第44話 Rー9 孟

「その件は知っています」


 昨夜の桃からの情報を告げると深山からそっけない言葉が返ってきた。


「なら、そこから……」

「なかなか尻尾が掴めないのよ」


 九条が会話に割って入る。


「もう検察が贈収賄の情報は掴んでいるし、あとは100%物証を得られるならね」

「なら……」

「だーかーら、令状取るだけの確証ものがないのよ」

「要は尻込みしているってことか?」

「そうね。上の奴は責任だので、うるさいのよ」


 深山が続いて、


「相手も馬鹿っぽく見えて実はギリギリのとこでかわしてくるんですよ」


  ○ ○ ○


「学校は絞れたし、相手の背格好は判明してるだろ?」


 車中で花田は運転席の穂積に言葉をかける。


「学校は絞れても、人数が多かったんですよね」

「? 何でだ? 絞れたなら段ボール3つ分のリストは減ったんじゃないのか?」

「そのリストが問題があったんですよ。あのリストは休校になった学校が含まれてましたよね」

「ああ。デモで休校になったんだよな」

「でも、それはとしていたところです」

「えっと、……つまり?」

「当日にデモの規模が予想より大きくて急遽休校にした学校があったってことです。つまり登校はしたけどすぐに帰宅した生徒が大勢いたということです」

「で、この学校がそれってことか?」


 校門が見える。塀の看板には東京指塚女子高等学校と銘記されている。


「そうです。それと名門校ですから生徒数は多いですよ」

「名門? 聞いたことないな」


 女子高だから当然かなと思っていたが穂積から、


「十年くらい前に名前が変わったんですよね」


 そして穂積が告げた名前に花田は驚いた。花田も知っている名門校だった。


「明治ぐらいからの老舗じゃないか」

「……老舗って料亭ではないんだから。あと、これが最新のです」


 と、言って3枚のプリントを花田に渡す。1枚につきざっと五十名はある。3枚目は十数名だが合計で百オーバーだ。

 これから百名以上の該当する生徒に会うのかと少し億劫になった。


  ○ ○ ○


 しかし、実際には百名の生徒と会うことはなくパソコン内の生徒名簿で済んだ。

 こんなことなら警察に送ってもらいたかったが学校側はデータ流出の可能性のためと言う。


「この前のハッキングが影響しているんでしょうね」


 と、穂積が肩を竦めて言う。

 女子高生の顔を実際には見たのは花田だけなので花田一人が生徒の顔写真をチェックする。いかつい顔をした中年のおっさんが若い子の顔を真剣に見るのは少し異様であった。


「結局ハズレでしたか」


 穂積が疲れたかのように肩を揉む。実際には花田の隣にいただけである。


「では次、行きますか」


 そう言って、穂積はナビに次の学校名を登録する。

 花田はため息のような返事をした。


  ○ ○ ○


 花田は帰宅してソファにぐったりと座り、目頭を揉む。

 結局、どこもハズレだった。なんか出会った女子高生の顔がぼやけてきたような気がする。


 特徴のない普通の顔。もしかしたらもう出会っているのかもなんて考えてしまう。

 そんな時、スマホから電子音が鳴った。画面を見ると妹の桃からのメッセージだった。


『兄さん、ミア・ナータの件で新事実を知ったわ。至急ここまで来て』と画像付きのメッセージだった。画像は地図で港区のあるポイントに赤の点が。


 花田は画面を睨んだ。妹が兄貴でなく兄さんと書き込んだんだ。

 不信に思い、妹にコールをしてみたが何故か繋がらず。花田は深山に連絡をとりメッセージ内容を伝えた。


『怪しいですか?』

「ああ。電話が通じないなら指定された場所に向かおうと思う」

『わかりました。ただ私たちが来るまで踏み込んではいけませんよ』

「わかってる。同じ轍を踏むわけないだろ」


 花田はスマホをポケットに入れ、脱いだ上着を羽織った。


「あら、お出掛け?」


 妻が夕飯の支度をしながら聞いた。


「すまん。遅くなるから先に食っててくれ」

「最近は早くお帰りになったと思ったらこれですか。警察も大変ですわね」

「仕方ないさ」


 上着のボタンをとめながら花田は話す。妹が大変な目にあってるとは言えなかった。言ったところで心配させるだけだ。


「行ってくる」

「気をつけてね」


 花田は妻の言葉を背中で聞いて外に出

る。

 ドアが閉じたあと花田の妻はその扉をしばらく色々な感情が混じった目でみつめていた。蒔田が殉死したことで妻は心配していたのだ。


  ○ ○ ○


 指定されたポイントは港区の倉庫街だった。

 花田は深山に連絡を取ると向こうはまだ到着するのに時間がかかるとのこと。

 それまで車中で待とうとした時、外からウインドウをノックされた。振り向くと、スーツの男が車の外にいた。


 花田はミラーを開けず、スピーカーモードにした。スピーカーモードはウインドウを開けずに外と会話が取れるシステムである。


「なんだ?」


 花田が聞くと男は返事をせずスマホを取り出して操作する。そして画面をこちらに向けた。


 花田はそのスマホに見覚えがあった。桃と同じ機種だった。偶然か? しかし、こんなときに偶然なんてあるのだろうか?

