第64話 Rー5 黒木③

「ご苦労様です」


 応援とともに深山も現場に現れた。黒木は公安の金本が連れていく。


「そっちも大変だったらしいな」


 深山の疲れきった顔を見て花田は尋ねた。


「ええ。まさか軍を使って襲ってくるとは。まあ、これで李氏を捕まえるための令状は下りるでしょう」


 今、部屋には鑑識が仕事をしている。


「ここで何があったのですか?」


 緑一色の部屋を見渡して深山が問う。


「実はあの女子高生がいてな。そいつを追ってここに来ると黒木たちが襲ってきたんだ。女子高生は窓から飛び降りて隣ビルの屋上に逃げて行った。黒木の仲間が二人追いかけた。で、俺は黒木を捕まえたってことさ」

「まさか本当に現れるとは」

「その言い方……」


 深山は余計なことを言ったとすぐに口に手を当てたが遅かった。


「もしかしてこうなるのも予想していた?」

「あくまでもしもと……」

「どうして女子高生が現れると?」


  ○ ○ ○


「もしかして俺があの女子高生と手を組んでいると?」

「はい。そのように情報を流しました」


 ――おっと!


 危うく公安も手を組んでいると疑っているのかと言いかけた。どうやら嘘の情報として花田と女子高生が手を組んでいると流したらしい。


「だからあの時、黒木は手を組んだのかと言ったのか」

「すみません」


 花田は大きく息を吐いた。


「堪忍してくれ」


 ――本当に囮捜査じゃないか。


  ○ ○ ○


「やあやあ、囮捜査ご苦労様」


 鏡花が花田に労いの言葉をかける。

 襲撃の後、警察庁に戻り報告書をまとめ、今日は帰ってすぐ休もうとした矢先に鏡花から集合をかけられた。指定された場所は個室制の和食屋。店に入るとすぐにアンドロイドに鏡花たちのいる部屋に通された。


「なんでここなんだ?」

「アンドロイドは嫌いかい?」

「そうじゃない。俺が言いたいのは誰かに聞かれでもしたらどうするってことだ」


 相手は機械。ならネットワークさえ繋がっていたら盗聴もされてしまう。ここはアンドロイドが給事をしている。


「大丈夫だ。ここは深山グループの店だ」

「食事処にも手を伸ばしているのか」

「子会社だけどね。アンドロイドが上手く動くかエラーにすぐ対応しないといけないからサービス業にも手を伸ばさないと」

「でも他の客に聞かれたら……」

「今日は貸し切りだ」


 花田はその言葉を聞いて肩の力を落とした。


  ○ ○ ○


「あの後、どうした? なんでも路地に奴等の遺体が見つかったと聞いたが?」


 花田は酒を飲まずウーロン茶を飲む。


「普通に対処しただけだよ」


 優はなんともなしに答える。


「相手は訓練をした軍人だぞ」

「訓練なら私もしているし。それに相手はプリテンド。クラッキングすれば簡単に隙だらけ」

「訓練ってどこでだよ?」

「ゲーム」


 花田は目を伏せ、額を押さえた。


「……あのな。ゲームと現実は違うんだぞ」

「VRMMOだよ」

「それもゲーム……だろ?」


 語尾が疑問形である。


「自衛隊員が練習でVRMMOを利用していると聞くが」


 鏡花が口を挟む。


「それは戦闘シミュレーションや隊列練習だろ」

「それだけではないよ。ゲームによるけど再現度は高いから発砲の練習にもなる」

「お前の技術もそれでか?」

「ええ。2丁拳銃もそこで」


  ○ ○ ○


 科警研のある一室。

 普段はブリーフィング用として使われているので部屋は広い。しかし、今は明かりが少なく暗い。さらに人が大勢いて狭く感じる。まるでミニシアターにでもいる気分であった。


 席は前から警察庁から公安、外事課、サイバーフォースセンターが陣取っている。花田たち外事課総合情報統括委員会は一番後ろの席に座っている。深山は今回、公安課と共に座っている。


