第45話 Rー10 ユウ

 警察庁総合情報統括委員会の一室で、花田は椅子に座っている班長の深山に聞いた。


「これで終わりなのか?」

「終わりじゃないのは知っているでしょ」


 深山は何を馬鹿な質問をという目を向ける。


「そうじゃなくて俺はまだここに?」


 花田は指を下に差す。


「ええ。あとは女子高生が見つけるだけです。そうすれば一気に事件は解決に向かうでしょう」

「まあ、それまで仲良くしましょう」


 と、後ろから声が。離れたところから穂積が手を振っていた。


  ○ ○ ○


 5月3日、GW1日目の朝。どの学校も休みということで花田は簡単に休みが取れた。だがそれは貴方は女子高生を探すことだけと言われているみたいで癪に障る。


「トイレ済ませとけよ」


 玄関で靴を履こうとする娘に花田は言葉をかける。


「うるさいな。大丈夫よ。お父さんこそトイレ行っといたら?」

「俺はちゃんと済ませたよ」


 そして娘に続いて靴を履き、外に出る。

 車に乗り込むと娘が後部座席から身を乗り出してナビを操作している。

 花田はキーを差し込み、シートベルトをかける。


「友達は一人なんだな」


 花田はミラー越しに後部座席に座る娘に尋ねた。


「うん。待ち合わせ場所はナビには登録しておいたから」


 ハンドルのメニュー画面からオートを選択して車を発進させる。

 車道はいつもより車の数が多かった。


「混んでそうだな」


 と、つい花田は呟いた。


「大丈夫だよ。埼玉の人は逆に東京に向かってるから」

「そのイベントは人気ないのか?」

「そこそこかな」


 娘は窓の方を向いて答える。


「どうせオートなら私一人でいいのに」


 と、娘は呟いた。花田はそれを拾って、


「未成年だから無理に決まってるだろ」


 と、言うと娘が口を尖らす。


「もうそろそろ免許とかいらないんじゃないの?」


 花田は苦笑して、


「いざというときはマニュアル運転が必要だろ」

「だったらアンドロイドに運転させればいいじゃない」

「なんだそりゃあ。マニュアル運転に機械オートか」


 車はナビに登録された場所に止まる。止まった場所は駅のロータリーだった。

 娘がドアを開け手を振る。


「ユウ! こっち、こっち」


 一人のショートカットの少女が車に駆け寄る。


「入って、入って」


 娘が中に入るよう手招きする。


「お邪魔します」


 少女はそう言って車の中に入った。

 ミラー越しに少女の姿を見て花田は驚き、そして反射的に振り返った。白のシャツに下はデニムという簡素な服装。一見男の子のように見える。だが驚いたのはそこではなく――。


「どうも藤代優です」


 少女は小さくお辞儀をした。


「ちょっとお父さん。なんて顔してるのよ。前に会ったことあるでしょ」


 確かに以前2会っている。廃工場、そして倉庫で。


「アルク、前って言っても小学生の頃だよ」

「あれ? そうだっけ? 最近会ってなかった?」

「会ってないよ」と、少女は娘に言ってから花田に「……ですよね?」と、確かめるように聞く。

「……ちょっとお父さん! 何、ボケッとしてるの?」


 娘に咎められ、我に返る。


「いや、すまん。そっかユウちゃんか。おっきくなったね。

「あの頃はポニーテールでしたから」

「ほら、早く運転してよ」

「ああ」


 花田は娘に急かされ車を発進させた。


  ○ ○ ○


 花田は移動中、気が気ではなかった。何度もミラー越しに優に視線を向けていた。


 ――まさかこんな形で再会するとは。


 さて、どうしたものか。深山に連絡をとるべきか。しかし、今は運転中。オート運転であってもスマホやゲーム、飲食は禁止とされている。


「どこかコンビニでも寄るか?」

「なんで?」

「いや、ジュースでも買おうかなと」

「大丈夫。すでに買ってるから。お父さんの分もあるからね」

「そっか。ならいいんだ」


 花田は唸る。一体どうしたものか。なんとかして車を止め、深山に連絡をとらなくては。


「ちょっと、トイレ行きたいからコンビニ寄るけどいいか?」

「あともう少しだから我慢して。というか出る前にトイレ行ってたでしょ」


 と、娘に冷たく言われる。

 そうだった。家を出る前にトイレは済ませていた。

 車は進み、一時間程して目的地に辿り着いた。娘の言う通り、下り方面はガラガラだった。

 駐車場に着き、三人は外に出た。


「ちょっと先に行っててくれ」

「え? 何?」

「いや、母さんに今着いたと連絡しようと思ってな」

「そんなのいいよ別に。それに今頃演目の最中でしょ。もしマナーモードにしてなくて鳴ってしまったら大変だよ」

「まあ、そうだよな」


  ○ ○ ○


 埼玉セントラルハルカスは最近できた円形のショピングモール。中央が開いているので上から見るとドーナツ型である。モール内はアパレルショップやディスカウントショプ、ペットショプ等と色々なショプが建ち並んでいる。しかし、この程度なら東京にもたくさんある。わざわざ県を越えてまで来る意味がない。