 スマホから男の声が発せられる。


『花田悟さんですね。妹さんは預からせてもらっています』


 少しイントネーションがおかしい声。花田はその声に聞き覚えがあった。最近聞いた声だ。今回の件から察すると、


「孟か!?」

『そちらにいる男の指示に従って下さい。さすれば妹さんを無事解放しましょう』

「チッ! 桃は無事なんだな」

『ええ。元気ですよ。ただ今は眠っておりますけどね』

「わかった」


 花田は車を降り、外の男からの指示通りに歩かされる。そして男は後ろから銃を花田の背中に押し付ける。


  ○ ○ ○


 男に促され行き着いた先はメッセージに添付された場所と2ブロック離れた倉庫だった。徳光倉庫と看板が立て掛けられている。倉庫の中は薄暗かった。段ボールやバッグが詰まった棚やパレットが並び、それらに挟まれて通路は狭く、そして迷路のようだった。倉庫には孟とその仲間たち、そして縄で縛られ床で眠っている桃がいた。


 孟の仲間である男たちは皆細く戦闘むきではなかった。ここに来るまで外には見張りもいなかった。余裕がないのかそれとも素人だろうか。花田はボディチェックがなかったことを考慮して後者の素人と判断した。人数は孟を合わせて計5人。素人5人ならなんとかできそうである。だが、それは人質がいないときだ。今は桃がいる。なんとか時間を稼ぎ深山たちからの助けを待つのが最善だと考えた。


「お待ちしておりましたよ」


 孟が演技ぶった声と腕を広げ歓待する。口元は笑っているが目は鋭い。


「桃を解放しろ」

「その前に少しお聞きしたいのですがどこまで調べたのですか? ……いえ、どこまで知っているのですか?」

「お前たちが想像している通りだよ」

「具体的にお願いします」


 孟の目がますます細くなる。そして拳銃を取り出し桃に銃口を向ける。そして撃鉄を引いた。


手前テメエんとこの人工補助脳ミア・ナータで人が操れるってとこだ。そして田園調布の田宮信子射殺事件はそれに関係しているってことだ」

「犯人は?」

「まだ見つかってない」

「松本弁護士の犯人は?」

「? お前たちだろ?」

「なんで仲間の弁護士を我々が殺すのですか?」


 その言葉に花田は眉を八の字にさせる。


「松本は田宮や病院側の弁護士だろ? それに松本はミア・ナータについて調べてただろ。仲間の弁護士は黒木だろ?」

「彼女も仲間と言えば仲間ですかね。あの時は松本の代わりですよ。ホント、使えない女でしたよ」


 確かにあの時の黒木は大人しかった。だが後日の黒木はキレのある人間だった。


「次に廃工場で何があったのですか?」

「お前たちが田宮陸を拉致したんじゃないのか?」

「拉致? どうしてですか? こちらの思い通りに事が進まなかっただけでいちいち子供を拉致なんかしませんよ」


 先程から噛み合っていない。ということは何かが抜けているのだ。廃工場はこいつらの仕業でないなら黒木の独断?


「黒木はどこまでの仲だ?」

「質問しているのはこっちですよ」


 孟は花田に銃口を額に押し当てる。


「廃工場の拉致グループは仲間じゃないんだな」


 花田は確認のように聞いた。孟は苛立ち口元を歪ませる。とうとう演技ぶった顔色は消え、替わって感情が現れる。そこで、


「拉致グループ全員、手前んとこクリオネ・デバイスをインプラントしていたぞ」


 孟の顔に驚きが現れる


 ――もう少し時間を稼がないと。


「もしかして見捨てられたか?」


 花田は挑発的な笑みを向けた。


「違う! 出鱈目言うな! どうして勝手に動く?」


 ――勝手に動く?


「本当のことさ。田宮信子の件も何も知らされずに勝手にプリテンドに人格が入れ替わっていたんだな」


 孟は下唇を噛んだ。

 鎌をかけたが当たっていたらしい。

 こいつはミア・ナータやクリオネ・デバイスが本人を操ることを知っていても、それがどのようになっているのかは何も知らないのだろう。


「当局は何も教えてくれなかったのか?」

「おいおい、俺を撃つと大変だぞ。捜査中に捜査員が銃殺されたとなればよ。警察は身内の死には血眼で仇を探すぞ」


 それに孟は笑みを返した。


「知っているんですよ。今、捜査は中止になっていること。そしてあなたが休んでいることもね」


 ――深山、まだか?


