第119話 Rー9 事件
最後に冷凍された食品をパックごとレンジに入れたところでシュタイナーが、
「それでは鮫岡さん達を呼びに行きますね」
「自分は白洲達を呼びに行きます」
「ではアルクさんはここで支度をお願いします」
「分かった」
アルクを残して早坂達はキッチンを出た。
◯ ◯ ◯
早坂が二階へと上がると怒号と悲鳴が耳に入った。
すぐ駆け足で声の方へと向かうと堂林と白洲が互いの襟を掴んで睨み合っていて、今にも殴り合いになりそうな雰囲気であった。
「おい! 何してる!?」
早坂はすぐに間に割って入り、二人を離れさせる。
「何があったんだ?」
と、もう一度聞くも二人は鼻を鳴らしてそっぽを向く。
そこで雪柳に視線を向けると、
「あの……えっと、そのう、白洲さんが言い寄ってきて、そこを堂林さんが……」
早坂はそうなのかと白洲に目を向ける。
「言い寄ってってのはなんだよ。ちょっと、仲良くしようとしただけだぜ。そしたらこいつが邪魔してきてよ」
その白洲の言葉に堂林は、
「何がちょっとだ。嫌がっているのに近寄って」
「あん? てめえが攻められねえからって、ひがんでんじゃあねえよ」
「アホかボケ! 今はここから出ることが第一だろ。何もできないくせに、邪魔すんなボケ!」
二人はいがみ合い、またしても掴みかかろうとするので、早坂は両方を押して近づけさせないようにする。
「とにかく、ケンカはやめろ。落ち着け」
『フンッ!』
早坂は息を吐き、
「とりあへず、飯が出来たから食堂へ向かえ」
「ああ、そうかよ」
と言って、白洲は階段へと向かう。
早坂は堂林の肩を叩き、
「気に入らないのは分かるけど、今は我慢だ」
「そっすね」
◯ ◯ ◯
皆は白洲と堂林の空気から色々と察し、言葉数の少ない食事となった。
ただ食事が終わる頃合いに、
「あんた残しすぎよ。全部食べなさいよ」
神田川が白洲に注意する。
白洲の皿にはまだ三分の一近く、料理が残っている。
「やっぱ味がさ、こう……もやーとしててさ」
「昼は味を気にせず食べてたでしょ。それと語彙力やばすぎ」
「なんだ? ごい?」
「……なんでもないわ。あんた、野菜が嫌いなんでしょ?」
見ると確かに野菜が多かった。特にピーマン、タケノコ。
「うるせえな。俺以外にも残している奴いるだろ」
慌てた白洲は早坂の皿を見て言う。
「早坂さんは味が合わなくてでしょ」
確かに早坂には味が合わず、食事中何度も烏龍茶を飲んでいた。
「ほ、ほら、アルクだって」
次はアルクを出汁に使う。
「私にはちょっと量が多すぎたの」
「俺もだ」
「嘘つけ!」
神田川が即突っ込む。
「でもほらさ、中国って残すのが礼儀って言うじゃん」
「それ、いつの時代よ。てか、ここは中国じゃないし。とにかく少しは食べなさい」
「うっ!」
白洲はちらりと早坂の皿を見た。
早坂はこのままだと白洲に食べ残しを移されるのではと考え、急いで席を立ってキッチンへ皿を下げに行く。同じくアルクも皿を持ち、席を立った。
◯ ◯ ◯
夕食の後、シュタイナーがシャワー室、仮眠室についての説明を始めた。
「シャワー室は三階にあり、男性シャワー室は西側に女性シャワー室は東側にあります。仮眠室は二階西側にあり、通路を挟んで向かいに男女で別れることにしましょう」
それには誰も文句は言わなかった。
「じゃあ、鍵をくれない?」
神田川がシュタイナーにシャワー室と仮眠室の鍵を要求した。
「はい、どうぞ」
シュタイナーは鍵束の輪から鍵を二つ外してそれを神田川に渡す。
「どれがどの鍵か分かってるの?」
「ええ。どれがどの鍵か調べて、そしてペンでチェック入れましたから」
鍵の持ち手には数字が書き込まれている。
◯ ◯ ◯
夜になり、男性五人は仮眠室にいた。
仮眠室は狭く、ぎりぎり五人が横になって寝れる程の広さだった。布団はなく、毛布と枕があるだけだった。
肉食系の白洲あたりなら女性がいる仮眠室に遊びに向かってもおかしくはないだろうが、今は普通とは違うので向かう気にはなれないのだろう。
それともう一つ、堂林の件もあってだろう。二人は部屋の対角線上にいて、互いにそっぽを向いている。
ぴりぴりした空気が仮眠室にとどまり、早坂の頭を悩ませる。
早坂はシュタイナーに目を配るも、彼は肩を
気まずい雰囲気が流れる中、白洲が立ち上がった。
「シャワー浴びてくるわ」
そしてシュタイナーに鍵をと手を向ける。
「私も行きますよ」
「なら、儂も行こうかの」
とシュタイナーと上田も立ち上がった。
「タオルはどうすんだ?」
「シャワー室にありますよ。早坂さんは?」
「あっ、私は少し後で」
「そうですか。男性シャワー室は三階西側ですので。この上ですからね」
