第108話 Aー7 アルク

 アルクは警察官の父を持っている。それゆえ子供の頃から不正行為というものには人一倍嫌悪感を持っていた。


 悪いことはダサい。間違ってる。

 そう強く教わった。


 しかし、思春期の頃である。清く正しく生きることが同学年の間で誉められることではないと知った。むしろ思春期の子供にとって大人の言われた通りにレールを進むことが馬鹿にされ、自己中心でかつ悪事を働くことがかっこいいとされていた。


 その瞬間、アルクの今まで築いた価値観がぶち壊された。

 そして同じ志の人間は少なくなった。


 外では綺麗事、中では陰口。

 同調圧力。

 それが思春期。


 アルクは馴染むことができなかった。

 さすればどうなるかというとハブれるのは当然のこと。


 親が警察官ということもあり、いじめを受けることはなかった。


 それでもアルクの心はざらついていた。

 正しいことが悪い。悪いことが正しい。

 悪はかっこいい。正義は偽善。


 悩みを吐露することは弱みを見せること。

 それは解決しない問題をずっと抱えることである。


 そんな時期にアルクの心に癒やしを与えたのがネットワークゲームだった。


 歳も年齢も国もバラバラの人達と関わりは同じ悩みを持つ者との架け橋となってくれた。

 対応、対策、知恵それらを与えられた。


 そしてフルダイブ型のVRMMORPG『アヴァロン』が流行り、アルクもまた興味を持ち、デバイスのインプラント手術を受けたいと親に頼み込んだ。


 警察官の父はまだ安全性が疑わしいという理由でなかなか首を縦には振らなかった。

 さらにこの頃、VRMMOに関するいじめやトラブル、悪質な事件があり、世間の話題を集めていた。これらに対応する法案はまだ整っていなかったのだ。


 しばらく経ってきちんとした法整備がなされ、アルクは力強く親を説得させて、インプラント手術を受けることに成功した。

 デバイスは叔母が働く会社のもの。


 けれどVRMMOでの問題はまだ解決していなかった。

 この頃、『アヴァロン』内では法の抜け穴による不正行為がまだ行われていた。


 そして運営がそれらに対応し、ランクシステムが生まれた。


 その時期からじわじわと世間一般にインプラント手術が認知され、クラス内でも手術を受けてVRMMOにハマる生徒が増えてきた。


 アルクはクラス内でもインプラント手術を受け、VRMMORPG『アヴァロン』を始めた先駆者的存在として、クラスメイトからひっきりなしに相談を受けていた。


 だが、それもほんの束の間のこと。

 彼らがある程度ゲームに慣れたら疎ましくされアルクは独りになっていた。


 そしてある時、変なアビリティが付与された。


『孤独のエース』


 パーティーを離れて独りになった時、一定期間レベルアップ時にステータスボーナスが付く。


 一見良いようにも見えるが、それはレッテルでもあった。


 攻略サイトによると『孤独のエース』は上手に昇華させると『教師』になり、間違って昇華させると『一匹狼』になるらしい。

 アルクは『教師』を目指してアビリティを昇華させることにした。クラスメイト達と積極的に付き合い、仲良くする。だが、どうあってもアルクは独りになる羽目になった。


 そしてどういう基準か『孤独のエース』がありもしない方向に昇華した。


『月の涙』


 誰も知らない。未踏のアビリティ。


 能力はパーティーを離れソロプレイヤーになると一定期間大幅ステータスダウン。その代わりにレベルアップ時ステータスボーナス、及びスキルポイント大幅に増加。


 この頃に新たな不正行為が再発。

 クラスメイト達もまた不正行為に染め、レベルとランクをこぞって上げた。


 これまでアルクに対して表向きは平等に接していた彼らは自分達がアルクよりランクが上になると見下し始めた。


 それはゲーム内のみならず現実世界の生活でも大きく影響した。


 アルクは苛立ちと焦り、そして自己防衛のため不正行為に一度手を染めた。

 そしてレベルだけを一気に跳ね上げさせた。


 アビリティ『月の涙』のせいかステータスが大幅に上がった。アルクはステータス表を見て驚き、戸惑うほどの。

 ステータスだけ見るとアルクはハイランカークラスであった。


 ランクを跳ね上がなかったのは良心による最後の抵抗であった。もしランクも上げていたらハイランカーになっていただろう。


 それが功を制したのかのちの運営からの不正行為摘発を免れた。


 だが、自分が不正行為をした証明としてなのか、謎のEXジョブを手に入れてしまった。

 そのEXジョブはまだどのプレイヤーも手に入れたことのないジョブであった。


 EXジョブを手に入れると他のEXジョブを手にすることはできない。

 それはすなわち、アルクが目指していた『ソードマスター』の道が閉ざされたということ。


