第107話 Aー6 気になること
案の定、巨大なドラゴンの骨に近付くと、それは眼球があったであろう暗い窪みを赤く光らせて起き上がった。全身に禍々しい紫色のオーラを放ち、発声器官もなしに吠えた。
慟哭は大気とユウ達の体を震わせた。
「ちょっ! レベル120!」
エネミーの情報確認をしたセシリアが驚愕の声を上げた。
それは仕方のないこと。
モンスター名、カルガム・ベヒーモス(ボーン・ゴースト)。
レベル120。マルチ型。
それはすなわちパーティーメンバー平均ランク120推奨ということである。
「逃げましょう!」
ミリィが逃げることを提案した。
「逃げるってどこによ?」
「通路に逃げましょう。狭い通路なら追いかけてこれないはずです」
「よし。皆は先に逃げて」
アルクが敵の攻撃を避けつつ、カウンターで剣を振る。
しかし、
「駄目! フィールドがブロックされてる」
セシリアが通路の前で空間を叩いている。
それはシールドでプレイヤーが逃げられないようにフィールドを囲っているのだ。
「やるしかないってことかよ」
ユウがドラゴンの後ろへと回り込む。
「仕方ないわ!」
「やりましょう」
セシリアとミリィも杖をドラゴンに向け、魔法を放つ。
セシリアは敵の弱点属性である光魔法を敵に放つ。
ミリィは補助魔法でバフ・デバフを味方にかける。
◯ ◯ ◯
「う〜ん? やっぱりいないわね?」
城の通路を進みながらセラは言う。
「いないとはアルクさん達のことで?」
ヴァイスがセラの呟きを拾って聞く。
「ええ。やっぱ隠し通路でもあったんじゃない?」
「ハッ、先に進んでんだろ?」
アルトはぞんざい言う。
「それはないわね」
「なんでだよ」
「あのパーティーではここのモンスターを倒すのに一苦労でしょ」
ゴースト型モンスターが現れ、セラに襲いかかる。
セラは息を吐く様にナイフを投げる。幽霊に物理は効かないというのは現実のみでゲーム世界においてはダメージを与えられる。
決してゆっくりというわけではない。セラ達にとってそれだけでナイフは高速で飛び、ゴースト型のモンスターに命中する。
「まあ、初心者のいるパーティーだもんな」
「しかし、スゥイーリアが気を止めた人がいるパーティーですよ」
「それも気になるのよねー。アルクって子クラス3の魔法戦士でしょ?」
またゴースト型が現れた。それをまたセラはナイフを投じて一撃で消滅させる。
「確かにな。クラス4ならまだ分かるがクラス3はな」
ホワイトローズの面々はジョブクラス5揃い。新規メンバーを迎え入れるにもクラス4が普通である。
「しかし、現クラス4のプレイヤーってどこか所属しているでしょうし、気難しい人が多いですし」
ヴァイスが肩を竦めて言う。
「だからクラス3に?」
「きっと彼女なら鍛えるとクラス4になる器と考えているのでしょう」
「ふーん」
そこで道の角から影が。
セラはナイフを投げる。
「ぬわ!」
影は驚きの声を上げつつ、ナイフを手で弾く。
「危ないな!」
現れたのはソーマだった。その後ろにはベルが。
「あ、ごめんごめん。急に現れるからつい。てか、なんで前から出てくるわけ?」
「どうやらぐるりと繋がってたらしいな。ていうかお前がボーとしてたからだろ」
「ボーとしてたら攻撃なんかできないつうの」
「余裕でできるだろうが!」
◯ ◯ ◯
「へっくち!」
あの女神的美貌をたたえたスゥイーリアがくしゃみをしたということで周りのプレイヤーは物珍しさの視線を投げた。
「くしゃみ?」
「まあ」
「スゥイーリアもやはり人だね」
「でもかわいくね」
くしゃみをしたスゥイーリアは恥ずかしさとプレイヤー達の視線に耐え切れず顔を背けた。
「貴女がくしゃみなんて珍しいですね」
と黒のワンピースドレスに刀を携えたスピカが背を向けたスゥイーリアに言葉をかける。
「誰かが私の噂をしているのでしょう」
「誰ですか?」
「たぶんアルト達でしょうか。救援を寄越さなかったから私の判断にあれこれと……」
とスゥイーリアは少し気落ちして言う。
今、スゥイーリア及びプレイヤー達が集まっているのはカルガム山山頂付近である。
目の前には深い崖があり、石橋が向こうの山頂まで架かっている。
しかし、誰も石橋を渡ることが出来ずにいる。
どうやら石橋を渡るには条件が必要でそれはクリスタル城の攻略であった。
そしてそれは共通でプレイヤーの誰かが攻略すると全プレイヤーが石橋を渡ることが可能であった。
それゆえプレイヤー達はここで誰かがクリスタル城を攻略するのを待っているようだ。
「そんなことで文句は言いませんよ。今はホワイトローズのメンバーも少ないんですから」
プレイヤーを閉じ込める起因となったイベントは人数制限してあり、参加にはチケットが必要でホワイトローズ内でも一部の者にしか手に入らなかったのだ。
それゆえ今いるホワイトローズのメンバーは少数で構成されている。
「他に割くことはできませんよ」
「でもアルクさんもいたとのこと。気になりますね」