 科警研メンバーたちの後ろには大型スクリーンがあり、スクリーン前の台にはカメラとマイクが置かれている。その台の下にはスピーカーが。


「あのカメラはなんだ?」


 花田は隣に座る九条に尋ねる。


「別室でお偉いさんたちがモニタリングしているのよ。確か警察庁からは長官が警視庁は警視総監。さらに総理大臣、官房長官、防衛大臣、国家安全保障局長」

「すごい面子メンツだな」


 所長らしき小太りの男性が部屋にいる全員を確認してからマイクで、


「それでは総理始めてもよろしいでしょうか?」


 と、聞く。スピーカーから、


『始めてくれ』


 助長は喉を鳴らしてから、


「えーでは。これより黒木千尋の脳内にあった人工補助脳から取り出したAIをスクリーンに表示させます」

『ちょっといいかな? プリテンドという名称ではなかったのかい?』


 警察庁長官が尋ねる。


「プリテンドは人の体を奪ってAIが活動、及びその状態を指しますので今は体から取り出したのでAIということになります」

『ふむ。ではそのAIをスクリーンに出して問題ないんだねる』

「ええ。これはネットワークには繋がっておりませんし。それに空きのコアがなければ逃げることも出来ませんよ」

『空きのコア?』

「あー」


 所長が頭を撫でる。今、説明すべきか追々説明べきか逡巡する。


「人工補助脳の説明をするから後でいいのでは?」

「そうだね、鮫岡君。では彼女を出して」

「了解しました」


 鮫岡はタブレット端末を操作した。すると壁一面のスクリーンから女性が現れた。ファンタジー世界で見られる女性が現れた。


「えー、彼女が黒木を乗っ取ってたAI、名前はスンユです」


 スクリーン内の女性が挨拶の仕草をとる。


『どうも初めましてスンユです』


 その挨拶に別室に繋がっているスピーカーから感嘆と驚愕の声が聞こえる。


『まさか、本当に……』

『機械が人を動かすとは』

『SFだな』


 プリテンドのことは報告として聞いてはいたが実際目にして改めて驚いたのだろう。


『君の目的はなんだい?』


 警視総監がいきなり本題を聞いた。


「それは言えない」


 スンユは一蹴した。次の言葉が出ないのか警視総監から次の質問がでない。しばらく嫌な沈黙が流れる。花田たちも質問はあったが警視総監がいきなり質問するので後に続けにくい。


 所長がハンカチを取り出し額を拭きながら鮫岡に救援のアイコンタクトを送る。鮫岡は仕方ないなと、


「それではまずプリテンドについての説明をしたいと思います」

『いらん。AIに操られるってことだろ』


 またしても警視総監が割って入る。


「大まかに言えばそうですがプリテンドにも色々あるのですよ。まず人工補助脳及びデバイスを移植してもすぐにはプリテンドにはなるのもあればならないのもあります」

『そうなのか?』


 もしこれが警視総監でなければ鮫岡はぶちギレていただろう。今は額を引きつかせているに留まっている。


「説明しますね。人工補助脳はネットワークによりAIをダウンロードしないといけないんですよ」

『初めからではいけないのか?』

「最後まで聞いてくださいねー?」


 鮫岡は額のみならず頬も引きつかせている。誰もが見てわかるほど。警視総監も理解したのか黙る。


「初めからAIがあると本人によって異変に気付かれたりするので駄目なんですよ。ゆえに後からAIをコアに入れて保存しておくんですよ」


 警視総監が質問しそうと感じたのか鮫岡は待ったという風に手をカメラに向ける。


「えー、コアはAIのための器と思ってください。AIだって電子信号のみで存在するわけではありません。私たち人間もVRMMOをプレイしても実際には脳にいるのです。魂が体を離れてゲームの中には行きませんよ」


