第118話 Rー8 報告と調理

 九人は一階の事務室につどった。


「では、あの工場で行われていたことについてだが」


 と鮫岡が代表して説明を始める。


「恐ろしいことにクモとファイヤービーの組み立てだった。……と言っても本物のクモではないな。あくまで似通ったパーツを使ったりした改造型だ」


 その説明に半数が頭にクエスチョンマークを浮かべた。


「つまりパワーアップという改造ではなく、改造拳銃のような寄せ集めという意味だ」

「いやいや、そうじゃなくてクモとかファイヤービーって何?」


 早坂が聞く。


「歩く戦車と攻撃ドローンだ。紛争地帯とかに使われるものだ」

「なんでそんな物騒なものが?」

「用途は分からん。が、普通のことではないだろう」

「テロか!?」


 白洲は皆が頭に考えていた言葉を発する。


「かもな」

「この前の目黒みたいな?」


 アルクが聞く。


「あのデモやばかったよな。てか、あれもプリテンド関係なのか?」

『……』


 しかし、白洲の問いには誰も答えず沈黙が生まれる。


「なんだよ。誰も分かんねえのか?」

「そりゃあ、警察ではないんだからデモの件は詳しくないさ。それにプリテンドの件は最近判明したんだから、あのデモはどうかと言うとまた調べてみないとね」

 と言うのは鮫岡。


「でも、私的にはどうかって答えるなら大規模過ぎてありえない。あれが全員プリテンドならやばすぎでしょ」


 少し呆れたように言うのは神田川。


「けど中にはいたかもしれないぞ」

「いたって?」

「暴動したやつとか扇動したやつ。あとネットとかで見られる過激思考のやつとかさ」


 白洲は肩を竦めて言った。


「ま、可能性はなくはないわね」


 鮫岡は喉を鳴らして、


「さて、話を続けるが、実は壊れていないパソコンを見つけてね」

「まじかよ。それじゃあ……」

「残念だが」

「んだよ、それ」


 白洲は頭を抱えた。


「最後まで話を聞きたまえ」

「……なんだよ」

「残念というのは通信が出来ないというだけだ」

「だから無理なんだろ」

「直せば出来るということだ」

「出来んのか!?」


 白洲だけでなく、他の面々も驚く。


「ただ時間はかかるけどな」

「どれくらいだ?」

「二、三日かな?」

「そんなに!?」

「直すのはパソコンでなくルーターだからな」

「それが直れば……」

「いや、それでも基地局が無事でなければなんとも」

「あーそっか。高高度核爆発だ」


 白洲は肩を落とす。


 高高度核爆発による電磁パルスで基地局がもっとも被害をこうむった。

 その後、至急基地局の修復が行われた。だが、それは都市圏が中心で、地方は今もまだ修復がなされていない地域がある。


 山に囲まれたここでは修復されていない可能性も高い。


「そう落胆的になるな。日本全国が電磁パルスの影響を受けたわけではないんだし」

「……ああ」


 しかし、白洲は覇気のない返事をする。


「それでそちら方は何か見つかったのかな?」


 鮫岡はシュタイナーに目を向ける。


「いえ、あるのは書類ばかりでした。やはりどれも中国語で読めません」


  ◯ ◯ ◯


 報告の後、鮫岡、神田川、上田の三人は工場へと戻った。


 堂林、雪柳の二人は先程いた2階の部屋に戻り、書類を調べることに。


 そして残りの早坂、シュタイナー、アルク、白洲達はそれぞれ、シュタイナーが開けた部屋を見て回ることにした。


「中国語の書類しかないな〜」


 早坂は独りごちた。


 部屋にあるの書類の全ては中国語で書かれているものだった。

 同じ漢字を使っていても、向こうは時折意味が分からない漢字が現れる。


 意味の分かる漢字一つ一つを読み解きながら進めても滅茶苦茶な文章になってしまう。

 高校時代に漢文を習った。その時、教師からは中国語の文法は英語の文法と似ているということを教わった。


「駄目だ。もう無理。頭チカチカしてくる」

 早坂はバインダーを閉じて、机に置いた。そして立ち上がり、気分を変えようと窓を開けた。


 初夏の風が早坂を撫で、後ろのパインダーをパラパラと捲る。