「分かりました」
三人が仮眠室から出て、早坂と堂林の二人っきりとなった。
早坂は何を話そうか迷った。趣味、恋バナ、時事ネタ、どれを使おうか。
逡巡していると向こうから、
「今日は何日ですかね?」
と問われた。
「え? さ、さあ?」
「ここに来る前の最後の記憶は何月何日ですか?」
「ん〜と、月曜日だったから、六月の……八日だったかな」
「自分は木曜日です。六月四日です」
「ん? ええ!? 日にちが違うの?」
早坂は驚いた。てっきり皆、同じ日だと考えていたから。
「昼頃にも雪柳さんと話をしたのですが違ってました。彼女は六月七日だそうです」
「じゃあ、もしかして皆、違うの?」
「聞いてみないと分かりませんが……たぶんそうかと」
「やっぱここにいるのはプリテンドになったからかな?」
「可能性は高いですね」
堂林は少し、思案する。
「どうした?」
「いえ、ただ……」
「何? 気になることでもある?」
「そのう。……もしかして、まだプリテンドのままの方もいるのではないかと……思って」
「え!?」
それには早坂は絶句した。
「あ、もしかしてですよ。もしかして」
しかし、それはあるかもしれない。
今のAI技術なら感情を持って会話ができる。
それこそ人間のように。
もしプリテンドがこの中にいるならば、自分が人間であると、どう証明するればいいのか。
「そんな深く考えないで下さい」
そう言って、堂林は立ち上がった。
「さ、自分達もシャワー室にいきましょう」
「ああ」
仮眠室を出て廊下を進んでいると反対側から女性グループが現れた。
全員、ほんのりと蒸気した顔をしていてシャワー上がりと早坂は理解した。
「おや、二人かい? 他は?」
「シュタイナーさん達は先にシャワーへ行きましたよ」
「まさか白洲のやつ、覗きに来てないよね?」
アルクが不安気に聞いた。
「シュタイナーさんも一緒だから大丈夫だよ」
「そうよ。私が鍵をかけておいたから女性シャワー室に入ることはできないわ」
神田川の言葉でアルクは安堵した。
「それじゃあ、自分達はこれで」
と言って早坂と堂林は女性グループと別れた。
三階西側の男性用シャワー室は鍵がかかってなかった。
入って右側には洗面台、その向かいに脱衣所。そして脱衣所の裏にシャワールームがあった。
シャワールームは全個室で計八室。
「お二人とも来たんですか。タオルは脱衣所にある棚にありますので。シャンプー、石鹸は各シャワールームにありますので」
シュタイナーが体を洗いながら早坂達に教える。
「分かりました」
言われた通りに早坂達は棚からバスタオルとボディータオルを一枚ずつ取り、そして服、下着を脱ぎ、ボディータオルを腰に回して、シャワールームへ向かった。
◯ ◯ ◯
早坂達がシャワーを終えて廊下に出るとシュタイナーが待っていた。
「どうしたんです?」
「鍵番ですので」
シュタイナーは手に持つ鍵を顔の前でぶら下げる。
「開けといてもよろしいのでは?」
「いえいえ、ちゃんと戸締りはしておくべきかと」
「そうですね」
早坂は感心の声を出した。
仮眠室に戻ると白洲と上田は毛布にくるまり、横になっていた。
「では、私達も寝ましょう」
「ですね」
そして早坂達三人も毛布にくるまり、寝ることにした。
横になって早坂はふと修学旅行だと感じた。しかし、すぐに修学旅行だともっと楽しいはずだと考えを改めた。どうして修学旅行なんて思ったのか不思議に感じた。
年齢もバラバラ、ただ事件で顔を合わせただけの仲。楽しいとはいえないものだ。
でも、いつもとは違う日常。少し高揚感があった。けれど恐怖心もあった。
プリテンド。
AIに脳を乗っ取られた人間。いや、人間のふりをした者。
モーニング・プリペアで朝支度をAIに任せたことがある。
でも今回のはそれとは違う。
プリテンドは自我を持つAIという。今までのプログラムAIとは違う。
スマホがないのでモーニング・プリペアは起動しない。だが、プリテンドになるのでは?
プリテンドになったらどうなるのか。
自分の意識はしばらく消えるのか。
目が覚めたらAIが全て打開してくれているのか。
その問いの答えはない。
自分の頭にAIがいるなら答えて欲しい。
けれども答えは落ちてはこず、眠気が落ちてきた。
(できれば皆、無事に帰れますように)
◯ ◯ ◯
翌朝、堂林が部屋番号2-13の部屋で死体として見つかった。
詳しい検死はできないが鮫岡曰く、死因は包丁で心臓を一突きされての出血死とのこと。
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