第49話 Tー3 空港

 屋外展望台は密集というほどではないがかなりの人数が集まった。


「もうすぐ開始時間です」


 クルミが時刻を確認して告げる。


「あれかな?」


 アリスは空を指差す。そこには太陽から離れて小さな赤い点があった。

 ライフルのスコープを使用しようとするとクルミに止められた。


「太陽が近いのでお止めになっては」


 大丈夫とは思ったが「そうだね」と言って素直にライフルを仕舞う。


「ふむ。大気圏突入しているのだろう」


 目を細め手の平でひざしを作りキョウカは言う。

 赤い点が黒点に変わり徐々に大きくなる。


 そしてシルエットほどになった時だ。空を割く黄色い線が走り、頭から宇宙船を貫通した。

 爆発した後、遅れて音がアリスたちに届く。

 宇宙船は爆発しながら、堕ちていく。


「ウソー! 破壊されたよ? え、なんで?」


 アリスは光が放たれた方角、後ろに振り返る。プレイヤーたちもみな後ろを見る。

 その方角には南の山があった。


「あそこから?」

「うむ。あそこになにかあるな」


 キョウカがスコープで南の山、頂上を見る。アリスもライフルを取り出し、ライフルスコープで山頂を見る。


「駄目、見えない」


 遠すぎるのだろう。ライフルスコープでは山はぼやけて見えるが、それ以上はっきりと見ることはできない。


「使いたまえ。あの山の山頂だ」


 キョウカがスコープをアリスに渡し、山を指差す。


「どうも」


 アリスは山頂をスコープで見る。そこには大きな怪獣がいた。四つ足で大きな角を持っている。


「あれですか? 宇宙船を撃ったのは?」

「わからん。撃った瞬間を見たわけではないが、可能性としては」

「でもどうして……」


 そこであるプレイヤーが大声を出した。


「おい! 近づいているぞ!」


 アリスはとっさのそのプレイヤーを見た。そのプレイヤーはアリスたちとは別の方角、宇宙船があった方を見ていた。アリスたちも彼が見ている方へと顔を向けると、


『え!?』


 皆は驚きの声を発した。

 破壊された宇宙船が燃えながらこちらに近づいているのだ。シルエットほどだった大きさが今では形がわかるほど肉薄していた。悲鳴を上げたプレイヤーは屋内展望台へと向かった。アリスも屋内へと向かおうとした時、キョウカに腕を掴まれた。