「あなたは相棒を死に追いやったという罪の意識で自殺したということにしておきますよ」

「銃で自殺か? 馬鹿か?」


 花田は相手を挑発するように鼻で笑った。

 こういうタイプは変に論理的行動を取りたがると考えての挑発だった。

 孟は確かにと言って銃をしまい、手近な部下に「ナイフ、いや縄を持ってこい」と指示する。


 チャンスだと思い、花田は孟に飛びかかり右腕を掴みひねりすぐに孟の拳銃を取った。そして銃口を孟の頭に押し付ける。


「動いたお前たちのボスの頭に風穴が空くぞ」


 と、孟を盾にして孟の部下たちに言う。


「クッ!」


 孟の部下たちは寸でのとこで立ち止まる。


「おい! そこのお前 ! 桃の縄をほどけ」


 花田は部下の一人に命じる。しかし、命じられたそいつは動かなかった。まるで機械が動かなくなったように。


「おい! 聞いているのか?」


 そして急にスイッチが入ったように一斉に動き始めた。だが、彼らがとった行動は――。


「え!? ま、待って! おま……」


 孟は驚きの声を出したがそれは次の銃声の音にかき消された。


 危険を察知して花田はすぐに離れた。

 孟の体が銃弾で血飛沫を撒きながら震える。そして孟は倒れた。


 すぐさま、花田は拳銃で孟の部下たちを撃った。

 一人、二人。

 三人目で部下たちは拳銃を向けてきたので花田は発砲を止め、近くの資材の後ろに逃げ込んだ。倒せたのは二人で残りは二人。


 彼らは不思議と桃には無頓着で花田に向け銃を休むことなく撃ち続ける。


 ――あの様子からして、もしかしすると操られているのか?


 花田は逃げながらスマホを取り出し深山に連絡をかけようとするが繋がらなかった。


 ――クソッ! どうなってんだ?


 相手を引き付けながら深山たちには桃を保護してもらおうと思ったのだが。なら今は自分が囮になって奴らから桃を離さそうと花田は牽制で銃を撃ちながら奥へと進む。


 だが、とうとう弾切れになってしまった。

 逃げながら何か役に立ちそうなものを探すが今、近くの棚にはバッグ類しかなかった。ブランド品を真似た偽物。花田はもうこれしかないと思いバッグを持ち、角を曲がってすぐ止まった。相手が曲がってきたらバッグで叩いてやろうと考えた。


 だが、なぜか孟の部下たちが現れなかった。もしかして先に桃を処分しようとし始めたのか? 角から頭を出して窺うが奴らの姿はない。


 花田は角を警戒しながら戻り、そして孟の部下たちを見つけた。

 彼らは床に倒れていた。そしてその側に一人の少女が立っていた。両手にはサイレンサー付き拳銃。

 その少女には見覚えがあった。


「お前は! あん時の!」


 花田が叫び、近づこうとすると少女は花田の足下を発砲。銃弾は地面にめりこむ。花田が後ろへと下がったのを見ると走り去っていく。その姿は角を曲がり消えた。

 花田はすぐ追いかけたが無理だった。


「チクショウ!」


 地団駄を踏んだあと、花田は桃の元へと急いだ。

 桃は先程と同じく縄に縛られ、床に横になっていた。外傷はなく無事だった。


「おい! 桃!」


 花田は抱き起こし、桃の頬を叩く。

 目は覚めなかったが微かな呻きの反応があった。

 とりあへず縄をほどこうと何かナイフはないかと辺りを見渡したところで、スマホが鳴った。


「深山か!」

「花田さん! 今どこに?」

「倉庫だ」

「? 今、私たちはその指定された倉庫にいるんですが。貴方の姿どこにもありませんが」

「ああ、違う指定されたとこじゃあない。俺の車があったろ。そこから2ブロック先の近くの徳光倉庫ってとこだ」

「徳光倉庫! ……ええ。ありました。今そちらに向かいます」

「いや、こっちは大丈夫だ。あの女子高生が現れた。外に出たと思うから網を張れ」

「……わかりました」


  ○ ○ ○


 夜闇の中、救急車の赤い光が際立つ。花田は救急車が去るのを見届けてから深山に足を向ける。


「どうだ?」

「残念ながら」


 深山は残念そうな顔をして首を振った。


「妹さんは無事で?」

「ああ、眠ってるだけだ」

「疲れてるとこすみませんが何があったのですか?」


  ○ ○ ○


 翌朝。現場から近い病院の個室。


「お、目覚めたか」

「ここは?」


 桃はうっすらと目を開け、周囲を見る。


「病院だ」

「え、あ、確か、私……」


 そこで花田が桃の頭に拳骨を一発。


「痛い!」


 桃は殴られた頭を擦る。


「無茶するなと言っただろ」

「病人よ。私」


 と、言って桃は非難の目を向ける。


「眠らされただけだろ。もう朝だぞ。どんだけ寝てるんだよ。こっちは銃撃されたんだぞ」

「嘘! 撃たれたの?」

「いや、弾は当たってないがな」

「なーんだ」


 と、桃は息を吐いた。


「なーんだじゃない!」

「あー、……で、どうなったの?」

「孟は亡くなった」

「兄貴が殺ったの?」

「違う。それとお前んとこの会社には検察が踏み込むことになった」

「……そっか」


 桃は花田から窓の方へと顔を移動させる。

「仕方ないよね」

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