 アルクは不正行為に手を染めたことを後悔した。

 そして新たに得たEXジョブを自分への罰だと感じた。


 実の所、ミリィをパーティーに入れたのはそんな不正行為をした自分への戒めでもあった。


 アルクはEXジョブを使わないことに努めると決め、クラス4の道に進むことにした。

 けれどEXジョブを手に入れたせいか、クラス4にはなかなか進めずにいる。


  ◇ ◇ ◇


「ふう」


 アルクは敵を倒し終えて一息ついた。


 そして半壊した奥の壁に向かう。


 壁の向こうは外で陽の光が大穴から部屋にしこんでいる。


 アルクは壁の大穴をくぐり外に出る。

 外には台座に突き刺さった剣があった。

 周りは崖で他に道はない。

 どうやらその剣を引き抜くのがこのフィールドのイベントなのだろう。


 アルクは台座に立ち、中腰で柄を握る。


「やあぁぁぁ!」


 わざと声を出して剣を引き抜く。

 そして引き抜いた剣先を天に向ける。


「…………」


 知り合いに見せれない子供っぽいポーズだ。

 そう考えると羞恥心で顔が火照ってくる。


 念のためにアルクは周りを確認。


「……よし」


 誰もいない。


 剣を端末内に収納する。

 そしてパーティーメンバーに討伐のメッセージを送る。


 するとすぐに返事がきた。


『え? 倒した? なんで? どういうこと?』


 セシリアからだった。驚きと疑問の言葉が連なっている。

 でもそれは仕方のないことだろう。敵はレベル120のマルチ型だ。アルク一人では倒せないのが普通。

 それを倒したとなれば疑問は当然であろう。


 ──さて、なんて言い訳をしたものやら。


 アルクはテレポート石を取り出して使用する。


  ◯ ◯ ◯


 カルガム山麓の洞窟前にアルクはテレポート石で戻ってきた。


「どうやって倒したの?」


 開口一番セシリアが尋ねる。


「弱点属性が決めてだったかな」

「……それだけで倒せますか?」


 ミリィが訝しむ。当然だろう。


「ええと、ほらザコは弱かったでしょ」

「……ええ」

「たぶん最初だけだったんだよ。ちょっとHPを減らすと、そこからはステータスが減ってさ。あっ! たぶんユウのおかげだよ」

「え? 俺の?」

「ユウのダガー・ウィンジコルだっけ? あれ能力だよ? きっと」


 ユウの所持するダガー・ウィンジコルは確率で相手のステータスを大幅に削ることができる。


「え? そうなの?」

「そう。そうだよ!」


 アルクは強く頷く。


「そうなんですか。……分かりました」


 とは言うもののミリィは懐疑的な視線をアルクに向ける。


「で? 何か手に入れた?」


 セシリアがわくわくしながら聞く。


「奥に剣の刺さった台座があってね」

「おお!」


 アルクは端末を操作してくだんの剣を取り出す。


「ステータスは?」

「ほい」


 アルクは端末に武器ステータスを表示させ、ミリィに向ける。


 ゼットカリバーン

 攻撃力:120

 ドラゴン、ゴースト系に対して攻撃力100%アップ。

 闇属性に対して攻撃力50%アップ。

 イベント特攻:黒騎士イベント期間中、攻撃力50%アップ、アイテムドロップ率30%アップ。


「おっ! 結構いいんじゃない!」

「これって相手が闇属性のドラゴンだったらどうなる? 200%で合ってる?」


 ユウが質問する。


「うん。200%だよ。つまり3倍だね」

「闇属性のゴーストドラゴンの場合は?」

「同じ200%。ゴースト+ドラゴンにはならないね。どちらか一つだけ」

「さ、次、行きましょう。次」


 とセシリアが聞く。


「どこにさ?」

「スゥイーリア達が謎のお城を攻略中らしいですよ」


 ミリィが端末内にある掲示板から得た情報を話す。


「またお城かー」


 セシリアが嫌そうな声を出した。そして腕を組み、


「ん〜、それにスゥイーリア達でしょ。ハイランカーが挑むようなクエストはねえ〜」

「情報による中級クラスでも問題ありませんよ」

「中級ねえ〜」


 とセシリアがユウの方に視線を投げる。


「むっ! なにさ。もう中級に足が入ったものだろ」

「まだまだよ。初心クラスと中級クラスには高ーい壁があるんだから」


 どこか得意顔でセシリアが言う。


「そうなのか?」


 ユウがアルクに尋ねる。


「せめてジョブクラス2を3つくらいマスターしないと」

「そっか。じゃあ、他のクエストにする?」

「いえ、大丈夫と思いますよ」


 ミリィが口を挟む。


「でも、足を引っ張ったら……」

「大丈夫です。私達がフォローしますし。ね?」


 とミリィがアルクに目を向けます。


「……ああ」

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