第227話 Tー5 接触戦闘

 狩りを終えて街に戻ってきたクルミ達。陽はもう暮れていて夕陽が街を赤く染めていた。


「すみません。私は用がありますのでティナ達はお先に帰ってください」


 道の往来でクルミはティナに告げる。


 どこかタイミングに違和感を感じてティナは、「お手伝いは?」と申し出る。


「いいえ。1人で十分だから」

「分かりました」


 カナタを含めたティナ達の背を見送り、その影がに出たところで


 エリア一体がまるで時間が止まったかのように固まる。

 風に音、光、NPCも、そしてプレイヤーすらも。

 クルミはゆっくり振り返る。


「人払いをしました。どうぞ姿を見せては? 何でしたらこのまま


 低く、攻撃的な声音でクルミは言う。それはクルミではなくマリーとしての声だった。


 すると、前方の空間が渦を作って歪み、そして1人の女性が現れる。


 20代くらいの金髪の女性。


 報告で聞いたチェンと呼ばれる女性とは容姿が違う。


 しかし、彼らもまた容姿は固定していない。なら、容姿を変えたという可能性は高い。

 けれど、わざわざデメリットの多いことはしないはず。


「どちら様ですか?」

「人に名乗らせる前にご自身が名乗るべきでは?」


 女は小馬鹿にした態度を取る。


けておいて、名乗りもしないのですか? それにここでは頭上にネームが表示されるのですが?」


 マリーにはクルミとネーム表示がされている。が、目の前の女性には頭上にネーム表示がなかった。


 女は返事をすることなく微笑むだけ。

 イラっときたマリーは力を使って無理矢理ネーム表示させる。

 ガラスが割れるような音が女の頭上から発せられる。


「ネームレスですか?」


 女の頭上に名前はなかった。明らかな不正行為。


「そんなに名前が大事かしら?」

「所属と目的を言いなさい」

「嫌だと言ったら?」


 マリーはクイックショットで相手の眉間を狙う。

 だが、女は眉間に風穴が開いても平気だった。


 すぐにマリーは自身の背後へと振り返り、相手を確認せずにトリガーを引く。


 今度は弾かれた。

 それも手で。


「素早い判断」


 と女は褒めるも、上から目線の物言いなのでマリーはイラついた。


「よく本物だとおわかりでしたね。ダミーは幾つかあったのに」


 女がそう言うと、周囲に同じ姿の女が現れた。

 1体だけではない。何体も。


「ここは私のです。プロテクトも何十に貼ってありますし」

「でも、カシドニア全域ではないのでしょう」

 と女は嘲笑した。


「十分です」

「本当に? カナタから離れて大丈夫なんですか? あなたの役目はカナタの監視でしょ? まさかこんなに簡単に引き離せるとは」

「勘違いしていませんか?」

「?」

「私は監視だけが役目ではないんですよ? どうしてが出来るのかお分かりで?」


 すると幾つもの女達が一瞬で潰れる。まるで大きなハンマーで叩き潰されたかのように。

 1人残された本体。

 それでも女は余裕の表情だった。

 なぜならマリーは本体にも攻撃を行った。だが、本体だけはブロックされた。


「すごいですね。随分なお力で」


 女はにっこりと微笑む。

 でもそれはその程度の力かという意味でもある。


「もう一度言います。所属と目的を答えなさい」

「いちいち言わなくてもお分かりでしょ? それとも私が誰がお分かりではない?」

「……貴女、本当にイラつきますね」


 今度は先程の倍ので女を叩き潰す。

 さすがにそれは危険なのか、女は右へと避けた。

 女が避けたため透明なハンマーは止まった世界を震わせた。


「怖いですね。ま、それだけ焦っているのですかね?」

「……」

「エリアへ干渉する限界もありますし。それに今はカナタを見張るものがいませんものね」

「アンタにも仲間がいるようにこっちにも仲間がいるのよ」

「おや? 声音や言葉が変わりつつありますね。メッキが剥がれましたか?」

「何を!?」


 マリーは銃撃をする。

 発砲音は一つだが、実際には三発も弾を撃っている。

 その銃弾三つを女は回避してマリーに詰め寄る。


 ──速い!


 マリーは急接近する女に対して左脚による回し蹴りで対応。

 だが、女はしゃがんで回避。さらにはマリーの左側に回り込んで手刀でマリーの体を突き刺す。


 ──こいつ!