 鮫岡は脳を指して答える。


「コアは人工補助脳にあるのでこれからはコアらしきものを見つけたら早期に事件を防ぐことができます」


 サイバーフォースセンターの一人が手を上げる。


「何でしょう?」

「ダウンロードすればAIに乗っ取られるのか? それとも脳死してからか?」

「脳死です」

「脳死しても動けるのか? どうして?」

「人工補助脳が神経全てを支配すれば問題はありません」

「第2の脳だな」

「そうですね」

「脳死しなければ助かる見込みはあるのか?」

「実際にそういったケースはないのでまだわかりませんが。理論上は助かります」

「デバイス型のプリテンドについては?」


 鮫岡は一度間を置いて、


「問題はデバイス型のプリテンドです。デバイス型は脳死してプリテンドになるわけではありません。寧ろ脳死するとプリテンドも一緒に死にます」

「……デバイス型は脳死の必要はない?」

「つまり生きているのですよ人間は」


 生きているというならそれは希望があるのではないか。しかし、


「デバイス型は乗っ取るのです。脳を。やっかいなことに」


 スピーカーからと前方からどよめきが。

 花田も驚いていた。てっきり人工補助脳より軽度なものと思っていた。確か鏡花はデバイス型はファントム型と言っていた。ファントムは幻影という意味だ。一時的に乗っ取られるとかそういう意味と思っていた。


「デバイス型は所謂、多重人格みたいなものです。それが徐々に本人格と融合する傾向があるということです。まあ、中には本人格が消え、副人格としてAIが本人格となる可能性もあるようですけど」

『人格が融合すると?』


 総理大臣が尋ねた。

 皆が鮫岡の次の言葉を待った。


「AIに乗っ取られることになります」

『……そんな』

「ただし、完全には乗っ取られるには時間が掛かります」

『どれくらいだ?』


 鮫岡はスクリーンのプリテンドことスンユに顔を向ける。そして、


「どれくらいなんです?」

『……』


 スンユは何も答えなかった。鮫岡は肩を上げ、


「と、いうことで期間は不明です」

『スンユと言ったな。これは中国の意思か?』

『いいえ』


 総理の質問にスクリーン内のスンユは首を振った。


『狙いは戦争か?』


 と、防衛大臣は聞くがその質問にはスンユは答えなかった。


『質問に答えろ!』


 しかし、スンユは何も話さない。


「他に質問はありますか?」


 それに深山が手を上げた。


「どうぞ」


 深山は立って、


「女子高生は何者なんですか?」

『それは知らない。私たちも探している』

「探してどうするんです?」

『……』

「殺すとは言わないんですね」

『……』

「あなた方は今でも日本で活動していますね。女子高生は裏切りものですか」

『いいえ』

「活動しているということはこれからも日本を攻撃するということですか?」

『違う』


 深山はやれやれと首を振り、


「今も活動しているではありませんか。そして攻撃しているではないですか? 今、あなたがここにいるのは攻撃の結果でしょ。軍も使って攻撃したではありませんか?」

『違う私たちは……』

「あなたたちの目的は攻撃ではなく別にあると?」

『……』

「また黙るんですか」


 深山は一息つき、


「あなたたちの目的は解りませんが私たちはシェヘラザード社をとことん調べ人工補助脳、デバイスを危険物として排除します」


 意思の強さを感じる言葉だった。周りの捜査員も感化されたのか表情に意思の強さが現れる。だが、その言葉に一人だけスンユは失笑した。


「何がおかしいんです?」

『できるのですか?』

「もう間もなく令状が下りて家宅捜査が始まるでしょう」

『そうではなく。人工補助脳とデバイスについてよ』

「もちろん危険物は排除します」

『国民になんて言うの?』

「全てを話します」

『だってさ。総理はどうなの?』


 スンユは別室にいる総理に質問をした。

 我々は総理の言葉を待った。だが、返事は一向に現れなかった。周りがざわめき始めた。


「総理!? なんとか言ってください」


 深山は声を大きくしてマイクへと言葉を掛ける。


『今日はこれで終了だ』


 その言葉に大勢の捜査員はどよめいた。深山は険しい顔をして下唇を噛んでいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る