第6話 抱えなければいけないもの
優斗とフィオナが少しずつでも雑談をするようになって一週間。
今、家庭教師達の前にはハイタッチをしている異世界組の姿があった。
クリスは彼らがハイタッチしている理由に対して、素直に賞賛を示す。
「さすが、と言うべきなのでしょうが、自分は心底驚いています」
ココもクリスの発言を肯定するように頷いた。
「全員が基本四属性の中級攻撃魔法を使えるようになっちゃったんですから、ホントにビックリです」
そう。彼らはたった一ヶ月足らずで使えるようになった。
アリーとて知識として知っていても驚きは隠せない。
「異世界人が魔法を扱う能力が凄いことは知っていましたが、目の前で実際に魔法を使用している姿を見てしまうと、唖然としてしまいますわ」
その中でも飛び抜けている人物にアリーは視線を向ける。
「やはりシュウ様は別格と言うべきでしょうか」
詠唱をせずとも威力は変わらず。挙げ句に上級魔法まで詠唱破棄で平然と使える。
四人の中ではあまりに突出していた。
「アリーさん。もしかしてシュウさんは神話魔法をすでに扱えるのでは?」
クリスが尋ねると、アリーは少し考えた後におそらくは、と前置きして上で首肯した。
「歴代のリライトの勇者も八割の方々が神話魔法を扱えましたし、それが『勇者の刻印』の力ですから」
ただの異世界人でさえ、この世界では十分過ぎるほどの魔法を使えるようになる。
けれど勇者として召喚された異世界人とでは、歴然とした差が存在する。
「父様が勇者を召喚せざるを得ない理由がここにあるのですわね」
自国を守る。そのために必要とされる最大の存在が勇者。
「だからこそ今はゆっくりとして貰いたいですわ」
今現在、彼の存在を認識しているのはリライトの上位貴族と他国の王族のみ。
彼らの存在が公にされず秘匿されている理由は、まだ若いのだから今はゆっくりと遊んでほしい、という謝罪まがいの理由だ。
「もう1ヶ月ほどになりますね。イズミさん達が召喚されてから」
クリスは自分の生徒が満足そうにしている様子に笑みを浮かべて、出会ってからの日々を思い返してみる。
「自分は一ヶ月前、友達ができるなど考えてもいませんでしたよ」
「わたしもです。公爵家であることが今は本当に良かったって思ってます」
ココも嬉しそうな笑顔を浮かべ、同意するように何度も頷いた。
「イズミさんの馬鹿騒ぎに巻き込まれるのは大変ですが、それ以上に充実した日々を過ごしていると自分は実感しています」
さらに感慨深げにクリスが目を細めた。そして先ほどから一人だけ会話に入っていないフィオナに対しては、アリーが話題を差し出した。
「フィオナさんもユウトさんと仲良くなったみたいでよかったですわ」
おそらく家庭教師と生徒というコンビでは、一番問題だったろう二人。
けれど今は普通に雑談できているようでアリーも一安心だ。
「ユウトさんと何をするか、決まりましたか?」
「……えっとですね」
フィオナは僅かに柔らかい表情を浮かべた。彼と勉強以外に話すようになってからというもの、フィオナの表情からは様々な感情が窺えるようになっていた。
しかも授業以外で話すことも上手くなってきているのが、今までとは違う一番大きな変化だ。
「色々とユウトさんと検討してみた結果、まずは買い食いをすることになりました」
他にも案は出ていたのだが、手短で妙に気負う必要がない買い食いをやることにした。
もちろん決めたのは優斗でフィオナは二つ返事をしただけなのだが、少しして重要なことを知らないことに彼女は気付いた。
「あの、それで皆さんに質問なのですが、買い食いって……どうすればいいのでしょうか?」
買い食いの“作法”がフィオナは分からない。やったことがないのは理解してもらえているのだが、作法自体を知らないとは優斗も思っていないだろう。
けれど聞き返しもせずに頷いた手前、彼に尋ねるのも失礼に値する気がする。
というわけで、フィオナはアリー達に訊いてみた。
すると一番生徒に振り回されているクリスが手を挙げる。
「自分はイズミさんに連れられて、何度もやっていますよ」
「……ど、どのような感じで買い食いすればよろしいですか?」
「肩肘を張る必要はないと思います。あれが気になるから食べてみよう、これが美味しそうだから食べてみよう、といった様子で食べ歩きしながら雑談する形です」
