第11話 A-7 イベント1日目

 ロザリーが消えたあと、しばらくは空に向かって罵詈雑言や魔法が放たれていた。タイタン側では銃弾の嵐が。


「これってどういうこと? 本当に殺し合いさせるのか?」

 ユウはアルクに聞いた。


 ロザリーが言っていた『殺し合いをしてもらう』という言葉が頭によぎる。


 けどアルクは虚空を呆然と見つめていて返事がなかった。


「アルク?」


 名前を呼ばれたアルクは振り向くこともなく、首を下へと垂れる。


「どうしたの?」


 ユウは心配して聞いた。


「別に」


 アルクは小さく答えた。


「ねえ、これって……」

「どうもこうもそういうことでしょ」


 アルクは苛立ちを込めて言った。


「どうしよっか?」

「……」

「アルク?」


 ユウは手をアルクの肩に置いたがすぐに振り払われる。


「もう、うるさい。いちいち聞くな。自分で考えろ」


 アルクはユウに叱責する。


「ご、ごめん。わからなくて」


 ユウは申し訳なく謝った。アルクは我に返り、


「ううん、私こそ。ごめん。私も何が何だかわからなくて。ユウは今日、始めたばかりだもんね」

「今日はもう帰ろっか」


 と、ユウは口にするがすぐにどこに帰ればいいのかと悩んだ。


「そうだね」


 しかし、アルクは弱々しく言って、とぼとぼと歩き始める。

 ユウはその覇気のない丸めた背中を心配そうに見つめる。


  ○ ○ ○


 二人は街へと着き、宿屋に向かった。宿屋は街に入ってすぐアルクの目に留まって決めた宿。


 部屋を二つ頼もうとしたけど、部屋はもうツインベッドの部屋一つだけであった。アルクが「それでいい」と言って部屋を借りた。ユウは「じゃあ自分は他の宿を……」と言いかけたところでアルクから「問題ないから。いいよ」と言われた。


 アルクは部屋に着くとすぐ鉄靴サバトンと一体化したソルレット、靴下を脱ぐ。そして体に纏っていた装備が一瞬で消え、部屋着に変わった。ソルレットと靴下は消えず床に放り投げられたままである。アルクはベッドに力を抜いてダイブ。


 ユウは端末を取り出し剣と盾、ダガ―を外し、靴と靴下を脱いでベッドに横になった。

 アルクはユウに対して背中を向けている。ユウはその背中に何か言葉をかけようとしたが出来なかった。


 時刻を確かめると夜の九時だった。ユウは今日の夜番組を思い出したり、現実世界ではどうなっているのだろうかと考えた。そして親は異変にどう対応しているのかと。警察に通報しているのか。それとも、もしかしたらまだ気づいてないのかもしれないと考えた。