 そして太陽は西の地平線に隠れようとしている。ここはやはり盆地にあるのか、地平線がように見える。

 早坂はぼんやりと緑溢れる風景を眺めた。


 しばらくして、ドアが開かれる音を耳にして早坂は振り返る。


 闖入者はシュタイナーだった。


「早坂さん、ちょっといいですか?」

「何かありましたか?」


 そう言いながら早坂は窓を閉めた。


「いえ、ただ、これから夕食を作ろうとなりまして、お手伝いお願いしても宜しいですか?」

「ええ、大丈夫ですよ。ちょうど暇でしたし」


 早坂とシュタイナーは通路へと出る。

 階段口でアルクが壁に背をもたれるようにして立っていた。


「私とアルクさん、早坂さんが夕食当番です」


 鮫岡、神田川、上田は工場で通信機器の回復、雪柳と堂林の大学生二人は中国語の解読でここにいないのは分かるが、


「白洲は?」

「彼も雪柳さん達と共に解読の方を」

「いえ、あいつ中国語できないでしょ」

「もしかして、できるかもだって」


 とアルクが呆れた様に言う。


「あいつ駄目だわ。使えない」


 そしてアルクは階段を降り始める。

 早坂達も続いて階段を降りる。


「早坂さんはあの部屋で何か発見しましたか?」

「全然です。バインダーをいくつかありましたけど全部中国語なんでさっぱりです」

「そうなんですか? 日本も漢字を使っているので多少なりか分からないのですか?」

「使ってない漢字もありますし、文法も違います。それにみっしりと羅列されたら一種の暗号ですよ」


 早坂は空笑いして答える。


「シュタイナーさんは漢字は分かるのですか?」

「生憎、全く。日本語で書かれた文章も」

「そうなんですか」


 日本語が堪能ゆえ、漢字も理解できるのではと考えていたので、シュタイナーの答えに早坂は驚いた。


 三人は一階へと降り、キッチンへと向かう。


「料理班は三人で大丈夫ですか?」

「レンジでチンして、皿分けですから問題はありませんよ」

「それなのにあいつはサボりやがって」


 アルクが苛立ち気に言った。


「雪柳と堂林を一緒にしたくなかったかな?」


 早坂は何となくそう言った。


「そうじゃない? 自己紹介の時、雪柳さんに彼氏有無について聞いてたし」


 そして三人は食堂にたどり着いて、そこからさらに奥のキッチンへと進む。

 キッチンは全体的にアルミ色が多く、そして広かった。コンロ二つにシンク一つのキッチン台が四つもあり、奥には観音開きの大型冷蔵庫が二つ。

 入って左側にはレンジ、オーブンがそれぞれ二つずつ台の上にある。右側は食器棚、食器洗浄機、ウォーターサーバー、ビン類用の冷蔵庫。


「向こうの扉は?」


早坂は隅にある大きいドアを指差してシュタイナーに聞いた。


「地下室のドアです。地下には冷凍室があります」

「冷凍室!? そんなものまであるんですか?」

「びっくりですよ」


 早坂はキッチンを見渡しながら、ビール瓶に淡い期待を持ち、ビン類用の冷蔵庫に近づいた。

 しかしながら、残念にも中は空っぽであった。


「アルコール飲料はありませんが、料理酒はありますよ」


 シュタイナーが早坂に教える。


「う〜ん、でも、料理酒ですしねえ。……ちなみどんなものですか?」

「これが一つありましたよ」


 シュタイナーはキッチン台の下から瓶を取り出して、ラベルを早坂に向ける。


「ああ! 老酒ラオチューですか。ちょっと無理ですかね」

「ラオチューって読むのですか?」

「ええ。中国酒ですよ。日本でも中華料理で使われますよ。それと飲むことも可能です」


 そこで、


「あのさ、そろそろ手伝ってくんない?」


 冷蔵庫の冷凍室を開け、中の冷凍食品を取り出しているアルクが二人に向けて言った。


「ごめんよ。で、何があるの?」

「昼と同じ中国料理」


 タッパー入った中華料理や冷凍食品が冷凍庫に多く入っている。


「野菜室や冷蔵室には何かないの?」

「空っぽ。ドレッシングもなし」

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