作法、というものは存在しないと言ってもいい。
別にテーブルマナーがあるわけでもないのだから。
「でも、何かしら粗相を働いたらユウトさんに迷惑を掛けてしまうんじゃないかと……」
せっかく話せるようになったのだから、優斗に嫌われたりしたらフィオナとしては困る。
たかだか買い食いで困った様子を見せるフィオナに、クリスは一つの案を閃く。
「でしたら、午後は全員で買い食いするのも一興ではないでしょうか。皆さんなら喜んで行ってくれますよ。この世界の食材は彼らの世界とほとんど差異はないと仰っていましたが、それでも料理に違いはあるようですしね」
彼らも興味が沸くだろう。と、ここでアリーは首を捻る。
「異世界の料理自体はこの世界にもありますが、我々の知らない料理も多々あるということなのでしょうか?」
「イズミさんから聞いた話だと、おむらいす……という卵を使った料理が、タクヤさんの作る料理では一番美味しいと言っていました。かなりの頻度でタクヤさんのアルバイト先に行っては食べていたらしいですね」
異世界組のことについての何気ない会話の一つ。もちろん友人になったからこそ知り得た情報ばかりで、当然のように嬉しく思える会話内容……ではあったのだが、アリーは異世界の料理のことを聞いて不意に気付いたことがあった。
――わたくしは以前、他国へ行った際に料理で思ったことがあったはず……。
他の国へ行った際、料理を前にして何を思ったのか。
それを思い返した瞬間、アリーの表情は僅かに青ざめる。
するとタイミングが良いか悪いか、異世界組も魔法で遊び終わって戻ってきた。
「おっし、そろそろ昼飯の時間だよな。今日は何が出てくんだろうな?」
「僕も何も聞いてないから楽しみだよ」
修と優斗がわくわくしながら昼食に何が出てくるかを話している。
「辛いやつじゃなかったらオレはいいかな」
「俺のような辛いものが好きなやつからすれば、卓也の味覚はお子様と言う他ない」
「和泉は逆に甘いものが苦手だろ」
卓也が和泉の頭を軽くチョップし、和気藹々とアリー達に近寄っていく四人。
だが、待ち構えているアリーの表情が異様に固まっていることに気付いた。
「アリー、どうかしたのか?」
訝しむように修が訊く。彼女は僅かに狼狽えるような様子を見せたあと、口を開いた。
「皆様に尋ねなければならないことがありますわ」
真剣な声音に優斗達が身構える。一緒にいるフィオナ、ココ、クリスも何事かと首を捻った。アリーは訊くのが怖いと思いながらも、しっかりと四人を見る。
──これは王族が一番抱えなければいけませんわ。
アリーは他国へ行って料理を食べた時、ふと自国の料理が恋しくなる時があった。
数日経てば帰ることが出来るというのに、それでもリライトのことが恋しくなった。
ということは、彼らも同じではないだろうか。
修達は突然、縁も何もない場所に召喚されてきた。今まであったものが突然なくなったも同然の世界に、強制的に引き込まれる理不尽が行われた。
「シュウ様達が召喚されてから、一ヶ月になりますわ」
でも、彼らは友達になってくれた。いつも気に掛けてくれていた。一ヶ月しか経っていないけれども、好きな人達だと思えた。だからこそアリーは尋ねなければならない。
「皆様はやはり、元の世界に帰りたいと……思いますか?」
実際には無理なのだとしても。帰る方法なんてないのだとしても。気持ちは別なのではないかと考えてしまう。
しかし修達はアリーの言葉の意味を理解し咀嚼した瞬間、いきなり吹き出して笑った。
「ど、どうしていきなり笑ったのですか!? わ、わたくし、これでも皆様には真剣に訊いていますわ!」
彼らの反応が想定外でアリーが困惑する。
けれど修が笑い声を漏らしながら、笑った理由を彼女に伝えた。
「だってよ、その話って召喚された日に俺らで話し終わってんだ。だから今更過ぎる話題で笑っちまったんだよ。問題ねぇから心配すんな」
初日で確認済みだ。帰りたい意思がないことも、帰りたいと考えることすらないことも。
修達は『元の世界に戻りたい』という想いが根底から生まれていない。
けれどアリー達、元々この世界にいる四人は皆が神妙な面持ちで彼らを見ていた。
優斗は不意に嬉しくなる。
──たぶん。
