第120話 Rー10 疑心暗鬼

 堂林が殺されたことで真っ先に疑われたのは……。

「お、おい! 俺じゃねえぞ」

 ……白洲だった。


「あんた達、昨日揉めてたらしいわね」

「揉めてたってちょっとだぜ。それに昨日今日に会った奴を殺すわけないだろ?」

「どうだか?」

「本当だって!」


 白洲は神田川に歩み寄る。

 しかし、

「近づかないで!」


 拒絶の言葉を吐いた。それは冗談とかでなく本気の拒絶であった。

 その言葉に白洲は傷つき、歩みを止めた。


「んだよ」

「アリバイはあるか?」


 鮫岡が聞いた。


「アリバイって何だよ。昨夜は皆、寝てたよな。あっ! トイレで一回外に出たくらいだ」

「その時に?」

「ちげーよ。一人だし。女子そっちこそどうなんだよ?」


 と白洲は女子グループを疑わしい目で問う。


「外に出るときは鍵を持って、外から鍵をかけるようにしている」

「鍵は誰が持ってたんだ?」

「誰も? 今は私が持っているがね」

「誰か出てないのか?」

「あんた、さっきから何様?」


 神田川は不快な顔で聞く。

 白洲にとっては自分への疑いを解くために犯人探しに躍起になっているだけなのだ。


「そっちだってアリバイを証明できないってことだろ?」

はないけどね」


 と神田川は誇張して言った。


「なんだよ。俺だけが怪しいってか? お前らだって寝てた時にプリテンドになったんじゃないのか?」


 それは皆が頭の隅に考えていたこと。そして、あえて言わずにいたことでもある。


「いや!」


 悲鳴を上げたのは雪柳だった。

 彼女は両耳を塞ぎ、疼くまる。


「落ち着いて」


 アルクが落ち着かせようと雪柳の肩をさする。 


「プリテンドなんて馬鹿なこと……」


 神田川は前髪をかき上げて言った。そして顔を振り、白洲に背を向ける。


「でも、絶対ないとは言い切れないだろ?」


 普段ならないとは言えるのだが、自分の知らぬ間に山の奥地にある辺鄙な施設に集められたのだ。ゆえにないとは言い切れない。


「止めてよ。そんなこと」


 強気な神田川から珍しく弱気な言葉が漏れる。


「そうだ!」


 老人の上田が声を上げた。

 皆はどうしたんだと上田に視線を集める。


「監視カメラですよ。あれを調べたら何か分かるかもしれませんよ」

「良いこと言うじゃねえかジジイ!」

「ジジイとは失礼な!」


 上田は憤慨する。


「そうだな。地下の管理室に行ってみよう」


 鮫岡が言う。


「それで堂林君どうします? この時期にこのままだと腐敗とか激しいですし」


 早坂が誰ともなしに問う。


「地下の冷凍室は?」

「ああ! そこなら腐敗を防げますね」

「冷凍室?」


 鮫岡が聞いた。


「キッチン奥に地下の冷凍室に続く階段があるのです」

「ふむ。なら、遺体はそこへ移動しよう。シュタイナーさんと早坂さんで運んでくれないか?」


 早坂とシュタイナーは頷いた。


「現場保全のためここはそのままに。一応、誰も部屋に入れないように鍵をかけておこう。それとキッチンにはビニール袋はあったかい?」

「ビニール袋ですか。確かジッパー付きのかありましたけど」

「では、私はこの凶器をビニール袋に入れるため君達と共にキッチンに向かうとしよう」


 そして早坂とシュタイナーが堂林の遺体を地下の冷凍室に運び、鮫岡は凶器をビニール袋に入れるためキッチンへ向かった。


  ◯ ◯ ◯


「あれ? 寒くありませんね?」


 早坂は冷凍室に入って、寒くないことに気づいた。


「何もありませんから起動はしてないんでしょう。なるべく節電なんでしょう」


 二人は冷凍室に堂林の遺体を置き、部屋を出ようとしたところで鮫岡に会う。


「どうしたんですか?」

「凶器も一緒に置いておこうと思ってな。鍵はかけるんだろ?」

「ええ」

「ならここが安全だろう」


 鮫岡は遺体の上にビニール袋に入れた凶器を置く。

 そしてシュタイナーが冷房をつけるため壁のパネルを操作する。


「そんなに低くする必要はないぞ」

「分かりました」


 そして三人は管理室へ向かうことにした。


「ここから管理室に向かえたらいいんですけどね」


 と早坂は言った。


 冷凍室も地下にあり、管理室と繋がっていたら一々上に上がって階段口まで向かう必要もない。


「残念ですけど」


 三人は一階のキッチンへと上がり、地下から屋上まで続く階段まで進み、地下の管理室へ向かう。

 地下の廊下で最初の部屋を通った時、早坂はふと立ち止まった。


「どうしたんですか?」


 シュタイナーが立ち止まって聞いた。


