第135話 Tー11 相談

 アリスは迷っていた。

 次のイベントはどのジョブで参加すべきかと。


 現在のジョブはガンナー。

 得物えものは自動拳銃。


 前のジョブ名はオールマイティーでジョブレベルはMAX。

 当時の得物はライフル。パーティーメンバー共有のスピードスターという名のライフルを使用。威力は低いが照準さえ合わせれば命中するという特別仕様。


 普通に考えたら後者のオールマイティーだが、スピードスターはパーティー共有倉庫に返したばかり。兄がリーダーということでコネで入った身としては再度拝借するには気が引ける。


 しかし、今のガンナーではパーティーに貢献は難しい。いや、オールマイティーであっても同じかもしれない。けれど今は2丁拳銃に憧れるガンナーの身。周りからしたらふざけていると思われても仕方のないこと。


 すると兄へ苦情がきてしまう。今は大規模なパーティーを作るため忙しい中、迷惑はかけたくない。

 かといって、スピードスターを拝借となると、これまた周りからの目が堪える。


「どっちが良いと思う?」

 アリスはエイラに問う。


 エイラは兄の恋人でパーティー内ではアリスの面倒役を務めてくれていて仲は良い。


「…………どっちでも良いんじゃない?」

 を取ってエイラは答えた。


 それはどっちにしろ役には立たないだろうと言っている。

 別に役に立とうとはしていない。自分の実力はきちんと把握している。


 ただ足を引っ張りたくないのだ。

 次にアリスはケイティーに相談した。


「ケイティーはどう考える?」

「ガンナーでいいのではないですか?」

「なったばかりだけど大丈夫かな?」

「次は基本個人プレイになるかもしれませんから今回はやられないため逃げに徹したらどうです?」

「こ、個人プレイ? そうなるの? なんで?」

「詳細読んでないんですか? 今回はランダム配置で陣地とかも何もないバトロワ形式ですよ」

「それって大変?」

「超大変ですよ。なんたって全プレイヤーのランクが50ですから相手がハイランカーかどうか見分けが難しいですし。こっちも手を抜くと低ランカーにやられちゃいますからね。仲間に会う前に敵に囲まれるってこともありますからね」