彼女たちが不安そうな表情をしてくれているのは、本当の友達になったからなのだろう。
友達になって遊んで、笑って、そして──気づいた。
ふとした拍子だったのかも知れない。
それでも、考えてしまったのだろう。
自分達は無理やりにセリアールへ優斗たちを連れてきてしまったのではないか。
元の世界に本当は帰りたいのではないか、と。
「そんなことはありませんよ」
口を開いたのは優斗だった。
「本当ですか?」
不安げにアリーが聞き返す。
「ええ。本当です」
自分たちは元の世界に未練なんてない。
──そんなものがあるほど、あの世界に執着するものなんてなかったんだから。
優斗は少しだけ思案して修と卓也と泉を見た。
三人とも頷く。
「そろそろ、皆さんに話してもいい頃でしょうね」
これは声を大にして話すことじゃない。
むしろ、話す必要性なんてものはどこにもない。
けれでも真摯に自分たちの気持ちを考えてくれた彼女たちには。
話そうと思う。
「僕たちはね、全員が元の世界にある自分たちの国で……恵まれた境遇だったわけではないんです」
あくまで自らの国の中での境遇があまりよくなかっただけのこと。
ただ、それだけのことだけれども。
一般から考えれば自分たちは大いに不幸だった。
「似たような僕たちだからこそ、あんな馬鹿なことがあってから一緒にいた。誰もが同情するわけでもないし、嫌悪も侮蔑も抱くことがなかった」
紛れもなく“自分”でいれた。
「一人ずつ、お話しましょうか」
合図を送ると、まずは和泉から口を開いた。
「俺のところは何もない。本当に“何も”ない。両親共々、冒険者で放任主義者。まともに顔を合わせることなんてそうそうあることでもなし、いなくなってもどうにかして生きろ、としか思わないだろう」
何一つ受け取らずに和泉は生きてきた。
だからこそ、誰かと繋がりがほしくてあんな馬鹿なことをやったのかもしれない。
次に口を開いたのは修。
「うちはな、両親の仲がすごく悪いんだ」
その原因が修にある。
「俺は母親が変な男と作った子供で、父親とは血が繋がってない。だから父親は俺のことを端から無視してるし、母親も母親で俺を産んでから後悔したのかなんなのか知らないけど俺のことをいないもののように扱ってる。それでも離婚しないのは世間体の問題とかがあるらしいけどな」
どっちにせよ、異物として扱われている。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
思わず異世界四人組の表情が固まった。
修が苦笑する。
「おいおい、俺でそんなに引いてたら残り二人はもっと聞けなくなるぞ」
もっとシャレになってないのが優斗と卓也だ。
「どうする? オレと優斗のはちょっとばかし強烈だから、時間を置いてもいい」
卓也が視線でアリー達に問いかけると固い表情のまま首を横に振った。
聞かない、なんてことはしない。
「あんまり気張って聞く必要ないからな」
声を掛けてから卓也も話し始める。
「オレは……児童虐待って言ったらいいのか。小さい頃から父親にも母親にも暴言とか暴力振るわれてて、そのうち父親は蒸発。母親からは相変わらず暴力受けながら育った。中学の時はどうにかして部活と隠れてバイト。高校からはもっと金がかかるようになって、バイトに専念してきたってわけ。こっち来る前に行こうとした旅行はみんなが金を出してくれて、初めての旅行だったって感じだ」
どこにも行ったことがなくて、何も買ってもらったことがない。
全てを自分で揃えてやってきた。
だからこそ、友達と行く初めての泊まり旅行は楽しみに満ちていた。
結果が異世界に飛ばされるというのは驚いたけれども、旅行としては楽しい出来事だったと今は思える。
そして最後は優斗。
「僕は卓也ほど酷くないですけどね。元々嫌いだった両親が目の前で殺されて、その後は僕自身に舞い降りてきた大金に目が眩んだ親戚一同を適度に追い払って、現在に至るってところです」
優斗が言葉を濁しながら話す。
正確に言えば、過程において一番酷かったのは優斗だろう。
人として扱われず、悪意の塊を目の前にし、信じるべきものは何もない。
でもそれを彼らに伝えるには……まだ綺麗すぎる。
もっと大人になり、直接的ではなく優しい言い方を自分が出来るようになってから伝えればいいと思う。
