』
「本当よ! 周りの悲鳴聞こえない?」
アリスは黙る。火が燃える音と周りの悲鳴が聞こえる。
『……確かに聞こえた。すぐに避難しろ』
「わかった」
と、言うとキャサリンに腕を引っ張られる。
「離れて!」
火球以外にも空から光の矢が降り注ぐ。
「逃げるよ。走って!」
言われなくてもアリスは全力で逃げる。
「見て、アヴァロンプレイヤーよ!」
前方から人影が見える。彼らはタイタン側とは違う服装と武器を装備していた。キャサリンがビームガンを放つ。それにならいアリスもスピードスターのトリガーを引く。
撃ち抜かれた敵は驚きの声を放ち倒れる。が、すぐに立ち上りアリスたちに駆け寄り剣を振るう。
それを二人は銃撃で相手の体に穴を開け倒す。
アヴァロン側には痛覚がないのか彼らは恐れることなくアリスたちに突っ込む。
また剣士が現れ、アリスたちに近づいてくる。次の剣士は盾を全面に向けながら走ってくる。そして剣士は大きく跳躍した。キャサリンがビームガンを放ち、剣士は大振りで剣を振るう。
ビームは剣士の胸を穿ち、剣士はキャサリンの右肩から腹までを一直線で叩き斬る。
キャサリンは激痛を受け、大きな悲鳴を上げ消失。だが、剣士の方は悲鳴を上げることなく消失。
これらのことからアリスは痛覚はタイタン側だけと悟った。ロザリーの言ってたペナルティーはこのことだったんだと。
アリスはまた、レオに連絡を取る。が、呼び出し音だけで出てくれない。早く、早くと思いながらアリスは周囲を警戒しながら焦れったく待った。そして、
『どうした?』
「兄貴! もしかしたらアヴァロン側は痛覚はないかもしれない」
アリスは早口でまくしたてる。
『……そうか』
「そうかって知ってたの?」
『今しがた情報がきた。痛覚があるのはこちら側だけだとな。それと痛覚は現実の痛覚とは少し低いらしいとのことだ。どうだ実際、痛みはどれくらいのものだ?』
アリスは先程と同じく頬をつねる。
しかし、現実の痛みがどんなものかわからなかった。ただ痛いというのはわかる。
「……わからない」
『そうか。こっちもよくわからん。ゲーム世界に囚われて一週間程度なのにな。いや、現実でも骨折とかしたことないからわからんな』
レオは空笑いする。そして、
『無茶はするなよ。絶対に』
そこにレオなりの優しさを感じ、アリスはきちんと返事をする。
「わかった」
○ ○ ○
世紀末アニメに出てきそうなヤンキー三人組がトゲのついた鉄球を振り回し、そして舌を出しながら近づいてくる。生理的嫌悪感を抱きながらアリスはヘッドショットで撃ち払う。しかし、彼らは撃たれてもハイテンションで起き上がりまた向かってくる。
次にアリスは逃げなから足を狙い、三人組を転がす。
「待てやこらー!」
足を撃たれた内の一人、モヒカンが怒鳴るがそれを無視して、大きく距離を取る。
そしてスピードスターを連射モードで放つ。気持ち悪い三人組は打ち上げられた魚のように跳ねる。
HPがゼロになり三人組は気持ち悪い声を出して消滅した。
最初、人を撃つのには抵抗があった。だが相手は痛覚がないことでその抵抗もやわらぎ、今ではモンスターと同じようにトリガーを引くことができる。
○ ○ ○
最初の火球攻撃から一時間が経った。今のところさしあたる危機は訪れていない。相手もどう制圧しようか攻めあぐねているようだ。それはこのイベントが一度フィールドの外に出て攻め始めたら元のフィールドに戻れないという仕組みが原因だからだろう。
レオ曰く、先遣隊を派遣して様子見だろうと言っていた。そしてレオたちも先遣隊を相手フィールドに差し向けたとも言っていた。
残念なことにアリスのために援護を向かわせる余力はないとレオ告げた。だが、攻撃部隊が勝ち進めばアリスのいるフィールドに防衛部隊の援護を送ることができると言っていた。それまでなんとか頑張らなくてはいけない。アリスは身を屈めて霧の向こうを注視する。
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