 マリーは肘を女の頭頂部に向けて下ろすもそれも避けられる。女はマリーの足を払い、マリーを地面へと転がし、すぐに体の上に馬乗りになり、マリーの顔へと拳を振るう。


 すぐにマリーはガード無視で両手を地面に、そして膝を曲げ、ブリッジの用法で腰と背を上げ、浮いた瞬間に腕を隙間に差し込み、相手と体の位置を変えようとする。


 が、それすらも女からの強風に吹き飛ばされ、さらに地面からの人の背丈ほどの黒い大針に体の数カ所を貫かれ、動きを止められる。


「グゥッ!」

「さすがですね。この一瞬でこれだけ動けるなんて。量子コンピューターの名は伊達ではありませんね」


 またしても上からの物言いでマリーはイラついた。

 力を使い、大針を掻き消す。

 そして体をすぐに修復。

 マリーは何とか一矢報いようと言葉を探した。


「おやおや、日本に一度も勝ったことないのに、今回はやる気のようですね」

「……」


 ──意外にも引っ掛かった?


「もう見え見えの虚勢張ったパレードをする必要もないですね?」


 その言葉の反応として女から銃撃による攻撃を受けた。


 速いクイックショットでマリーの体に5つの穴が空いた。

 脚を潰されて、よろめいたところで女からケチョウ蹴りをくらった。


 顎に足の裏が当たり、大きく吹き飛ばされる。

 地面に数度転がり、起きあがろうとして、また女から黒い大針で体を留められる。


「図星でしたか?」


 今度の大針は中々消えなかった。それだけ相手の強く練り込んだ攻撃だと分かる。


「中国は一度も日本に勝ったことありませんものね」


 マリーは小馬鹿にしたように言う。


 歴史上、中国は一度も日本に戦や戦争で勝ったことはない。


 中国は第二次世界大戦後で戦勝国扱いとされているが、きちんと歴史を学んだ者なら知っている。

 日本はアメリカの核に負け、そして中国は連合国の助けてを得て逃げ切れたのだと。


 ゆえに中国は戦勝国というものに固執し、大規模なパレードを催して世界中にアピールをしている。


「本物の勝ちが欲しいですか?」

「黙りなさい!」


 女が右手を真上に伸ばし、そして一気に振り下ろす。


 すると雷がマリーへと落ちる。


 マリーは体を持たぬAIゆえ痛みはない。このアバターもただの人の形をしただけのもの。


 何度も何度も雷は落ちる。

 痛みこそないが、さすがに存続には危険と判断で、何とか大針を消そうとするが、かなりのプロテクトが施されていた。


 ──攻撃にプロテクトっておかしいでしょうに。


 それともこれは攻撃ではなく元は何かとマテリアルなのだろうか。


「これでお終いです」


 女は両手を真上に伸ばし、今までより強い雷撃を落とそうとする。


「させねーよ!」


 別の声が現れ、女は後ろに振り返り、とっさに防御体制を取る。クロスした腕に声の主の足裏が激突する。


「吹き飛べや!」

「くっ!」


 女は何とか足を踏ん張り、強力なベクトルを相殺した。


「セブルス!」

「よう。マリー、随分ボロボロじゃねーか」


 新たに現れたのはマリーの仲間であり、ここカシドニアの都知事であるセブルスだった。


「おや、お仲間ですが。これは大変ですね」

「お? 随分余裕じゃねえか? 言っとくがこっちはアタッカーだから気をつけな!」


 セブルスは一瞬で距離を詰め、拳を女に向けて高速で繰り出す。

 女はそれを何とか防ぎ、距離を取る。


「これはやばいですね。今日のところは失礼させていただきます」


 女は一礼したのちに姿を消した。


「逃げんな!」


 セブルスは全域を走査スキャンさせるが、


「チッ、流したか。で、お前はいつまでそんな体制でいるんだよ」


 大針に刺されたままのマリー向けて、言葉を投げる。


「すみません。このマテリアル、意外に硬くて」

「ウイルス仕込んでねえだろうな?」

「それはないようですね」


 セブルスも手伝ってマリーを食い止める大針を消す。


「皆さんは?」

「安心しな。皆で調べてるよ。……にしてもだ。まさかいきなり物理的に襲ってくるとはな」


 それはマリーも同感だった。人ならまだしもAIであるならウイルス戦が当たり前。


「仕込まれてねえよな?」

「大丈夫ですが……一応、念入りにウイルススキャンします」

「おう。こっちもスキャンしとくか」

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