「いや、絶対にお前が一番強烈じゃね?」
「確かにいろいろと端折ってるけど、当時の心情や過程を入れる必要性もないでしょ」
「ま、そっか」
確かに、と修は納得する。
「という感じで、僕たちは元の世界に未練があるというわけでもないですし、大事な友達は一緒にこっちに飛んできています。ゲームが出来ないのは少し悲しいですけど、この世界なんてゲームみたいなものですから楽しめます。何も問題はありません」
平然と告げる優斗。
けれどアリーも、ココも、フィオナも、クリスも。
何と言っていいかわからなかった。
「そんな顔すんなって。俺らはお前らだから喋っていいと思ったんだぞ」
にっ、と修が笑う。
「でも……」
「アリー、もう一度言うぞ。俺らはお前らだから話していいと思った」
だよな、と修が同意を求めれば、
「大事な友達だしな」
「そういうことだ」
「貴方たちには隠すようなことでもないですから」
卓也、和泉、優斗が何でもないように言う。
不意に……アリー達の瞳から涙が溢れそうになっていた。
「えっ!? ちょ、なんで泣きそうになってんのお前ら!?」
修が思わず慌てると、アリーが眦を拭いながら言う。
「だって、それほどのことを言ってくれる皆様が本当に嬉しくて、でも嬉しいけど悲しくて、なんだか涙が出てきたんですわ」
他の三人もこくこくと頷く。
「大事な友達なんて言われたら、もう……嬉しいんです~!」
「これほど大切なことを伝えていただける友人になれたことが喜ばしくて」
「……でも、内容が悲しくて」
ココもクリスもフィオナも泣きそうになる。
「あ~、もうストップ! 泣くの禁止! これから昼飯なんだから。湿っぽいの禁止!!」
修がわ~、と騒いでどうにか和ませようとしている。
その姿が少しだけ可笑しくて、五分もした頃には全員が笑みを浮かべていた。
「とりあえず飯だ、飯! 腹が減ってるから気が滅入ってくんだよ!」
全員で運ばれてきた料理を口にする。
「そんで、だ。お前ら、午後の予定とかはあんの?」
咀嚼しながら修が確認を取る。
「わたくし達もどうしようか、と話していましたので何も決まっていませんわ」
「んじゃ、どうしようかね」
う~ん、と唸る修。
するとココが、
「あの、わたしはタクヤさんの“おむらいす”を食べてみたいです」
パッと手を上げて発言する。
「おお、いいじゃん」
修が同意した。
「みんなも卓也のオムライスを食うってことでいいか?」
全員が首肯した。
「そんじゃ──」
言いかけたところでアリーが修の服を引っ張った。
「どうした?」
「あのですね」
修の耳に顔を近づけて、何かしら内緒話をしている二人。
ふむふむ、と頷く修の表情がだんだんと悪巧みをするような顔に変わっていく。
全てをアリーが伝え終わった頃には完全にいやらしい笑みに豹変していた。
「おっし、決まったぞ。今日はこの後、城の厨房で卓也のオムライス講座だ。参加するのは俺、アリー、卓也、ココ、和泉、クリスの六人だ」
二人抜けている。
「……おい、ちょっと待て」
優斗が修の肩を掴む。
「なんだ?」
「どうして僕とフィオナさんが抜けているのかな?」
「いや~、なんかお前ら一緒に買い食いするとか言ったらしいじゃん。だったら今日の午後はそれをやればいい、という俺のナイス判断」
「お前な、僕は別にいいけどフィオナさんだってオムライスを食べたいかもしれないだろ? ノリで決められても──」
「あの、私は買い食いで……大丈夫です」
恐る恐る、といった感じでフィオナが声を出した。
“おむらいす”という食べ物も確かに気にはなったが、それ以上に優斗と買い食いするのを楽しみにしていたのだ。
断る理由などない。
「だってよ、優斗」
意地悪い笑みを修が浮かべた。
「……わかったよ」
優斗は大きく息を吐く。
周りを見ればフィオナ以外はニヤニヤとしていた。
──こいつら、絶対に楽しんでる。
自分だって緊張はするが、フィオナとどこかに出かけるというの嬉しくないわけがない。
それをこんな形で実現させられるのは少しだけ腹が立つ。
──まあ、でも。
フィオナが本当に嬉しそうな表情をしているのだから。
これはこれでいいか、と思ってしまう。
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