「間に合わないよ」


 キョウカは落ち着いて言った。続いて、


「それに大丈夫だ」


 アリスは大丈夫とはどういうことかと聞こうとした時、宇宙船は屋外展望台を含めた空港に直撃。アリスたちは弾かれ、空港の外にまで大きく弧を描き飛ばされた。


 地面に背中を強くぶつけられてそこでキョウカの言った大丈夫という意味を理解した。


 ここはゲーム。痛覚はない。そして死ぬこともない。

 アリスは立ち上がり、尻を叩いた。そして宇宙船の体当たりを食らった空港に体を向けた。


 空港は半壊していた。文字通り左半分が崩れ、灰色の土煙が舞っていた。空港周辺は宇宙船の残骸が燃え、黒煙を出していた。


「アリスさん。大丈夫でしたか?」


 クルミがアリスを見つけ声をかけた。


「もちろん。全然平気です。痛みがないって

忘れてました」


 アリスは笑いながら答えた。


「ええ。でもHPの方は」

「ん?」


 アリスはHPを確かめた。


「げげ! めっちゃ減っとるがな」


 ほぼ満タンだったHPバーが半分まで減っている。


「君たち無事だったようだね」


 声のする方を見るとキョウカとカナタがいた。


「吹き飛ばされた時はどうなることかと」

「確かに驚いた演出だったね」


 と、言うがあまり驚いている様子でもない。


「それでこれがストーリーイベントなんですか?」


 アリスは半壊した空港を見る。


「まだ何かあるのだろう。お! 話をすれば」


 サイレンを鳴らしながらパトカー、消防車、救急車が集まってくる。そしてNPCが降りてきて現場の対応を始める。


「えっと私たちはどうすれば?」

「なに、彼らの動向を見守ればいいんだよ」


 キョウカは現場から離れる。それに続いてアリス、クルミ、カナタが続く。

 他のプレイヤーも少し離れたところからNPCを窺っている。


 次にアンテナの付いたボックスカーがやってきた。出てきたのはヘルメットを被ったスーツの女性、そしてカメラマン。

 スーツの女性はカメラに向かい、


「見てください。この惨劇を。何て痛々しいことか。空港が半壊しております」


 その行動からテレビ局の報道であろう。


「テレビですよ。私、映っちゃう?」

「インタビューかい? どうだろうねえ」


 キョウカは肩を竦め、苦笑する。


「む、来るかもしれませんよ」


 しかし、キャスターは空港の方へと近寄る。


「あららら」


 アリスは落胆の声を出した。

 だが、


「もしそこ方、よろしいですか?」


 後ろから声を掛けられ振り向くと、別の女性キャスターとカメラマンがいた。


「ほへ!?」

「ここで一体何があったのですか?」

「え、私! えっと宇宙船がビームでこう、ドカーンと爆破され、それで炎上した宇宙船が空港に体当たりしたんです」


 アリス身ぶり手ぶりで答える。


「そうでしたか。それでそのビームというのは?」

「向こうの山です! あそこからだと思います。スコープで変なモンスターがいましたもん」


 アリスは南の山をびしびしと指差す。

 キャスターとカメラは一度も山と方へ向く。


「モンスターですか?」

「はい!」


 アリスはぶんぶんと強く頷く。


「どんなモンスターでしたか?」

「すっこぐ強そうでした!」

「そうでしたか。ありがとうごさいます」


 キャスターはカメラに向き、


「どうやらこの惨劇は山のモンスターによる攻撃の可能性が高いようです。一体モンスターの企みはなんだったのでしょうか?」


 と、キャスターは歩きながら言う。徐々に離れていくキャスターにアリスはどうすればいいのか分からず戸惑う。


「アリス、こっちこっち」


 キョウカが小さな声で手招きする。


「君の仕事は終わりだよ」

「そうなんですか。どうでした? うまく答えられていました?」

「まあ、最初はどもっていたけどうまくやれていたと思うよ」


  ○ ○ ○


 あの後、待っていても何も目新しいことはなかったのでアリスたちは首都へと戻った。帰りはバスを使おうとしたが事件の影響かバス運行はされていなかった。それでアリスたちはまた徒歩で首都に戻った。戻った時には陽は沈みきり、夜の帳がかかっていた。


 首都でキョウカに夕食を誘われレストランに向かった。

 アリスは道中、ちらちらとプレイヤーたちからの視線を受けた。なんだろうと考えたが食事の方に思考がいっていたので深く気にしないことにした。

 だが、


「そういえばさっきからちょいちょい視線を感じるんですけど。なんなんでしょう?」


 さすが食事中にもプレイヤーからの視線を向けられたら嫌でも気になる。


「さあね」


 キョウカは気にも止めずにヒレ肉を口へと運ぶ。


「もしかして、メタルカブキオオトカゲの件でプレイヤーの記憶にあるからでは?」


 クルミが首を少し傾げて言う。

 メタルカブキオオトカゲは一昨日に倒したモンスターだ。倒したといっても大勢のタイタンプレイヤーが挑み、HPを削ってくれたおかげで倒せたもの。


「え、私なの? カナタではなくて?」


 カナタは最年少プレイヤーだ。タイタンでの平均プレイヤー年齢は高く25そこらと言われている。その中で低学年の小学生プレイヤーはかなり目立つ。ゆえ視線はカナタに向けられているのではとアリスは考えていた。


「そりゃあ、始めは珍しがられよく声を掛けられたりもしたものだ。でも最近は収まっている。なら君ではないかい?」


 と、キョウカは言う。


「本当に私ですか?」


 アリスは自身の顔を指差して尋ねる。


  ○ ○ ○


 その訳が判明したのはキョウカたちと別れ宿舎に戻った時だ。

 廊下を歩いていると向こうから男性のパーティーメンバーが近づいてきた。彼はすれ違う前に、


「よう。テレビ見たぜ」


 と、笑みを向け言った。

 アリスは首を傾げ、その背中を見る。

 その後もパーティーメンバーにすれ違う度に、「見たぜ」、「面白かったよ」、「今度はしっかりね」など言われた。そして彼らは皆、なぜか面白いものを見るような目をしていた。

 アリスは自室ではなくエイラの部屋を訪ねた。


「ああ、それインタビューのことよ」

「インタビュー。……ああ! あれか。でもどうしてそれで皆じろじろ見るの?」

「爆発のせいであなた、髪がぼさぼさだったのよ。それに顔は煤で黒かったし」

「え!? 嘘!?」


 アリスは髪を押さえる。


「今は髪も顔も大丈夫よ。ゲームではそういうのはすぐに戻るから。でも……ぷっ!」


 エイラは思い出したのか吹いてしまう。なんとか堪えよう我慢しているのか肩が震え、アリスから視線を外す。


「……そんなに面白かった」

「しゅ、すごい姿だったわ。周りの人が、じ、じろじろ見るの、は、あっ、あなたが、あの本人かどうか確かめるため、では?」


 エイラはつっかえながらも必死で笑いを堪えながら言う。


「もう! 笑いたければ笑えば!」


 すると、


「ぷっ、アハハハハハ!」


 エイラは腹を抱え大きく笑う。目には涙が。


「笑いすぎよ!」


 アリスは顔を真っ赤にする。

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