「アルクってこの前の魔法剣士ですか?」
そこでメイド姿のメイプルが尋ねる。
「ええ。彼女もクリスタルの城にいるとか」
「どうしてそのアルクという魔法剣士にご執心で? クラス3の魔法剣士なんて珍しくもないでしょうに?」
続いてリルが不思議そうに聞く。
クラス1は入門者クラスで誰もが通る道。
クラス2は初心者、中級者が多い。ゲームに慣れたらクラス2に難なく上がれる。
そしてクラス3は上級者。ここからが多くのプレイヤーが壁を感じるポイント。
それ以降は熟練者である。
「まあ、珍しくはないですがクラス3は人気では?」
とメイプルが答える。
そうゲーム内では6割近くがジョブクラス2のプレイヤーが占めている。
しかしそれはクラス3に上がるのは難しいというわけではない。
壁があれどクラス3は努力さえすれば誰でも成れるものである。
けれど多くのプレイヤーは現実とは違う生活を楽しむのであって積極的にモンスターを狩る者は少ない。クラス2のジョブも豊富でそこで満足するプレイヤーが多い。時にはクラス2プレイヤーの中ではクラス3以上プレイヤーのことを脳筋ゴリラと揶揄することもある。
「しかしうちのパーティーメンバーはクラス5揃いですよ? クラス4を臨時で迎入れるならまだしもクラス3は……」
リルが眉を顰める。
「スゥイーリアは彼女には他にない何かがあるとお思いで?」
スピカが聞く。
「はい」
「何なのですか?」
「以前、私がたまたま上級者用のクエストエリアに足を運んでいた時です。上級マルチ型モンスターを彼女が一人で挑んでいたのです」
「まあソロプレイヤーも多くはないんだし、気になることでも?」
「一人ゆえ、かなり苦戦しているらしく両方のHPもレッドゾーン間近だったのです。ギャラリーも手助けするのでもなくどっちが残るかを賭けていて」
「最低ですね」
「まあ、彼女自身もロックを掛けていましたし。それで先に彼女のHPがレッドゾーンに入った時です。彼女は相手の弱点属性である光属性の魔法『オーロラ・エクスキューショナー』を放ったのです」
誰も口を挟まず続きを聞く。
「それで見事にモンスターを撃退したのです」
「……ん? んん? それだけ? 何かおかしいとこあった?」
リルが疑問の声を上げる。
しかし、スゥイーリアは何も言わず真剣な目を向けます。
それは何か気付かないのかという意味である。
「私、分かったかも」
「私も!」
「ちょっと待って」
リルだけが分かっていないようだ。
「ええと……」
自分がピンチなったからこそ弱点属性の魔法を使うというのはおかしくはないはず。
オーロラ・エクスキューショナーはクラス2の僧侶にでもなれば会得するもので大した光魔法ではない。クラス3の魔法剣士なら魔法が使えるのだから別段におかしくもないはず。
「んんん?」
リルは腕を組み考え込む。
「ヒント。先にレッドゾーンに入ったのは?」
見かねたスピカがヒントを出す。
「それは……」
スゥイーリアの話によると先にレッドゾーンに入ったのはアルクで……。
「ヒント2。魔法剣士って意外と?」
続いてメイプルがヒントを出す。
魔法剣士は魔法も使える剣士。
一見万能のよう思えるが実際は魔法攻撃力が低く、実は
それはつまり、
「ああ! そっか! 分かった! レッドゾーンに入っていない強敵に魔法でトドメを刺すのはおかしいってことね」
「正解です。魔法剣士のオーロラ・エクスキューショナーではトドメを与えることはできないはずです」
「魔法攻撃力が高いってこと? 何か特殊なアビリティやスキルを持ってるとか?」
「そうとも考えられますが彼女の火属性魔法は並でした。あのモンスターに対しても効果は微々たるものでしたね」
「てことは光魔法がめっちゃ強いってこと?」
「はい」
スゥイーリアは大きく頷いた。
「それでどうして光魔法が強いの?」
その問いにスゥイーリアは
「分かりません。ですから気になっているのですよ」
◯ ◯ ◯
ミリィが敗れてとうとうアルクのみとなった。
相手のHPは1割も減っていない。
「とうとう私一人か」
アルクはぽつりと呟いた。
敵はマルチ型でレベルが120。
当然、今の魔法剣士では倒せない。
ここで負けても誰も責めはしないだろう。
普段ならここが潮時だと考え、戦闘を放棄しただ殺られるのを待つのだが、アレを見てしまったがゆえ、アルクは戦闘放棄を止めることができなかった。
アルクが見たのは広間奥の壁。
壁は穴が開いていた。どうやら壁の向こうは外であるらしく陽の光が射しこんでいた。
その外には台座があった。台座には剣が刺さっている。
EXジョブ・ソードマスターを目指していたアルクにとって台座の剣には興味が注がれた。
ボーン・ドラゴンが吠え、アルクを右前足で叩く。
「おっと!」
なんとか盾で防ぐも、弾き飛ばされてダメージをくらう。
「誰も見てないし。いいかな?」
アルクは独りごちた。
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