「じゃあ、どう攻略するの?」

「今、レオ達が地図を見てどこに拠点を築くか考えているらしいですよ」

「なーんだ。それじゃあ、速攻で待ち合わせ場所に行けばいいってことね。そしてチームを作って……」

「いえいえ、そうは行きませんよ。なんたって

「へ? ……ああ! そっか、そうよね。向こうがどこに拠点を築くか知らないのよね。その場合はどうするの?」


 ケイティーは両の手の平を上に向け、


「さあ? 今、それを話し合っているのでは?」


  ◯ ◯ ◯


「──クルミさんはどう思います?」


 アリスは訓練前にクルミに三日後のイベントについて相談した。


「うーん、どっちでもいいのでは?」

 とクルミは困ったように眉を八の字にさせて小首を傾げながら返答する。


「キョウカさんは?」

「大して変わらなさそうだし、今のままでいいんではないのかな?」

「カナタは?」


 アリスに問われてカナタは一度目を瞑り、思案する。そして、


「今のジョブでいいと思う」

「……そう。それじゃあガンナーでいこっか」


 どこかすっきりとしないがアリスは次のイベントはガンナーのジョブで挑戦することに決めた。


「では今日は2丁拳銃だけでなく、ガンナーのジョブレベルを上げる訓練も一緒にいたしましょう」

「三人とも頑張りたまへ」


 キョウカは近くの岩場に座り込もうとするが、


「駄目ですよ。お嬢も訓練しなくては」

「ええー!?」


 キョウカは不服そうな声を出す。


「次はランダムで配置されるんですよ。一人で生き延びられるんですか?」

「いやいや君、どうせレベル・ランクともに50になるんだろ?」

「ではお嬢は敵に囲まれても大丈夫なんですか?」

「そりゃあ、無理……かな? まあ、元がローランカーのプレイヤー二、三人なら問題ないけど」

「でも、ハイランカーは無理ですよね。だからこそ今はジョブスキル、アビリティのレベルを最優先で上げるべきですよ」

「う、ううん。短期間だと厳しくないかい? 待ち合わせ場所とか陣形作戦とか決めるのはどうだろうか?」

「それまで待ち合わせ場所に無事一人で着けますか? それに敵プレイヤーと待ち合わせ場所がブッキングしたらどうするんです?」

「うぅ、わかったよ。今日は私も訓練に付き合おう」


 こうして四人での訓練が始まった。


  ◯ ◯ ◯


 クルミ指導による訓練の後、アリスは気晴らしに宿舎のリラクゼーション室に入ろうとしたその時、


「そういえばアリスがスピードスターを返したらしいな」


 自分の名前が出て、アリスは立ち止まる。

 男性の声だ。アリスは男性プレイヤーとは話をしたことないので誰かはわからない。


「なんかガンナーになったらしいぞ」

「なっつうー」


 懐かしいという意味だろう。


「それで2丁拳銃目指しているらしいぞ」

「デュアルでなくて?」

「まじで2丁拳銃らしいぞ」

「バッカじゃねーの。アイツ、リーダーの妹ってことで好きにやりすぎじゃねーのか?」


 ここまで全員男性の声だ。


「2丁拳銃なんて無理だろ。アッハハハ」


 アリスはリラクゼーション室に入らず大浴場へと向かった。

 大浴場であってもゲーム世界では裸になることが出来ないため基本水着で入浴となっている。


 アリスは棚もカゴも何もない脱衣所で端末を操作して水着姿になる。その水着はリゾートイベントで買ったものでなく標準装備のシンプルな白の水着。


 大浴場には数名の女性プレイヤーが浴室に浸かり談笑をしていた。


 アリスが戸を開け、大浴場に入ると彼女達はアリスへと顔を向け、すぐに元に戻す。しかし、談笑は再開しない。


 アリスはすたすたと歩き、シャワールームへと向かう。そして個室のシャワールームに入り、シャワーノズルを回すと談笑の音がシャワー音とともに聞こえ始めた。


 ゲーム世界において体に付着した汚れは時間が経てば自動で消える。浴室やシャワールームはあくまで気分転換、もしくは同性同士の溜まり場程度のもの。


 彼女達は談笑として、ここを利用。

 アリスは気分転換として。

 複数と独り。


 ──息苦しい。


 アリスは温かいシャワーを垂れた頭から浴びる。全ての汚れを流してもらおうと。


 ──息苦しい。


 彼女達が何を話しているのか分からない。

 気にならないといえば嘘だ。


 できれば彼女達とも仲良くしたいものと考える。でも、彼女達はそうではないらしい。

 アリスだって頑張った。頑張って話しかけた。

 それでも彼女達との壁は壊れなかった。


 人に相談すれば、もっと頑張ればと言うだろう。


 実際レオには甘えるな自分から声をかけろとアリスは言われた。

 だが、どうして私だけが話しかけて彼女達は何もしないのかとアリスは考える。


 ──理不尽だ。


 アリスは溜め息を漏らす。


 しばらくして顔を上げて、シャワーを浴びたまま濡れた頬を叩く。


 次に髪を洗う。


 シャワールームを出るとまた彼女達は談笑を止める。アリスは彼女達に軽く一礼して戸を開けて脱衣所へ。


 戸が閉まると談笑が始まる。微かに聞こえる談笑を背にアリスは脱水チェアに座る。

 脱水チェアは座って脱水ボタンを押すだけでプレイヤーを一瞬で乾かす装置。


 勿論、ゲーム内にて脱水方法は色々あるが脱水チェアはただ脱水するだけでなく、脱水の際の体表面に走るピリッとした刺激がプレイヤー達に好まれている。


 体を乾かしてアリスは脱衣所を出て自室に戻った。

 倒れるようにうつ伏せでベッドにダイブ。


「しんどい」

 独りごちた。


「もう嫌だな」

 べそをかく。


 そこへノック音が鳴る。今は誰にも会いたくないので居留守をした。

 しかし、訪問者は何度もドアを叩く。


「…………もう! うるさい!」


 アリスはベッドから出て、ドアを開ける。


「兄貴?」


 訪問者は兄のレオだった。


「どったの?」

「話がある」


 と言ってレオは断りもなく部屋に入る。そして椅子に座る。


「話って?」


 アリスはベッドに座って聞く。


「次のイベントについてだ」


 レオは端末を取り出し、地図を虚空に投影する。

 それは次のイベントステージの地図だ。


 横に広いひし形の島。全体的に緑の多い島で東と西に山があり、北東から南西へと川が走っている。他に東の山の麓辺りに湖があり、そこから南へと川が流れている。


「東と西に山があるのが分かるな。たぶん向こうもこの山に陣を置こうとしている」


 レオは両方の山を指す。


「ブッキングしたら?」

「よくそんな言葉を知ってるな」

「うっさい」

「陣地の争奪戦だな。レベルとランクが50といえどスゥイーリア及び有名なランカーを見つけ次第報告。そしてハイランカーの少ない方に陣を作る」

「倒さないの?」

「リスクの多いことはしない。まずは陣を作ることだ」

「そう」


 アリスは息を吐くように答えた。


「お前はどちらでもいいがに角、山の周囲にいろ。そして陣を置く山が決まり次第、そちらへ向かえ。それとプレイヤーと一緒に行動しろ。単独行動は禁止だ」

「そりゃあ独りでうろうろしたくはないわよ」

「話は──」


 以上だとレオは言おうとして、


「──そうだ。お前、2丁拳銃目指しているらしいな」

「もう! 誰よ言いふらかしているのは?」

「訓練所でゼンの野郎がお前とケイティーの会話を聞いてたらしい」

「まったく」


 アリスは鼻を鳴らして憤慨した。


「好きなプレイスタイルでやれと言ったが2丁拳銃は難しいぞ」

「うるさいわね。別に良いでしょう。私がどうしようと」

「……まあな。でも、経験者として言わせてくれ。生き残りたいなら2丁拳銃はよした方が良い」

「大丈夫よ」


 アリスはにっと笑った。


「どうしてそう言い切れる?」

「別に。ほら、もう帰って帰って」


 アリスはレオの腕を引っ張り、椅子から立ち上がらせる。そして背中を押して部屋から追い出す。


「無茶はするないいな」

「分かってるわよ」


 そう言ってアリスはドアを閉めた。


「ふう〜」


 また独りになり、アリスはベッドに寝転んだ。


「契約しよっかな〜」


 契約。それはクルエールの件だ。

 クルエールは言っていた。どちらかが私を体の中に入れてくれたら一人を解放すると。

 この場合はアリスがクルエールを中に入れてユウを解放するということ。


 ここには兄のレオ、そしてエイラもいる。兄のパーティーとは仲良くはなれなかったが、キョウカやクルミ、カナタと仲良くなった。


 こんなところさっさと出て行きたいが自分だけ卑怯な手で出て行きたかない。

 だからクルエールを中に入れてユウを解放してあげたい。


 クルエールが中にいる限り、殺されることはないだろう。


「でも、どうやって? クルエール、聞こえてる? 聞こえたら返事して〜」


 しかし、返事はこなかった。

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