第220話 Pー2 御堂雫
夢が現実を上書きしようとしている。
午後の講義が休講になったため、時間が空いた御堂雫は大学と併設して作られた公園の中を歩いていた。
──あれは夢だ。
なのにどうしてもあれを事実として受け入れつつある自分がいる。
雫は一度たりとも記憶を喪失した覚えはない。
そしてログアウトをきちんとした。
彼のようにログアウト出来ずに昏睡状態になってはいない。
だけどあのデスゲームの記憶が鮮明に甦り、心を締め付けてくる。
そして彼と彼の妹が目を覚まさないのはまだデスゲーム内で死闘を繰り広げているのではないかと考えられる。
──違う。違う。そんなはずはない。だって私はずっと起きてた。だからデスゲームに参加はしていない。けれど、どうしても……。
そんなことを考えながら前を歩いていると1人の少年……いや、少女がベンチに座っていた。制服を着た少女。
その少女を見て、雫は心臓が跳ね上がるくらいに驚いた。
なぜならその少女はあの少年に似ていたから。
あのデスゲームで殺し合った少年。
──人違いよ。性別が違うんだもん。ダメダメ。変なことを考えるから少女に少年の姿を合わせてしまう。疲れてるんだわ……私。
通り過ぎようとした時、少女が立ち上がった。
「雫!」
自分の名前を呼ばれて雫は驚いた。
そしてまじまじと少女の顔を見る。
──似ている。でも……。
「私?」
まず人違いだろうと考えた。でもここには雫と少女しかいない。
「雫。信じられないけど、私、風花なの」
──風花? 何を言っているのこの子は?
「ええと、どこか会ったかしら?」
「井上風花。今は藤代優の体に入っているの?」
「何かの冗談かしら? ごめんなさい。私、急いでいるで」
雫が歩き去ろうとすると少女が急いで雫の前に移動し、
「デスゲーム! 覚えているでしょ? ロザリーによってログアウトが出来なくなり、アヴァロンのプレイヤー達を倒さないといけなくなったデスゲーム」
「貴女、何を……」
「私はあのデスゲームで深山鏡花さん、胡桃さん、カナタ達とも出会った。制圧戦前のポイントで私は強力なモンスターにトドメを刺した。ストーリーイベントでは空港で爆破があり、私はチリチリパーマになったり、雪山のキャンプでボスと遭遇。そしてランクリセットイベントでエイラはユウに破れた」
少女は雫の両腕を掴む。
「やめて! そういう冗談は嫌いよ!」
雫は両腕を掴む少女を振りほどき、力で少女の体を横にずらし、その隙に逃げるように走り去る。
「記憶戻っているんでしょ!?」
少女が背中に言葉をぶつける。
◯ ◯ ◯
「駄目だったようだね」
雫が走り去った後、茂みから鏡花が出てきた。
「…………」
「私の方からもアプローチしてみようか?」
「もう一度やってみます」
「別に彼女が仲間になるなら手段はどうでもいいのではないかい?」
「自分の声で言いたいんです」
「でも君は藤代優だ。届くかな?」
「届かせてみせます。もし無理だったら……その時はお願いします」
「分かった」
◯ ◯ ◯
雫は家に帰り、自室の床に尻をつけ、しばらくの間、じっとしていた。
ただ無為に時間さえ流れれば、余計なことを考えなくて済むとそう考えていた。
でも実際は、何もしなけれしないほど、答えのない疑問が頭をよぎる。
あの少女はユウに似ていた。それはなぜ?
そして自分を風花と言っていた。なぜ?
あのデスゲームは夢ではない?
でもログアウトした。それからいつも通りの生活をしていた。
それに未帰還者が少ないのはなぜ?
やはり少女の話をきちんと聞くべきだろうか?
ああ、どうして考えてしまうのか。考えてはいけないのに。
雫はスマホを取り出し、風花へと連絡をする。
『おかけになった電話番号は現在……』
雫は通話を切る。
──ほら、やっぱり。繋がらない。風花は昏睡状態。兄である彼と一緒に……。
◯ ◯ ◯
雫は気分が滅入って時などはスカイツリーによく来ている。
展望台には観光客やただ遊びに来た現地の人間がいる。
そんな中で雫はあの少女に
「やっぱりここに来たね」
「どうして?」
「信じられないけど今の私は風花なの」
「そんなの……」
「意味不明だよね。分かるよ。私もあのデスゲームが終わって、しばらくしてから記憶が戻るとこの体の持ち主になってたんだもん」
「……」
雫は少女の姿をまじまじと見る。
藤代優。ということはあのユウなのか。でもあのユウは男の子だったはず。目の前の少女は少年が女装しているというわけでもなく、きちんと女性らしい顔と体つきをしている。
「ここではなんだし、喫茶店でお話ししない? 私が戻れた理由とロザリー達の正体。そして敵について話したい」
「いいわ」
目の前の少女が風花だなんて信じられない。
でもあの夢の件について何か分かるかもしれない。
あれは夢なのか。事実なのか。そして今、起こっているゲーム未帰還者の事件について。
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