「それじゃあ今日はもう寝よっか」


 ユウはアルクに尋ねるも返事はなかった。

 寝たのかなと思い、ユウは息を吹いてランプの灯を消した。


 完全な闇が来ることなく、部屋の中が青く変わった。

 ユウは目を瞑り、寝ようとした。だが、隣のベッドの方からうめき声のようなものが聞こえた。でも、それはアルクの泣き声とすぐに感づき、ユウは寝たふりをする。

 泣き声は夜遅くまで続いた。


  ○ ○ ○


 ユウが起きた頃は朝の九時過ぎであった。窓からの光が部屋に差し込む。


 目が覚めたユウはなんとなく自分の体を確かめる。感覚はある。でも、それは偽物の体。似ているだけの体。


 隣のベッドを見るとアルクはまだ寝ていた。

 起こそうかどうか迷った。だが、イベントがもう始まっているので起こそうと決意した。


「アルク? もう九時だけど起きなくていいの?」


 返事はなかった。ただ、もそもそと体が少し動いたのが確認された。


「アルク?」

「もう少し寝かせてママ」

「……えっとママじゃないんだけど」

「うるさいパパ」

「……パパでもないんだけど」

「ふぇ?」


 アルクは寝返りを打ってユウに顔を向ける。目を細くして、首を傾げユウを見る。そして、目を見開き、


「優! なんで私の家に?」

「いや、ここ宿屋だから」

「宿屋?」


 しばらくするとアルクは昨夜のことを思い出して肩を落とした。


「ああ、ここゲームか」

「思い出した?」

「ああ。あれは嫌な悪夢で寝たら現実に戻れるかもって思ってたけどそうはならなかったね」


 アルクは自虐的に笑う。


「そうだな。俺もさ、現実側がなんとかしてくれていると考えたんだけど」

「駄目らしいね」


 アルクは部屋着からすぐに剣士としての装備に変わった。


「なあ、その装備をすぐ替えるのってどうしてるの?」

「ん? ああ、部屋着モードとあるんだよ。服持ってる?」


 ユウは首を振った。


「ま、そりゃあないよね。昨日始めたばっかだしな。服を買って登録するんだよ。そうすれば簡単に着替えられるんだよ」


 と言って、部屋着に替わり、そしてすぐに剣士スタイルに戻った。


「靴や靴下は消えないのか?」

「これは消えないよ。ただ、使用者から5メートル離れると消えるんだ」

「今日あたり買いにいくよ」


  ○ ○ ○


「人が少ない」


 アルクは食堂を見て言った。

 二人は今、宿屋から近くの食堂に遅めの朝飯をとろうと来ていた。時刻は10時。


「みんな狩りに出かけたんだろう」


 ユウはそう返して、モーニングセットの食パンを齧る。


「うまいね。飯なんて意味ないと思ってたけどなかなか」

「以外にこういうのも大事なんだよ。体が疲れなくても脳が疲れるし、空腹感がなくても食べないと脳が疲れるんだよ。ブレインダウンって言ってな」

「じゃあ、そのブレインダウンになるとどうなるの?」


 アルクはコーヒーを一口飲み、カップをソーサーに置く。


「……ログアウト」

「それじゃあ、そのブレインダウンになれば……」

「いや、それは止めておいた方がいいかも」


 アルクは首を振り否定する。


「どうして?」

「ブレインダウンは現実の脳に影響を与えるらしい。それに今はブレインタウン対策に気絶するように取り込まれている」

「気絶だと戻らない?」

「ゲーム内で気絶するだけだしね」

「そっか」


 ユウはコーヒーを飲む。苦い味が口の中に広がる。


  ○ ○ ○

 

 街の周辺はどこを見ても戦闘が行われていた。

 プレイヤーたちが狩っているのはイベント限定モンスター。中には狙われたのか恒常のモンスターと戦っている者もいる。


 イベント限定モンスターは二体いるが今、ユウたちの目の前でプレイヤーたちが戦っているのは全部鹿型のモンスター、ゼカルガ。レベルは平均で20あたり。


「ここら辺は駄目だ。他をあたろう」

「駄目なのか?」


 ユウには問題のないように見えた。別に人がぎゅうぎゅうに詰めているわけでもないし、普通に近くを歩けるのだからここで待ってやってきたゼカルガを狩ればいいのではと思った。


「モンスターってのはどこにでも急に現れるわけではないの。決まった出現ポイントがあるんだよ」


 確かにプレイヤーたちは一塊で集まっているわけでなく、輪になってその輪の中を注視している。


「それとほら、あのプレイヤーの足元を見て、フィールドを展開しているでしょ」


 アルクが指差すプレイヤーの足元には半径五メートルの輪がある。


「あのリングの中に入ったモンスターは自動的にそのプレイヤーの獲物になるの」

「リングが他のプレイヤーのリングとぶつかったらどうなるの?」

「普通にリングの形が変わるけど」

「それはリングを潰すことも可能ってこと?」

「潰すことはできないわ。せいぜい形を変えるくらいかしら。それに無理に変えようとすると潰す側のリングが消えることになってるの」

「あれはどうなっているの?」


 ユウが指差したのは、ほとんどの多人数パーティーが行っている光景だった。パーティーが大きな輪として展開しているもの。そしてその彼らの下に曲線がありそれは彼らパーティーを丸で囲っている。中心には誰もいないのに。


「あれは中心をよく見て、矢があるでしょ。あの矢を放ったプレイヤーのリングになるわけ」


  ○ ○ ○


 二人は人気ひとけが少ない場所を求め、探し回った。森、高原、小川、海岸、崖と。

 たがどこも先を越されてしまっていた。どこも人が多くいて、ゼカルガを狩っていた。


「ああ、もうどこ行けばいいんのよ。もう行ける範囲全部周ったわよ」


 アルクは頭を抱えた。

 時刻はもう夕方の16時を越えている。二人はかれこれ約五時間以上も歩き周り、今は高原の岩場に座って休憩をしている。二人のすぐ近くではプレイヤーがゼカルガを狩っていた。


「どこかないのか? どこか?」


 アルクは苛立ちからか髪をかき乱す。

 ユウは端末からマップを表示させ、考える。しかし、残念ながら何も思いつかない。手持ちの無沙汰になり、昨日の道のりをなんとなくなぞる。そしてあるポイントに指が止まった。


