第80話 Mー10 花火

 陽も落ちて、空は黒く、それを映すように海も黒い。


 それでもビーチでは人が大勢いた。なぜならそこにはプレイヤーであるユウとアリスがいるかである。彼らがいる限り、NPCも配置される。


 そのビーチは今は様々なテントや売店のライト、お立場を照らすライトの光でほんのり明るい。


「花火なんていつの間に作っていたんですか?」


 葵の問いにロザリーはどこか自慢気に、


「ふっふーん。すごいでしょ。人間様を喜ばせるために色々と作っておいたのよ。ちなみに花火終了までは星空は消しておいたわ」

「随分なご配慮で。色々とイベントを用意しているのですね」

「あと縁日とかそういうのもあるよ」

「他のプレイヤーのいるリゾートアイランドでも花火はあるのですか?」

「ええ。平等にちゃんとやってるわ。海だろうが山だろうがコテージにいようが今日この日この時間に花火は打ち上げられるの」

「まったく、今日が最終日でもないだろうに」


 ロザリーに文句のあるような言葉をかけたのはセブルスだった。


「あんた、山は?」


 セブルスの担当は山でのゲーム担当のはず。


「プレイヤーが山に来ねえんだったらいいだろ別に」

「右に同じく」

「ヤイア! あんたまで来たの?」


  ○ ○ ○


 ロザリーたちから離れたビーチにユウとアリスは三角座りをして花火を待っていた。もうビーチには昼のような熱はなく、直に座っても問題はなかった。


 初めはチェアのあるところで花火を見ようと座って待とうとしたが、アリスがNPCが多い中で見るのも嫌ということで波打ちぎわで待つことにしたのだ。


「運営も粋なことするよね」


 アリスは今か今かと楽しみに待っている。花火の方角は海の方らしくユウたち、NPCたちはみな同じ方角を向いている。


「他は皆、NPCなんだよね」

「うん」

「なんか私たちのためだけって、ねえ? エヘヘへ」


 アリスは自分で言っておいて照れる。


「どうしたのさ?」

「べ、別に。そっちこそ変な気を起こさないでよ」


 急につっけんどんな態度になったアリスにユウは戸惑う。


「変な気?」

「えい!」


 ユウの疑問にアリスはちょっとムッとして肩パンチ。


「痛!」

「痛くないでしょ」


 そう。ここはゲーム世界。痛覚はない。


「花火って何時からだっけ?」


 アリスは海の向こうを見ながら聞く。


「20時だよ」


 視界の右上を意識すると時間が表示される。

 19時37分。


「ということは後23分か」


 意識している間は時刻が表示されるが意識から外れると視界は海と空だけになる。その動作がここはゲーム世界だということを強く認識させられる。


「……今日は本当に色々あったわね。朝から急にゲームイベントができて、バナナボートにビーチフラッグ、ビーチバレー大会、葵を交えてのビーチボール」

「結構楽しんだね」

「そうそう。時間を確かめたら昼過ぎだったわね」

「昼に焼そばとフランフルト、かき氷。ポイントで買えるからって買いすぎたな。今日の獲得ポイントがほとんど無くなったよ」

「なんでこういうところで食べる焼そばっておいしいんだろうね」

「その後はウェイクボードで遊んだな」

「いっぱい楽しんだよね」


 アリスはどこか感慨深く言う。


「そうだな」

「明日もここで遊ぼっか?」


 ユウは苦笑して、

「明日は山でしょ」

「えー。虫は嫌い」

「本物じゃあないんだから怖くないでしょ」

「無理無理。それでも無理」


 アリスは腕でバッテンを作り拒否を示す。

 その後、会話が途切れた。静かでこそばゆい波の音だけが耳に入る。


「ねえ」


 アリスが小さい声で聞いた。


「何?」


 ユウがアリスの方に向くと、アリスは膝に額を付けていた。


「これからどうなるんだろう?」


 これからというのが明日のことではなくそれ以降の未来についてだとユウは分かった。それでもすぐには返答ができなかった。


「また殺しあうのかな私たち? どうしてこんなことになったんだろう? 私、何かした?」


 声はもう涙声になっていた。

 ユウはアリスの肩に腕を回した。


「屋敷の少女、覚えている?」

「ええ」


 二人が初めて会った屋敷。普段はゲームが違うので会うはずのなかった。しかし、あの屋敷では二人は出会えたのだ。そして屋敷の奥に金髪の少女がいた。


「たぶんあの子が鍵なんだと思う。もう一度あの子と会って交渉ができたら……」

「助かる?」


 涙目でユウに問う。


「助かろう」

「自信は?」

「それは……」

「そこはあるって言いなよ」


 そこでアリスの顔が輝いた。いや、ユウの顔、ビーチ、ここにいるNPC全てに。

 次いで轟音と破裂音が遅れてやってきた。


 二人は一緒に光の方角、海の上を見上げた。

 夜の空に同心円上に広がる赤や黄色、青の火花。

 花火だ。


「キレイね」

「そうだな」


 次々と打ち上げられるカラフルな火花。

 これもまた作られた映像だ。本物の花火ではない。それでもユウはそれをキレイだと思うし、今を大切にして心に刻みこもうと決意した。


  ○ ○ ○


 夜も更け、日付けが変わった。

 案内所でそろそろ就寝しようとしたところでロザリーはセブルスとヤイアに声をかけられた。


「てめえの考えた花火イベントで大変だったんだぞ」

「そうですわ。どれだけのプレイヤーがメンタルケアを受けたことやら」


 といってもメンタルケアはプレイヤーの感知することもなく遂行されたのであろう。

 ロザリーはベットの上にあぐらをかいて座り、


「花火は前から考えてたことだし」


 と、言いつつも二人から目線を逸らし、背中に冷や汗をかいている。


 セブルスは椅子の背を前にして座り、ヤイアは上品に膝を揃えて椅子に座る。


「やっぱどう考えても今日やる必要はないだろ」

「そうです。三日目ですわよ」


 ロザリーはマルテに援護の視線を送るが、マルテはお先にと就寝に入った。


「もしかして明日でリゾートイベント終了なんて言わないよな」

「それはないわ。リゾートイベントはアヴァロン、タイタン側のフィールドが完治するまではやるわ」

「ならお前、最終日は何するんだ? まさか期限がきたので、はいおしまいではないだろ?」

「……」

「まじでないのかよ!?」

「あらあら、まさかのですか」


 ロザリーは手を振って、


「いやいや、あるにはあるよ。ただ……反対するでしょ?」

「何するつもりだよ?」


 ロザリーは本来のリゾートイベントでする予定だった計画を述べた。


『えええ!?』

「やっぱ駄目だよね?」

「まずこの島にいるユウとアリスだっけ? この二人は参加できないだろ」

「そうですわ。他のプレイヤーにアヴァロンとタイタンのプレイヤーが一緒にいるなんて知れたらどうなることやら……」


 ヤイアはその結果を想像し身を震わせた。


「だな、他はいけるかもしれないけど、ここの二人は無理だ」


 セブルスは神妙な顔で頷いた。


「じゃあ他の案を考えるかな」

「ここだけ特別扱いするなよ」

「でも、色々と調べたいことあるでしょ」

「まあな」


 ここ島にいるプレイヤーはハイペリオン及びクルエールと出会ったのだ。さらにユウに対しては運営側が知り得ない武器を所有していた。


「でも慎重にな」


 セブルスはロザリーにそう言って自身のベッドに向かう。そしてヤイアも立ち上がって、


「では私も就寝いたしますわ」

「おやすみ」


 ロザリーは皆がベッドで横になったのを確認して部屋の電灯を消した。

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