「あ、すみません。何でもありません」


 歩みを再開して、地下の奥にある管理室に三人は向かう。


「どうですか? 何か発見はありましたか?」


 シュタイナーが先に管理室で監視カメラの記録を確かめていた上田達に聞いた。


「駄目じゃのう」


 上田は首を振って答えた。


「堂林君が殺害された2-3の部屋が映っているカメラ映像はないだよ」

「ただ、誰が仮眠室から出たのかは分かったけどね」


 と神田川は白洲を見て言う。


「俺だけじゃねえだろ? お前らだって出てたじゃないか?」


 と白洲は神田川と雪柳を指差す。


「堂林君が部屋を出たのはいつ頃で?」


 シュタイナーの問いに上田はコントロールを操作し、堂林が仮眠室を出たところまで映像を戻す。

 画面右下には01:17と表示されている。


「この後に亡くなったと?」

「うむ。以降は戻ってきておらんし。そうじゃろう」

「彼が出た前後で他に仮眠室を出た方は?」

「0時57分に神田川君が仮眠室を出て、戻ってきたのは1時20分。1時39分に白洲君が出て、戻ったのは1時57分。一応、雪柳君も仮眠室を出てはいるが時間は4時30分。戻ってきたのは8分後」

「決定的ね」


 神田川が白洲を見て言い切る。


「なんでだよ、お前も怪しいだろ」

「犯行時間は多く見ても3分。そっちは18分もあるのよ」

「それを言ったら雪柳だって時間は8分もあるだろ。それに堂林がなくなったのって、昨日こいつらがいたところだろ。痴話喧嘩の末って可能性も」

「痴話喧嘩って、私と堂林君は昨日今日あったばかりでお互いのこと何も知りません」

「そうよ。それに凶器は包丁でしょ。キッチンに向かって相手を刺すには時間がかかるわ。それに堂林君が仮眠室を出て。どこにいるかなんて分からないでしょ。相引きしてたなら堂林君は3時間半も何してたの?」

「うっ」


 それには白洲は何も言い返せなかった。


「あんた、さっきプリテンドがどうとかって言ってたけど、あんたなんじゃないの?」

「ちげーよ」

「じゃあ、犯人は誰かだと言いたいわけ?」

「そ、それは……」

「ほら」

「あっ! そうだ! 窓ガラスを割った奴だ。他にもいるんだって!」

「窓ガラス? ……ああ! 工場の?」

「そうだ。工場の窓ガラスを割った奴が……」

「それもあんたでしょ?」

「ちげーよ」

「二人とも落ち着いて下さい。まだ白洲君が犯人と断定したわけではありませんし」


 シュタイナーが間に割って入る。


「とりあえず他の監視カメラの映像も見ましょう。何か映っているかもしれませんし」

「だな!」

「あっそう」


 神田川はドアへと向かう。


「どこ行くんだよ?」

「キッチンよ。まだ朝食とってないでしょ」

「ではまず朝食にしましょう」


 とシュタイナーが皆に提案する。

 食欲はなかったが早坂達は頷いた。


  ◯ ◯ ◯


 朝食は食パンを焼いてバターを塗っただけ簡素なものだった。


 でも、今はそれで十分だった。

 誰も食欲はなかったから。


 中でも雪柳はそうとう精神的にきたのか、パン一枚食すのに誰よりも時間がかかっていた。


 朝食後に鮫岡、神田川、上田の三人は何も言わず食堂を出て行った。


「なんかあいつら、自分達は仕事がありますって感じだな」


 どこか苛立しく白洲は言った。


「でも彼女達の成果次第でここを出られるのよ」


 アルクが反論した。


「そうかい」


 白洲は両手を後頭部に回して言う。


「あのう、自分達どうします?」


 早坂がシュタイナーに聞いた。


「昨日と同じく部屋を見て回りましょう」

「もうほとんど見て回っただろ?」


 白洲が文句を言う。


「……私は昨日と同じく書類を」


 雪柳は弱々しく言った。


「大丈夫ですか? 顔色悪いですよ。無理をなさらずに」

「そうだぜ。書類を理解したところで外に出られるわけでもないんだし」


 それは誰もが思っていたがあえて口にしなかったこと。


「ちょっと!」


 アルクが白洲に怒る。


「なんだよ。本当のことだろ? お前もそう思うだろ?」


 白洲は雪柳に問う。


「でも、何かしていたくて」

「けっ、そうかよ。俺は管理室に向かうぜ。絶対犯人を捕まえてやる」


  ◯ ◯ ◯


 早坂は空き部屋に一人でいて、椅子に座ってぼんやりと窓を眺めていた。

 するとそこへ慌ただしい足音の共にアルクが入ってきた。


「どうしたの?」


 アルクは息を整えて、


「白洲が……」

「彼がどうしたの?」

「床に倒れているんです」

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