「そう言えばここは?」


 ユウは指したのは昨日の丘の上だった。


「丘?」

「ほら昨日の丘だよ。壁があって行けなかったとこ」


 アルクは肩をすくめ、


「行けなかったんだから意味ないじゃない。それに掲示板にも解放されてないエリアがあるって書き込みされてるし」


 端末画面をユウに見せる。『東門から少し進んで壁あり、東エリア未解放だった』と。


「でも、東エリアじゃなくて南エリアだよ。昨日は丘の上まで行けたんだよ、もしかしたらイベントが始まって解放されたのかも」

「う~ん、どうかなあ? でもまあ、丘の上まで行けたし」


 少し思案して、


「よし、なら行ってみようか」


 二人は街から南の方角の丘の上へと移動を始めた。


  ○ ○ ○


 そして二人は丘を登り、透明な壁があったところまで辿り着いた。丘の上には誰もいなく静かだった。


「よし行くよ」


 ユウは頷いた。もし最悪、壁があり通れなくても丘の上に陣取り、現れたゼカルガを狩ればいいと考えていた。ただ、ゼカルガが出てくる気配は薄い。


 二人は両手を前へ伸ばし前へ歩く。下り坂に差し掛かり二人は止まった。昨日は下ることができなかったはず。下る前に壁にぶつかった。それがいまはない。


「お、抜けた?」

「ああ。やった!」


 アルクは喜び、下り坂を駆ける。


「おお! ユウの言った通り本当に解放されているよ」


 坂を下りきり、草原に辿り着いたアルクは振り返ってユウに手を振る。


「アルク! 後ろ」


 言われてアルクが後ろに振り返るとゼカルガがアルクに向け突進を始めていた。

 アルクはすばやく剣を抜き、ゼカルガに袈裟懸けの一撃を。ゼカルガはその一撃を受け、消滅。


「大丈夫か?」

「当たり前でしょ」


 と、アルクは胸を張る。


「よーし。草原だからゼカルガ多そうだし狩るぞー」


 アルクが剣を天に上げ、ユウも拳を天に上げ、叫んだ。


「おー」


  ○ ○ ○


「そっちどう?」


 ゼカルガを薙ぎ倒したアルクはユウに振り向いた。

 ユウは盾を構えゼカルガの前足攻撃を防ぎ、隙ができたところでブロンズソードで斬りかる。


 ゼカルガは悲鳴を上げ、消えた。

 消失を確認しユウは右手の剣を地面に刺し、額の汗を右腕で拭って一息をついた。


「右にまだいるぞ」


 アルクの言葉にユウは右を向く。ゼカルガが右から突進してきている。距離は近い。剣を握り、盾を構えようとするが疲れがきたのかよろめいてしまった。


 ――当たる。


 しかし、ゼカルガはユウに当たることはなかった。突如現れた炎の玉がゼカルガの体を弾き飛ばした。そしてゼカルガは炎に包まれる。


 炎の玉が飛んできた方向にユウは顔を向けた。その方向にはアルクが手の平をこちらに向けていた。

 そしてゼカルガは炎と共に消えた。


「今の魔法だよな」


 ユウは目を輝かせて聞く。


「ああ。危ないと思って」

「魔法なんて使えるんだ。なんで?」

「なんでもなにも、私は元々魔法剣士なんだけど」


 アルクは肩を上げる。


「そうなんだ。魔法ってどうやって身につけるの?」

「魔法屋で魔法を買うんだ。ただし買うにはゴールドだけでなく、魔法石も必要だけどな。それとなんでも魔法が習得できるわけでないから。ジョブによって変わるんだ」

「それじゃあ今の俺は魔法を習得できないと?」

「ん~、そのジョブだと。下級魔法ぐらいかな。始めは回復魔法を習得した方がいいかな」

「そっか。服買うついでに寄ってみるよ」

「今日はこのくらいにする? 今日一日歩き回ってたし、かなり戦ったから疲れない?」


 時刻は夕方の6時を指していた。


「戦ってたといっても一時間くらいだろ」


 一時間ゼカルガを狩り、ユウのレベルも30に上がっていた。


「普通の人なら一時間で止めるのに、すっかりゲーマーね。じゃあ、もう少し狩る?」

「ああ、あと少しだけ。あ! 今度はあの森の中を少し入ってみないか?」


 ユウは森を指す。そこには鬱蒼とした森がある。夜の気配を吸った森はどこか不気味でもある。


「いいよ。でも、あの森、解放されているかな?」

「わからないけど一応少しだけ。道もあるし迷わないだろうから」

「わかった。行こう」


 二人は森へと向かう。

 その森には森を二つに分けるように草原から続いている一本道がある。そしてその道は岩山へと続いているらしい。森に踏み込んですぐ奥から小さな悲鳴が聞こえた。


 二人はなんだと顔を合わせてから道の奥に視線を向ける。悲鳴が大きくなり、そして地を揺らす音が聞こえ始めた。

 暗闇の中から一人の魔女っ子が視界に現れた。魔女っ子は必死になってこちらに逃げる。


「きゃー、誰か助けてー」


 その魔女っ子の後ろに巨大なモンスターが現れる。トカゲ型のモンスター。全身が白く、顔には赤い八の字が二つ。


「あのモンスター!」


 そうあれはイベント限定モンスターだった。名はカブキオオトカゲ。レベルはなんと65。


「ユウは下がって。ここは私が」


 アルクは鞘から剣を抜く。


「でも」

「今のあんたレベルでどうにかできるやつじゃないでしょ」


 カブキオオトカゲに向かってアルクは駆ける。

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