「ここで何かあるのか?」


 花田は前を歩く娘に聞いた。


「中央広場で今日限定のゆるかわイベントがあるの」

「ゆる、かわ?」


 娘は持参したパンフレットを向ける。花田はパンフレット表紙を見て、そして中身を捲って一通り内容に目を通す。


「……つまり、埼玉のご当地ゆるかわマスコットか?」

「違うよ。アガルタのゆるかわモンスターだよ」

「いわゆるゲームのモンスターです。アガルタは今人気のVRMMORPGです」


 優が娘に続いて補足する。


「えっ! お前VRMMORPGって!」

「大丈夫よ。アイリス社じゃないし。健全な枚々ひらひら館だから」


 枚々館は花田が子供の頃からあるゲーム会社だ。


「だからってお前! 1年前にアヴァロン、タイタン事件があったんだぞ」


 1年前に大勢のゲームプレイヤーが目を覚まさないという事件があった。

 警察はアイリス社を捜査したがなんとアイリス社は空会社ゴースト・カンパニーだった。社員は一人もいない。関わった人間はいてもアイリス社の実態は掴めずに終わった。死者も出て国会でも取り上げられた事件だ。


 そして今もまだプレイヤーは目を覚ましていない。


「枚々館はきちんとした会社だから問題ないって。ほら、あれ見て」


 娘が指を差す方には中央広場があり、さらに向こうにお立ち台がある。そこには30代の男性とモグラのゆるかわモンスターと女性司会者がいた。お立ち台の前にはパイプ椅子が並べられ、観客が座っている。席は埋まっていて立ち見の観客がいる。


「あの人がプロデューサーの幸田さんよ。ね、ちゃんと人のいる会社でしょ」

「でもなあ……」


 花田は頭をかいた。


「それにさ、私はアヴァロンやってたけど昏睡状態にならなかったでしょ」


 そう言って、娘は中央広場へと向かう。


「安心してください」


 優が花田に向け言葉をかける。


「私が悪いを駆逐しますから」

「――!」

「だから邪魔しないでくださいね」


 優はゆっくり口端を伸ばす。

 花田は唾を飲み、


「やっぱり君は!」

「ちょっと二人とも!」


 娘が早くとジャンプしながら手招きをする。


「話は後で。深山さんにも私のことは秘密で」


 そう言って優は自身の口に人差指を当てる。


  ○ ○ ○


 昼、フードコーナーで花田と優は向かい合っていた。娘のアルクはバーガーを買いに行って不在。テーブルには二人の昼食が並ぶ。花田は牛丼で優はざる蕎麦。


「君は何者なんだい?」

「藤代優ですよ。アルクの友達の」


 可笑しそうに優は告げた。そして蕎麦をつゆに浸けて食す。


「そうじゃなくて君の目的は? 田園調布の犯人は君だね」


 優は口の中の蕎麦を食べ終えてから、


「ええ。でも逮捕は止めてね」

「無理だと言ったら」


 花田は凄んでみる。


「やめておいたほうが良いわよ。プリテンドを止める人がいなくなって大変よ」

「危ないやつは警察が……」


 逮捕すると言う前に、


「それは絶対ないわ」


 優はまっすぐ花田の目を見て告げる。その目には怒りと苛立ちが見える。


「どうしてそう言いきれる?」

「だって既に警察、いいえ総理もプリテンドのことは知ってるはずよ。でも何もしてないでしょ」


 優は頬を歪めて肩を上げる。


「それは相手がどこにいるかわからないから」

「いいえ。貴方も知ってるでしょ」


 花田は目を逸らせ、


「仲間はいるのか?」

「私の? ええ。いるわ」

「深山さんとは知り合いか?」

「別の深山さんと知り合いなの。まあ、あの深山さんとも顔を会わせたことはあるけど」

「最後に1ついいか?」


 優はどうぞと手の平を向けた。


「君は本当に藤代優か?」


 その質問に優は眉を上げ驚いた。


「どうして?」

「口調だ。あの子は女らしい言葉を使わなかったはず」


 自信はなかった。もう大分前の話だ。ただ男勝りの子だったという記憶があった。


「……」


 優は答えなかった。


「ごめーん。待った」


 そこに娘のアルクがトレイを持ち、戻ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る